好みじゃない色男
一先ずちゃっちゃかちゃと素早く着替えた。
襟と袖部分がひらひらしている白いシャツに、コルセットに合わせて丈の短い緑のベスト。
首部分にはもこっとしたネクタイことアスコットタイが巻かれており、胸のボリュームを強めている。
下はスリットが入った黒いタイトスカートで、斜めにストライプが入ったタイツを着用。
ピンクと黄色で斜めストライプというのは、客観的に見るとサーティワンのアイスを連想させる色合いだ。
いや、私はあそこでアイス食べる時、抹茶とかキャラメルリボンとかが多かったけど。
期間限定か何かで食べたレモン系も美味しかったなあ、と何となく思い出した。
「着替え終わりました、主様!」
「…………髪が乱れていて見苦しい。おいで」
「はい!」
手招きされるまま主様の近くへと行き、背中を向ける。
すると主様は、慣れたように私の黒が混じった赤毛をクシで梳き始めた。
……ああ、至福の時間だ……!
髪越しに触れる主様の指とか、背後から感じる気配とか、時々頭皮に触れるひんやりした体温とか、そういう全部が愛おしい。
基本的に筋肉とおっぱい以外には興味の無い私なので、そういった部分にまでドキドキするのは珍しい事だ。
まあ相手が主様だと考えれば、そんな反応になってしまっても仕方がないくらい素晴らしい存在なのでただの自然な反応でしかないのだが。
「よし」
「ありがとうございます、主様!」
あっという間にするする器用な動きで髪型が整えられた。
今回はゆったりめのハーフアップな気分だったらしい。
「…………なー」
その時、入り口の方から声がした。
見れば先程まで倒れて痙攣していた足は消え、こちらを向いて頬杖を突きながら地面に寝転がっている少年が居る。
その姿はまるでだらだらとテレビを見る時のよう。
「もう良いか?」
「そうだね、良いよ」
「はーあ、まったくいきなり頭吹っ飛ばされるとは思わなかったっての。別に俺痛覚無いから良いけど」
でも! と少年は主様をビシッと指差す。
「トゥーナのヤツは鈍ってるとはいえ一応痛覚あるんだから、こういう事すんなよな! 激痛がやっとかすり傷レベルにしか感じないみたいだけど、一応痛みは痛みだし!」
「僕の知った事じゃないね」
「やったのはお前だろうが!」
「別に、幸運がやってくる分には撃退も何もしなかったさ」
「は? じゃあ何で俺だけ仕留められたんだよおかしいだろうが。アレか? 話聞いてた感じだとそこの眷属が服着てない状態だったみたいだし、それを見せたくないっていう独占欲だったり? 諦観者にはとびきり似合わない言葉だけど」
「えっ!? そうなんですか主様!?」
「さあ」
思わず反応して問い掛ければ、普通に真顔でそう返された。
わりと表情変化で訴える事が多い主様と考えると、この感じはマジでそういう具体的な感情が無い時の顔。
「反射的に動いただけだから、単純に色男が気に食わなかっただけかもしれないな」
「お前、理由わかんねーなら普通にわからないで良いんだよ……!」
何でわざわざ喧嘩売ってくんだよお前は! と少年は怒鳴る。
「というかアンタ誰?」
「おま……目の前で頭吹っ飛ばされて復活した子供前にして言う事がソレかよ。もっと心配しろ」
「見るからに人じゃないし、直前に性癖ビンゴな男達三人が砕け散ってるし、お前正直肉薄くて全体的にヒョロいからちょっと。思いっきり性癖外。別に子供でも良い感じの筋肉ついてるんなら全然有りだけど、子供特有の肉付きの薄さは私からするとガッカリポイントでしかないんだよ。ビジュアルからしてキメラだろうから将来性への期待も無いしー」
ショタだろうがジジイだろうが好みの筋肉とか雄っぱいがあるなら性癖だ。
ロリだってつるぺたは好みじゃないが巨乳な小学生とかは全然ド性癖なので是非ともウェルカム。
真正のロリ好きからすればロリに巨乳なんて論外だつるぺたでイカ腹で手首とかにくびれが無いのが良いんだよ! とか主張してくるだろうが知らん。私は巨乳が好きなんだ。巨乳であればロリでも少女でも熟女でも人外でも構わん。デブは論外だけど。
……そこは譲れない点だからな……!
