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酸の海から温泉地



 結局あれから主様は呆れながらも私に待てをさせ、飽きるまでの三時間程の間、魅惑で蠱惑で最高に生殺しな状態を続行してきた。

 しかも本当に一切私からは触らせてくれなかった。

 何て生殺しだと床を叩きつけはしたものの、実際のところ最高の体験をしたのも事実なので文句は言えず、全力のありがとうございますを叫ぶしか出来なかった。


 ……だってアレは感謝すべき至福の時間だったから仕方がない……!


 そうして私達は昼頃になってから、()()が住まう禁断の城を出た。

 何でも周辺からは禁断扱いされている城だったようで、入れば最後気が狂うとか。


 ……うん、間違っては無いな。


 アレは確かに常識人程気が狂う空間だったので間違いない。

 禁断扱いされるのも納得だった。

 ちなみに城は海を眺める事の出来る高台に建っており、普通にめちゃくちゃ好物件の立地。

 近くの集落もそれなりに人の交流がありつつもそこまで派手ではなく、海の近くの村は漁業で成り立っている様子。

 ()()()と出会った時の港町は奴隷貿易が普通に存在していたが、この辺はそういう雰囲気が無い、朗らかな空気を纏っていた。


 ……神聖さは無いけど、朗らかな素朴さがあって良い感じだったな。


 私がキメラでなくて人間のままだったら定住を考えたくなるくらいには距離感を良い感じに弁えつつフレンドリーな土地だった。

 まあそれぞれ助け合っているというのもあって、こっそり人間を食おうものならすぐバレそうな部分はキメラとしてはマイナス点だが。


 ……人間としては治安が良いけど、加害者であり捕食者側なキメラからすると厄介っていう。


 うーむ複雑。

 ここしばらくあちこちを見て回った感じからすると、豊かな国ほど孤児とかホームレスがたんまりそこらに転がっている。

 貧困に喘いでいる国もまたそこらじゅうに今にも死にそうなのが落ちている。

 しかしこういう、特別豊かというわけでは無いけれど食う物に困るわけでもなく素朴に繁栄している地域というのは、そういうのが殆ど居ないのだ。

 そうなると人間を食らっている側としては厄介な為、早々にあの辺の土地を去った。


 ……本当、あんな土地で()()はどう食い繋いでるんだか。


 まあ私達をいきなり城へとご招待したのと同様、窓越しに遠くのどこかに居る孤児とかをとっ捕まえて食らう事は出来るだろうし、ミルクポットに人間の血がたっぷり入っていた事からすると、謎の起承転結で豚肉が人肉に変化する事もあるかもしれない。

 要するに()()相手にまともな事を考えるだけ無駄だから深くは考えるまい。

 仮に()()が飢えていたところで、私や主様に害があるわけではないのだし。





 そんな感じで禁断の城を出て、早くも一年が経過した。

 つまりは異世界に来てから二年が経過した、という事になる。

 主様に見惚れていればあっという間の時間だった。


 ……まあ、今も変わらず見惚れてるんだけどな!


 ここ最近まではオートマチック大陸にある酸の海を見に行っていた。

 そういう名前なだけの普通の海、というわけではなく、本当に酸の海だった。

 どうも元々は陸地と陸地の間にある狭い海だったようなのだが、オートマチック大陸がメカメカしい方面に特化していくのと共に、まあ、当然ながら機械油やらによる汚れが大量発生しているようで。

 ようで、というか実際そこら辺を歩くだけで錆だらけの工場感満載な光景が広がっているのだが、酸の海はそういったものの弊害で出来た海だった。


 ……何だろうな、こう、名前から風の谷のお姫様なあの映画を思い出すなって思ったけど本当にその通りだったっていうか……。


 流される汚水が蓄積された事によって海の質が変化し、その特定の場所は生き物を溶かす海へと変化していた。

 近くに居るだけで吐き気を催す酷い匂いがする、というか、こう、シンナー臭さに生ゴミの臭いを足したような悪臭だった。

 ゲロの臭いによって貰いゲロをするアレのように、悪臭の影響で思わず吐くかと思ったくらいだ。

 見る安定剤な主様が居たから良かったものの、そうじゃなかったらゲロゲロだった。


 ……しかも周辺は人が住んでないし、改善する動きがあるんじゃないかと思っていればそんな気配は一切無いし、何ならわざわざ遠くから不要物とか産業廃棄物を不法投棄されまくってより一層酸の海の範囲が広がるっていう悪循環がなあ……。


 酸の海が広がるのもそうだが、そういった不法投棄によって年々酸の海の殺傷能力が向上しているとの事。

 距離があるとはいえ比較的近隣の集落にある酒場で飲みついでに現地人へと質問してみれば、酸の海を解決するよりも自分達の生きる糧となっている工場系を優先せざるを得ない状況なんだとか。

