シリアスに浸ってんなあコイツら
とまあ、と語り終えた医者がひらりとアシンメトリーな両手を振る。
「以上が俺とショケイの過去。そしてジャンク大陸の現役時代について、だ。ご清聴どーも」
「うん、勉強になったよ! お前が生前もガリヒョロだったらしいのは残念情報だったけど」
「うるっせえ。今はこれでも生前よか肉ついてるっつの。まあ、死んでるから一定以上にも一定以下にも変化しないだけだが」
つまり体重が可変する性質だったら生前並みにガリヒョロ状態へと変化していた可能性があるという事か。
良かったキメラになったらその後一生据え置き状態で。
お陰で私のおっぱいは重さ以外に揺らぐ事は無く、主様の筋肉が衰える事も無いという事。
それ以上の伸びしろが無いのは残念だけれど、向上なんかは生き物がやる事であり、死体である化け物の担当では無いからヨシとしよう。
劣化が無いならそれが一番。
まあ、そういった劣化を嫌った為政者が不老不死用のなんぞかんぞを作らせようとしたんだろうなという裏側を思うと、ヨシとして良いかは微妙に議論の余地があるが。
「というか、話させておきながら諦観者君自身は興味も無いと言わんばかりに本を読んでいるのは何なんだ」
「興味が無い」
「お前な……!」
イライラしているらしい医者の頬がめちゃくちゃひくついているが、主様は通常運転でこんな感じなので今更だろうに。
「というか、多分コレ、主様は既に知ってるんですよね? 知らない話だったら一応終わりまで聞いてからつまらなかったかどうか判断してる印象ですし」
「今回程詳細では無かったし、面倒だったから後半までは聞いていなかったけれど、一応前に聞いた事はある。他のキメラから話を聞いたりもしていた分、別に聞かずとも大体の流れは把握出来ていたからね」
「成る程!」
「……本当、変態ちゃんはよくまあこんなのと一緒に行動出来るな」
医者は溜め息を吐き、頬杖をつきながら胡乱げに主様へと視線を向ける。
「今までの傾向からして、眷属なんて作ったところで使い捨て前提みたいな扱いだろうに」
「そこが良いんだよ! わっかんないかなあその良さが! 温度の無い瞳で見られるのも不要物みたいな扱いで放っておかれるのも、かと思えば理不尽にどうして傍に居ないのかって言われて殺されたり! でもちゃんと利用価値があると認識してる部分では何故さっさとやらないのかって首傾げられたりすると、もう、大興奮の大歓喜! 私が生まれて来た理由はここにあった! まあ死んでるけど!」
「…………元気になった患者に感謝されたりすると俺は医者やってて良かったってなるもんだが、変態ちゃんのソレとは明らかに違う気がするんだよな……」
「やってて良かったって思いつつ性的な興奮を覚えるんなら同じで良いんじゃない?」
「んなもんこの四百年で一度たりとも覚えた事あるか!」
何だ、つまらん人生送ってるなあ。
人生というかキメラ生になるんだろうけどさ。
「にしてもジャンク大陸とやらが地図上から消えたのはそういう理由があったわけか」
「元々は新大陸として、夢と希望に溢れていた理想郷のはずだったそうだが……俺が生きてた時代にそんな希望は無かったよ。端の方にある村だったからこそ平凡に生きる事も出来ていたが、大半は常に戦争状態。一部は平和的で理想的な夢と希望を体現していたようだが、そんな理想的かつ物資に満ち溢れたところを、戦争で困窮している他の国が見逃すはずもない」
「で、軍事的なアレソレだけは特化している戦争国家が侵略する、って事?」
「本当に変態ちゃんは意外な程に理解が早いな。別に他の誰かがそこまでの理解を示してもそこまで衝撃は無いが、言動からすると驚きだ」
「確かに私は巨乳と筋肉大好きなマゾ寄り変態だけど察しの良さには自信があるぞ!」
「うるさいな、騒ぐな。どうせしばらくは起きないだろうけどショケイが起きたらどうする」
「どうせ起きないとか言いながら矛盾じゃない?」
「俺としちゃ、アイツには負い目しかないからな。せめてもの気遣いくらいはしてやりたい」
言い、あくまで自己満足だが、と呟いた医者は再び白衣のポケットから煙草を取り出して火をつける。
煙をふぅと吐き出せば、先程と違って換気されているからか紫煙はゆらりと動いて掻き消えた。
「……俺の考えも、対応も、判断も、間違ったとは思っていない。言い方がもっとあったんじゃないのかとは今も思うが、あんな非人道を極めたような奴ら相手に何を言っても無駄だろうしな」
「まー、会話が出来ないなってヤツ結構居るから仕方ないよな」
「変態ちゃんもベクトル違うけどそっち寄りだろうに」
「失礼過ぎない!?」
「そこに関しては僕も医者に同意するよ」
「主様まで! でも主様からのお言葉ならご褒美です!」
それに別ベクトルって事は話が通じないってのは同じでもマイナスイメージは少ないって事になるだろうから十二分に褒め言葉だ。