「つまりお前、私からすると論外。主様の素晴らしさを目に焼き付けてこの素晴らしき肉体美に及ばない事を嘆くが良い」
「どういう主張だ! 良いんだよ別にこういう子供の姿してる方が案外無害認定されやすいし!」
「そのビジュアル、無害って言うには人間らしさがある中にパッキリとした異形感強くて逆に警戒されそうなもんだけどな……」
薄桃色の外ハネショートヘアに、猫のような瞳孔で海のような青さを持つツリ目。
子供では無いけれど出来上がってもいない、実に少年らしい骨格と肉付き。
黒いタンクトップにオーバーサイズのTシャツを重ねている為、鎖骨や肩周りの骨っぽさと華奢さがよく見える、ショタ好きからすれば垂涎物だろうファッション。
下も半ズボンの下からチラチラとスパッツが見えていて、黒い靴下に大き目のスニーカーというのが合わさってそういう性癖のヤツを狙い撃ちして仕留めていそうだ。
……まあ私の性癖外だから興味無いけど。
主様が着てたら大興奮間違いなしだが、良く言えば華奢、悪く言えばヒョロいヤツが相手じゃ私の性癖外なので興奮不可能。
さておきそこまでの情報ならば普通の少年にも思えるし、実際船とかの方が本体扱いだった熱血などを思えば人間らしい見目をしているが、しかしところどころがハッキリ違った。
額からは左右一本ずつで長いツノが生えており、向かって左側のツノが半分程長いというアシンメトリー。
耳があるべき部分からは花が咲いており、香りからすると桃の花だろうか。
そして右手は爪が鋭いだけだが、その左手は腕、服の袖が邪魔して見えにくいが、二の腕辺りから木の枝に変質しているようだった。
二の腕辺りからじわじわと茶色に変化し、枝が絡まるようにして木の腕を構築し、絡まるようになっている細い枝が指のように動いている。
他が人間らしい見目だからこそ、ツノだの花だのはまだ飾りとして誤魔化せそうだからこそ、左腕の異形感が物凄い。
うっかり人里でこの姿を見られたら途端に化け物が出た扱いされそうなレベルで異形のようだ。
……全身が思いっきり人外も異形は異形だけど、一部分がわかりやすく違うってのの方が異形感強く感じるのって何でだろうなあ。
思いっきり人外な方は最早そういう生き物感が出てるけれど、一部分だけ違うってのは異形というか奇形感出て生理的に拒絶反応でも出るんだろうか。
生理的も何も、今の私は死んでる上に同じキメラな化け物だけど。
「で、結局誰だよガキ」
「誰がガキだ! お前最近眷属になったんだよな!? だったらどう考えても俺の方が年上だろうが! こっちは180年生きてんだぞ!」
「ガキでもジジイでも良いけど自己紹介すら出来ないんでちゅか~。ちなみに私の呼び名は変態だ。好みのタイプは良い感じに脂がのってる筋肉と素敵な巨乳。男女どちらでも豊満なおっぱいは良いものだ。性癖として殿堂入りを果たす程に好みな存在は主様。そして軽度のマゾだから多少雑に扱われるくらいが興奮するけどただつっかかられるだけってのは普通にダルいっていう拘りあるマゾです。ヨロシク」
「こ、ここまでヨロシクしたくねえ自己紹介もねえぞ……!」
初っ端の失礼過ぎる言い草に対する文句が吹っ飛ぶくらいにはヨロシクしたくねえ、と後退られたが、ちょいと失礼過ぎやしないだろうか。私はちゃんと正直な事しか言っていないぞ。正直過ぎるからドン引きされたんだろうけど、まあ、アレだよ正直は美徳だから私は間違ってない。ヨシ。
「……リシャースナヤ・リュボヴシュ。ナーシャで良い」
「長すぎてリシャー以降を脳みそが読み込み拒否したからナーシャで良いってのは助かるけど、それキメラの呼び名じゃなくない?」
「…………」
「彼は色男だよ」
「説明ありがとうございます主様!」
むすっとした顔でだんまりを決め込んだ少年こと色男に対し、主様は何やら楽し気に口角を吊り上げながら説明してくれた。
私への説明というよりは、色男がより一層不快そうに顔を顰めるのが見たかった感じだが、結果的に説明して貰えたのは事実なのでヨシ。
「と、ああ、幸運が呼びに行ってたヤツか」
「……お前、俺と諦観者の会話で普通に気付いてたろ」
