素敵で自慢の荒れ果てた庭
話をする予定のはずだったのに少年と一緒に貴賓室を追い出されて遺憾の意。
しかし元々この少年の遊び相手として連れてこられたという部分はあるし、客人と鳥籠が話す時は子供故に蚊帳の外扱いされて退屈だとわかっている少年自身の要望により、私達は外へ出る事となった。
要望というか、チラチラと外を見てそわそわしているだけだったが、子供にとっての控えめな動きというのは思っているよりもわかりやすい主張なので充分に要望扱いで良いだろう。
……話すっていうか、主様の事だからさっさと目的の品物がある部屋まで案内を頼んでそうだけど。
「そういやさ」
「何だよ、ジージエ」
花壇の縁、元々は綺麗だったんだろうにすっかり色褪せてしまっているレンガの上を歩きながら、少年はこちらを見ようともせず、真剣な顔で両腕を伸ばしてバランスを取っている。
まあ、私も子供の時は花壇の縁とか道路の縁石を平均台扱いにして遊んでたので何も言うまい。
「私と主様……ラシー様は鳥籠に紹介されたわけだけど」
「なあ、その鳥籠って何だ?」
純粋な疑問といったようにこちらへと振り向いた少年はその動きによってバランスを崩したらしく、あわわ、と言いながら何度かふらふらと大きく揺れ、バランスを取り直すのを諦めたのかひょいっと下に着地した。
「で、鳥籠って?」
「疑問なわけ?」
「街の人からはキャージュって呼ばれてるし、他のヤツにもそう呼ぶよう言ってるだろ? でも、時々ここに来る、お前らみたいに不思議な雰囲気の奴らは鳥籠って呼ぶんだ。 かと思えば、俺にはクリェートカ……いや、愛称であるクリェーチカって呼ぶよう言ってくるし」
「はぁん」
敷地内にある花壇と、ソレに沿うように敷かれた道。
その道に転がっている小石をつまらなそうに蹴飛ばした少年の言葉に、まあ確かに疑問だよなあ、と頷く。
……私としては名字と名前とハンドルネームみたいなもんだろって感じで流してたし、別に名前が何であろうが主様の素晴らしさは揺らがないしなっていう……。
そして二年の間にすっかり慣れ、ジージエ呼びも普通に反応出来るようになり、本名であるシキ呼びをされた日には舞い上がるようになっている。
友人達からは普通に四季と名前で呼び捨てにされる事も多かったから、改めて思い返すと不思議な気分だ。
「まあその辺は独特な風習って感じだけどさあ、それ以前にお前が名乗れよな」
「え?」
「私、アンタの名前まだ聞いて無いんだけど」
「あ」
そういえば、と少年はこちらを見てぽかんと口を大きく開けた。
どうやらコイツ、自己紹介をしてない事に気付いていなかったらしい。
……ま、執事の言動からすると軟禁状態みたいだし、旅人が長居しないようにって細工されてるところからしても、外部との交流も無いみたいだもんなあ。
そもそもとして、自己紹介を必要としない環境下なのだろう。
彼を知っている鳥籠と執事だけの世界で生きている、否、生かされているんだろうし。
何より、他のキメラが仮に顔を出していたとしても、わざわざ個体名まで気にし無さそうなところがある。
そう思えば、自分から名乗る、という手順を忘れてしまっても無理はあるまい。
……執事の能力は詳細が未だに不明だけど、洗脳染みた感じっぽいし。
「じゃあえっと、改めて俺はクックロビン家のアルエット……じゃ、ないんだっけ。えーと、クリェーチカとヘリー以外には言うなって言われたから、何て名乗るんだっけな……」
あ、と思い出したのか少年はポンと手を叩く。
「俺はロシニョルだ! よろしく!」
「はいよ、ヨロシク」
「何でこんな変わった名乗り方をするのかはよくわかってないんだけどな。クックロビン家にそんなしきたり無いし」
「そう深く気にすんなよ、小鳥」
「は? 小鳥?」
「良いだろ? 別に。どうせお前からすれば本名じゃない事に変わりないんだから」
「ん、んんー……まあ、そうだけどさあ……」
不満げな顔で頭を掻いていた小鳥だが、まあ良いか、と納得して頷いた。
