嫉妬というよりプライドが高い
あけましておめでとうございます。
どうやら死んでいたらしく、寝起きのように意識が覚醒する。
この一年ですっかり死ぬのにも慣れてしまった。
さておきパッと視界に入ったのは、凍った世界。
凍った世界というか、盗賊のアジト全体が氷に覆われて凍結している。
先程までゴリラとスキンヘッドとジジイが居た場所には砕け散った氷塊が散らばっており、氷の中に見える残骸などからすると元は人で、つまりは盗賊三名の様子。
……何か、アレだな。液体窒素だか何だかで瞬間冷凍された薔薇がバラバラに散るアレを思い出す。
そのレベルで砕け散っていて、元は人間なんだろうなっていうのがわかるのにどれが誰だかわからないくらいにバラバラ状態。
血の一滴も残さず凍っているようで、血痕は一切散らばっていなかったが。
……ん?
「アレ!? 私いつの間に脱いだ!?」
「脱いだのではなく、貴様が服ごと砕け散ってから再生しただけだ」
「成る程、服は体の一部じゃないから再生しませんもんね」
聞き慣れた声による説明に納得の頷きをしつつ、近くを確認すれば確かにそれっぽい残骸が散っていた。
私の体の一部だっただろうパーツもちらほら凍っているが、盗賊三名に比べて随分と原形を保っている。
……ふーむ、私の氷耐性と熱タイプなのが影響したかな?
芯までは凍らなかった結果、みたいなものだろうか。
「って、アレ!? 主様! お帰りなさい!」
私の言葉に、絶対零度の冷気を纏わりつかせて白い靄をアクセサリーのように身に着けている主様は冷たい目をギロリとこちらへ向ける。
黒に赤が浮かんでいるその目は、相当に機嫌が悪い時の色だ。
「ここは貴様の根城か?」
「いえ違いますけど、主様を待ってたのは確かですからね! 待ってたっていうか待ってた場所から随分と移動しちゃいましたけど!」
「そのようだな」
言うと同時、ノーモーションで頭を蹴り飛ばされて死んだ。
数秒で回復したが、チラリと確認したらどうも頭部がサッカーボール並みに分離して飛び跳ねて壁にぶち当たり潰れたトマトとなったらしい。
頭部が千切れて破裂する級の力で蹴り飛ばされた、という事だ。
……まあ、主様が殺すつもりで頭蹴り飛ばす時はいっつもこうだけど!
その容赦のなさもまた素晴らしい。
時々サッカーボールコースかなと思ったら普通に頭を潰れない程度にぐりぐりするというご褒美を下さる時もある為、それはそれでギャンブル的なワクワクもある。
「……随分と、楽しんでいたようだが」
「はい?」
こちらを見下ろす主様は、邪魔そうに肩のマントを払いのける。
本日の主様の格好はダブルブレスト、つまりボタンが二列になっている長袖の軍服。
正式な軍服では無いので軍服風と言うべきかもしれないが、襟を高く立ててある腰までの軍服ジャケットであり、くびれの位置にベルトが通されている。
ズボンは長ズボンだが膝の辺りから折り返し付きのヒール付きブーツを履いている為、膝のあたりが少しばかりもこっとしているのが大変素敵だ。
個人的にはブーツのヒールがかなり高めなのも素晴らしい。
そしてジャケットの肩部分には丈が腰くらいまでのマントが羽織られており、外側は黒い無地だが内側は黒と赤の市松模様という、主様らしい独特の派手さが混ぜられている。
どことなく大正ロマンな香りが漂っていて、そんな恰好で不機嫌フェイスな主様に本気の見下ろしをされているというのは、こう、凄く腰がゾクゾクする。
先程までの三人衆相手にひゃっほう美味そうなカモだぜという感じで興奮していたのとは違う、求めていた以上のご褒美が貰えたみたいな、そんな歓喜。
「だんまりか?」
「あっ、すみません主様! 下から見上げた際のローアングルが最高過ぎて意識飛んでました! 主様の機嫌が良いと嬉しいですけどそれはそれとして不機嫌な様子の主様も最高です! その状態で見下ろされるとどんなお仕置きされちゃうのかなドキドキって感じでマゾ心がブヒブヒ言いますね! 言いましょうか!? それとも犬の方が良いですか!? 雌犬の方がお好みです!? 私は個人的に動物系ならおっぱいが特徴的な牛とかヤギが良いと思うんですけど!」