「おいおい、気付いてたからって勝手に呼んで良いわけないだろ! ちゃんと本人から呼び名を聞いてからじゃないとな! まあ結局本人からじゃなかったけど! てか、何で色男? 見るからに子供だから色男って感じでは無くない? 私が想像する色男って胸元ガッバァ開いて垂れ目で泣き黒子あって微妙に毛深くてくせ毛でフェロモンダダ洩れで薔薇の背景を背負ってる三十代男性って感じだけど全然違うじゃん」
「いやそれ変態の勝手過ぎる偏見だろ!? 偏見百パーセントにも程があるぞ!」
「バッカおめーエッチなシスターっつったらおっぱい大きくてケツも良い感じのデカさなおっとりほんわか優しくてでもエロくて仕方ないですねえって言いながらエロいご奉仕してくれる系想像するだろ!? そういう概念的なイメージあるだろ!? そういう事だよ!」
「い、言いたい事はわかるけどどっちにしろ偏見が酷ェ……!」
実際エッチなシスターって言ったら想像するのはそういう系だろうに。偏見じゃなくてただの一般的意見だぞこんなの。
そもそもエッチなシスターって言って貧相体型でゲヘヘ笑いしながら下衆い言動とジェスチャーするようなイメージ図、出ないもんなあ。
あったとしても大分ニッチ扱いされそうなレベル。
そう考えると、やはりエッチなシスターというのはおっとりほんわか巨乳の仕方ないですねえ系お姉さんという概念が存在する。実際エロでシスタージャンルが好きってヤツらにアンケート取ったらそうなるんじゃないだろうか。
まあ、単純に私が巨乳好きで巨乳系のヤツにしか興味ないから貧相シスターを知らないだけかもしれないけどな。何の話だ。
「そもそも色男って呼び名自体皮肉でつけられたものだから気に入ってないんだよ」
舌打ち混じりに苛立ちを見せつつ、色男はそう語る。
「へえ。私は変態って呼び名、事実でしかないから否定も何も出来ないなーって感じだけど」
「その方がどうなんだ……」
「おーい……って、皆集まってたの!?」
ひょっこりと中を覗き込んでやってきた幸運が、三人揃っている事に目を見開き、すぐに不機嫌そうな顔で頬を膨らませる。
「もー、俺ばっかり仲間外れなんて酷いよ!」
「ぐえっ。ちょ、こら、トゥーナ! くっつくのは良いけど今のお前は胸デカいんだから位置考えろって! 嬉しいけど!」
「コーって結構正直だよね」
「おいこら色男! 幸運の巨乳に顔を埋めておきながら苦しいとは何事だ! そういう時はもっと顔を押し付けて薄い空気の中で巨乳の香りを堪能するんだよ! ラッキー巨乳を棒に振るな!」
「変態は黙ってろ!」
ガウッという吠え声が聞こえそうな勢いで牙を剥かれた。
「男としては嬉しいけど同時に元々男の親友ってのを考えると複雑なんだよ! 流石に男の親友の胸に興奮するのはおかしいだろ!?」
「は? 今巨乳になってるなら何も問題無いだろ。全力で興奮しろ。男も女も巨乳かどうかが最重要事項だって知らないの?」
「知るか!」
「俺としては意識男のまんまだけど、だからこそ自分の胸にコーがどきまぎしてるのは見てて結構面白いかな」
「……トゥーナって基本的に純粋培養なコミュ強元気系だけど、意外とそういうトコあるよな……」
純度高めな元気系でありながら小悪魔属性もある、って事だろうか。
色男は色々複雑そうに額を押さえていたが、私からすれば巨乳なら何でも良いじゃないかという感じ。
ぐだぐだ考えたり悩んだりするよりも目の前の巨乳を楽しめば良いだろうに。
「一先ず、この場所を出ようか」
色男と幸運のやり取りをどうでも良さそうに無視していた主様が、足元に転がっていた肉片混じりの氷塊を踏みつけた。
芯まで凍り付いていたのか、カシャンという軽い音と共にその氷塊は砕け散り、キラキラと溶けて地面に赤い色と水を散らす。
「いい加減にこの空間も見飽きて嫌になって来た」
「ま、確かに長居する場所でも無いよな」
色男が賛同し、私達は一旦色男達の住まいへ移動する事となった。
アジト内はまだあちこちが凍り付いているが、冷気の出所である主様が去れば勝手に解凍される事だろう。
解凍されたら肉片が散らばる謎の惨殺現場が広がる事になるだろうけれど、まあそこまでは知ったこっちゃないので良いや。
私にとっては、好みの筋肉だった肉片よりも今目の前に居る主様が最優先なのだから。




