気が狂いそう
王冠を被っている目の前の男は、恐らくキメラなのだろう。
連れてこられたお城の暫定エントランス内で冷静にそう考えるも、奇抜な内装が冷静さを殺しに掛かってくるかのよう。
自称姉の積み木屋敷も中々のパステルでポップって感じに気が狂いそうな空間だったが、赤ちゃんや幼児の部屋と思えばセーフ判定が出るだろう仕上がりだった。
それに対して、このエントランスは酷い。
……何だろうな、風邪引いた時に暇潰しとしてちょっとホラーかスプラッタな演出のある映画とか見ながら寝落ちした時とかに見る悪夢みたいな……。
回りくどい例えだが、そういう感じの色彩だ。
ここでクリーチャーでも出てきたら完璧にプレイヤーのメンタルにもダメージを与えて来るタイプのホラーゲームだなってテイスト。
プレイヤー視点で動くタイプのゲームは三半規管がやられて酔うって人ならこれをみた途端にゲロ吐きそう。
……いや、というか、三半規管が狂わされてるんじゃなくてマジで色彩がマーブルな感じに変化してない、か……?
駄目だ、まじまじと内装を見たらこっちの気が狂いかねない。
こういう時は揺らがぬ美しさな主様を見るに限る。
そう思って視線を向ければ、眉を顰めながら腕を組んで立っている主様が居た。
横顔の造形や横から見る事で見えるクッキリした喉仏、鎖骨の影、腰からお尻に掛けてのライン。全てにおいてパーフェクツ。
不機嫌そうな主様はそのままガシガシと頭を掻き、擬態を解いたのか気付けばその頭にはツノが、お尻からはボリュームのある尻尾が生えていた。
靴を履いているからか足はそのままだが、キメラ姿の主様も最高だった。
……思わずヨダレが垂れちゃうな!
いや、本当に垂らすとドン引きされるので流石に気を付けているけれど。
垂れかけていたヨダレを袖で拭いつつそう思う。
「さあほら、諦観者と……」
ふと気付いたように男は改めてこちらを見て、誰だろうコイツという顔を一瞬するも、まあ良いかといった様子でニパッとした笑みを浮かべた。
「誰かは知らないが、まあ客人だからな! こっちに来てくれ! 客人が来たならばおもてなしをしなければ!」
マントを翻して男はそう言う。
しかし分厚い上に引きずる長さのボリューミーなマントを羽織っているから気付かなかったが、この男、随分と変わった服装をしている。
……何だろうな、この、SF特有のピッチリスーツみたいな……。
洋風の王冠とマントとは完全なるミスマッチな服装だ。というか最早服装と言って良いのかもわからん。
肩までを覆っているインナーは黒かグレーの合間といった色合いで、謎の光沢を放っている。
下手すると布どころかメカ系の何かじゃないかと思うような色合いだ。
……しかもアレ、襟の部分どうなってんだ……?
鎖骨が見えるVラインを描いてはいるものの、金色の短冊型が左右で三つずつ、交互に重なるようなデザインとなっている。
しかも丁度胃がある位置辺りから腹を出すデザインになっていて、バッキバキと言うには足りないが程良く引き締まった腹筋が露出していた。
腰回りには襟と同じような金色の短冊型が縁取りをしており、腹部分をひし形に露出させる形となっている。
ちなみに下もズボン、というよりはピッチリしたインナー系で、上と同じ色合いの物。
……足のラインがよく見えるし、結構良い引き締まりはしてるけど、微妙に筋肉がなあ……。
やっぱり主様のように大腿がパツンとした仕上がりが最高である。
具体的にはズボン履く時に腰に合わせると大腿が通らないけど大腿が通るズボン履こうとするとベルト必須みたいな、そういうパツンパツン感が欲しい。
まあそんな私個人の主張はともかくとして、男が履いているインナーみたいなズボンは独特のデザインだった。
ピッチリしているのもそうだが、膝の辺りは関節の動きの為か鎧のようにつなぎ目があり、下腿の途中辺りにちょっとした凹凸があり、足首にも膝と同様の関節用つなぎ目。
……ピッチリしてるラインだからこそ不思議だけど、靴と一体型なのかアレ……?
