至福の時間
半目でこちらを見ていた主様だったが、いつもの事だと判断したのか溜め息を一つ吐き、近くにあった小さな机へと当然のように腰掛ける。
すらりと長い足が組まれる姿は最早芸術品と言っても差し支え無いだろう。
……今の格好がまたよく映えて眼福だ……!
今の主様は、上は襟が立てられて胸元が大胆に開かれている黒いシャツ。
それに縦ストライプの真っ赤なベストを着用し、その上に真っ白いジャケットを着用している。
下は上着に合わせた白いスラックスで、腰左側のところにはちゃらりと金色のチェーンが下げられており、主様が動く度にちゃらちゃらと音を響かせていた。
擬態を解除している為に拝む事が出来る、黒と赤の目。巻かれたツノ。ボリュームのある尻尾。そして爪が床と擦れ合ってカチャカチャと音が鳴る獣の足。
……主様の組まれた足ってだけでエロさが百点満点なのに、そこに加えて獣の足がスラックスの裾から覗いてるってのも点数高いな……!
私は筋肉があるかどうか、そしておっぱいがあるかどうかで判断するのでケモ系も好みのボディしているかどうかが重要だった。
しかしそれらをクリアしている上に性格面もこれ以上無い程に好みな主様が相手となれば、例え火傷痕があろうが腹部分が抉れてモツがボロリしていようが愛おしい。
比較的グロ寄りだろうそんな状態だろうと愛おしく思えると確信する程の存在である主様の足が獣の足というのは、こう、要するに凄く興奮する。
……貴族の風格を醸し出してて、座って足組んでる姿は今にも足元にすり寄って侍りたい程に王者って感じで、カッチリしたスーツを着てて、そこに獣の足はずるい……!
ホストか極道かなって感じのカッチリスーツを着こなしているからこそ、パリッ、ピシッ、という感じの雰囲気を纏っている主様。
そんな主様の足元が野性味溢れまくりな獣の足というのは、今にも這いつくばって足を舐めたい程にマゾの心が興奮してしまう。
「と、ところで主様は今までどこに!?」
しかし正直にソレを告げるとまたドン引きされてしまうので、自制心を働かせてそう問いかける。
大丈夫、私は理性があるので耐えられる。
主様の方も別行動している間に一人で居たい気分でいる事に飽きでもしたのか、ああ、と普通の様子で口を開いた。
「特にどこ、というわけでも無いけれど、適当に歩いていたよ。適当に歩くのにも飽きてきたなと思っていたらここに出た」
「そうだったんですね!」
「キミの方はどうだったんだい?」
「同じく適当に歩いてました! ここは良い筋肉も良いおっぱいも居なくて駄目ですね! あ、でも成り行きで暴君の過去話は聞きました!」
「へえ。まともに会話が望めない相手とよくそんな話が出来たものだね」
「いやあ、色々ありまして」
爪の先で頭を掻きつつ、主様の様子を探る。
ここで楽し気な色を目に灯してこちらを見ているようなら続きを話せ、あるいはその話を詳細に話せといったアピールなのだが、今の主様は相変わらずどうでも良さそうな顔でこちらを見ていた。
別に話しても良いし話さなくても良いや、という本気でどうでも良い時の顔である。
……うーん、話してもぐだらなければセーフ判定出そうだけど、本当にただの暇潰しにしかならなそうな……。
主様のテンションが上がってない時につらつら語るのも何だかなあ。
アレだ、今の主様のテンションは別に見たいテレビも無いけど何か音が欲しいなって時に適当な音楽番組や料理番組、旅番組をとりあえず流す時みたいな雰囲気を纏っている。
無いよりはマシだけれど別にそれでテンションが上がるかと言えばそうでも無い時のヤツだ。
……そこに加えて主様の場合、こういう時はいきなりテンションが振り切れる時もあるし。
一気に興味深そうな顔つきになって詳細を聞き始める時もあれば、飽きたと言って物理的に一刀両断して話を強制終了させる時もある。
まあどっちに転んでも私にとっては得だから、そう考えると別に話を続けても良いかもしれない。
ふむ、有りだな。
「ちょっと色々歩いて、その、主様の服の残り香を堪能しつつソロプレイに興じようと思って良い感じの個室を探してたら暴君の自室らしきガランとした部屋に行きつきまして、そこでちょっと一回ぶっ殺されたりというイベントがありました!」
「……色々言いたい事はあるけれど、僕が脱ぎ捨てた服に性欲をぶつけるのはやめろと言っておいたはずじゃなかったかな?」
頭痛が起こったかのように主様は胡乱げな目でこちらを見つつ、指先でトントンとこめかみ付近を軽く叩く。
お前の頭イカレてるなというジェスチャーというよりも、理解不能で頭が痛くてイライラしてきた、というジェスチャーのようだ。