「どっちかっていうと、二人に本名で呼ばれる時の方が自分を失うような感じだしな……」
「そうなの?」
「ああ、いや、そんな事ねえぞ!? 二人には世話になってるし!」
ほらこっちこっち! と小鳥は慌てたように取り繕い、庭の奥、裏庭の方へと移動していく。
しかし玄関付近は綺麗な花壇が咲き誇っていたものだが、玄関から見えない位置になればなる程、随分と色褪せた風景が広がっていた。
完全に荒れ切っているとまでは言わないが、放置してから一年以上は経過しているだろう花壇の奥に一体何があるというのやら。
「この辺なんかはもうちょっと先の季節になると、本当にぶわーーって花が咲き誇ってて凄いんだぜ! 長く居ると花の香りが強過ぎてくらくらしちゃうくらいなんだよなー」
花壇を紹介しているのか、数歩前を歩いている小鳥はくるくると踊るように、はしゃいだ仔犬のようにステップを踏みながらそう言って笑う。
私には荒れた花壇にしか見えないが、時期が来たら一気に変化を見せるタイプの花なんだろうか。
この辺の花壇もまた、雑草と枯れ葉に占領された花壇にしか見えないのに、自然とは不思議なものだ。
「昔から、この花壇は自慢なんだ。使用人が気合い入れて整えてるし、お爺様もこの庭が綺麗に咲き誇ってるのが大好きで、よく知り合い呼んで庭でお茶会みたいのやっててさあ。知らない旅人から話聞く時も、天気が良ければ庭に案内してから聞くくらいだったんだぜ?」
言ってから、あれ、と小鳥から表情が抜け落ちる。
「……俺、二年前に家族を亡くして、それでここに来たのに何でお爺様が……」
頭を抱えて魂が抜けたような声で小さくそう零してから、ああいや、と頭を振り、小鳥の目に光が戻った。
「そう、俺は別のところに住んでたけど、昔からよくここに遊びに来てたんだっけ。何で忘れちゃってたんだろ、こんな当然の事。お爺様はここに住んでて、クリェーチカはよく遊びに来る俺と遊んでくれて、だから俺はここに引き取られて……」
あれ、あれ、と小鳥はまた迷子になったような顔で目をきょろきょろさせる。
その目は焦点がどこにも合っていない、忘れた記憶を思い出すかのような動きだ。
「でも俺、お爺様と一緒に住んでたよな? よく泊まってたから、勘違いしたのかな、俺……」
ぼんやりとどこかを見ながら小鳥はそう呟き、ハッとしたようにこちらを見た。
「あっ、悪いジージエ! お気に入りのトコまで案内してたんだったな!」
「いや、別に良いよ」
私はひらりと手を振ってそう答える。
明らかに何か記憶に関して相違が激しい様子を見せていて、ああこれは記憶操作か洗脳か何かをされてんなあと思うものの、小鳥と共に外へ出された時に執事から耳打ちという形で忠告をされたのだ。
「あまり、余計な深掘りはなさらないようにお願いいたします。矛盾が出る度に記憶を凌辱するよう塗り潰してはいますが、それでも上書きした部分の下から浮き出る事はありますからね」
まあ、うん、明言はされなかったがそういう事なんだろう。
下手に深掘りして要らん事を知ってしまうのもアレなので、私からはあまり深掘りすまい。
・
「ほら、ここだぜ!」
満点の笑顔を浮かべた小鳥は、腕をこれでもかと大きく広げて自慢げに裏庭を見せる。
草花がすっかり枯れて、色あせて、雑草に浸食され、酷く荒れ果てた裏庭を。
花壇などは元々はとても綺麗な色合いのレンガで作られていたんだろうに、すっかり風雨に晒されて放置されたのか随分な色合いだ。
触らずともこびり付いた砂でざらついているのがわかるくらいには酷い有り様となっている。
「ここが俺のお気に入りの場所なんだ! よく妹とかくれんぼを……あれ?」
小鳥は再び焦点の合わない目になり、何かの影を探すように、うろ、と視線を彷徨わせる。
「妹、なんて……居たっけ」
ボソリと呟かれるその声には生気が無く、酷く空っぽな響きだった。
「凄く大事で、この子は俺が、守るんだって……」
そう、思ったのに。
未だ焦点の合わない目で視線をうろうろと彷徨わせながら、小鳥はボソボソと呟く。