まるでブーツを履いているみたいに見える凹凸だが、一体型なので一瞬だまし絵みたいな錯覚が起こる。
というかさっきは気付かなかったが、上のインナーは肩までを覆ってると思いきや、一応腕までを覆っているようだった。
中指に輪っかを通して固定するアームカバーつきのインナーだったらしく、前方からはわからなかったが後ろでこっそりと布が繋がっていた。
マジでどういうデザインだと問いたくなるが、異世界である事に加えて近未来感のあるデザインが相手となれば私の常識が通じたりはすまい。
そもそもファッション系に疎い私である。
……ファッション業界はモデルにゴミ袋着せる時もあるからマジで理解不能の世界なんだよな……。
デザインなのか着替えの時間が無さ過ぎるのかわりとおっぱいが露出状態である事も多く、そこは嬉しい。
悲しいのはモデルさんの場合スタイルが洗練され過ぎてるのでスレンダータイプが多く、ばいんばいんの巨乳さんじゃない事くらいだろうか。
いやもう本当、ばいんばいんのおっぱいがぼいんと出てたら最高なのに。
……形が綺麗だったとしても、巨乳かどうかが重要だからなあ。
友人にそう愚痴ったら、お前それはもう胸を露出させてるタイプの巨乳が出るAV見た方が早いだろ、とごもっともな事を言われたが。
でもAVじゃない真っ当なヤツだからこそのラッキーおっぱいはまた別なんだよ、と酒の席で深掘りしまくったのを思い出す。
エロ漫画のおっぱいも良いけれど、一般漫画で出て来るおっぱいにしかない良さがある、みたいなものだ。何の話だっけ。
「お茶の時間はどちらで行う? 庭でお茶も良いし、個室でのお茶も良い! うん、いっその事個室の庭でお茶会にしよう! そうと決まれば案内するぞ!」
自分の中で勝手に答えを出したらしい男は、こっちだ、と言ってエントランスの奥にある大きな階段を上ってゆく。
主様が溜め息混じりでソレについて行ったので、私も置いて行かれないよう早足で追いかけた。
そうして二階の廊下へと繋がる扉を開けるのかと思いきや、男は当然のように不思議な歪曲を見せている壁へと普通に足を掛け、平然と壁を歩き始める。
「えっ、え、えっ!? あれっ!?」
「ん? どうかしたのか?」
「いやだって、壁」
「壁を歩かないとこれから行こうとしている部屋に行けないんだから、壁を歩くのは当然だろう?」
何を言ってるんだコイツという顔で首を傾げられた。
白目なので目からは感情を読み取れないが、声色からすると本気で何を言ってるんだコイツというのが滲み出ている。
さながら、本棚に本を仕舞うのは当然だろうとでも言うような。
……壁って、歩けて当然だったか……?
「暴君の言う事は真実だが、真に受けなくて良い」
「どういう事ですか主様!?」
「この城の中は暴君のテリトリーというだけの話だよ」
深く考えるだけ無駄だ、と主様は諦めが滲んだ目で溜め息を吐き、暴君と呼ばれた男と同じように壁へと足を掛ける。
壁と言うよりは歪曲している事もあってスケボーとかで使用される坂に近いが、主様もまた、そんな壁を普通にスタスタと歩いていた。
まるで、壁自身に重力があるかのように。
「暴君のテリトリー内では、常識が常識じゃない。それを把握しておけば大丈夫さ」
「な、成る程……」
何が何だかよくわからないが、主様が言うならばそうなんだろう。
理解出来ずとも主様を肯定するのが私である。
ドンピシャな性癖が相手なら無抵抗イエスマンになるのは当然の事だ。
・
案内された部屋の椅子に腰かけ、ハァ、と疲労の溜め息を吐く。
……結構振り回す側っていう自覚はあるけど、まさかそんな私が振り回されるとは……。
歪曲した壁からエントランスの壁面に飾られていた絵の中へと入ったところ、どこかの階の廊下に繋がっていた。
しかも絵に入ったはずなのに、窓から入る形になっていた。
窓からというか、目の前に廊下があったから振り向いたらそこには窓があった、という感じだが。
……その窓は窓で普通にしっかり閉まってるし……。
確認の為にその窓を開けてみたところ、何故かその向こう側はエントランスでも無ければお外でも無く、星空が広がっていた。