「確かに主様にはそう言われました! やめろと言われたのは覚えてますし、流石の私も主様が居る前でそんな事はしません! だって目の前に主様という最高の存在が居るから、残り香付き衣服という最高プレミアな超素敵アイテムよりも主様の方に意識が向きますし! まあそれはそれとして当然のようにわあいプレミアアイテムだーとは思いますが、目の前に主様が居るなら常に主様を見ますね! 一挙手一投足を見逃すなんて惜し過ぎます!」
「…………正直なのは良い事だけどね」
ハァ、と主様が溜め息を零す。
「それで? この僕が居て、この僕がやるなと言ったのに、何故またやろうとしたんだい?」
「いえまあ同じ城内には居ますけどやっぱり目の前に主様が居るのと居ないのとでは全然違うと言いますか」
思わず早口になりつつ、どうにかこの気持ちを説明しようと私は胸の前でろくろを回した。
「目の前に主様が居るのであれば、他の何よりも主様が優先されます。これは自然界の法則に近いレベルで絶対です」
「良い心がけだ」
ふむ、と主様は少し機嫌が上へ向いたらしく、口の端をにんまりと吊り上げる。
混ざっているのは狼と羊だったはずだが、目を細めたその笑みは横長の瞳孔以外、実に猫のような笑みだった。
「ですが! 目の前に主様が居ないと主様が恋しいし寂しいし、何より他に何かやりたい事があるわけじゃないしって感じでして! そりゃ目の前に好みの筋肉とか好みのおっぱいが居て、その場に主様が居ないってなれば! 私は目の前の誘惑にほいほいと誘われます! でもそれすら無い!」
「どうしてキミはこうも瞬時に僕の機嫌を降下させる事に長けているんだろうね」
主様は眉をピクリと動かし、小さく舌打ちをしたかと思うと爪でテーブル代わりの大きな椅子を少しばかり引っ掻いた。
苛立ちでテーブルの表面を軽く引っ掻くような気軽さで、椅子の表面が鰹節のように削れている。
ナチュラルに器物損壊をやってのける主様、最高。
器物損壊している姿が良いというよりも、意識的に壊そうとしているわけでは無いけれど無意識に何かを壊せる程の力がある主様、という図式が最高に興奮する。
「そういうわけで主様と離れた事で足りなくなった主様成分を摂取しようと思い立ったわけです! その場の筋肉やおっぱいに興奮して夢中になる事で寂しさを忘れる事も出来ますが、それが出来ませんでしたからね!」
「…………本当に」
主様は目を細めてこちらを見たかと思うと深い深い溜め息を吐き、机から立ち上がってこちらへとやってくる。
真正面までやってきた主様は僅かに背を屈めて私の顎を指先でクイと持ち上げ、こちらの目をまじまじと覗き込んだ。
「お前は何故、この俺の代わりを他が勤める事が出来るかのように言うんだ?」
「最高のスイーツを知ってても、糖分欲しいなってなったら他のスイーツでも満足は出来るし何なら砂糖を舐めるのでも一応糖分摂取は出来るので! 叶うなら主様と一緒に居られるのが最高ですけどね!」
「当然だ」
「おぶっ」
顎クイから突然顎を掴まれてそのまま本の形をしたベッドの上へと放り投げられた。
広げられた本の形の為、キングサイズ並みの大きさをしているベッドのど真ん中でよっこいしょと起き上が、れなかった。
「俺に本心から仕えている癖に、あっさりと他で代用するその性質が気に食わない」
「はぇ」
言葉とは裏腹に楽し気な笑みを浮かべている主様が、私を押し倒すような体勢で四つん這いになり、真上からこちらの顔を覗き込んでいた。
その楽しそうな、嗜虐に満ちた笑み。
吊り上がった目が弓なりに歪んでいて、口の端が耳まで裂けているかのよう。
そんな笑みに見下ろされていると認識すると同時、語彙力が一瞬でとろける程の興奮がぞくぞくと腰を駆け上る。
こういう、一瞬でいきなり気分が変化するところもまた主様を最高たらしめる要素の一つだ。
「おすわり」
「え」
押し倒された体勢で嗜虐的な笑みと共に見下ろされるという状況にはへはへしていた為、突然の言葉に理解が遅れる。
その事に主様は笑みを深め、真っ赤な目を怪しく光らせた。
「聞こえなかったのかい?」
「あでっ」
頬をなぞりながら私の頭へ伸ばされた手が、容赦なくヤギ耳をぐっと引っ張る。
激痛では無い、私が痛みを感じてあいたたたとなる絶妙な加減。
痛いは痛いが激痛とは言い切れない、充分に耐えられる痛み。
マイルドなそういうプレイとも言える痛みに、またもやゾクゾクとした興奮が全身を駆け巡る。
「座れ、と俺は言ったんだ。その程度の命令も聞けないのか?」
「はへぇい!」
低い声から放たれるその言葉に、私は反射的に跳び上がって正座していた。
真上に居る主様にぶつかりそうなものだが、流石は主様と言うべきか、こちらの動きを読んで当然のように直撃しないよう身を引いて避けていた。
「ふむ」
正座するこちらを見て満足げに頷き、主様は当然のように私の膝へと腰を下ろした。
横向きに座り、支えの為か私の左肩へ右腕を乗せ、何度かもぞもぞと動いている。
……これは夢か……!?
