娯楽が消えた街
一応背中は押しておいたが、あの後セーチェが幼馴染に対して行動したかどうかは知らない。
その後二日程フルエンに宿泊したがセーチェと出会う事は無かったし、三日目にはこの街に飽きたと言った主様と共にフルエンを発ったからだ。
まあセーチェから聞いた話がセーチェの妄想じゃなくてちゃあんと本当であるならばただの両片思いでしかなさそうなので、どっちかからアプローチすればあっさり付き合うのが想像出来る。
……それよりも、結局ホムカルスの底を確認したりは出来なかったなー。
というよりもホムカルス自体に行けなかった。
観光地として繁盛している事もあるし、トレジャーハンター気取りは夜中でも構わず突撃するし、そういった理由から回収業者も担当者が違うとはいえ二十四時間働けます状態。
そんなところに行ったところでメリットが無いし、宝があっても無くとも意味は無い。
……そもそもお金を必要としてないっていう、ね。
適当に人間を襲撃して食べればそれで一定の収入がある為、食事の副産物でどうにでもなる。
フルエンの街を発つ前に、ホムカルスに潜る度胸も無いらしい債務者がその辺を強盗しようとしていたのでこっそり仕留め、腹も満ちた。
まあ今回食べたのは懐がすっからかんの債務者だったので副産物は無かったわけだが、他で充分仕入れてるので問題無し。
良い温泉に美味しい酒、そして水も滴りシャツが濡れ透けしている主様という神々しさ満開な姿を拝む事が出来、加えて現地の巨乳と話せたと思うと、大変良い街だった。
・
フルエンから移動した私達は、チャンレヨクという街に来ていた。
すぐ近くに秘された森底という場所があり、そこは周囲を岩壁のような木々に覆われた奥地となっていて、明かりも届かない程に木々が生い茂っている場所。
しかし唯一光が届く場所があり、そこには珍しい虫や鳥、そして危険が少ない上にレア度の高い魔物も生息していた。
近くに寄ったからという事で私の背に乗った主様の指示により上空からその場所へと降り立ち、生態系が狂い過ぎない程度に乱獲してからこの街に移動し、つい先程換金を終えたところである。
……まあ、私はどんくらいの額になったかサッパリだけどな!
買い取り所に持って行ったり交渉したりは主様の担当だし、そもそも私は未だにこちらの金銭的なアレソレをご存知ないので任せるしかない。
一応最初は覚えようとしたのだが、大陸というのは小さい国があちこちに点在しているようなもの。
当然ながら国が違うだけで使用されるお金が違ってくる為、それをいちいち覚えるよりはしっかりしている主様にお任せする方が早い、となったのだ。
……覚えが悪い私に説明するの、主様もキレかけてたし。
覚えが悪いというか、文化とかの部分に関しては最低限の輪郭がつかめればソレでまあオッケーという感じなので、甘い覚え方でもどうにかなる。
しかし金銭系は細かい部分までキッチリ覚えなければならないので、向こうだとコレが幾らで変えたがこっちだとコレで向こうのアレと同じ額で、みたいなのはひたすらに混乱する。
結構な頻度で移動するというのもあるし、金銭への執着が薄いのもあっていまいちどうにもならんのだ。
まあ一応様子を見ていれば何となくの相場はわかるので、そういうお店に行った時はちゃんと適した額を出しているが。
……主様も私が多少お金自由に使うのはセーフ判定してるし、うん、セーフ!
単独行動になったからという理由でそういう店でお楽しみをすると、帰った際に何故かやたらと殺されるのだが、主様も何となくむかつくとしか言わないので何となく不快な気配でもするんだろう。
私としては痛覚が無いし残機も多いのでただのご褒美。
状況と対応からすると主様が嫉妬してくれているのではともちょっと思うが、察しの良い私の勘では嫉妬というよりも不愉快の感情が向けられている気がする為、多分嫉妬では無いんだと思う。
禁止とは言い渡されてない以上一応セーフの部類ではあるっぽいので、深くは気にせずとも良いだろう。
「足がつかない物も換金したし、適当に見て回ろうか」
そう告げる主様は、袖無しハイネックなインナーを身に纏っていた。
上は羽織る物も無い紺色のインナーだけで、胸元にひし形の宝石が散りばめられているシンプルながらも豪華な衣装。
しかし目を引くのは宝石よりも、両方の脇腹部分にひし形の穴が開いている事だろうか。
……まるでヘソと背骨だけを隠してるような感じのデザインだけど、ピッチリした生地ってのもあってうっすらと筋肉やヘソの陰影が見えるの、最っ高……!
