普通食わない
語り終えた色男に、成る程なあ、と私は頷く。
「最初に幸運が何か、最近になってやっと色男が落ち着いたみたいで単独行動が出来るようになったみたいな事言ってたけど、こういう事?」
「そういう事だよね。俺は気付いたらこうなってたって感じだから、今でもあんまりコーの動揺とか衝撃とかが実感無いけどさ」
まあ俺は友達と距離が近いの気にならないタイプだから別に問題は無いし、良いかなーって。
そう言って幸運は金の翼を腕に戻して机の上に置いてあった小さいバスケットからクッキーを取り出し、サクサクと音を立ててペロリと一枚平らげた。
「流石に初期はコーのメンタルが酷い事になってて、俺もコレは離れちゃ駄目だなーって感じだったし。俺がうっかり怪我とかするともー顔真っ青なの。どうせすぐに治るし、俺痛覚鈍いからちょっと血が出るくらい平気なのに」
「お前はお前の顔が血まみれで生気を失った姿を知らないからそんな事が言えるんだ……」
「そりゃ知らないよそんな姿」
笑顔でごもっともな事を言いながら、幸運は机に突っ伏している色男の頭をポンポンと軽く叩く。
本当に気安い、俺らの間で今更そんなこと気にしないってと告げるような動きだった。
「……他にも色々、申し訳無さとか、あったんだぞ。無理矢理お前を連れてあの町出る感じになっちまったし」
「まあ元々父さん挑戦者やってていつ死ぬかわかんない上にあんまり家には居なかったし、義理の姉さんに至っては一人でも全然生きていけるタフさあるからだいじょーぶ」
「お前がキメラになった事で家族に対する情が薄くなっただけとか、そういう可能性もあるだろ」
「え? いや、キメラになった後遺症でそういう効果が出てたとしても、実際今の俺からしたらそのくらいの温度でしかないんだし、気遣う必要無くない?」
「まあそれが真理だよな」
うん、と私も幸運の言葉に頷く。
生前の幸運だったならまた違う返答だったかもしれないが、今ここに居るのはキメラになった幸運のみ。
なら、その幸運が良いと言うなら良いんじゃないだろうか。
コレは単純に私が巨乳の味方だからそう思うだけかもしれないが。
「仮に幸運をその場に置いてったりしたとしても、家族に対する情が薄まってたらそのまま食い殺す危険性もあるんだし、現状問題が無いんなら良いんじゃないの?」
「……お前、キメラ歴何年だよ」
「一年!」
「諦観者相手に一年持ってる事を凄いと思うべきか、たったの一年でそこまでキメラらしい思考とメンタルになってる事に同情すれば良いのか……」
「才能があったって事で良いんじゃない? 別に。私からすると主様と一緒に居られるなら他の全てはどうでも良いってだけだし」
「へえ」
我関せずで本を読んでいた主様がパタンと音を立てて本を閉じる。
顔は動かさないままでぎょろりと目が動き、横長の瞳孔がこちらを見据えた。
「そう言いながら、随分と簡単について行ったようだったが」
「ついて行ったんじゃなくて誘拐されたんですよ! まあ目の前の筋肉に気を取られて一切抵抗ゼロだったのも大人しく拘束されて興奮したのもそのままワンナイトに持ち込もうとしたのも事実ですけど!」
言うが早いか、気付けば一瞬意識が途切れた。
ふと気付けば私の回りが血に塗れていて、幸運はあらーという顔をしていて、色男は頭が痛そうに額を押さえている。
服は血で多少汚れているものの、破れては居ないから多分一瞬かつ一撃で頭部をパァンされたのだろう。
「正直なのは良いけれど、僕を不快にさせるのはいただけないな」
「はい! 気を付けます! でも反射的に本音と事実を語ってるので無理かもです! それ以上に主様がそういう対応してくださるのがご褒美なので私はどっちに転がっても幸せですけど!」
「…………」
主様は物凄くイヤそうに顔を顰めた。
「聞き分けが良い点に関してはともかく、どうしてこう会話が通じないのか……」
「それは主様があまりにも至高の存在だからですかね!」
「知っている」
「コントする前に人ん家を汚した事について何か言えよお前ら」
あーもー血液ってどうしてこう落ちないんだ、と色男が青筋をビキビキさせながら机の上に置いてあった布巾で拭うも、濡らしていない布巾の為血液がフローリングをファンデーションのようにコーティングしていくだけだった。
質の良いファンデーション並みによく伸びてるなあ私の血。
「ったく、ギリギリ朝日が射し込む位置だから良いけど、今晩は完全に鉄臭さが残るじゃん」
「酒の肴にでもしとけよ」
「人間の血ならともかくキメラの血はただの鉄臭い液体でしかないだろうが!」
まあ確かにその通りだけど。
実際人間の血ならジュースのような飲みやすさと美味しさがあるのだが、キメラにとってキメラ系の血肉は人間時に感じていた人間の血肉に対する感情と同じというか、要するに食糧云々ではなく純粋に血生臭い。
キメラからするとキメラの血肉は食料認定が出ない、という事だ。
……うん、でも日差しが射し込むなら良いよな!