「後半何を言っているかわからない。理解したくもない。五月蠅い。何より俺は豚だの犬だのを眷属にした覚えが無い」
「そうですね! 人間とドラゴンとヤギが混ざったキメラなんで豚とか犬とかでは無いですね!」
でもエロ方面としては犬のように全裸散歩系、他人への迷惑さえ無ければわりと興奮するヤツだと思う。
他者への迷惑がとんでもないので二次元内でしか妄想した事無いが、アレは良いものだ。何が良いって羞恥心とか尊厳が崩れる感じとかが良い。
ただし豚系、お前は駄目だ。
正直言ってブヒブヒ言うまでならまだしも、鼻フックだので折角の上等な顔を台無しにするのはどうかと思う。
ああいう系はわりかし地雷寄りなので良さがわからん。
「あと楽しんでた云々に関しては、はい! 楽しんでました! 死ぬ心配とか痛みの心配が無いって良いですね! 相手方が三名共好みの筋肉してたので大変エンジョイ出来ました! いやあ、やっぱり私って軽めのスパンキングや拘束程度なら大興奮なわけですけど、激痛レベルになっちゃうと流石に無理っていう軽度なマゾなので。だけど主様がキメラにしてくれたお陰で激痛は強制シャットダウン! つまりどれだけ手荒にされようが痛みに動じず筋肉を堪能出来る! 最高ですよね!」
「意味が分からない」
「主様によってキメラにされて最高って事ですよ!」
「別に、痛覚云々については個体によってランダムだから、僕が意図したものじゃないんだけどね」
ハァ、と主様は頭が痛そうに溜め息を吐く。
先程までのマジギレ状態に比べ、多少雰囲気が落ち着きを見せ始めていた。
「それでも私からすれば大変ハッピーなんですよ!」
「…………それで、あっさりと、この僕が待機を命じたのについていったと?」
「ついていったっていうか誘拐ですけど、抵抗しなかったのは確かですね! だって目の前に筋肉ありましたもん筋肉! あんな素敵なゴリラ筋肉を前にしたら抵抗なんて出来ませんよ! 正直言って例え相手が本物のゴリラだったとしても好みの筋肉してたら全然余裕で攫われますよ!」
「理解したくも無い言葉しか言えないのか貴様は」
「主様相手に虚偽の申告とかしませんよ! 私はいつでも直球勝負で正直に性癖と本心を語ってます!」
「…………」
あれ、何故かまたもや主様の雰囲気に苛立ちや不機嫌さが纏わりつき始めてるな。
私の言動に関してはわりと通常運転なので、今日の主様は沸点低めの気分なのかもしれない。
同じ言動でもその日の気分によって受け取り方や苛立ち度合いが変化するというのはよくある事だ。
……私も流石に生前は月のアレ前とかにちょっと不安定気味だったしな!
いっそ始まってしまえば多少スッキリして、まあメンタル的に良いとはいえないが余裕はあった。
しかし始まる前は微妙に卵詰まり状態というか、そういう感じで全体的にどこかが漠然と詰まっているような感じが強く、突然頭を壁に打ち付けたい衝動などに襲われたものだ。
まあキメラ化した今は死体だからか月のアレも無いけれど。
繁殖出来ないので、まあ妥当だろう。寧ろ繁殖出来ないのに月のアレが来るとか生態的にデメリットしかないし。
「……俺に対して従順という、その一点しか貴様の評価部分は存在しない。その自覚は?」
「褒め言葉ですね!」
「褒めてない」
「少なくとも主様から一点でも褒められてるなら褒め言葉ですよ! 変態性については基本的にデメリット部分扱いされるのは自覚してるんで!」
「……自覚がある癖に、改善するつもりは無いのか」
「改善したらそんなもんは別人ですよ! それに性癖は大事です! 主様の全て、そりゃあもう指先つま先に睫毛の先まで! それら全部に大興奮してヨダレが止まらなくなるのは性癖による興奮です! 変態性を失って大人しくなった私とか、もう生きてる価値が無い肉じゃないですか! いえおっぱいあるだけ存在する価値はあると自負してますけど!」
「………………へえ」
この生き物の鳴き声ちょっと未知過ぎて何を伝えたいのかサッパリよくわからないな、みたいな顔をされた。