しかし上半身の露出度とは対照的に、下半身はしっかりめに覆われている。
黒地に黄色い稲妻型の模様が入っている、太もも辺りがゆったりしたデザインのズボン。
その上からベルトで留めるようにして腰回りに布が垂らされており、前側は短いけれど後ろ側は長く、まるで長めのコートを着ているかのように裾が風に揺られてひらひら揺れる姿が素晴らしい。
足は膝丈の長いブーツを履いており、銀色に光り輝いているシンプルなデザイン。
……銀の靴っていうとオズの魔法使いでドロシーが履いてたの思い出すなあ。
イメージするドロシーの靴はシンプルなパンプスというイメージなので、ロングブーツでは無さそうだけれど。
さておき、上着を羽織っていないセクシー姿な主様だが、腕部分にはしっかりアームカバーをつけていた。
といっても二の腕までを覆う黒くて薄いアームカバーに、銀で出来た手甲をつけている、という感じだが。
手首までを覆うアームカバーの為、手甲から覗くすらりとしながらも男らしい節のある手指が堪らない。
……ただこの手甲、銀で作られてるから一瞬わかんなかったけど、デザインが何となく和風なんだよな。
まあこっちにも日本って感じの国、ヒナモトとかいう場所があるそうなのでその辺で購入、あるいはそれを参考に作らせたものなんだろう。多分。
そういえばこちらの世界に来てから二年と数か月程が経過しているわけだが、未だにオリエンタル大陸へと言った事が無い事に気が付いた。
……いや、マカハドマ大陸も海越しにチラっと見たくらいだけど。
時々ネイチャー大陸やオートマチック大陸に行く事もあるけれど、基本的にはパレット大陸をメインに動くという感じ。
まあオリエンタル大陸も気にはなるが、まだ異世界に来てから二年と少ししか経過していないこの世界初心者な私と考えれば、もう少しこの辺をうろちょろして感覚を掴んでいく方が良いだろう。
そんな事考えてても主様の気分次第では明日にでも行く事になる可能性はあるし、私は私で主様が居るならマグマの中にでも飛び込む覚悟があるのだが。
……ま、主様は暑いのも熱いのも好きじゃないからマグマの中になんて絶対行きそうにないけどな。
ちなみに私の方は、上は胸を覆うタイプの黒いホルターネックであり、胸元には大きな紫色の蝶が羽を広げている。
肩や脇を大きく露出するデザインで、腕は二の腕部分に左右とも二つのベルトを巻いてある。
下は濃い青のホットパンツであり、ベルト部分からは左右と後ろをカバーするように透けている薄い布が垂らされていて、風に吹かれてゆらりと揺れた。
髪型は頭に沿って左右から寄せられた髪が後ろで縦一列になるよう編み込まれ、首の後ろで編み込みを留めるように結び、その上で毛先部分近くをもう一度髪留めで括るという状態になっている。
中々にスタイリッシュさがある髪型は露出の多い服装とも合っていて、良い感じだ。
……首の後ろで纏めた上で毛先近くを縛るっていうの、髪の毛が腕に絡まったり毛先があらぬ方向で絡まってたりってのが無くって良いな。
「とはいっても、あまり良い見所も無いようだけれど」
カツカツとブーツのヒールを鳴らして歩く主様は、肩をすくめるようにしてそう言う。
実際、この街は豊かそうに見えてそう豊かでも無いようだった。
大きな街ではあるのだが、どうにも色褪せている、と言うべきだろうか。
……貧富の差が激しい街だなって感じだ。
軽く見て回った結果、この街にはスラムがある様子。
しかしそこから離れた場所にはこれでもかという豪華な金持ち向けの場所があり、格差が凄いなあという印象を覚えた。
基本的にはスラムと金持ち層の間にある一般向けの場所が観光地扱いらしく、金持ち層の方は金持ちの家や金持ち向けの店しかないらしい。
が、特に観光に力を入れているわけでも無いようで現地人向けの店が多く見られるし、何より娯楽系が驚く程に薄い。