「いや、友達に妹が出来て、そう言ってたから、俺は……? でも、友達なんて、居たけど、居なくて……?」
大事な何かを失ったような、一緒に居たはずの大事な存在が消えてしまったような、そんな迷子みたいな顔で視線をうろつかせていた小鳥は、ふる、と強く頭を振る。
「……何でも、ない。ごめんなジージエ、何か、変な事言って」
「私は別に性癖じゃないお前が何言ってても気にしないけど?」
「何だよソレ! っていうか、せせ、性癖とかハッキリ言うなよな!」
「おいおい、好みってのは大事だぞ?」
さっきまでのぼんやりした状態とは違い、ぼぼぼと燃え上がるように顔を真っ赤にさせた小鳥へ私はにんまりした笑みを浮かべる。
鳥籠のような悪辣極めた笑みでは無く、子供をからかうにんまりさんだ。
「ちなみに私が見立てたところ、お前は背こそ執事ぐらい伸びそうだけど筋肉には期待出来そうにないから性癖対象外な。将来性にも期待出来そうにないので私は大変残念です」
「どういう意味だよ!」
「いやもう、お前、骨格からして筋肉付く感じじゃないし……縦に伸びる気配はするけど、モヤシとは言わないまでも比較的薄っぺらでヒョロい仕上がりになりそうだなっていうか……」
若い女性には好まれそうだが、うっすい腹には興味が無い。
やはり腹筋がデコボコを作っていて舐め甲斐がありそうな腹でなければ。
キメラじゃないという点からすると将来性への期待はあるっちゃあるのだけれど、残念な事に骨格からすると脂肪も筋肉もあんまりつかなそうなんだよなあ。
「ままま、そーいうわけだから気にすんな! んで? ここがお気に入りの場所なんだっけ?」
「……そーだよ」
からかわれたと判断したのか、小鳥は少し拗ねた様子で唇を尖らせている。
こちらをジト目で見上げつつ唇を尖らせるその仕草はショタコンに刺さりそうだが、生憎と私はショタコンじゃないので何か拗ねてんなあとしか思わない。
……コイツがムキムキなショタなら全然興奮するんだけどな……。
残念な事にそういう気配が無さ過ぎる。
ロリショタコンなのかペドなのかは知らんが、若過ぎるのを好むらしい執事なら大興奮の光景なんだろうか。
「俺がとびきりお気に入りなのはこの辺だな」
多少の拗ねが残っていた小鳥だが、そう言って花壇に視線を向けると同時、大事な物を見る目で優しい微笑みを浮かべていた。
「この花壇の白薔薇なんか、とびっきり綺麗だろ!」
花壇を指差し、先程までの不満顔はどこへ行ったのかと思うくらい元気な笑みだ。健康的な白い歯を見せた笑みで指差す先を見て、私は首を傾げる。
「それが、白薔薇?」
「何だよ、白薔薇知らねえの? ジージエって俺より年上だろうにこんな事も知らねえのかよ!」
「あー、うん、見慣れないって感じかな」
「しっかたねえなあ!」
そう言って多少の優越感が混ざった笑みを浮かべながら、小鳥は花壇の中を指差しながら細かく花弁の様子や薔薇の特徴などを語ってゆく。
その知識は専門知識とは言えないが、それなりに詳しいと言える内容だった。
年上である私に説明してやっているという状況が楽しいのか、随分と饒舌だ。
……指差してる先、薔薇なんて一輪も無いんだけどな。
まだ子供らしい小さな手指で小鳥が指差す先にあるのは、ここに来るまでに見たのと変わらない花壇。
そう、すっかり色褪せて砂に塗れ、雑草が生い茂り、かつては花だったのだろう枯れた残骸と、どこかからやってきた枯れ葉が積み重なっている荒れた花壇しか存在しない。
元は確かに薔薇が咲いていたのかもしれないけれど、茨っぽい残骸があるだけで、花なんてものは薔薇以外にも見られない程に朽ちている。
……自慢出来るような庭か? コレ。
小鳥が自慢げに見せて来た庭は、奥に行けば行く程に荒れ果てていたが、小鳥はソレを認識した様子も無かった。
本気でそこに素敵な光景が広がっているような素振りを見せていて、何かを隠している気配も無い。
……ま、深掘りすんなって言われてるしね!
