楽しむことが許されない生
そもそも俺達の出会いってのは、当時普通に少年だったトゥーナがしつこく俺に話しかけて来た事から……え? 何? もっと前から話せって?
俺の生前って……確かにトゥーナにもあんまり話した事無かったけど、あんまり楽しい話じゃねえぞ? 何より俺があんまり思い出したくない。
あー、わかった、わかったよ。トゥーナって良心的なようで結構容赦ないよな。良いけどさ。
・
俺は、地元じゃ有名な家系の生まれだった。
上に兄が二人居て、下には弟と妹が居る真ん中子。
ただその家には特殊な家訓があって、その血筋の者にでる特殊な痣がある者を当主にする、ってしきたりだったんだ。
……ああ、そうだよ。その通りだ。
俺には二人の兄には無い痣があった。
ま、キメラになった今でこそ、その忌まわしい痣はどこにも無い綺麗な体になったわけだが、当時は酷いもんだったよ。
だって俺の意思でも何でもなく、跡継ぎになるってのを決定されたんだから。
生まれた時から、俺に自由は与えられなかった。
生まれた時から、俺が当主になるって決まってたから当然だ。
物心ついた時からミッチリ詰まったスケジュール。虐待染みた徹底的な教育。寝る時間すら管理された生活。
休憩時間なんてのはトイレを済まし、次の授業で説明を受ける内容を予習する時間でしかなかったから嫌になるぜ。
兄達は痣が無い事から自分達が当主になる事は無いってわかりきってたけど、だからって良い関係を築けるはずもないよな。
……仮に築ける関係性だったとしても、食事時以外で会話する事も無い兄達とどうやって朗らかに遊ぶんだって話だ。
一応兄達は好意的だったさ。表面上はな。
しかし、自分達が選ばれなかった当主に選ばれたならこのくらい出来るだろうという期待、そして努力も無く選ばれた弟に対する嫌悪が入り混じっていた。
努力も無くって言っても、俺は生まれた時から常に努力を強いられてたけどね。
……ま、だからといって大人しくお人形に徹して良い子ちゃんやってる俺じゃあない。
ある程度自分の身体能力が安定してから、俺は脱走常連で夜遊びしまくりの悪ガキになった。
最初から娯楽も何も与えなければそういうのに誘惑される事も無いだなんて、甘い甘い。
そういうのから完全にシャットアウトするなんて事は出来ないんだ。
そして俺は、そういった遊びとか、悪い事とかが好きだった。
だから日常的に逃亡したよ。
……当然ながら見つかって連れ戻されてキッツイお叱りという名の体罰を食らったけどな。
でも、そんな物はいつもの虐待染みた教育と何も変わらない。
失敗したら手を鞭で叩かれるのと、お叱りとして背中を鞭で叩かれるのなんて、部位が変わっただけだ。
嫌な勉強をして、失敗して、お仕置きを受ける日常。
楽しい夜遊びをして、捕まって、お仕置きを受ける日常。
そんなもの、後者の方が断然良い。
少なくとも、嫌な事をして叱られるよりも、楽しい事をしまくった結果叱られる方がずっとマシだ。
……少しでも楽しい事があったってのは、大きいからな。そうだろ?
おう、そこまでの勢いで頷かれるとは思わなかったけど、そういやお前ら二人は目の前の楽しさ最優先タイプだったな……。
まあともかくとして、俺はそうやってどんどん脱走して遊びに出ては、エスカレートしていくお仕置きを受けていた。
ソレが俺の日常だった。
そんな日常が変わったのは、俺が16歳になった時だ。
……何だよ、俺がその年じゃおかしいって?
まあ確かに生前のトゥーナよりも年上だけどな。言った事無かったっけか。
当時の俺は白髪赤目の、青年になったばっかりでまだ少年らしさも残ってる美男子だったんだぜ。
今より大人の姿だった、ってわけだ。
キメラになった結果本来の年齢よりも年上な姿になったトゥーナとは反対に、俺は本来の年齢よりも年下な姿になったってだけ。
……ん? 結局何があったのか?