「何か、つまんない街ですね。街並みは綺麗だし花壇とかも整ってるのに、元気さとか瑞々しさが無いっていうか……」
ひょろいのが多いので興味無いしなーと無視していた吟遊詩人なんかも居ない。
ああいう手合いはどこにでも居て、大抵は噴水近くなんかで手持ちの楽器を弾き鳴らしながら歴史っぽいのや伝承っぽいのを語っていたりするのだが、そういった姿も見えないのだ。
「……何十年か前に来た時は、そうでも無かったんだけど。寧ろ娯楽に力を入れている街だったはずなんだが」
「そうなんですか!?」
「この辺りでも力のある、クックロビンという家名の貴族がそういうのを好んでいてね」
思い出しているのか、ふ、と一瞬だが主様の表情が和らぎ、目尻が緩んだのが見えた。
「彼らは特に不思議な伝承や物珍しい話を好んでいたから、旅人向けの街とも言える場所だった」
「どっちかっていうと今のチャンレヨクは目玉になるようなの無いから旅人はさっさと立ち去れよって気配が凄いですね」
「僕の知らない間に何かあったかな」
まあどうでも良いけれど、と主様は高台から噴水などがある広場をつまらない物を見る目で見渡す。
高台にある手すりの上で腕を組んでもたれ掛かるようなその体勢は、実に色っぽい雰囲気を纏っていた。
アンニュイな雰囲気がありつつ色気もあり、ポーズなんかはもうグラビア雑誌の表紙を飾れるレベルで雰囲気があって、後ろから見ると手すりが低く思えるくらいの高身長というのもあってお尻が強調されてて大変よろしいです。
私は巨乳派であってお尻にはあんまり興味ない派だが、主様の肉付きが絶妙に薄いお尻はどうしてこんなにも魅力的なんだろうか。
ここ二年とちょっとの間に出した結論としては、主様自身に魅力があり過ぎるからだろうな、と思っている。
「ん」
ピクリと主様が何かに反応し、身を起こして高台から下をじっと見つめ始めた。
私も近付いてそちらを見てみると、井戸端会議のご婦人たちが三人程固まっている。
「ねえねえ、そっちは今日、ドン様が来たりした?」
「駄目ねえ。やっぱり三人でお過ごしなだけあってあんまり買い出しにも出てきてくれないのよ。ドン様とお話するのがあたし達の癒しなのに」
「お年こそ召されてるけど、素敵な方だものね」
「っていうかちょっと、ドン様って! ちゃんとドゥミナシオン様って呼びなさいよ!」
「本人がドン様呼びで良いって言ってるんだから良いじゃない」
「そうそう」
きゃらきゃらと甲高い声でご婦人達は楽しそうに話している。
しかし対照的に、その話し声を高台から聞いている主様の眉間には皺が寄っていた。
……声や会話が不快、って感じでは無いんだよな。
もしそうなら主様の性格上さっさとこの場を立ち去るので、その様子を見せていないなら声や会話を不快に思って眉間に皺を寄せているわけではないのだろう。
そもそもの話、主様は何気ない表情で周囲の音をしっかり拾って情報収集するタイプなので、そういう気分じゃない時やあまりにもキンキン声過ぎるだとか喧しいだとかでなければ気にしない人なのだし。
いや、人じゃなくてキメラだけれど。
「それにしてもキャージュ様も素晴らしいお方よね。遠方に居たロシニョル様、だったかしら? を引き取るだなんて」
「何でもあの子の親族が不審な死を迎えた中でもあの子だけ生きてたから、親族として引き取ったんですって。ほら、クックロビン家って他に親族がいらっしゃらないらしいから」
「あら、そうなの? クックロビン家と言えば昔からこの辺りで活動してたから、親族が多いイメージあったんだけど……」
「私もそう思ってたんだけど、どうもそうじゃなかったみたいなのよねえ」
「それを言ったらキャージュ様もよ! 昨日の夜、下の子が夜泣きし始めたもんだから外であやしてたんだけど、そしたら散歩に出ていらしたキャージュ様に出会ったのよ! 本当に目も覚めるような美しさで下の子も泣き止んだんだけど、あそこまでの美貌を持つ人が幼い時どうだったかっていうのが思い出せなくって」