真上を見上げた時に見える、あの星空である。
ちなみに私が開けたのは天窓とかではなく、普通に壁に面した形でついている窓だ。
なのに真上を見上げた時に見える角度の星空が広がっていた。
明らかに時空が歪んでいる光景にSAN値チェック、といつだったかにクトゥルフTRPGを友人とやった時のKP役の声が聞こえた気がする。
……うん、うん、まあ、それは良い。
主様というこの世の何よりも素晴らしい存在を視界に入れれば常にSAN値が回復するのでヨシ。
ヨシじゃないのはこの部屋だ。
普通の扉を開けて入ったので油断していたが、通された先は庭だった。
個室の庭だった。
壁があり、机があり、椅子があり、振り子時計があり、机の上にはシュガーポットやミルクのポットがあり、壁には扉付きのちょっとしたオシャレな棚もある。
しかし床には硬い感触が無く、土と芝生の感触があった。
というか普通に芝生だった。
何なら芝生は微妙にしっとりとしていて、朝露を吸い込んだばっかりの芝生かなって感じだった。
歩いた感触も柔らかく、早朝の庭ってこういう感じだろうなという状態。
……室内のはずなのに当然のように白い雲がある青空が広がってるしな……。
強過ぎない太陽が室内を程良く照らし、部屋の中にある可愛らしい木々を光合成させている。
日差しが強かろうが弱かろうが太陽の日差しという時点でけだるさが発生するけれど、まあ大した問題じゃないのでソレは良い。
室内なのに爽やかな風が吹いているのも、うん、うん。
……いやおかしいだろコレは……!
ティータイムにはピッタリの可愛らしい椅子に、綺麗な装飾でありながらもしっかりしたパーティが行えそうな大きな横長の机。
主様は向かいの席に座ったので距離があるのが悲しいけれど、ファミレスで同じテーブル席になる時と変わらないくらいの距離なのでまあヨシ。
ファミレスで無くとも適当な食事処に入った際は大抵向かいに座る為、このくらいの距離なのだし。
……それはともかくとして、
「明らかに時空が歪んでない!?」
「うお、何だ突然叫んだりして。頭狂ったのか?」
「こんなもの見せられたらどんな常識人もそう叫ぶよ! そう、私という常識人だって叫ぶね!」
「常識……?」
向かいに座る主様から怪訝を極めたような視線を向けられたが、私は間違ってないと思う。私は正常だ。この空間が狂ってやがる。
「何この空間!? 外なの!? 中なの!?」
「お茶は庭でやるべきだけど、室内でやるのも良いものだからな。それなら室内にある庭でやれば良いだけだ。エントランスにある絵画を通った先にある廊下へ出て、一番近くにある扉に入ればこの部屋に到着する。そんな事は考えなくともわかるだろ?」
「わかんねえよ!」
「やれやれ、常識が足りないヤツはこれだから」
まったくもう、とでも言いたげに暴君は指先を額に当ててため息を吐く。
「どうして私のところに来るヤツはこう、常識が通じないヤツばかりなんだ」
「鏡見ろよ!」
「暴君が相手じゃ正論を言うだけ無駄だ」
頬杖をついている主様は呆れたように瞼を伏せ、半目で暴君の方を見た。
「何せ、そういう魔物が混ざっている」
「その通り。私こそがルールだからな! 私がルールというよりは、そこにあるルールに従うだけだが。特定の場所を通る事で目的地に着くなら、その場所を通る」
それだけの話だろう? と暴君は子供のような表情で首を傾げる。
「それをいちいち騒がれてもな。まあ、それも客人が居る醍醐味だから私は好きだが」
さて! と暴君は足踏みするようにして宙へと浮いた。
そこに見えない踏み台があるかのように、空気を踏みしめる事で高い位置にある棚の扉を開けている。
「お茶の時間だからお茶にしよう! ティーカップはどうする? 色々あるぞ! えーと動物が踊るカップ、長靴、箱、本、タオル……コウモリで飲むのも良いよな!」
「お前マジかよ……」
棚から取り出すと同時にポイポイ投げられて宙を踊るそれらは、暴君が言った通りの姿をしていた。