 交通の便もそうだし、それらの仕事をする事で食い繋いでおり、既にそういった仕事の影響で田畑は完全に潰れて畑を新しく耕そうにも土自体が死んでいるという現実。

 それならば自然を犠牲にして人間達が食い繋げる方を選ぶ、という感じになっているそうだ。

 そうやって目を瞑ってると本気で取り返しのつかない段階になった時に一瞬で滅ぶ気がするが、まあ関係無い人達なので大変だねえで話を終えた。

 わざわざ忠告をする義理は無いし、正論の忠告をしたところでそれが受け入れられる気配も無かったので。


 ……地球でも異世界でも同じように文明を一気に成長させ過ぎて自然を滅ぼして、結果的に自然の産物の一つである人類がピンチに陥る気配させてるってのは、うん、人間らしいよなあ。


 知恵は大事だが、過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 神様がエデンでアダムとイヴに知恵の実は食うなよ! 絶対食うなよ! と言った意味がわかるというものだ。

 身の丈に合わない大きさの知恵を実行しちゃうと、周りも巻き添えにして滅んじゃうもんなあ。

 正直、便利さよりも汚水とかを分解して状態を良くする物を作る方が話も早く済むだろうに。

 科学的なアレソレは専門外なのでまったくもってわからんが、成分を分解して抽出して髪の毛からダイヤモンド作るとかが出来るんなら、汚水だのを上質な水に分解するくらいの技術はありそうなものだが。

 理系全滅な私にはわからないけれど、他の発明に比べて難しいのかねえ。


 ……ま、結局のところ今は異世界に居るわけだし、何なら不死身のキメラになってるってのもあって何が起ころうと私達に問題は無いわけだけど。


 自然が滅んでも生きていけるし、人間が滅んだら飢餓状態に苦しむだろうけど生存自体は可能だろう。

 ただ、世界がかなりつまらない世界になるだけで。

 やっぱり色んな人間が居るからこそ素敵な娯楽が生まれるわけだしなあ。



「随分大人しいけれど、湯あたりでもしたのかい?」


「いえ! 主様の美しさに見惚れつつ人類の愚かさについて考えてました!」


「どういう思考回路をすればそんな状態になるんだ……」



 ちゃぷりとお湯に波紋を生みながら、ハァ、と主様は溜め息を零す。

 酸の海から移動してパレット大陸に戻って来た私達は、酸の海の悪臭やらで不快だったからこそリフレッシュ、という事でパレット大陸でも有名な温泉地へとやって来ていた。

 この温泉地はフルエンと言うらしく、元々はとても巨大な自然温泉があり、その温泉目当ての人々がやってきて、定住する人や温泉目当ての人狙いで宿屋や土産屋が増え、そのまま街になっていったとのこと。


 ……宿場町ってこういう感じなんだろうなあ。


 あんまり遠出するタイプじゃ無かったので碌に知らないけれど。

 修学旅行では奈良で鹿に囲まれてたかられて結構ビビった思い出が色濃過ぎて他がぼんやりしてしまっている。

 あいつら幼児くらいの勢いで迫ってくるからな。

 さておき、今居るのはその巨大な自然温泉、ではなく街の中にある施設の温泉。

 とはいっても流石に温泉で繁栄しているだけはあって相当に豪華な作りで、露天温泉も室内温泉もある辺りバラエティ豊か。

 まあ温泉とはいっても普通に開けた場所、加えて混浴なので、皆水着を着用しているが。


 ……混浴っていうか、温泉プールって感じだ。


 そのお陰で主様の水着姿が見られるのでこの土地には感謝感激雨あられ。

 人前という事もあってしっかり擬態している今の主様は青いラインが入っているスパッツ型の競泳水着姿。

 こちらの文化を知らないので競泳水着という名称で良いのかは不明だが、デザインとしてはそういうピッチリしたタイプであり、筋肉の陰影がハッキリクッキリで拝みたい程に最高だった。

 ちなみに上には薄手で半袖な白いシャツを羽織っており、防水というわけでも無いのでお湯に濡れて主様の肌色が透けている。

 お湯の中では揺らぎを見せ、お湯から出れば主様の肌にぴったりと張り付いてその素晴らしい体型を浮かび上がらせるとは何て良い仕事をするシャツだろう。

 正直言ってシャツになりたい程羨ましいが、お陰で濡れた主様のセクシーショットを拝む事が出来ているので感謝一択。


 ……実際こんな光景、セクシーショット入りの写真集じゃないと見れないような光景だもんな!


