猫好き特攻スプラッタ
暴君は頭を潰された事を特に気にしていないようだった。
「まあ大事な存在を傷つけられたらそうなるのはわからなくもない。諦観者は眷属をそこにあるだけの使い捨てくらいにしか思ってない様子だったから、意外ではあるけどな」
寧ろ興味深そうに私の頬を指先でつんつこつついてくる。何だコイツ。
「爪尖ってないから良いけどつっつかないでくれる? お前がムキムキの筋肉とか胸筋による豊満な雄っぱい、あるいはおっぱいが大きい美女だったりしたなら全然つついてくれても良いし寧ろこっちから体の至るところをエロい意味でつつかせて欲しいってくらいだけど、お前筋肉質ではあっても筋肉量的にあんまり好みじゃないからそういう気分にならないし」
「諦観者、本当に何でコレを気に入ってるんだ?」
「気に入ってるわけじゃない。ただソレは僕の所有物であり、僕は僕の物が無断で壊された事が気に食わなかっただけだ」
「わあい! 主様からの所有物発言ご褒美です! あわよくば足置きにされたい!」
「されたいなら後でしてあげるよ」
「ヤッター!」
今の主様は機嫌が良い方なのかオッケーが出たので勝利の喜びに拳を突き上げる。
主様は機嫌次第では私の言う事にあっさり応じてくれたりするし、気分次第でまた今度ねという延長が発生する時もあるとはいえ、根本的に生真面目さがあるからか自分で宣言した以上は実行しようとしてくれるのだ。
……いやあ、ありがたいな!
欲望も欲求も喜びも全部を素直に口に出しちゃう私としては最高の主様だ。
基本的にドン引きされるのが基本だが、言った事に応じてもらえる時もあるとなると生前以上に口の滑りが良くなっている気がする。
……言霊ってヤツは本当にあるんだなあ。
願い事を言うと叶わないとか言われているが、望みを叶える為にはガンガン言う方が良い。実体験してるから間違いないぜ。
「うーん……よくわからないが、楽しそうなのは良い事だな! 私も誰かと一緒に居たいが、いまいち良い相手が居ないのがなあ」
むうん、と暴君は困ったように首を傾げて腕を組む。
「誰かが私の城にずぅっと居てくれれば、わざわざ客人を探す必要も無くなるんだけどな。一人でのお茶会程空しいものは無い。とはいっても殆どはこの城のルールが合わないのか気を狂わせてしまうし、キメラは長居してくれないし」
溜め息を吐きながら私の隣の椅子、の背もたれ部分へと座った暴君は首の後ろをぐるりと覆うように肩へと乗せていた猫の首を掴んで膝に乗せ、指先でカシカシとその喉を撫でる。
柔らかい毛をふわふわさせながら心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らした猫に微笑みを向け、暴君は猫のその細い首を両手で囲い、力ずくで首を外した。
……えっ。
アニマルセラピー的に目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしている猫にほんわか癒されていたら途端にトラウマ級のスプラッタが開幕してるんだがどういう事だ。
首を外した、というか皮も肉も骨も関係無く力ずくで引き千切ったという感じだった。
暴君は先程まで愛しい物を相手にするようによしよししていたとは思えない程に通常運転。
表情を変えたりする事も無く、本当にただ入れ物の蓋を開けるような自然さで猫の首を外し、その頭部を要らない物であるかのようにポイっと放り投げる。
彼はそのまま、当然のように猫の首根っこ、皮のたるんだ部分を持ちながらもう片方の手で猫の身を傾け、首の断面に口を付けてごくりごくりと喉を動かす。
「……うん、やはり紅茶は猫で飲むのが一番だな!」
「いやいやいやいや待て待て待て待て! 何がどうなってる!?」
「どうしたんだ、そんなに慌てて。猫で紅茶を飲む時はその首を外さないと飲めないのは常識だろう? 胴体を千切っても良いんだが、そうすると零れてしまうからな!」
猫で飲む紅茶は渋みが強いが、可愛がって甘やかすとその分だけ甘くて飲みやすい味になるんだ!