私よりも大きな主様の体が私の膝に乗っていて、体温と重さをがっつり感じる事が出来て、吐息が目の前で、立派な胸筋も目の前で、触れているところからひんやりした筋肉の感触が伝わってくる。
そのとんでもない極上の光景に、私は体温が高熱化しないよう自分を抑え込めるので精一杯だった。
今この場で体温が高熱化すれば、ベッドが発火して主様も去ってしまうだろう。
ベッドが駄目になるくらいなら別に私の所有物じゃないからどうでも良いけれど、せっかくこんなにも密着してくれている主様との時間を終わらせたくはない。
しかし主様は高熱を嫌う為、本当に必死で抑え込めるしかない。
わりとテンションが体温に出る私としては、今の大興奮状態でちょっと体温高めなくらいを維持出来ているというのは奇跡に近い所業だった。
それもこれも、目の前に広がる極上の幸せを逃さない為の根性と欲望によるものだ。
主様を思いやる心と言って綺麗に取り繕う言い回しも出来たけれど、実際のところは根性と欲望でどうにか奇跡を維持してるようなもんなのでこっちで正解。
「この座り方だと収まりが悪い」
「あ、はい!」
こちらのこめかみに頭を擦り付けてからの上目遣いで睨むという最高テクニック。
もう何だかちゃんと主様の声や言葉を聞き取れているかが定かじゃないが、とりあえず正座をやめて胡坐を掻く体勢へと変えてみる。
脳みそがとろけてるのか、主様の言ってる事は理解出来ているはずなのに認識出来ないという不思議な気分だ。
「よろしい」
「ひ」
ご機嫌に目を細めた主様が尻尾をぱたりと揺らし、私の首の後ろで手を交差させるように腕を絡ませたかと思うと、そのまま目尻をべろりと舐められた。
ひやりとしたぬめりと厚みのある何か、というのは当然のように主様の舌で、遅れてその事実を理解する。
理解すると同時に体温が急上昇しそうになるのを必死で抑え込む為、最早言語はどこか遠くのお空へと飛んで行ってしまったようだ。
今は語彙力に割く余裕が無いのがよくわかる。
「あるじさ」
「動くな」
主様を抱きしめようと腕を動かしたところ、腕を首に回されたままガッと首を掴まれた。
「キミから触れる事は許さないよ、シキ」
「名前!?」
「喧しい」
黙れという意味なのか首を掴む手にぐぐぐと力を籠められる。
致命傷では無いし呼吸も不要ではあるが、息がし辛い掴み方だ。
しかしすぐに手を離され、主様はそのまま身を擦り付けるように動き始める。
まるでマーキングをするような動きだった。
……はわわ主様の短い髪の毛が擦れるチクチク感最高……!
主様は硬すぎず柔らかすぎない髪質なのでチクチクという程でも無いが、短髪だからこその感触にゾクゾクする。
何より主様の方からこんなにも触れてくれるというのが天国見えそうな程にとってもエデン。
「もし」
「んひ」
主様の豊満な雄っぱいを顔面に押し付けられるように抱きしめられながら、低い声でヤギ耳へと囁かれる。
「キミから僕に触ろうとして、そして実際に触れたなら……この時間はおしまいだ」
どうしたら良いのか、わかるね?