良い感じの筋肉してる執事に言われたんじゃあ仕方ない。
私は性癖に正直なので筋肉を優先する。それだけだ。
「そうだ! この白薔薇以外にもすっごく良い場所あるんだぜ! 連れてってやるよ!」
説明している間にテンションが上がってはしゃいでいるのか、弾けるような笑顔で手を差し伸べられる。
「お、何だ何だ、エスコートか?」
「んなっ! べ、別にそういうんじゃねえし! ジージエが迷子になったら大変だろ!」
「そりゃどーも」
からかうようにニマニマとした笑みを浮かべて言ったところ、見事なツンデレを返されたので思わず笑ってしまう。
ツンデレだのショタだのは巨乳か筋肉でも無ければいまいち引っかからない私なので性癖には全然ヒットしないが、反応としては打てば響くという感じなので愉快愉快。
小学生男子が好きな子をいじめてしまうというのも、こういう反応を楽しく思ってしまうからなんだろうか。特にいじめられた経験も無いのでわからん。
「まあ実際、女に優しくするってのは大事だぞ。特に好みの体してる相手には優しくする、を徹底した方が良い。そうすりゃこういう乳を揉める機会に恵まれる可能性も高まる。何ならうっかりを装って揉んでも許されたりするからな」
「どういう持ち方してんだよ!」
乳持ち上げんな! と顔を真っ赤にして叫ばれた。
何だよ、別に片手で片乳を下から持ち上げて重量感をアピールしただけだろ。
巨乳好きとしては爆乳がこんな動きを見せたらめちゃくちゃ大興奮だけど、小鳥はまだそこまで至ってないんだろうか。
……いやでも、男はまず最初に女スパイみたいな素敵巨乳で性欲に目覚めるもんじゃないのか……?
もしくはお風呂大好きな源氏系の彼女。でもアレだっておっぱいだろ。膨らみかけだけど。
とはいえ、顔を真っ赤にしつつこちらを見ないようにしているが、それでもついつい視線を向けてしまうのかこちらの胸をチラチラ見ている様子からすると、完全に興味が無いというわけでも無いらしい。
まあ照れがある時点でムッツリではあるだろうしなあ。
……本気で性欲がサッパリしてたら、照れも何も無く顔を顰めて下品だって怒って終わるんだよな。
主様とかがそういう系。とても悲しい。
「からかって悪かったよ」
一先ずこれじゃあ話が進まないし、と私は自分の乳から手を離した。
「でも好きなヤツとか、興奮する相手とか無いの? 早めに性癖ハッキリさせとくと話早いよ。やっちゃいけない事をする前に自覚しといた方がマナー学べるしさ」
「知らねえよ……」
「いやコレ本当大事だぞ小鳥!」
痴漢が性癖とわかっているからこそマナーを守ってイメプレだとか二次元だとかAVだとかで賄うのは良いが、何かこの状況興奮するんだよなーみたいなテンションでマジの痴漢をやるのはNGだ。
AVなんかは性欲発散目的と同時に、そういったリアル犯罪を無くす為の物。
シチュエーションが整えられたAVで興奮して発散するからこそ、アレで満足してるからリアルで犯罪する必要ないな、となるものだろう。
あと自覚してる方がエロ動画とかで地雷を踏みにくくなる。
……自覚してても謎のトラップって時はあるけどな……。
巨乳や筋肉に関してはトラップのしようも無いので良いが、セーラー服とか眼鏡が好きって人は悲惨だった。
AVでそういう系統を買っても途中で普通に脱いだり外したりする為、お前の売りを何だと思ってんだ! と酒の席で嘆いているオッサンが居たっけな。
とりあえず私の知っている範囲、つまり巨乳系オンリーではあるが、その中でオッサンの要望通りだった作品を紹介しておいたのを思い出した。
ついでにオッサンが知っているヤツで良い巨乳の作品を教えてもらいそのまま普通に解散したけれど、あのオッサンは元気だろうか。
完全なる偶然で酒の席が一緒になった、というかカウンターで隣になったというだけだったので、特にどこの誰かも知らないままなんだよなあ。
まあ別に知る必要も無いし、既に異世界来てるから別に良いんだけど。
「んで? どうよ? チンコがイライラする感じの時とかないの?」
「直接的表現をやめろ!」
「じゃあ男の象徴がここに種を放出したいなと思う時は?」
「逆に卑猥なんだよな……」
歩きながら、小鳥は顔を真っ赤にさせながらジト目でこちらを見上げて来た。
お上品な言い回しなんて知らないんだし仕方ないだろ。
「……まあ、その、巨乳は俺も嬉しいなって思うけどさ」
「何だよお前も巨乳派かよ! 良い趣味してるじゃないか!」
「べ、べべべ別にそこまでじゃねえし! 背中叩くな!」
ついつい勢いよく小鳥の背中をスパァンと叩いたところ、痛いだろ! とお叱りを受けてしまった。同類が居るとついテンションが上がるんだ。ごめん。
「ただちょっと、クリェーチカに抱きしめられた時とか、こう、時々、柔らかいなって……」
「最高のシチュエーションじゃん!」
「どこがだよ! そうやって反応してるのがバレるとめちゃくちゃ色々言われてからかわれるし、挙句の果てにはヘリーにも笑われるんだぞ! 起きた時に初めて、その、アレがあった時なんて凄いニヤニヤした顔で説明しながら、ァソコ、とか、触られたし……」
「アイツ普通にやらかしてんのか……」
ぽっぽと赤面しながら指をもじもじさせて小さな声でごにょごにょ言っている小鳥は一般的には可愛らしくて股間にズキュンとくるのだろうが、残念ながら私の性癖には引っかからない為、普通にドン引きの感情しか湧かなかった。
別にキメラだから人間の倫理観とか常識を気にする必要は無いだろうけど、ギリ小学生だろう子供に何やってんだあのジジイ、とはちょっと思う。
……いや、でも、気持ちはわかる……!