そう言って笑う暴君は完全なる通常運転だし、主様も特に気にしていない様子のまま。
……常識がある事でここまでメンタルをやられるとは……。
いや、常識が無くともついていけない空間な気はする。何なんだこの尋常じゃないトンチキ野郎は。まだ自称姉の方がマイルドだった。自称姉のところの愚キメラな妹達はわりとこんな感じだった気がするけど。
「本当にもう常識が狂う……何が混ざってるんだよお前……」
飲む気がしない紅茶を横へと除け、私は行儀悪くもテーブルの上に突っ伏して頬を表面に押し当てる。
ひんやりしているのがわかり、心地良い。
そんな風にぐったり状態の私を気にも留めず、暴君は当然の事を話すかのように首を傾げて口を開いた。
「デタラメな支離滅裂が混ざってるぞ?」
「主様! もう嫌ですコイツ! 会話が通じない!」
「普段のキミといい勝負だと思うけれどね」
「私のはちゃんと自分の性癖や欲求に忠実っていう一貫性がありますよ! でもコイツ常識が通じないって点にしか一貫性がないじゃないですか!」
「そういう魔物が混ざってるんだ」
「ええ…………」
暴君が言うならまたトンチキな言動してるなと思うところだが、主様が言うなら事実なのだろう。
そう思い、私は突っ伏していた身を起こす。
「常識が通用しないところに一貫性がある魔物って、何なんです?」
「暴君が言ったように、デタラメな支離滅裂、という魔物だよ。ソレが正式名称だ。何せそうとしか形容出来ない魔物でね」
魔物というよりは魔道具に近い気もするが、殆どの意識を乗っ取るんだから魔物で良いだろう。
そう言って主様は空になってもまだ楽しそうにくるくる動いて鳴き声を響かせているカップを退屈そうに見つめ、しかしとっくに見飽きたのか先程テーブルの表面を削っていた爪を確認し始める。
「デタラメな支離滅裂とは、王冠型の魔物だ」
「王冠」
暴君を見れば、暴君は白目をにっこりとした笑みの形にして指先でトントンと頭上にある大きな王冠を示した。
「その王冠を被ると、被った本人の常識が狂う。そしてその周辺の常識も、本当に狂う。周辺の人間は影響されないが、事実や事象の方が影響を受けるんだ」
「つまり、このお城の中で、明らかにおかしいだろみたいな現象が起こってたのは」
「魔物としての能力だね」
壁を歩いたのも壁画の中に入ったのも室内が外のようになっているのも、全てはその魔物の能力によるもの、という事か。
下手するとこの城のエントランスにあった気が狂いそうな色彩やらもその影響によるもの、という可能性がある。
……実際、熱血の前例があるもんな。
熱血の場合は船自体が、どころか海自体が熱血そのものという感じだったから微妙に違う気もするが、影響力が強くて全体ごと飲み込むレベルに効果範囲が広いという点においては似ていると言って良いだろう。
「暴君はその魔物と混ざっている為、こうも奇怪な事が可能なわけだ。意外と範囲が広いものだから、暴君が居れば城の中くらいは効果範囲だろう。暴君が城から出るとただの城となるが、逆に暴君が人里に居るなら……そうだね、村一つ分くらいは範囲内となる」
「範囲が広い分だけ迷惑な存在じゃないですかそんなの……」
「城という限られた空間に居ても、僕らがやられたように平気で外への干渉をしてくるけどね」
「そうでした!」
言われてみれば、確かにそうだ。
城の中でしか活動出来ないと言うなら、外を歩いていた私達の真横に突如出現したアレは一体何だったと言うのか。
しかもそのまま城内へと引きずり込まれたし。
「え、っていうかマジでアレは何? 宙に浮いた空中と空間を割って飲み込むように広がったと思ったら後ろで閉じていた扉とかって?」
「え? 外を見るには窓から眺めるのが当然だろ?」
「ああ、うん、まあ確かに外を見るには窓を使うよな」
「客人を迎えるなら扉からが当然だろ?」
「確かに来客は扉から来るものだよな」
「だから窓から外を覗いて、丁度良く暇そうにしてる知り合いが居たから迎え入れたんだ」
謎ワープについてがまったくもって説明されてねえ。
