美味しいご褒美
メリクリ
結論から言うと主様の煽りにブチギレた医者によって診療所を蹴り出された。
まあ私としてはこれ以上聞きたい事も特に無かったし、主様も特にこれといった用事があるわけでもないようなので、普通にそのまま宿屋へと戻り、夜に適当な人間を食らってから出発した。
小さい素朴な村であっても、夜に出歩いて度胸試しをするような悪ガキというものは居るものだ。
大人がそういう子を叱って止めようとするのは、そういう子を食い物にする悪いヤツが居るからなのだろう。
と、いうのを、物理的に食い物にしつつ思った。
……吸血鬼によくある、招待されないと家に入れないみたいのは別に無いけど、なあ。
やっぱり人気の無いところを歩いているヤツの方が食べるのに面倒が無いので、ターゲットになりやすい。
金品も目当てであるなら家ごと襲った方が効率的ではあるけれど、そうじゃないなら肉を確保出来れば良いだけだし。
「それにしても主様、医者相手だとやたら煽ってましたね」
「処刑人が寝ていなければ、彼にも同じような言動をしただろうさ」
家具がしっかり備わっている豪奢な高級テントの中で、主様は洒落た背もたれ付きの長椅子に横たわりながらそう言った。
横向き、気持ちうつ伏せ寄りの、それこそアラビアンなイメージのお姫様がゆったりした状態で部下の話を聞く時みたいな体勢だ。
これで煙管や水タバコがあればより一層それらしさが出ていたのだろうけれど、現在主様がぷかぷかやっているのはマフィアがスパスパやってるイメージ強めの葉巻である。
しかしこれはこれで主様らしくて好ましい。
……ビジュアルは和服だけどな!
とっくのとうに着替えた主様の今の姿は、見事に和服だった。
襟の部分は大きな三角を繋げたような柄になっていて、暗い赤と暗い黄色が交互に重なっているデザイン。
縁取りが黒いので何ともシックな雰囲気だ。
襟以外はシンプルな白色の生地で、それをゆったり着流しとして着用している。
首のところには黒くて長いストールをマフラーのように巻いていて、ポーズも相まって夜のお店感が物凄い。
……お国柄がテントの内装とポーズと葉巻と着物でごっちゃごちゃなイメージなのに、総じて扇情的に思えるのは主様のポテンシャルによるものだよなあ……。
流石は主様、自前の色気が物凄い。
ちなみにテント内で人目を気にする必要が無いからか、現在の主様は素足だった。
獣らしい素足だが、だからこその毛並みや獣らしい骨格、鋭い爪にゾクゾクする。
まあ流石に着物姿では尻尾が嵩張るようで、尻尾だけは仕舞ったままなのだが。
着物に穴開けたりなどは面倒なご様子だが、そのお陰で肉付きが薄い主様のお尻をじっくり見る事が出来るのでヨシ。
普段から結構ピッタリめのズボンを履く主様なのでいつだってそのお尻のピッチリ感を楽しめるっちゃ楽しめるけれど、それはそれとして和服状態だからこその尻回りのピッタリ感というのはまた別物。
いやあ、基本的に筋肉好きで巨乳好きな私が思わず尻にも注目してしまうだなんて、主様は全身が整い過ぎてて魅了効果がとんでもないな。
処刑人の魅了も目隠し一つで解除出来る存在だから不思議は無いけど。
……と、そういえば、
「主様、医者達があんまり好きじゃない感じなんです?」
床に座った状態で首を傾げれば、主様は横目でこちらを見て、ふぅと煙を細く吐き出す。
「キミはどう思う?」
「主様のその表情最高です……!」
「そういう問いじゃない」
「わかってますけどつい反射が!」
試すような、口角を少し上げただけともニヤリとした笑いとも言えるような笑みを浮かべられては、条件反射的に感想が出てしまうのも致し方なし。
それだけ主様は魅力的だというのに、その自覚が無いのかこのお方は。
いや、わかってやっている感はあるけど、私がそれらにどれだけ過剰反応するかをいまいちわかっていない感じだ。
