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自然温泉ホムカルスの底の闇



 飲み物を飲んで一息つき、改めて誰一人として名乗っていないという事で自己紹介の流れになった。

 確かにここまで勝手に恋バナとかで盛り上がったが、私が主様をラシー様と呼ぶくらいしか人名が出ていなかった。いや、主様も一応ジージエと呼んではいたけど。

 ちなみに現地民な巨乳の彼女はセーチェという名前だそうだ。



「そういえば最初はフルエンにある巨大な自然温泉の話だっけ? アレ私詳しく無いんだけど、オススメ出来ないって何で? 何か曰く付き?」


「曰くは別に無いんだけど、実質曰く付き、みたいな?」



 セーチェは人差し指を頬に添えながら、可愛らしくこてんと首を傾げてみせた。

 表情はどう言えば良いのやらという風に眉を下げているが、その仕草は大分男を転がすのに慣れている女がするやつではなかろうか。

 いや、ちゃんと似合ってる仕草だから良いけれど。


 ……相手が巨乳ってだけで全ての行動がプラスに見えるからなあ。


 コレを胡散臭いデブがやっていたらとっとと去ねと親指を下に向けるところだが、巨乳はどこかが動くと巨乳も動くので全てが眼福。

 美人が可愛い仕草をする事でこの世に喜びが生まれるんだから良い事だ。

 まあ個人的には主様がやってくれたら良い意味で破壊力抜群過ぎて最高だろうなと思うけど。

 そんな素敵スチルがゲット出来たら内臓くらいポンと差し出してしまいそう。



「実質?」



 下心ありきでついついセーチェの胸に目が行ってしまうが、そのまま不思議な点を問い掛けたところ、私とは違う酒をくぴくぴ飲んでいた主様がけだるげな様子で僅かに目を伏せ、口を開いた。



「死人が出ているからじゃないかな?」


「そうなんですか!?」


「そう! ラシーさん大正解!」



 けだるげというよりは説明が面倒臭いなといった表情だったが、僅かに目を伏せた事で主様の長い睫毛が影になっているのが見られてソーハッピー。

 さておき、主様の言葉にセーチェが力強く頷いた。



「この辺り、フルエンの土地の名所であり目玉である自然温泉だけど……あの温泉、ホムカルスは大き過ぎるのよね。何より深過ぎ」


「そんなに?」


「一年に十何人か、現地の人が溺死してるって言ったら危険度がわかるかしら」


「結構死んでる!?」



 思わずビックリしてから、ふと違和感を感じて脳内でセーチェの言葉を何度か反芻する。



「……え、あれ、()()()()?」


「危険度をあんまり自覚してない観光客だと時々三桁」


「めっちゃ死んでる! 危険度相当高くない!?」


「まあ水場である以上、海や川と同じくらい危険ではあるのよね。温泉ってイメージからかあんまり警戒しない人が多いけど」



 溜め息を吐きつつ、セーチェは瓶を両手で持ってコクコクとジュースを飲んだ。



「一応、安全の為にーって色々用意はされてるのよ? 手や足に巻く事で、一定時間以上水の中で呼吸が出来ていないのを察知して水上へと飛翔して陸まで届けてくれる魔道具とか」


「一定以上の時間経過があってからなのか……」


「中にはどれだけ息を止めていられるかーって遊ぶ人も居るし、危険を理解せずに注意を軽んじるような人が相手だとね、即座に助けるとこんな助けは要らなかったとか言ってくるのも居るのよ」



 だからある程度苦しんでもらう事で溺れてるのが確定してから助けるタイプの保険が定着したのよね、とセーチェは何でも無い事のように告げる。

 中々にシビアな判断だが、仕方のない事だろう。


 ……一部のクレーマーのせいで普通に困ってる人までも助けられるまでタイムラグがあるのはキツイけど、一部のクレーマーこそが面倒だからなあ。


 ここはコレがいけませんねという報告であるならともかく、理不尽にぎゃあぎゃあ騒ぐ相手はまともに取り合う価値も無い。

 発情期の猫でもまだ相手を選んでるだろうに。

 とはいえ、そういった行いから巡り巡って自分の身をそれなりの危険に晒す事になっているのだから、自業自得と言わざるを得ないが。



「飛翔系だと魔道具が魔道具を装備してる人を装備して飛んでるって感じの図になっちゃうし、溺れてた人への負荷も強いから本当は転移系の方が良いんだけど……転移系なんてそんな気軽に出来るものじゃないから、結果的に飛翔系になっちゃうのよね」