思わず胡乱な目になってしまったが、けろりとした顔で言っている暴君を問い詰めたところでまともかつ納得の行く答えは返って来ないだろう。
……常識が通じないってここまで困るものだったのか……。
不思議の国へとトリップしたアリスが話通じない事にぷりぷり怒ってたりしたのがよくわかる。話が通じない、のレベルが違うのだ。
まあ、恐らくは城の中からなら城の外にも影響を及ぼせる、という事なのだろうけれど。
……城の外にまで猫が紅茶の入れ物とかいうトンチキを展開する事は出来ないけど、城の中から外に繋がる窓を利用すれば何かしらは出来る、と……。
よくわからんが多分そういう事だろう。
窓は外を見る物だと言っていたから、壁面にある窓越しに壁面の外側を見るという一般的な事象では無く、窓を利用する事で城の外ならどこでも観賞可能、みたいな事なのかもしれない。
絵画が通路になっていたりする空間の歪みっぷりを考えれば、そのくらいはあり得そうだ。
実際、今居るこの部屋も室内でありながら屋外の庭って感じの仕上がりだし。
「そういえば最初は主様の優雅な入浴を叶えるにはどうするかってのを考えてたんだっけな……広い風呂なら主様を洗う手伝いが出来て最高だし、狭いなら狭いでこっそり覗いて素晴らしい光景を視界に収めつつ殺されたりするどっちに転んでも最高イベント。しかも主様はそれとは別で結構着替えるから毎日眼福。最高」
「突然何を語り始めているのかな」
「序盤は普通に話そうと思ってた部分ですけどそっから主様の最高過ぎる入浴シーンを思い出して欲望と喜びがダダ洩れになった結果ですね!」
「へえ」
今更この程度では動じないのか、主様は興味無さげに頬杖をついていた。
いやまあ今更というよりはその時の機嫌によって反応したりしなかったりといった感じだが。
……うん、冷静に考えると、まともな相手だったらとっくに愛想尽かされるくらいには好き勝手行動させてもらえてるよな……。
セクハラすると時と場合によってはぶち殺されるが、基本的には自分で洗う面倒さが勝るのか許される。何て最高なポジションだろう。
このポジションを狙ってくる輩が居たら即座に始末しなければと思う程には独占したいポジションだ。
定期的にそう考えている気がするが、定期的に考えてしまうくらいには重要な話なので仕方がない。
「ところで暴君、ここって風呂とかあるの? 出来れば主様に似合う素敵な風呂だとそれを見る私が勝手に喜ぶ。まあ主様の場合は肥溜めに居ようとその全身から溢れ出る素晴らしさによってすぐさまどんな舞台にも劣らないオンステージ状態だけどな!」
「ならない。そもそもそんな場所に居たくはない」
「そんな場所に居ても揺らがぬ美しさって事ですよ主様!」
グッと拳を握って力説すれば、面倒臭そうに陶器のカップを傷つけないようにしながら爪を触れさせてカチカチ音を鳴らして暇潰ししていた主様が、溜め息を吐いて立ち上がった。
直後、意識が途切れたかと思ったら後ろに倒れ込んでいたらしく、私の下でさっきまで座っていた椅子が壊れている感触がする。
というか完全に仰向け状態になっていて、視界が低い上に逆さの状態となっていた。
「想像の中であってもそんな場所に僕を置く事が不愉快だと言っているのがわからないのかな?」
状況を確認するよりも早く、胸倉を掴まれる。
胸元が開いている服なので思いっきりボロンしそうだが、そんな事はどうでも良かった。
「人の好さそうなにっこり笑顔に絶対零度で笑っていない目を近距離で見られた上に胸倉掴まれるこのシチュエーション……最高です、主様!」
「キミは本当に、どうやったら懲りてくれるんだろうね」
うっとりとヨダレを垂らしながら正直な気持ちを告げたところ、途端に主様は疲れた声と共に呆れた顔で私の胸倉から手を離した為、私は重力によって思いっきり頭を打ち付ける事となった。
あと主様、私にダメージが入る事ってなると主様がマゾになるとかだと思うので絶対無いと思います。主様の性格上、一時的にマゾのフリをするなんて自殺した方がマシ級の行為だろうし。