あの日俺はいつも通りに夜遊びを繰り返してたんだ。
適当に、未成年の内から覚えた酒を飲んだりして、適当な路地を歩いていた。
そうして俺は、気喰らいというキメラと遭遇した。
・
何だかやたらと酒の香りを漂わせてる女が居るな、って思ったのが第一印象。
酒とか女とか、そういう夜の店が多い街並みの中で、アイツはいつの間にかそこに居た。
オリエンタル大陸風の衣服に身を包んでて、露出が多くて、胸がデカくてさ。しかも酒の香りもさせてるってんだから、ああこりゃ客引きかな、なーんて思った。
……いや変態は黙って聞いてろよ。確かに巨乳だったけどどういう形の巨乳だとかいちいち知るかよ。巨乳は巨乳だったとしか覚えてねえし。
「おやおや、随分と若い子が居るんですね」
アイツはニコニコと、無害そうな笑みでそう言った。
「こんな時間に歩いていては、僕のような悪い女に捕まってしまいますよ?」
「あー、良いよ良いよ。悪い事は大歓迎だ。クソみてえな親族を忘れられるのだぁいすき。酒も色事も頭空っぽになるから良いよな、アレ」
「これは随分と遊び慣れてらっしゃいますねえ。いや、遊び慣れる程の頻度で遊ばないと心が壊れそうなだけでしょうか。遊ぶ事で麻痺させて痛みを和らげている辺り、とっくに心は壊れていそうですが」
「何だよ、客引きじゃねえの? そういう言い草は客が逃げるぞ。客捕まえたいならもっときもちよーくなれるような言い回ししないとさあ」
「ふふふ、僕は客引きじゃありませんからね。寧ろキミの救いになるかもしれませんよ?」
で、俺は人目に付かないところへと連れ込まれて、ぽっくりと。
目が覚めたらこの姿で、キメラになってたってわけだ。
「もう人間としては死んだようなものですから、好きに活動すると良いですよ。まあナキオニが混ざっているので順風満帆とは行かないでしょうが、ソレで不満を覚えたなら、ソレはソレで。僕にはどちらにしても美味しく頂けるわけですし」
キメラとかの説明をしてから、気喰らいのヤツはそう言って去って行ったよ。
気喰らいのヤツはその呼び名の通り、気を……っていうか、他人の感情を食べるんだ。
変態が鉱物を食えるのと同じようなもんだな。
だからなのか、恐らくわざと俺にナキオニを混ぜやがった。
……ナキオニが混ざってるから、泣きを見る事が多かったぜ。本当に。
最初はこっそり、その町の中で色々試してたんだ。
普通に人を食ったりも出来るから、何だあの生態全然問題無いんじゃないか、って思った。
そしたらまあ、実家がさ。
実の子である俺相手に虐待染みた対応をしていた事からすれば当然だけど、あちこちからも恨みを買うような行動、言動をしてたらしくて、家に火をつけられたんだ。
ジジイもクソみてえな両親も気に食わねえ兄貴達も、使用人に邪魔されたって純粋に俺を兄と慕ってくれた、俺にとって他には無い光だった弟妹も死んだ。
……泣いたよ、あん時は。他の奴らはせいせいするってなもんだったが、弟妹に関しては、そりゃあもう泣いたとも。
ナキオニってのはさ、全部が全部失敗するってわけじゃないんだ。
ある程度成功させて楽しませておいて、もっと強い絶望でぶん殴りにくるんだぜ。
キメラになった事が楽しくなってた俺に対して、世界は俺の光を奪う事で、人間の俺を完全に殺しやがった。
……ま、そっからは転げ落ちるばっかりで、開き直って好き勝手やるようになるわけだ。そうなるしかないもんなあ。
・
トゥーナと出会ったのは、わりと最近。
それまでの俺は、適当に好みの女を口説いたり、子供の見た目を利用して取り入って世話になったりして転々としてた。
ま、ついうっかり家主の女を食い殺したり、絡んで来たチンピラを反射的に殺したりして大事になるもんだから、転々とせざるを得なかったんだが。
生前の生活が生活だった上にキメラになって頭のネジが外れたのか、気付けば俺は随分と短気なヤツになってたよ。