ぐぬぬ、私に語彙力さえあればこの溢れる衝動とか興奮とか主様に対する気持ちとかを伝えきれるだろうに、語彙力が足りないばかりに伝わらないとは。
友人にもお前の表現力は衝動と性癖が凄くて文章的にはしっちゃかめっちゃかなのに謎の一貫性あるよな、と言われたものだ。
うん? あれ、今思うとコレ結構褒められてるよな? 一貫性あるなら充分だろ。
「……キミ相手に一般的な価値観で測ろうとする方が馬鹿を見るようだな。端的に聞いた方が良い気がしてきた」
「え?」
一度溜め息を吐き、スゥ、と主様は目を細める。
「何故、盗賊についていった?」
「好みの筋肉してたからです!」
「性的、物理的な乱暴を受ける可能性については」
「寧ろウェルカムなつもりでしたね! こいつら私の言動に困惑強めで全然襲い掛かる気無かったのが残念です!」
正直に答えたら何故か一回踵落としで頭を潰された。
こちらとしては痛みも無いしすぐ復活するし当然の顔したままな主様が素敵なので問題は無い。
寧ろ踵落とし系は素敵な縦開脚を見られるし、股のところにあるズボンの縫い目という中々にレアな部分をしっかり見る事が出来るのでメリットの方が多いくらいだ。
ローアングル、最高。
「……これまで、この一年、どれだけ他の誰かを気に入ったとしても、ついていく様子までは見せていなかったと記憶しているが」
ガッ、と強く髪の毛を掴まれる。
前髪の部分を掴んで顔を上げさせ、視線を合わせるという不良やヤクザがやりそうな掴み方だ。
しかし、その状態で顔を覗き込まれ、主様の完成されきったご尊顔が目の前いっぱいに広がるという最高過ぎるシチュエーション。
髪を引っ張られる痛みなんて軽度のマゾからすれば激痛じゃない限りただの性的快楽だしな。
「どうして僕に言われた通り、待機しておかなかった?」
黒と赤の目に覗き込まれながらの質問に、ふむ、と私は少し考える。
答えは単純に目の前の筋肉が凄かったからの一言で終わるのだが、それはさっき答えた内容だ。
そして主様は飽き性の為、同じ問い掛けはしない。
同じような問い掛けであるなら、それは求めた答えじゃない時だ。
……って事は、そういう部分じゃない答えを求められてるんだよなあ。
直前の言葉から察するに、どうして今この時だけついていったのか、という点について問われている様子。
これまでも私が大興奮を見せる筋肉やおっぱいはあったのにそっちについて行こうとはしてなかっただろう、という事だ。
なのに何故今回だけはついていったのか。
コレで合っているかは知らないが、私は察しが良いので、察するに多分コレについて聞かれている、のだと、思う。多分。合ってるかはマジで知らない。
「何で今回だけついてったのか、って質問で合ってます?」
「他に何がある」
よし、合ってた。
わかり切ってる事を聞かれた感覚だからか主様は面倒臭そうに顔を顰めたが、こういう裏付けは主様をこれ以上不機嫌にさせない為の必要事項。
まあしっかり質問の意図を察して私なりにちゃんと答えたところで結局不機嫌フェイスされる可能性は普通にあるんだけど。
その時はその時で不機嫌な主様を堪能するから良いや。
「答えとしては単純明快に、その場に主様が居なかったから、としか」
「は?」
「その場に主様が居たら万物にも勝る存在である主様が最優先なわけですよ」
「それは当然だが、それが?」
あっさり受け入れて当然のように頷く主様、最高。
当然のように上位の存在として君臨しているところが好きだ。
いや、他にも好きな部分は沢山あるので、そういうところ「も」好き、と言うべきだろうけど。
「なので主様がその場に居てくれさえすれば、他のどれだけ魅力的な人も主様より下なわけです。優先度的に。だからついて行こうとかそういうのは無いです。一緒に居られたら嬉しいけど、主様が居てくださればソレで全てオールオッケーって感じですし」
「全てとオールが重複しているな」