家庭内で用いられる隠語とかじゃなく、マジに長靴とかコウモリとかが棚から出されて机の回りをぐるぐると宙に浮いている。
「ペンで飲むのも良いし、あっ、こっちの赤いカップもあるぞ! あと、そうだそうだ猫もあったんだ! お茶を飲むなら猫だよな!」
棚からずるりと引き出されたのは、文字通りに猫だった。
ナァナァと鳴き、毛がふあふあしていて生きていて、呼吸をしていて動いている、本物の猫だ。
「コレは私のお気に入りだから客人には出せないんだが、使いたかったりするか?」
「使い方がわかんないよ!」
「僕はこのカップで良い」
思わず叫んだ私とは対照的に、主様は近くに浮いていた動物柄のカップを手に取った。
形はちゃんとしたティーカップだが、描かれている動物達がティーカップの中、お茶を淹れる部分では無くマジに側面部分の中で楽しそうに踊っている。
バウバウヒヒンガウガウコケコケ聞こえるのは、方向からしてもティーカップの方から聞こえる鳴き声だろう。
……何て騒がしいティーカップだ……。
日本語が狂ってるけれどそうとしか言えないティーカップだった。
「主様、マジでソレを使うんです……?」
「まあね」
手の中でティーカップを傾け、指先でつつつと持ち手部分をなぞりながら主様は頷く。
「この城でお茶を出される時は必ずコレを選ぶからいい加減見飽きたが、柄が動くだけただのカップよりはマシだ。何より、騒がしいだけで味にも形状にも問題が無い」
「成る程」
つまり、味や形状に問題がある物があるという事か。
まあ実際見るからに形状がおかしいものばかりだけれど。本って何だよ。本でどうやってお茶を飲むんだ。沁み込ませてちゅうちゅう吸えとでも言うのか。
……主様が履いてた下着ならそのままでも深呼吸した上でしゃぶって味わってそのまま丸呑みくらい出来るけど、何が楽しくて宙を踊る本にお茶を沁み込ませて飲まなきゃいけないんだ……。
それこそ主様の聖水(隠語)を沁み込ませた物だったら狂喜乱舞で踊り狂いながら味わうけれど、ただのお茶が相手じゃ興奮しない。
とりあえず、この中では一番まともな見た目をしている真っ赤な色のティーカップを手に取った。
主様のようにひらひらした形状のティーカップでは無く、丸っこいティーカップ。ティーカップの形状に種類や名称があるかは知らない。
わかるのは、外側も内側も赤々としている事くらい。
……何だろうな、こう、スイカの赤色でムラ無く染め上げたような……。
色の例えで出て来るのが色の名称じゃなくスイカな辺り、私のオシャレ度がマイナスレベルだとバレる気がする。
しかしそんな感じの鮮やかで瑞々しい赤色だった。
出血したばかりの血よりもオレンジが強い感じ、とでも言うんだろうか、こういうの。
「主様、ちなみになんですけど、このカップって安全性大丈夫ですかね?」
「何を入れても真っ赤に染まるが、味が変化するわけじゃない。見た目としてもマシな部類に入る物だよ」
「何を入れても真っ赤に染め上げるカップがマシの部類なんですね……」
じゃあ宙に浮いて尚も踊っているこいつらはマジで何なんだ。形状からしてカップじゃない時点でハズレ臭がひっどい。
「よし、じゃあ早速飲もう! 紅茶で良いか? 俺のカップはそのままでも飲めるが、お前達のカップは注がないといけないからな!」
足踏みをするようにして見えない空気の踏み台から降りたらしい暴君が、室内の庭に生えている薔薇の木へと近付く。
直後、彼は華々しく鮮やかに咲いているピンクの薔薇へと手を突っ込み、そこからオシャレなティーポットを取り出した。
薔薇からほかほかした様子のティーポットが出て来るのもおかしいし、明らかに薔薇のサイズと合っていない一般的サイズのティーポットだが、最早気にするまい。暴君相手に常識は通じない。私、覚えた。
「私の城で飲む紅茶は美味いぞ!」
言い、暴君は笑顔でテーブルへと近付き、笑顔のまま口から湯気を吐いているティーポットを机に叩きつけてガシャンと強くカチ割った。
「いやマジで何やってんだお前!」
あと何で割れたティーポットの中から大量の真珠が出て来るんだ。