「へえー」



 よくわからんが、まあ色々あるのだろう。

 魔道具は人間が魔法を使う時よりも融通が利くようだけど、だからといって万能というわけでも無いらしい。



「他にもホムカルスを利用する人には、入浴料を取った上で浮き板を持たせるってルールがあるわ」


「浮き板?」


「あら、知らない? さっきの販売員がドリンク乗せるのに使ってたような、水に浮く板よ。安いところだと水に浮きやすい材質の木を使うだけだから不安も多いけど、ちゃんとしたところなら水に浮くよう細工された魔道具だから、ソレを掴んでさえいれば沈まないわ!」


「成る程ビート板型浮き輪……」



 誰かがうっかり板とはぐれて他の人の板に縋りついた場合、どうなるんだろうか。

 浮き板が問題無く浮いているなら良いが、定員一名だった場合はカルネアデスの板みたいな現象が起こりそう。

 安いトコだとただの木の板らしいので尚の事それなりの頻度で見かけそう。


 ……で、結果的に溺死するのかな……。


 水場を舐めてると死因になるから大変だ。

 私は既に水中でも問題無しな不死身のキメラなのでどうでも良いけど。



「まあ、ホムカルスで死んでる人も多いからこそ、一部の挑戦者や冒険者がホムカルスの底へ行こうとしてたりするんだけどね。その度に土左衛門が出来上がっちゃうからやめてほしいのに、まったくもう」


「温泉の底に何かあるの?」


「主に死体があるわ」


「だろうね!?」



 そりゃあ溺死してるんならそのまま沈んだ死体があるだろうよ。

 水を吸ったり腐ったりすると浮き上がって土左衛門となるだろうが、そうならずに沈むのも一定数居る事だろう。


 ……何だっけな、腐るとガスが発生して浮くんだっけ?


 そういう死体事情には詳しくないので正しいかどうか知らないが、推理小説の祖と言われるデュパンの作品、マリーロジェの謎とやらでそんな事を言っていたような気がする。

 デュパンの時点で推理小説の基盤が殆ど完成されており、個人的にはとても好きなのだが、ホームズに比べて知名度が低いのが何ともかんとも。

 モルグ街なら知っている人も一定数居るけれど、作品数が少ないせいか他の二作品の知名度はとんでもなく低いしなあ。

 意外と思われるかもしれないが、おっぱい要素が無くともわりと私は案外色々読むのだ。脳内で勝手にムキムキや巨乳にはするけども。



「ただし、沈んだ人が多いのと同じで沈んだ宝も多いのよ。元々この地方には、大昔に親族から宝と命を狙われた王様が宝を持ったままこの温泉に身を投げた、って伝説があって、その宝があるかもって事で潜っては死ぬ馬鹿が後を絶えなかったのよね」


「馬鹿が」


「そう、馬鹿が。私もそうハッキリ言いたくはないけど、お祖母ちゃんから聞いた話では当時からそういう人は居たみたいだし、前例が絶え間なく更新され続けてるのにどうしてそんな入水自殺みたいな事をするのか、って呆れてたのをよく見てたから」


「また年季が入ってる曰く付きだなあ」



 徳川埋蔵金か何かかよ。



「何なら一部は逞しくソレを商売にして、溺死した人の死体回収業なんかをやってたりもするわね。生前の時点で本人からもし死んだ時は回収するよう頼まれてたり、親族に頼まれたりで」


「ミイラ取りがミイラ取りにならないの? ソレ」


「モグリの回収業者だと半分くらいがそのまま沈んで、半分くらいは見つけられずに終わるわ」



 セーチェは何でも無い事のようにそう言う。

 この辺の現地民としてはまあそんなもんだろうなという感じなんだろうか。



「プロは生前に依頼を受けている場合なら場所を特定出来るよう魔道具を持たせておくし、親族に後から依頼された場合でも親族から体の一部を提供してもらう事で共鳴反応を得て場所を特定して回収、ってやってるから頼れるわよ。回収業者自身もちゃんと保険用の魔道具身に着けてるからその辺も安心」


「シビアな世界だ……」


「そういったお金を掛けられるくらいには報酬が得られる仕事でもあるから、それで生計を立てる人は多かったはずだよ」



 酒を飲み飽きたらしい主様は持っていた瓶をこちらへと寄越し、私が持っていた飲みかけの酒をひょいっと持っていきチビチビと飲み始めた。

 ひゃっほう間接キスだぜ!


 ……こういう時にちゃんと私にもご褒美くれるから主様は最高なんだよな!


