お金に困ってる人の味方みたいな鳥だな
町まで戻って少し歩くと、小さくも大きくも無い、一人暮らしや同棲に丁度良さそうな家があった。
その家が色男と幸運が住んでいる家らしく、当然のように案内される。
「ま、適当にそこらでくつろいでてよ」
町を歩くからと人間に擬態した色男は、リビングにある椅子を引いて腰掛け、身長に対して背の高い背もたれへと頭を預けた。
「お茶でも飲む?」
「じゃあ俺がお茶淹れるね! 一種類しかないから選択権無いけど良い?」
「どうでも良いから任せるよ」
「私は巨乳が淹れてくれる時点でただの水道水でも甘露だな! 何なら手に付着した水滴舐めるとかでも相手が巨乳ならそっちの方が興奮する!」
「極端だなあ」
クスクス笑いながら、幸運はキッチンがあるのだろう奥へと移動した。
先程盗賊のアジトまでやって来た時の幸運は耳の部分が羽になっていて、腕も肩辺りから羽毛が生えている翼状の、それこそハーピーのような姿だった。
胸元は谷間が見えない程にふんわりとした羽毛で覆われていて、逆にボリューミー。
露出している足も羽毛が生え、膝下辺りから鳥の足になっていたので本当にハーピー系のビジュアルに見えた。
もっとも、鳥のように腰から生えていた尾羽は見た事も無い物だったが。
……翼も羽毛も尾羽もキラキラした金色だったけど、尾羽だけは何かしゃらしゃら音が鳴ってたもんなあ。
腰部分から三つ又に分かれている、金貨のような金色でどこか硬質な尾羽。
その三つ又に分かれている部分は先端がそれぞれそっくりな形で二又に別れ、二又部分の先端はそれぞれ三つ又に別れていた。
二又から三つ又になる部分は糸のように細いのが伸びていて、先端にはやはり金貨のような丸い羽があり、先端になるにつれて数が増えていく尾羽は動く度にしゃらしゃらと音を響かせていた。
それこそ漫画の神様による火の鳥みたいな、飾りが多い尾羽といった印象だ。
既に人間姿に擬態し直している為、その翼や尾羽はとっくに仕舞われているけれど。
「ねえねえ、ところで色男が何で色男って呼ばれるようになったのかっての、理由あるの? さっきは皮肉とか言ってたけどさ」
「……お前の主様なら知ってるからそっちに聞けよ」
相変わらずの猫らしい瞳孔鋭い目がじっとりと半目になった。
「何で嫌がらせ受けてる俺の方が説明しなきゃいけないんだ」
「主様、教えてくださいますか!?」
色男の言葉にこれ幸いと主様にねだってみるが、主様は椅子に腰かけた状態でテーブルに片腕で頬杖をつき、室内を見渡している。
こちらを見る素振りは一切無いまま、主様の肉が薄めな唇が開かれた。
「面倒だ」
「ですよね! わかったか色男こういう事だ!」
「諦観者と相性良さそうで何よりだよ」
「まあな!」
ハァー、と溜め息混じりで嫌味のような言い方をされたが、私にとっては褒め言葉でしかないのでニッコニコの笑顔でそう返した。
返すと同時、思っていた反応と違ったからか鋭い舌打ちをされたが知ったこっちゃない。
主様と相性良さそうだなんて、私からすれば褒め言葉でしかないというのに。
いやまあ、私以外でも同じような性癖からすれば褒め言葉だろうけれど、私は他の誰にもこの立場を譲る気は無いので結果的に私オンリーの感想になるというアレでもある。何の話だっけ。
「……元々俺は女好きでもあったんだが、ちょっと、混ぜられた魔物が魔物っていうか……」
「鬼の角っぽいのと植物系っぽかったけど、どゆこと?」
「普通の桃の花と、ナキオニって魔物が混ざってるんだよ」
「ナキオニ?」
「鬼の魔物さ。悪人があの世にも拒否されて変質し、鬼というオリエンタル大陸の方でよく見られる魔物の姿になったもの。まあ、特殊能力みたいのは無くて、見た目が鬼になるだけって感じなんだけど……」
「ナキオニは善の心があれば、しばらく穏やかな暮らしをするだけで成仏、つまりあの世へ行く事が可能となる」
室内を見渡して満足したのか、はたまた内装を見る事に飽きたのか、主様はそう語る。
「ただしあの世に拒絶される事からもわかるように、大抵は悪の心しかないため悪行三昧だ」
「ま、ナキオニの姿に変質する時? に悪行しようとしたら不幸に見舞われるっていう状態になってるみたいなんだけどねー」