 まったくもって実にありがたい。

 尚、私の方は実にシンプルな水着である。

 上はホルターネックなバンドゥビキニであり、黒い生地にワンポイントとして真っ赤な大振りの花が左胸に咲いている柄。

 首にはコイン型のチャームがついた細めのチョーカー。

 髪の毛は後頭部の上の方で二つのお団子にされており、髪の量と長さから毛先が少しばかりはみ出しているものの、それすらも計算されているように思える仕上がりとなっている。


 ……水着って事で、下は何も履いてないけど。


 履いていないというか、コルセットと繋がっているハイレグ状態なので下を履く方が不自然になってしまう為、そのままという事になった。

 私自身コレは違和感こそ無いけれど装甲感があるので羞恥心的には問題無い。

 実際、適当な布よりも防御力は高いだろうし。

 そんな事よりも一番の問題としては異世界に来て二年経過しても尚主様に興奮する度に擬態が解けてしまう足だが、温泉の中ならわざわざ見られないので良いだろうという事になった。

 温泉から上がって靴履くまでの間に主様へトキメキを覚えたら一発アウトというイライラ棒並みの難易度な問題はあるけれど、そこはチョーカーのチャームに仕込まれた魔法で誤魔化してある。

 誤魔化すといっても体の一部に違和感を抱かせないという、一般的には酷い火傷なんかを負った人が使用して対人関係での問題が発生しないようにする代物らしい。

 それを応用し、仮に足が蹄になっていようとも違和感を抱かせないようにしているわけだ。


 ……まあ、流石に魔道具系のプロとか察知能力に長けてるようなのが相手じゃバレるみたいだから本当に気休め程度にしかならないのが、なあ。


 靴の方は纏足靴と気付かれない細工をしており、気付かれても纏足靴である事が発覚するだけなので誤魔化しが利く。

 しかし今回の場合、靴というフィルターが無いので聡いヤツが居れば一発アウトとなる為、こういった魔道具に頼れば纏足靴を卒業できる! とはならないのである。

 誤魔化していようが蹄状態じゃサンダルも履けないし、擬態して履いても主様に興奮した瞬間に蹄に戻るから結局サンダルを履くどころじゃない為、結局は纏足靴履いてるのが一番面倒が無いという事実よ。

 この一年で主様の気が向く度に色々と試してみたが、結論としてはそういう感じに着地した。



「いやあ、それにしても良いですね温泉! ある、ラシー様と同じ温泉に浸かっているのも最高ですが、ラシー様の水着姿を見る事が出来たのもポイント高いですよ!」



 人前という事で念のために呼称を変えつつ拳を握ってそう告げれば、主様は呆れたように目を眇めた。



「一体何のポイントなんだか」


「私のハッピーポイントです! 高まるごとに興奮値が上がります!」


「この世の何よりも不要なポイントだな」


「褒め言葉です!」



 ヤッターと喜んでいれば、主様は一つ溜め息を零す。



「まあ、キミが銀を苦手としていない性質で良かった。その方が服装の組み合わせも増えるし、その分だけ僕がキミに見飽きずに済む」


「え?」



 どういう意味かと首を傾げれば、主様は鋭い爪が輝いている指をこちらの首元へと向けた。



「そのチョーカー、平気なんだろう?」


「あ、はい、特に何も問題は無いですよ?」



 銀で出来たチャームがどうかしたんだろうかと思いつつ、チャームを指先で軽く弄る。

 温泉に銀細工って変色するんじゃなかったかと思っていたが、流石に何らかの加工が施してあるようで特にそういった傾向は無いようだった。



「僕らの中には、一定数で銀を苦手に感じる性質を持つ者が居る。大体……半々くらいで銀を苦手に感じるらしくてね」


「そうなんですか!?」



 二年目にして初耳の情報だった。

 僕らというのは確実にキメラの事だろうから、キメラの生態として半分くらいは銀を苦手と感じるらしい。


 ……太陽光はちょっとだるい程度だけど、それは全体にある事だっけ。


 対して苦手とハッキリ言うのであれば、太陽光よりも苦手意識が発露しがち、という感じなんだろうか。



「僕は特に苦手意識を抱いた事は無いが、苦手に感じる者は本当に苦手らしい」


「へえ……アレルギーみたいに蕁麻疹でも出るんです?」


「いや、ただ苦手なだけで何等かの症状が出たりするわけじゃない。苦手な柄くらいの感覚だそうだ」


「あー、出来れば直視したくないし触りたくないなって感じのヤツ……」



 銀にそういう感情を抱くのはよくわからんままだが、言わんとする事は何となく理解した。

 ぎょろっとした目が描かれているファンキーなシャツとかは結構目を逸らしたくなるものだ。

 リアルな目が印刷されているだとか、ホラー映画の超怖いワンシーンを切り抜いた画像だとか、そういうのも一瞬見るだけでウワッとなるし勘弁してくれよと思ってしまう。

 本で言うなら、漫画でリアルなゴキが描かれていると、いくら紙面とはいえその部分に触れたくないなと思うようなものだろう。


 ……成る程、確かにそれなら症状が出たりはしないな……。


 太陽光のようにちょっとしただるさを感じるだとかも無く、聖属性への生理的嫌悪感のようなものでも無く、ただ単純にウワッと思って目を逸らしたくなる感覚。

 それだけなら可愛らしいものだが、キメラの半数がその感覚を持っているとは。


 ……アレか? 確かキメラは人工兵器だったからコントロールする用としてしつけに使う為の苦手な何かっていう感覚を植え付けた、とか?


 真偽は知らないが、今までにちらほら聞いた話からすれば普通にあり得そうな可能性だった。



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