「まあなんていうか、様子見てる感じ、医者が誰かを助けようとすること。そして処刑人もまた、誰かを助けようとしていること。それに対して何か嫌な感情があるのかなー、って感じでしたね」
「そう見えたのかい?」
「はい。なんというか、医者がそういう事を言う度に、自分達は人食いの化け物であるキメラなのに善意での人助けなんてちゃんちゃらおかしい、みたいな……結局それらの動機は自分が引きずっている罪悪感によるものだろう、みたいなニュアンスに聞こえました」
「…………」
フゥ、と主様は再び細く長い煙を吐き出す。
テント内は料理も可能な仕様になっている為、換気もしっかり。
それによって煙は踊るように外へと繋がっている小さな煙突部分から出て行った。
「……別に、人助け自体は僕もやるさ。成り行きでも外面の為でも、理由は何でも良い。その方が都合が良かったり、暇潰しになったりするからね」
「はい」
「ただ、それなら自称姉達を相手するように、何を言っていようがどうでも良い、という扱いになる。そこを察せられたわけか」
「…………正直、まあ、違和感でした」
コクリ、と私は頷く。
主様の表情はどこか自嘲気味の笑みで、触れられたくないような雰囲気を纏っていたけれど、私は正直者なので口を開いた。
「主様、基本的にノータッチだったり他人事だったりですし。わざわざ煽るよりも、あーはいはい好きにやってな、みたいな放任型というか、自分には無関係だからどうでも良いって感じの」
「だろうね」
無関係ならソレで終わる、と主様は肘置きを抱きしめるようにしていた腕をそのまま枕にし、頬を乗せた。
「ソレが出来なかったのは、無関係じゃ無いからだ」
「人助け、嫌いなんです?」
「人助け自体は別に嫌いじゃない。ちょっとした戯れ程度にやる事もある、と言っただろう?」
ク、と主様は愉快そうに笑って喉を鳴らす。
しかし、それでも表情にどこか憂いの色を纏いながら、だ。
「……義務としてやっていた時期がある。だから、暇潰しというわけでもなければ義務があるわけでもないのに、まるで義務のように、それが生きている意味だとでも言うように他人の為に動く。そんな医者達が理解出来ないし気持ち悪い。それならまだ、理解不能であっても私利私欲だけで動く自称姉の方がよっぽどマシだ」
「あー……」
これでもかという程に顔を顰めた主様の言葉に、何となく腑に落ちた。
自称姉も中々にファンキーというか、自分が姉であり相手が妹である、という事に固執している様子だった。
主様はそれに対して特に気にしていない様子だったが、アレは私利私欲だったからか。
……熱血も人間の赤子を拾って育て始めてる様子だったけど、結局は熱血自身のエゴと私利私欲感はあったもんな。
まあそれはそれとして、主様の様子からすると普通に鉢合わせ、尚且つ止める手とかが無ければそのまま流れで赤子を殺して食べそうな雰囲気はあったが。
成る程、青いの達には普通に接していながら、医者達にだけやたらと当たりが強いわけだ。
理由がわかれば、案外明確で明白だった。
「というか主様、医者が何か、交流とか自己主張を諦めた貴族だとか何とか言ってましたけどそういう感じの話です? どうも義務っていうか、わりと強制感があるような……」
主様ならば普通に拒絶しそうだから何だか不思議だ。
生真面目なのか、質問すれば結構律儀に答えてくれる主様だけれど、義務としてコレやれって言われた場合はその場しのぎでもなければお断りタイプに思えるのに。
「…………貴様は少しばかり踏み込み過ぎだな」
ふぅ、と主様は深い息を吐き、その分だけの煙を吐き出した。
「おいで」
「はい!」
目線と指先のクイクイした動きで呼び寄せられたので、滑るように主様のお膝元、ソファの下へと正座でお座り。
こちらを見る主様の目は先程までと同様に暗い色合いとなっていて、楽し気な形をしているのにどこか冷たい温度を纏っていた。
でもこの背筋を寒気と興奮がゾクゾクと這い上がる感じ、最高。
……脳みそに麻薬染みた興奮がガンガン入っちゃうな!