「あ、確かに! あのお屋敷に前から住んでたなら、当然幼い頃も見てるはずなのに!」
「ロシニョル様の方は、昔から時々キャージュ様のお屋敷に遊びに来てたんだったかしら? わからないけれど、ロシニョル様の方はお顔に見覚えがあるのよね」
「でもロシニョルなんて名前には聞き覚え無いわよ?」
「そうなのよねえ」
「前にお屋敷に住んでらっしゃった旦那様達の面影かしら?」
「……あら? そういえばキャージュ様は天涯孤独で、ドン様が執事として一人で支えてるって言っていたけれど……先代の方々の訃報なんてあったかしら?」
「あれ、そういえば」
「無かったような気が」
「ありましたよ」
きゃらきゃらとした声の勢いが小さくなり始めていたその時、優しく低い声がそうハッキリと断言した。
見れば、そこには白髪頭のご老人が立っている。
セットしてあるようにも見えなくはないくしゃりとした癖のある白髪で、前髪が僅かに右目を隠していた。
パンが入った紙袋を抱えているその人はシックな燕尾服を身に纏っているが、しかしよく見ると見かけによらずしっかりした筋肉があるようで、肩から二の腕に掛けて、そして胸筋や太ももの筋肉が分厚いのが布の張り方からよくわかる。
「ありましたとも」
180センチはあるだろうすらりとした身長の老執事は白くふさふさした眉を下げ、赤い左目をゆるりと細めた。
口元は整えられた白い口髭が口を隠してしまっていて見えないが、口髭の下では口角を緩やかに上げているのだろう笑み。
が、その声色は優しい笑みとは対照的に、それ以外の発想を許さないとばかりの強さがあった。
「あったから、あの方が当主になったのです」
ご婦人達と私達以外居ない噴水広場で、老執事は穏やかな笑みを浮かべてそう言い、予想外に強い言葉で断言する彼を不思議そうに見ているご婦人達の肩に触れる。
それはパンを抱えているのとは違う方の手で、軽く、しかしスリのような素早い動きで行われていた。
「……そう、だった気がするわね」
「ええ、そうして円満に引き継がれたんだったわ」
「だから他の親族にお伝えして、そこでロシニョル様が一人で取り残されているのを知って心を痛めたキャージュ様がお引き取りになられたのよね」
「その通りですとも」
そうだったそうだった、と先程までの不審さが滲み出ていた表情とは違い、のほほんとした世間話のテンションに戻ったご婦人方が穏やかにそう言い合う。
腑に落ちたかのように、思い出したかのようにそう言って、ご婦人方はそういえば用事があったと普通に解散していった。
残っているのは、パンを抱えた老執事のみ。
……今の、明らかに不審だったよなあ。
老執事が強く言う、というよりも、ご婦人達に触れた途端に先程までの疑念が散ったかのような光景だった。
一体どういう事かと思って見ていれば、年齢不相応に筋肉が備わっているだろう老執事はピンと背筋を伸ばしたまま、ぐるりと首を横に傾けるようにしてこちらを見上げる。
その動きで彼の長い前髪が横に流され、赤色と青色の二色と目が合った。
……あ、オッドアイ。
隠れていた右目は色が違ってたのかと思ってぼんやり見ていると、彼はにこりを目を細めてこちらへと微笑みかける。
しかし赤い左目は普通に細められているのに対し、青い右目は細められる事も無く、ただこちらを見つめていた。
何ならその青い目とは目が合っていないような、そんな錯覚を覚える無機質な目だ。
「お久しぶりですね、諦観者様。まさかこの街で顔を合わせるとは」
「僕は会いたくなかったよ、執事」
横の主様は相当に嫌なのか、めちゃくちゃに顔を顰めながら鋭い舌打ちを放つ。
この言い方からして、どうやらあの筋肉老執事はキメラらしい。
「キミが居るという事は、どうせ鳥籠も居るんだろう」
「ええ、勿論」
笑顔で首肯された主様は、本気で忌々しそうに再びの舌打ちを零していた。