はいお茶、と戻って来た幸運がそれぞれの前にお茶を置いて行く。
香りからすると相当甘いお茶らしく血糖値とかが脳裏をよぎるが、キメラは根本的に死体なので血糖値云々など今更だろう。
気にする必要は無いなと判断し、一口飲んだ。
……うーん、砂糖漬けの味。
まあでも甘い物は好きな方だし、カロリー云々は気にしなくて良いし、巨乳が淹れてくれたありがたいお茶なので味わって飲もう。
「確か最果てでは歌になってるとか言ってたっけ?」
「運が無き 善の心が 無き鬼は 泣き顔晒し 亡き者と化す……っていうヤツな。要するに、悪い事をしようにもナキオニになった以上悪い事をしようとした瞬間酷い目に遭い、泣きを見る。それでも尚悪行に勤しんで善の心を知る事が無い場合、魂の消滅という、次回すら得られない形で死ぬ。後に残るのはナキオニの死体だけ。そういう生態を歌ったものだってのは聞いた」
首を傾げた幸運に、色男はお茶を飲みながらそう答えた。
つまりは改心しないなら自業自得の因果応報で泣きを見て死ぬぜ、って事なのだろう。
そういう生態を歌ったものが存在しているとは、面白いと思えば良いのか随分な皮肉と思えば良いのか。
まあ私からすれば完全なる他人事だから面白いと思えば良いか。良いな。
「だからなのか、大きい不幸から小さい不幸までやたらとあるっていうか……不幸というよりも私利私欲で何かしようとすると自滅するっつーか」
「好みの女性を手元に置きたいから、という理由で好みの女性を見つけては眷属作りに失敗。あるいは眷属にする前に相手が非業の死を遂げていたりしていたっけね、色男は」
ク、と主様は楽しそうに口角を吊り上げ、チロリとその鋭い牙の先を見せる。
「どの道、キメラ作りは殆ど失敗していたようだったが」
その言葉に、ぐ、と色男が動揺する。
「し、っぱいは確かにしてたし、キメラにすらならない事が殆どだし、キメラになっても完全なる愚キメラでコミュニケーションとかいう次元じゃ無いのとかばっかりだったけど、少なくともトゥーナに関しては成功してるぞ!」
「その幸運の死因である癖に」
カップの持ち手を摘まんで優雅にお茶を飲む主様からさらりと放たれた言葉に、色男はテーブルへと突っ伏した。
K・O! という文字が色男の頭上に浮かんでいるのが見えるようだ。
「ほ、ほら、コーも気にしないでよ! 見ての通り俺は無事に生き返ったわけだしさ! それにコーに悪意があったわけじゃないんだから、ね! ね!」
「トゥーナはもうちょっと気にしろよ……生き返ったどころか死んだまま生物兵器に改造されたんだぞ。しかもお前を食い殺した俺のせいで」
色男は酷く落ち込んだ様子で、突っ伏したまま這うような声でそう告げる。
「挙句の果てにビジュアルとか完全に違う状態だし……」
「俺は気にしてないから良いよ。何も知らずにナンパしてくる男の数を数えて遊んだりしてるから」
「何て遊びをしてんだよお前は!」
「釣りみたいで楽しいよ?」
「そりゃまあ一種の釣りだから釣り好きなら楽しいだろうな」
うん、と私は頷く。
ナンパ待ちしてる人はナンパの人が来た時、釣れた! と思うらしいので一種のフィッシングであるのは間違いあるまい。
そして応じないでサヨナラする場合はキャッチ&リリースという、見事なまでに釣りと同じ動きを見せる。
つまりは実質釣りと言っても過言じゃないという事だ。
「ところで幸運の方は何が混ざってんの?」
「嘘だろ……ここでソレ聞くのか……?」
「私は自分の欲求に正直だからな。あとお前のビジュアル好みのタイプじゃないから落ち込んでようが別にどうでも良いっていうか」
「そういうとこ諦観者と相性良さそうだよなお前……」
「おいおい何だよそんな突然最上級の褒め言葉を言ったりして! この爆乳に顔埋めたいのか!? 良いぞ!」
「ぐっふ力強ェ! 手加減無しに背中叩くの止めろ! というか逆セクハラ!」
「は? 何言ってんだ色男。爆乳が相手なら逆も何も無いだろ。寧ろこの爆乳に顔を埋める事が出来るだなんて突然埋蔵金を発見して豪遊するレベルのイベントだろうが。ヨダレを垂らして喜ぶが良い。私ならヨダレを垂らして喜んで媚びへつらう」
「変態だ……」
「変態だよ。そう名乗ったろ」
「いやそういう意味じゃねえよ」