気に食わないなら殺せば良い、ってな考え方になっちゃった。
……寂しいとかは、やっぱり思うから、何度か眷属キメラを作ろうともしてたんだけどな。
でも眷属キメラを作る才能が無いのか、それともキメラと相性が悪い女ばっかりだったのか、失敗作ばぁーっかり。
俺としてはやっぱり、理想的な……安心出来る、夢に見た家族みたいな、そういうのが良かったからさ。失敗作は嫌だったんだよ。だからすぐに処分してた。
そうやって転々として、新しいトコで適当な家に保護されて暮らしてたらさ、突然トゥーナが声を掛けて来たんだ。
「ねえ! 何してんの? さっきからずーっと水面見てるだけだけど、ソレ楽しい?」
「は? 何だよお前」
「俺? フォルトゥーナ!」
ニッと笑った当時のコイツは、少年らしい少年だった。
笑顔に満ちた家庭で楽しく暮らしてるんだろうなっていう、明るい笑顔。
短い黒髪に、キラキラと朝日に照らされた時の若葉みたいな、綺麗な緑色の目をしてた。
転々としては心の穴を一時的に塞いで見ない振りをして、人肉を食らって生きて、この生に意味はあるのか、なーんて川を覗き込みながら物思いに耽ってたのが全部吹っ飛んだよ。
……ま、最初は普通に悪印象だったけどさ。
家族に過剰な期待と虐待と教育を押し付けられた事なんて無さそうなのが気に食わなくて仕方が無かった。
だから釣り竿を担いでるコイツが横で釣りをしようと準備し始めたのを見て、ふざけんなと思ったよ。
「へー、フォルトゥーナってんだ」
「キミは?」
「リシャースナヤ・リュボヴシュ。ナーシャで良い」
「その名前って事は、寒い方から来たの?」
「さーあ。どうだろうなあ」
あ? 偽名について? そりゃ当時から使ってたよ。偽名ってのは一つあれば良いし、一つに絞っておかないと呼ばれても気付けないから怪しまれるだろ。
そもそも本名とキメラ名だけで二つなのに、加えて人間に紛れ込む用の偽名だってあるんだ。
その偽名が複数あったら自分でも管理し切れないし、人間ってのは案外適当だから、五十年前に似た少年と同じ名前だなって思っても、その子孫か完全なる偶然かって勝手に結論付けてくれるさ。
ともかく、当時の俺はそのガキにさっさと去って欲しかった。
「フォルトゥーナなんて、随分と女っぽい名前だな。こっちの地方じゃ女名だろ」
「あー! 言ったな!? ソレすっごい気にしてるんだから言うなよ! 良いだろ別に! 幾ら名前が女っぽくったって、俺は普通に健康だから良いの!」
年頃からしたらそういう話題で弄られるのは嫌だろって思ってそう煽ったのに、トゥーナのヤツ、拗ねたような顔はしても、そうやってからかわれるのに慣れてるのかそのまま釣り竿垂らしやがった。
別に俺の方が去っても良かったけど、それはそれで負けた気がするからさ。
俺の方がガキっぽいって? うっせ。大人になる為に必要な道徳だの何だのを仕込まれないままキメラになったからそんなもんだろ。
・
それから、トゥーナはやたらと絡んで来た。
俺はさっさとあっちに行けってつもりで憎まれ口ばっかり叩いてたってのに、トゥーナの方は俺を見かける度に声を掛けてくるんだ。
イライラして、一人で居る俺を同情してんのかって言った事もあったっけな。
「んー、別に一人でも遊んだりは出来るから、そこは別に? 俺も父さん仕事ばっかであんま帰って来ないし、姉さんは血の繋がり無いから最初は気まずくて、あんまり家に居なかった時期あるんだよなー。今もあんまり家には居ないけど」
「義理の姉ってヤツ?」
「いや? 何か家族居ないんだって。それで父さんがある日突然お前の姉だぞって言って連れて帰って来た。姉さんは姉さんで俺に申し訳なさそうにするからさ、俺は姉が出来て嬉しかったんだけど、気を遣わせるのが申し訳ないっていうか」
「それで釣りに?」