「ただ今回は主様がその場に居ないんですよ! 主様という全てに勝る存在が居ないんです! そりゃあ私だって目の前の筋肉に揺らぎますよ! だってその場に主様居ないんですもん! 主様が居たら主様から離れる方が大問題な大ダメージって感じですけど、主様がその場に居ない状況下となれば目の前の筋肉についついついていっちゃいます! 主様と一緒なら夜のお店行かないけど、一人行動の時に良さげな夜のお店あったらほいほい行っちゃう感じですね!」
「行ったのかい?」
ギリ、と私の髪を掴む手に力が込められたのがわかる。
激痛部分は既に感覚をシャットアウトされてるらしく、心地いい痛みしか感じないけれど。
「いやあ、こっちの世界に来てからまだ二回だけですよ! 良い筋肉の店が無いので巨乳のお姉さんが居るお店で良いおっぱいのお姉さんを一晩買ったんですが、男しか相手出来ないって人が多くって」
それに関しては地球でもそんなもんだったが、下調べとかしてたので店に行ったらお断りされる、みたいな事はほぼ無かった。
だってオッケーな場所だと知ってて行ってるわけだし。
けれどこっちでは移動続きなので下調べとか出来る状態では無いし、単独行動があるかないかはその時々による。
結果、一年でたった二回しかエンジョイ出来てない。
「…………ハァ」
「ぷぎゃっ」
髪から手が離れ、再び蹴り飛ばすように、というか普通に頭部を蹴り飛ばされた。
一瞬意識が途切れるも、すぐに頭部は復活する。
後ろを見たら壁がまたもや新鮮なトマティーナ会場となっていて、うわあ、という感じ。
洞窟内だから日も差さないし、放置したら衛生的に最悪な状態となりそうだ。
まあ住んでる家でも無いし掃除する理由も義理も無いから放置一択だろうけど。
「僕は誰かと比べられ、尚且つその誰かの方が優先されるようなのは嫌いだ」
「はい! 存じてます!」
「……二度としない、くらい言えないのか?」
「その場に主様が居ないってなったらどうしても目の前の筋肉やおっぱいの誘惑に負けるってわかってるので無理です! 主様が居れば常に全戦全勝で勝負するまでも無く主様の圧勝ですけど、私は目の前の欲求に忠実なので!」
「嫌な断言だな」
チ、と主様は不機嫌そうに舌打ちをする。
「まあ、良い。キミの尻軽さは気に食わないが、日常での便利さを思うとね」
「尻軽だなんて! 確かに性癖と一致してる相手には簡単に靡きますしほいほいついて行きますけど、最優先は主様ですよ! 例え他のどこかに所属しようとその場に主様が来たら例えそれまで所属してたトコと敵対する事になってもほいほい主様を優先します!」
「わかりやすくはあるんだが……」
深い深い溜め息を吐かれた。
「身の程を弁えて、次は気を付けるように」
するりと手を伸ばし、主様は腰を屈め、私の首から顎に指を這わせる。
どこか扇情的な指の動きに、腰の辺りがゾクリとした。
「気に食わないならその場で処分する俺が、この俺が次を与えたんだ」
クイ、と顎を持ち上げられる。
「わかるな? シキ」
「えっ!? 主様今私の本名の方呼びました!? ヤッター!」
「予想通りもつまらないが、そう予想外かつ奇天烈な反応ばかりを返されても」
全力で喜んだら呆れたように溜め息をつかれた。
しかし最初の不機嫌マックスな様子はすっかり消え失せているので、多分主様なりに不機嫌は払拭されたのだろう。
最初の不機嫌さは、私が主様よりも目の前の筋肉を優先したように思えて不機嫌だったのかもしれない。
・
「なー、話終わったか?」
入り口の方からやって来た見知らぬ声に対し、主様は返事もしなければそちらを向きもしないまま、そこらに散らばっている氷の欠片から氷塊と言えるような大きな物を掴み、目にも見えないスピードで投擲した。
同時、声がした方からドチュッという肉が潰れる音が響く。
私が体を潰された時とかによく聞く、骨ごと肉が物理で潰された時の音だろう。
すぐそこまで来ていたらしく、廊下に面した部分からピクピクと痙攣している足だけが覗いている。
「キミは早々に服を着ろ」
「あ、はい!」
そういえばここまでずっと全裸状態だったのを忘れていた。