コイツの相手してると悩みが簡単に吹っ飛ぶな、と色男は頭が痛そうに額を押さえながら小声で呻いた。
「私がセラピーの役に立ってるって? そりゃあ光栄だ。代金はこの巨乳が淹れてくれたお茶で良いよ。私って何て良心的なんだろう」
「良心的っていうか台風的だろ。良い意味で悩みが改善されるわけじゃなくてそれ以上のインパクトが全部を吹き飛ばしてるようなもんだぞ」
「結果的に吹っ飛んでんなら良いじゃん」
「お前ソレ、掃除っつって家具も何もかも捨てるくらいには暴挙だからな?」
「私の家じゃないなら別に良いよ。巨乳やムキムキマッチョが困るなら別だけど」
「…………」
「コー! 真面目に取り合っちゃ駄目だよコー! 落ち着いて! 変態もちょっと勢い抑えて抑えて! コーってば結構真面目に思い悩むタイプなんだから!」
「巨乳に言われちゃ仕方がないな!」
「頭が痛ェ……」
ガンガンする、と色男が呟く。
死体なキメラになっても頭痛がするとは大変だなあ。
というか色男は痛覚無いはずなのに頭痛はあるのか。
……まあ、メンタル的な方面だと普通にダメージ入るっぽいしな。
ダメージというか、精神的に汗を掻くなら汗が出たりもするけれど、周囲の気温では本人が「こういう気温の時は汗が出る」とか思った時のみ汗が出るようなので、うん、メンタル的に頭痛が発生したんだろう。
真面目なヤツって生き辛そうで大変だな。真面目なヤツが居ないと人々の生活成り立たなかったりするけど。
「で? 幸運に混ざってる魔物は?」
「俺に混ざってるのは黄金鳥って魔物だよ」
「こがねどり」
「そそ、名前の通り、黄金で出来た鳥なんだ。まあ見ればわかると思うけど」
言いつつ、幸運はバサリと翼の腕を広げる。
先程まで人間に擬態していたはずだが、実に自然な動きで擬態が解除されていた。
「ほい、コレが俺の羽」
幸運が翼を動かした事で落ちて舞っている羽が一枚机の上に置かれた。
ひょいと手に取ってみても、感触は完全に鳥の羽と同じに思える。
軽さ、薄さ、ふわふわ感などは完全に鳥と同じではないだろうか。
そう首を傾げると、主様が口を開く。
「キミの場合、食べてみた方がわかりやすいだろうね」
「わかりました!」
即座に羽を口に放り込めば、広がるのはモサモサした羽の感触、ではなかった。
広がるのはまるでモンブランを食べた時のような味。
コレは主様から色々な鉱物を食べて味覚的にどうなのか等を試された時に知っている味。
「うわ、本当に金だ。しかもこの味はかなり上等っていうか、混ざり物ゼロ?」
「えっ、何で食べただけでそこまでわかるの!?」
「いやあ、鉄食いヤギも混ざってるから鉱物系は味覚で大体識別可能なんだよね」
驚かれたので、へへへ、と照れ臭い感じの笑みを浮かべながら頭を掻いた。
まあ識別可能とか言っても、あらかじめ主様が様々な種類の好物を渡しに食べさせてくれたお陰で把握しているだけなのだが。
流石に食べた事の無い鉱物の場合、その味がどういう鉱物を食べた時に広がる味なのか、までは判別不可能だ。
……でも、この味はわかる。金食べた時にこういう味だったもんな。
金は結構、栗とかサツマイモのようなホクホク系の秋の味覚感が強い。
しかしただのホクホク系では無く、水あめとかハチミツみたいな、ああいうものでとろりとした粘度と甘さが備わっているタイプの味だ。
要するに秋頃の期間限定スイーツでよくお世話になるタイプの味。
……モンブランとかサツマイモタルトとか芋羊羹思い出す味だけど、混ざり物が少ない程美味しく感じるのが面白いよな。
混ざり物が多い場合、香料で誤魔化してたり素材が微妙な時の味に感じるのだ。
芋系のスイーツって言っておきながらコレは違うだろ、みたいな味は大体混ざり物なのでわかりやすい。
「しっかしこんだけ完全に羽の見た目してるのに、味からすると百パーセント金じゃない? 凄い魔物も居たもんだな」
口の中に広がる美味しい芋系スイーツの味がする羽を飲み込み、幸運の腕部分にある翼をまじまじと見る。
綺麗な黄金色をしているのは確かだが、どれだけ凝視してもそういう色の羽にしか見えず、まさか黄金で構築されているとは思えない。
まあ、それは私がついつい翼よりも巨乳に目が行ってしまうからかもしれないが。
「実際、凄い魔物だよ。欲深いヤツは絶対に利用出来ないしさ」