今すぐにでも興奮が天井を貫きそうだ。
「口を開けろ」
「はい!」
「舌を出せ」
「あい!」
「ん」
言われるがままに口を開いて舌を出せば、そこに葉巻が押し付けられた。
用無しになった煙草の火のついている部分を灰皿に押し付けて消すように、私の舌に、だ。
ジュゥッという音がするも、激痛認定されたのか痛みは無い。
そもそも熱さもいまいち感じないレベルで、逆に不思議そうな表情をしてしまった気がする。
「……ふぅん。やはり火耐性が強いのか、一瞬の火傷にもならないようだね。回復が早いというよりもダメージが通っていない。物理的な攻撃にはやられるようだが、熱のある、それこそ火による攻撃なんかは何も意味を成しそうにないな」
目こそ退屈そうな色のままだが、その口の端は僅かに吊り上がっており、声色には楽しそうな色が見えた。
「熱した鉄ごてを押し付けられたところで、ただの鉄を押し付けられるのと変わらない効果になるのか……ハ、まあ、別に今試す必要は無いから後々かな。いや、どうせわかり切っている結果を見る為にやってみるのはただ面倒なだけか」
腕を枕にしたままの体勢で、主様は指先で自身の顎に触れつつ独り言のようにそう呟いた。
同時、何気ない自然な動きでこちらの舌へと押し付けていた葉巻を指先でピンと弾き、こちらの喉奥へと放られる。
「処理をしておけ」
「ふぁい!」
「ハァ……キミは仕置きのし甲斐が無いというか、どうしてこう、痛みによるしつけがし辛いのかな」
「ふぉう言はれまひても」
喉奥に放られた葉巻はそのまま飲み込めそうだったが、舌の動きと喉の動きで反芻するかの如く口内へと引っ張り上げ、もごもごと飴玉のように舐め転がしてしっかり味わう。
主様の唾液を含んだ葉巻を摂取出来るだなんて、主様の汗が沁み込んだ服とか全身を拭いたタオルに顔面を押し付けて深呼吸する並みのハッピーイベント。
なのでゆっくり舐め転がし、時々おしゃぶりのように吸ってしゃぶってちょこっと噛んで、しっかりと堪能しなければ。
……うーん葉っぱと葉っぱが焼けた灰の味!
葉っぱと言って良いのかわからないが、私は基本的にスモーク系は煙のせいか煙草臭いなと思ってしまう性質なので大分キツイ。
嫌煙家とまで言うつもりは無いけれど、煙草は吸わない派なので煙草の煙は普通に煙いのだ。
一応今はファイアドラゴン効果なのか、あまり煙さは感じないけれど。
……あー、でもこう、ここに主様の唾液がじゅわりとしみ込んでるんだろうなって思うと味の染みた高野豆腐みたいな美味さを感じる……!