オッケーオッケー大丈夫。
極端な事を言ってしまえばここは色男達の家であって私の家じゃないから私と主様には問題無いし、朝になれば朝日によって血が消滅するならそれでヨシ。
「ん、っていうかさ、この家が色男達の家なんだよな?」
「何だよ今更……その通りだよ」
「俺達の家っていうか、元々の持ち主を食い殺して乗っ取ったっていうのが正確だけどね」
幸運も既にキメラとして大分馴染んでいるのか、へにゃりとした明るい癒しの笑みでそう言った。
中々、どころか人間社会じゃ完全にアウトな言い草だけれど、キメラとしては日常会話でしかない内容だ。
うーむ、一年でここまで馴染んでいる私は私でキメラの才能が豊富だったのだろうか。
「何となくキメラが一般的な家に定住ってイメージ無いから違和感あったけど、やっぱり元の持ち主が居たのか」
「うん。まあその内出てくだろうけどね。人間の肉であれば干し肉でも腐った肉でも一口齧れば一応持つとはいえ、人里で暮らすにはちょっと厄介だし」
「年取らないからすーぐ異様だってバレるんだよなー。トゥーナだけならまだしも、俺の場合は見た目がガキだから成長しないってのがバレる」
「成長しない病気なんですーって誤魔化したりとかしないの?」
「別にそれでも良いけど、それにしたってあまりにも変わらねえってなったらバレる」
溜め息混じりのその言葉は、既に何度か経験済みであるかのようだった。
いやまあ、恐らく何度かご経験があるんだろうけれど。
「流石に俺達もずーっと腐った肉とかで誤魔化し続けたりは出来ないもんね」
「墓を荒らして土葬された肉をゲット、とかやってたら流石に目撃者も出るからな。目撃者を仕留めたりすればその場はどうにかなるが、不審な死が繰り返されると厄介だ。しかも俺の場合はナキオニの特性上、まあ大丈夫だろって油断した瞬間に身近な誰かが……」
「俺、呼び名の通りに結構運が良い方だから心配しなくても良いと思うけどなあ」
「確かにトゥーナと一緒に居るとナキオニの特性が相殺されてる感じはあるが、万が一があった時を警戒するのも大事だろうが! お前の運が良いからこりゃ大丈夫だなって思ってたらあの結果だぞ! 最悪の場合他の人間に疑われなくとも俺が暴走しかねないし!」
「コーってば変な根の持ち方するよな」
気にしなくて良いってのに、と幸運はへらへら笑いながら人差し指で色男の額をつんつこ突いた。
「あ、そういえばもう日暮れだけどさ、泊まってくよね? ご飯とか用意した方が良い? 調味料と腐った人肉と腐った食糧と保存食しかないんだけど何か食べる?」
「振る舞うには大分アウトなラインナップじゃないかなソレ!」
「大丈夫大丈夫、キメラの味覚からすれば腐った人肉はチーズとかの発酵食品系の味だから結構イケるって。食糧は普通に腐った味がするけど、肉体としては死んでるからかお腹壊す事も無いし大丈夫」
「えー」
幸運の笑みは悪意ゼロだが、じゃあご馳走になろうかな、とは言い難いラインナップだ。
キメラ歴が長いとか短いとかではなく、普通に駄目だろソレ。
「……主様としては、どうします? ご馳走になります?」
恐る恐る念のためにと聞いてみたところ、主様は温度の無い、貴様は本気で言っているのかという目を向けられた。
「この僕にソレを聞くのか?」
「言うまでも無く問うまでも無くそんな物を口にするはずが無いだろって事ですね!」
うん、愚問だったな!