「え、羽が金で出来てるとか絶対に観賞用として売りに出されると思ったけど違うの?」
「ソレをやろうとするヤツは沢山居るけど、出来ないんだよ」
頭痛が収まったらしい色男は、ちみちみとお茶を啜りながら言う。
「黄金で出来た鳥であり、その羽は完全に羽でありながら確かに金で出来ている。しかし欲を持って黄金鳥を殺せば、その黄金は全て泥へと変じるんだ」
「何か神話とか伝承系でよくある感じのヤツだ……」
欲を欠いた瞬間に泥になる系、具体的な逸話が思い出せないのにくっきりとしたイメージ図が浮かぶのは何故だろう。
「逆に、ただの事故……黄金鳥自身の不注意による事故、あるいは適当に投げたり手からすっぽ抜けた武器が直撃して仕留めたりって場合は黄金のままだ。故意じゃない、って場合だな。他にも誰かの為にお金が必要、って場合も金のままだ」
「誰かの為にお金が必要だから仕留めて金のまま確保したけど欲深い者に横取りされたとか、余った分で好き勝手しようとした場合は?」
「横取り系はソイツが触れると同時に泥となり、元々の無欲な者が触れれば黄金に戻る」
「形状記憶黄金かよ」
「余った分で好き勝手しようと……つまり、欲に溺れた場合、例えお金に換金済みでも容赦なく泥と化す。隙間風に雨漏りだらけの家だから改築したい、っていう生活を豊かにするくらいならセーフみたいなんだが」
「セーフアウトの基準キツくない?」
「いや、ギャンブルだの不要な酒だの無駄に高い飯だの夜の店だのに使おうとしたら泥になるだけで、全快祝いにって豪勢な飯用に高い材料買ったりはセーフらしい。我欲とかその辺が問題なんだろ。多分」
「はあん」
わかりにくいがわかりやすい。
つまり私が主様に捧げる分には問題無いし、何も考えずに食事としてさっきのように摂取するのも問題無いが、コレで巨乳のお姉さんとワンナイトするかって感じで夜の店に行くと途端に泥と化す、という事だ。
うーむ、欲というものの定義が人それぞれ曖昧だけど、中々に真理を突いた欲判定って感じがするなあ。
「ちなみに黄金鳥を見た者には良い事があるとか、黄金鳥の羽を持っていると幸いがあるとか言われてるよ! まあ俺元々運は良い方だったし本人って感じだからあんまり実感無いけど!」
「見た者に良い事とか羽を持ってるとってのは欲が無ければの話だから、結局欲深なヤツは恩恵を受けらんないけどな。金持ちが黄金鳥の羽毛布団作って寝たところで意味はない」
「あ、一応羽毛布団は作れるんだ?」
「無欲な者が黄金鳥を売った場合、売り物となった剥製なんかは問題無く接触可能となる。まあ欲がある限り、手元に置いてたところで何も意味ねえけど」
……もしかしなくとも、買い取り手確保の為か……?
欲深な者はソレがわかっていても買うだろうし、実際高値で買ってもらわないとお金にならない。
金として使用するにしたって、欲深な者が触れた途端に泥と化す金のネックレスなんて不良品もいいところだ。
……でもマジでそれらに配慮した結果売買した後は残るってシステムになってるなら、あまりにも良心的な生態してるな黄金鳥……。
苦労している人の味方感が物凄い。
この鳥がフランダースの犬の世界に居たならば、ネロとパトラッシュがルーベンスの絵の前で天使のお迎えに応じる事も無かっただろうに。
「で、主様が幸運の死因は色男によるものとか言ってたけど、その辺については?」
「お前そこまで聞くか!?」
「良いじゃん減るもんじゃないし」
「俺のメンタルがゴリゴリ減るんだよ!」
「私の知識は増えるんだから良いだろ別に。まあ幸運が嫌ならやめとくけど。幸運的にはどう?」
「え? 俺? 何か気付いたら死んで女体化して復活してたってくらいの雑認識だから別に全然良いよ。全然気にしてないし」
「気にしろよ!」
「あんまり覚えても無い事を気にしろって言われてもなあ」
噛み付くような色男の言葉に、幸運は笑いながら肩を竦める。
「あ、ほら、改めて詳しく説明されたら自覚するかも?」
「酷い理由にも程があるだろ、ソレ……」
溜め息を吐きつつも、一応話してくれる気にはなったらしい。
主様は一切聞く気が無いようで本を取り出して開いているが、いつもの事だからか特に気にした様子も無く、色男は語り始めた。