「…………おい、貴様、何をしている」
「味わってます」
「………………」
めちゃくちゃにドン引きされている。
さっきまでの微妙に不貞腐れた感じというか、そういう雰囲気が全部吹っ飛んだくらいにはドン引きされている。
いかん、これは流石に弁明しないと駄目なレベルでドン引きされてるぞ。
「違います!」
「噛み締めに噛み締めた葉巻を飲み込んだ直後に言う台詞かい?」
「いや違うんですよ! 味わってるっていうのは葉巻の事では無く、葉巻に沁み込んだ主様の唾液をです! つまり主様のお汁! おつゆ! それが合法的に私の口に放られた以上、味わう以外の選択肢が無いじゃないですか! ご馳走様でした!」
「………………」
「主様の唾液が付着した葉巻、最高にご褒美です! ありがとうございます! あと出来れば今後も煙草を吸う時は是非とも私に! そりゃもうしっかりと堪能しますので! 熱さも感じないから全力で灰皿役を務めますよ! 付属機能として勝手に興奮し始めますけど!」
「何て嫌な付属機能だ……」
あれ、弁明したはずがさっきよりもドン引きされている気がする。
おかしいな、私は葉巻を食って興奮するような女じゃなく、主様に興奮しているんだと正直に伝えたはずなのに。
まあでもそこの弁明は出来てるはずなので良いか。良いな。
「……まったく、ここまで気持ち悪い反応をされるとはね。僕を不愉快にさせる言動をしたから、その償いをさせるつもりだったんだが……当てが外れたな」
「えっ!? ご褒美でしたよ!? 何ならおかわりしたいくらいにはご褒美です!」
「俺は二度と御免だ」
ハァァア、と主様は頭痛がしているのか額を押さえ、深い深い溜め息を吐き出した。
「お陰で不愉快な気持ちも何もすっかりどこかへ消え去ったが、どうしてこう……いや、その気持ち悪さにさえ目を瞑れば、俺の不愉快さを長続きさせないという利点もある……とはいえ……」
顔を押さえ、這うような声での呟きなのでいまいち聞こえ辛かったが、結果的に主様の気分が切り替わったようなのでトータルで考えれば良かったという事なんだろうか。
少なくとも私としては最高にハッピーなイベントだったのでヨシ。
「にしても主様って煙草吸うんですね! この半年、吸ってた事ありましたっけ?」
「吸っていないし、吸うのも気が向いた時だけだよ。一般的な娯楽は、暇潰しになるかと思ってそれなりに嗜んでるからね。まあ、キメラだから煙草を吸ったところで肉体的に影響はされないから、元々喫煙者なら精神的な安定に使用可能、という程度だ」
僕は元々喫煙者じゃないから、手慰み程度にしかならない。
そう言い、主様は疲れたようにぐったりと体から力を抜き、そのままごろんとソファの上で仰向けになる。
先程までの気持ちうつ伏せみたいな体勢も素晴らしかったが、仰向けの体勢もまた素敵なアングル。
いやあ、今日は私の星座が運勢第一位だったりしたんだろうか。
こっちの世界じゃ朝のニュースも無ければ占いコーナーも無いけどさ。
「……あまり好みの娯楽じゃ無いし、今後は二度と吸わないだろうね。気が向かない限り」
「じゃあ気が向いた時はまた灰皿役をお任せください!」
「任せたくないから吸いたくないんだよ」
疲れたようにそう言うと、主様は腕を目隠しのようにして、ソファに仰向けになったまま穏やかな寝息を立て始めた。
相変わらず寝入る時のスムーズさが凄いお人だ。
いや、人じゃなくてキメラだけども。
……というか、ソファじゃなくてベッドに移動させた方が良いかな?
しかし主様の事なので、寝ている時に触れるというのは不敬扱いされそうな気もする。
主様に触れて私が興奮を抑えきれるとも思えず、手出しはしなくとも多分首筋に顔を埋めて深呼吸をし、結果的に起こす事になりそうだし。
これに関しては多分本能でやってしまうからどうしようもない。
……かといって主様がソファで寝てるのをそのままにする、っていうのも、何だかなあ。
私がそわそわするというのもそうだが、主である存在がソファで寝ている時に放置しておくとは、とかを指摘されそうだ。
明らかに矛盾が酷い二択だけれど、主様の性格からするとこのくらいは日常会話。
そしてどちらに転んでも主様の寝起きは普通にちょっとよろしくないものとなるだろう。
どちらを選んだ場合も、起きた主様が不機嫌フェイスになる未来がまざまざと見えるようだ。
……まあソレもご褒美なんだけどさ!
とはいえ放置するわけにもいかないので、ベッドから薄い掛け布団を持って来て主様にふわりと掛ける。
主様に触れないよう気を付けつつ、だ。
欲を言えば偶然を装って触れたいけれど、先程はドン引きされまくったので多少謙虚な姿勢を見せないと駄目な気がする。
触れていない、と、主様に対する気遣い、を両方ともクリアするのはこの行動だと思うが、まあ違っていたら違っていたでその時だ。
少なくとも、私は私のやりたい事をやっているだけだしね。