「それはただの趣味だよ。ま、そういう事だから、別にナーシャに対して気遣いで声掛けてるわけじゃないってのは覚えておいて。ナーシャに対して気遣うなら、俺が来る度に嫌そうにしてるのを察して遠巻きにするでしょ、普通」
「おっまえわかってて声掛けて来てたな!?」
「え!? 今気付いたの!? あれだけ邪険にされて気付かない方がおかしくない!?」
……うん、今思い返すと、当時から中々にいい性格してたよな、トゥーナ……別に褒めてないから照れるなよ。
「何でわざわざわかってて話しかけて来るんだよ……嫌がらせか? 俺お前に何かした覚えは憎まれ口しかねえぞ」
「うん、結構酷かったよね。でも俺はお前と友達になりたいって思ったからさ」
「は?」
俺は何言ってんだコイツって思ってポカンとした顔しちまったけど、トゥーナは相変わらずニコニコした少年らしい笑みを浮かべてた。
「だから話しかけてるんだよ。俺はお前が気になった。友達になりたいって思った。そう思ったなら、あとはもうガンガン話しかけるものでしょ?」
「…………変なヤツ」
「その変なヤツに気に入られたのが運の尽きだったね。あっ、引いてる引いてる! うわコレ結構強めに引かれてる! ちょ、ナーシャ! 手伝って!」
「はあ!? 何で俺が……ああもう! 仕方ないな!」
そっからは、まあ、ちょっとずつ話すようになってさ。
俺は人食いの化け物だけど、トゥーナと話すのがだんだん居心地良くなっていったんだ。
トゥーナの成長に比例して、俺が成長しないって事がバレたら、もう一緒には居られない。
でもそれがバレていない間なら、その間だけだから、って言い訳して俺はずっとその町に居た。
だけど、ナキオニとしての特性は、大事が出来てからその大事が駄目になって泣くんだ。
あの日はいつも通りの日で、アイツが話しかけて来るまで俺も普通だったのに、その日に限って異様に腹が減ったんだ。
キメラは人肉を一欠片齧るだけでも、多少の空腹感は残るが暴走しない。
なのに俺はしばらく食うのを忘れてた。
トゥーナと居るのが楽しくて忘れてたんだ。
そしてトゥーナが俺に声を掛けて、俺は正気を失って、気付いた時には手遅れだった。
綺麗な色した瞳から光が失われてて、体のあちこちが食い千切られてて、そりゃあもう悲惨の一言だったさ。
俺はボロボロ泣きながら、必死でトゥーナを蘇らせようとした。
眷属としてじゃなく、大事な大事な友人として、俺がずっとずっと飢えていた温かさをくれたトゥーナを失いたくなくて、必死だった。
「ん……ん、んん? アレ、俺どうして……ん? 何か声が、っていうか手が……えっ何!? おっぱい!? っていうか足とか腕とか他も色々違ってない!? ちょっとナーシャ、これは一体何が……」
「う、ううううう~~~~っ!」
「うっわ凄い泣いてる! どうしたの!? 何か怖い事あったの!?」
こっちは人生でこれ以上ないってくらい必死だったのに、トゥーナはそれらを全然理解してなくて、見た目が変わっても変わらないトゥーナらしさに俺は涙が止まらなかった。
自分の体でありながら別物状態だから本人も違和感が強いだろうに、トゥーナに酷い事をしたってのに、アイツは俺に対しての態度が全然変わってなくってさ。
「だって、お前が、お前が、俺のせいで、おま、おま……うう~~~~!」
「ええ……ナーシャがここまで泣くって一体何が……?」
「……ナーシャじゃない」
「え?」
俺は酷い鼻声で、言葉を詰まらせながら、あの時改めて名乗った。
「コラサオン・パルチ、が、俺の名前だ。俺は、お前を手放したくない」
「あ、ああ、うん、何かよくわからないけどありがと……? え、本当に俺が気を失ってた一瞬に何があったの? 知らない内に十年くらい経過でもしてた?」
本当、今思い出すと俺ばっかり先走ってて随分滑稽だけど、そのくらい俺の中でトゥーナはデカい存在になってたんだよ。
以上が、俺の過去とトゥーナとの馴れ初めとか、その辺だな。