甘さとねっとり感を絡ませた声で囁かれると同時、僅かに身を引いた主様は私の手を取り、その手を主様の胸元へと導いてゆく。
主様に手を取られ、私の指が主様に動かされるまま、主様のミッチリ詰まった胸元へと触れた。
思わず手に力を入れて揉みしだこうとしてしまう本能と欲望を抑え込んで人形に徹するも、指先から触れるひやりとした体温、脂肪と筋肉が最高のバランスで構築しているのがわかる胸筋の感触。
それらが脳みそへ直に叩き込まれ、今にも鼻血が吹き出しそうだ。
……というかヨダレは既にノンストップ状態なんだよな!
表情が凄い崩れている自覚がある。
もうはへはへと息を荒くしながらヨダレを垂らして目の前の主様に夢中状態。
ゲームで敵キャラとかに魅了されてメロメロになると一ターン行動不能になったりするが、私はアレ、メロメロなら尚の事三代目大泥棒のようにダイブをかます事で攻撃出来るんじゃないかと思っていた。
だが、それは無理だ。
こんな最高の据え膳を前にしているとはいえ、ここで動けば全てがおじゃん。
何よりこの至高の時間を堪能する為にはそんな愚行など犯せるはずがない。
成る程、あの時ゲーム内の敵キャラによるぱふぱふで動けなくなった武闘家キャラは前かがみ硬直をしていたわけではなく、ひたすらに堪能していたというわけか。それじゃあ仕方ない。
……こんな状況下で下手に動けるはずないもんな! わかるよ!
私の手を使って胸をなぞらせていたかと思えば、飽きたオモチャを放り投げるように手を離された。
そして少し身を屈めた主様は私の喉に顔を寄せ、べろぉ、と舐める。
唾液をたっぷり絡ませた、それなりの厚さがある舌の感触。
氷入りの水を飲んだ直後かと思うようなひやりとした温度。
そのまま食み食みと唇で噛むように遊ばれたかと思えば、軽く牙を立てられる。
しかしそれも喉を食い千切るようなものではなく、牙が皮膚を貫かないよう調節された甘噛みだった。
喉という急所を優しく甘噛みされているという事実、膝の上にある重さという事実、滅多に無い程の密着を主様の方からしてくれているという事実。
それら全部が、脳みそをとろかすような、蜂蜜を直に舐めた時の喉が痛くなる程の甘さの暴力のような、そんな勢いで私の全身を痺れさせる。
「あ、るじ、ひゃま」
「…………」
「ぅひ」
牙が皮膚を貫かないようにというのは同じだが、やわやわと肉の感触を確かめるような甘噛みから、一瞬だけ強めにぐっと力を入れられた。
思わず喉の辺りが反射的に強張るものの、それに満足したのか主様が顔を上げる。
「何か、文句でもあるのかい?」
熱そうで、しかしその実とても冷えている真っ赤な舌が吊り上がった口角からちろりと覗いた。
長い睫毛が影を作っている目元は楽しそうな弓なりのままで、その表情だけで意識がぶっ飛びそうになる。
「いや、あの、もう、これ以上耐えるの無理です主様……! 生殺しが酷い……!」
「知らないね」
「んんんんん」
顎の付け根、本来は耳がある部分を指先でこしょこしょと擽られる。
今はヤギ耳状態なのでその位置に耳は無いが、くすぐったいというよりも快楽がやってくる触り方だった。
「あの、本当、主様、も、無理ですってば! 最高に幸せで大興奮で永遠に続いて欲しい時間なのはそうなんですけど、これ以上は本当、理性が焼き切れるんですってぇ!」
飲み込む余裕も無くてだらだらと口の端から垂れているヨダレをそのままに、私は荒い息でそう告げる。
あまりにも主様を凝視していたからか、乾燥から眼球を守ろうとしたのだろう涙がぼろぼろと流れ落ちてゆく。
死体がベースとなっているキメラなので眼球保護は実質不要なはずだが、恐らく反射的なものだろう。
「せめて私からも触りたいれひゅ主しゃま! もうここまでの間に興奮と歓喜と接触による快楽で実は三回フィニッシュ迎えてますからね!? 脳みそとけちゃいますよこんひゃの!」
「その自己申告は要らない」
呆れた目で溜め息を吐かれたが、事実なので仕方がない。