私も小鳥が良い感じのムキショタだった場合、性に興味が出てきて嫌悪感が少ないこの時期に可能な限りのセクハラをするだろう。
なら仕方ないか。仕方ないな。
「と、ここだここ。とうちゃーく!」
先程までの話題を忘れたかのような笑みを浮かべて両腕を振り上げた小鳥が見せてくれたのは、裏庭にあるガゼボだった。
公園とかでも見かける、屋根付きの休憩所みたいなアレである。
西洋風のオシャレな、それこそ貴族がティータイムをするのにもってこいなこの場所こそが、小鳥の見せたい物だったらしい。
……でも、コレ、血だよな。
この屋敷の敷地内に入ってすぐに感じた、酸化した血の匂い。
その発信源は、間違いなくここだった。
純真無垢な子供の笑みを浮かべて自慢げな小鳥とは対照的に、ガゼボ周辺の開けた一帯は酷い惨状となっている。
こびりついて取れないだろう真っ黒い染みが、あちこちにこびりついているのだ。
荒れ果てた庭や芝生、壊れたガゼボ、ひっくり返ったテーブルとイス、落ちている小さな靴や服の切れ端だろう残骸に、血痕。
百戦錬磨どころか最早殺人事件とマリッジしてんじゃねえのという探偵で無くとも、それこそ一般人でもここで惨劇があった事は一目見ればわかるだろう有り様じゃないか。
「綺麗だろ、ここ!」
「ああ、うん、ソウダネ」
ぺっかぺかな笑顔に嘘を言うのは申し訳ないが、片言で返すしか出来ない。
ホラー作品とかで見る光景なら綺麗と言えるかもしれないが、普通の庭を紹介するテンションでこんなものを見せられるのは中々にハードルが高いだろう。
「ここではさ、よく親父とお袋と、妹と、それに親戚で集まって話し合ったり、年が近い奴らで追いかけっこしたり――……?」
屋根を支えている、酸化した血がこびり付いてまだら模様となっている柱。
元は真っ白だったんだろうけれど、その痕跡も殆ど残っていない柱に触れながら楽しそうに思い出を語っていた小鳥は、その内容に違和感を覚えたのかまたもやどこか遠くを見始める。
「……元々、ここは、クリェーチカ達が居て……? いや、でも、ここに居たのは俺達で、それをクリェーチカとヘリーが見守ってくれ……?」
違う、違う、と小鳥は呟く。
ふらつく体を支えるように柱に手を置いたまま、もう片方の手で額を押さえ、小鳥は忘れた記憶を思い出そうとしているのか焦点の合わない目をどこへともなくきょろきょろとせわしない動きでうろつかせていた。
混乱の表情で、その額から流れた鈍い汗が頬を伝い、顎から垂れ落ちる。
「――……違う」
目玉が零れ落ちそうなほどに目を見開き、小鳥は足元を凝視しながら言う。
「二人を呼んだのは、俺だ。二人と出会って、好きになって、友達だからって誘い込んだのは、ここに呼んだのは、俺だ」
言い、先程までの子供らしい血色の良さはどこへ行ったのかと思う程に血の気の引いた顔で、はく、と小鳥は口を動かす。
まるで、呼吸のやり方を忘れたように。
「こ、こんな、こんな、こんな風な、こんな風になったのは、したのは」
混乱によって思考が纏まらない様子の小鳥は、尚も焦点が合っていない目のまま、手をついている柱を撫でた。
ざり、という音と共に、雨風が運んで柱をコーティングしたのだろう砂がパラパラと落ちる。
かつてはしっかり手入れされてそんな事もあり得なかったのだろう。
それを直視した、直視してしまった小鳥は、その顔を絶望に染め上げた。
「全部、俺のせいじゃないか……!」
その声は、喉から血が滲みながらも必死に絞り出したような声だった。