 主様の唾液が付着している酒を寄越してもらえる上に違う酒を飲む事も出来るとは、なんという好待遇だろう。

 思わず我が生涯に一片の悔いなしポーズを取ってしまったが、これは反射的な衝動なので仕方がない。動物がフレーメン現象を起こすくらいには自然な行動である。なら仕方ないね。



「当然それだけ危険が多い仕事でもあるようだしね。一攫千金狙いで宝を探す者も居れば、高額報酬狙いで死体回収をする者も居る。借金やらで首が回らなくなり、かといって挑戦者になるでも無い輩はここに来る事が多いって聞くかな」


「そうなんですね!」


「そうやって軽く考えてる人が多いから、私としては観光客にもあんまりオススメ出来ない印象なのよね」



 温泉自体は最高だけど、危険が多い上に色々沈んじゃってるんだもの。

 セーチェはそう言って頬に手を当て、溜め息を吐く。

 溜め息と同時にお湯の中で浮かんでいる巨乳が僅かに形を変えていて実に眼福だった。



「ん、っていうか、回収業者が居るなら温泉の底くらい何度も確認してるだろうにまだ宝がどうのこうの言う人居るって事?」


「プロは目的の回収対象の場所を先に把握してから潜ってるもの。一目散に目的に向かって潜水して、目標を確保したら即座に魔道具を発動して温泉から脱出。そのくらい時間との勝負でやってるから、他に目を向ける時間も無いんですって。他に目を向けたヤツから死んでいく、って近所の回収業者のお爺さんが言ってたわ」


「欲を出したら駄目だぞ系だ……」



 日本の昔話でもレアなキノコを採りに山へ行ったらうっかり崖っぷちから戻れなくなってそのまましばらく過ごして発狂して飛び降り自殺した男の話があったが、欲を出すとそういう事になるのはどの世界でも共通なのだろう。

 あの男の話も大量のキノコに気を取られて命綱の長さを考えずに足場へ降りちゃったもんだから、戻ろうにも命綱に手が届かずにっちもさっちも行かなくなっていた。

 巨乳も筋肉も無い話だが、子供向けアニメで見るにはキツいラストだなあと思ったので印象強く記憶に残っている。


 ……まあ、子供向けアニメであっても日本の昔話って時点でハードル高いもんな。


 置いてけ堀とかはホラー系というのもあってとても怖かった印象がある。

 個人的には幼女が大蛇に気に入られて生きたまま丸呑みされてじわじわ殺されていたヤツが結構好きだったが、絵柄的に筋肉の波動を感じられなかったのが残念だった。

 シチュエーションは好きだし人に化けた大蛇も結構な大柄だったのだけど、日本昔話風の絵柄なもんだから良質な筋肉を感じる事が出来なかったのだ。


 ……まあ昔話で良質な筋肉感じる事なんて滅多に無いけど!


 あってもせいぜい巨人とか鬼とかそういう系だし、鬼は昔話バージョンだと固太り系が多いのが残念無念。

 個人的には神話の男性神、それもギリシャとかの男性神が良い感じのガチムチで好きなのだが、日本は豊かさの象徴なのか太鼓腹系の男性神が多い事実よ。

 全部脳内で勝手にムキムキなり巨乳なりにすれば楽しめるけどな。



「いやあ、でも何が沈んでるのかって興味が湧きますよねラシー様! ムキムキの銅像とか沈んでたりしませんかね!?」


「そんな物に興味はないしそうじゃない宝でも興味はないよ」


「そうですよね! ラシー様自身がもう既に国宝級の存在ですもんね!」


「…………」



 人前なので好青年モード入ってる主様としては肯定するのもあまり良くないと判断したのか、肯定も否定もしないが凄く微妙な顔をされた。

 空気を読めない子に向けられるタイプの絶妙なしかめっ面だったが、



「そんな表情のラシー様も素敵です!」


「ああ、そうかい」



 飛沫を散らしながら拳を突き上げた私の発言に、主様はどうでも良さげに頷く。



「……ここまでとは言わないけど、彼もジージエくらいハッキリ言ってくれれば良いのに……表情はあれだけ雄弁な癖して告白してこないんだもの」



 一方セーチェは頬に手を当てながら、思いを寄せている幼馴染を思い出してか物憂げに溜め息を吐いていた。

 そういう時はさっさとこっちから告った方が早いぞと背中を押してやるべきだろうか。

 日本神話じゃ女の方から声を掛けると蛭子が生まれていたわけだが、人間には適用されないし相手が煮え切らないならこっちから熱した石を投じるまでよ。

 熱した石を放り込めば、生煮えだろうとしっかり煮え切る事だろう。



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