聞く耳を持たないのは、まあ、否定出来ないけど。
「ともかくとして、話を聞いて色々腑には落ちたよ」
私は胸を持ち上げるように腕を組み、うん、と頷く。
「熱血から初期キメラ云々は一応聞いたし凄く非人道的な施設だったってのも聞いたけど、あんまり詳細は聞けなかったし。というか目の前にある筋肉に夢中になってたからところどころ聞き逃した気もする」
「何してんだお前」
「だって透き通るような白い肌! 浮かぶ陰影! シャツの方が苦しがってないですかってくらいに豊満な筋肉! 分厚い体! 夜勤明けとか徹夜したリーマンあるいは教師って感じのビジュアルも大変よろしい! 素晴らしき筋肉と雄っぱいだけでもパーフェクトなのに、そこに加えて美形とか何かその他諸々が加わるわけだし! 性癖のボーナスタイムだよな!」
「知るか」
「そして語り終えた熱血が日焼けした漁師になったのも最高だった。一粒で二つ分美味しいみたいな気分だよ。肌色チェンジ&服装チェンジなんてイベント用の別衣装キャラ状態だろ!? もうそんなにサービス良くしてくれたら興奮するしかない! まあ教育に悪いって叱られたけど、叱る際の筋肉の動きとかを前にしたらご褒美過ぎる!」
「…………」
ひゃっほうとテンション上げながらつらつら語れば、医者は酷く面倒そうな顔をして煙草の吸い口をがじがじと噛んでいた。
まだ煙草はそれなりに長いってのに勿体ない。
……噛み癖でもある感じ?
これで脂肪の乗った素敵弾力な筋肉を有したガッチリムッチリボディであればいっそ私をがじがじしてと思うところだが、相手がヒョロガリではいまいち燃えん。
萌えもしなけりゃ燃えもしない。
これが主様であれば胡乱な目も無意識下によるものだろう噛み癖も全てが全て愛おしいのだが、実に残念だ。
「……悪いけど、俺は生前からそういった色事関係に疎いし薄いからドン引き以外の反応が出来んぞ」
「何だよ枯れてんなあ。股間のイチモツご存命?」
「失礼極まりないなお前。ご存命だよ。ただ医者っていう職業上、裸体相手に興奮しないだけだ。生前は妻帯者だったが特に愛は無かったし、向こうは向こうで医者って仕事上金持ちの俺を確保したかっただけのようだし。だから一応結婚して何年かは経過してたが、特に夫婦らしい事をした覚えは無い」
「夜のアレソレも? 相手貧乳?」
「お前は相手の胸のサイズで夜のアレソレを決めると思ってんのか。一応妻は他に比べれば豊かな方だったよ。スタイルも顔も良いから、村を出れば女優にくらいはなれたかもな」
まあ、覚えちゃいないが。
そう言って医者は溜め息のように煙を吐く。
「覚えてないのに巨乳で顔とスタイルが良いって事は覚えてるって矛盾してない?」
「妻の自分が優位でいないと耐えられない自由人な性格は万人受けしないと思った事、少なくとも見た目は良いんだから村の中での金持ちじゃなくて村の外の金持ちを狙えば良かったろうにと思った事。そう思った事は覚えているから、どういった顔付きで具体的にどういった服装だったかを忘れていても、何となくは覚えているさ。実際に瓜二つの顔が目の前に現れても、ピンとくる事は皆無だとは思うがね」
「はあん。それでも覚えてるくらいには素敵な巨乳だったんだろうに碌に手も出してないとか勿体ない事するな。私だったら夜の店でそんな美人見かけたら金の力で一晩買うよ?」
「だから明け透けが過ぎるんだよ変態ちゃんは」
ギロリと睨み付けられた。
「こっちは夜間の急患にも対応してたんだ。そんな余裕も時間も体力も気力も無い。そんな事を考えるくらいなら、困った患者相手にどう説明すればいいかを考える方がよっぽど利口だ」
「うへえ」
「……ま、そんな俺だからショケイの魅了が効果を見せないってのはあるんだろうがな」
「え? どゆこと?」
「アイツの魅了は感情の高ぶりに影響されがちだから、あんまりコントロール出来ていないんだよ」
「話聞いてたら四百年はキメラやってるのに?」
「長年生きてれば髪が伸びるスピードを操作する事が出来るようになるのかい?」
「あー」
成る程、確かにソレは無理だ。
元々後天的に付け加えられた能力であるのに加え、それこそ指先とかであれば頑張れば複雑なあやとりも可能な動きを見せるだろうが、髪の伸びるスピード云々は不可能だろう。
そんな部分をコントロール出来るなら育毛云々がもうちょい発達してるだろうさ。
「ショケイの魅了は、宝石や装飾品に心惹かれる者程影響を受けやすい。好んでいるのであれば盲目的な程、ショケイに対して心が傾く。それなりに好きだし興味もあるけど買う程じゃない、って程度でも一目惚れかと錯覚するくらいの感情を抱くようだけどな」
「成る程、通りで謎に心惹かれるけどビジュアル面で好みっぽい部分皆無だからおかしいなとは思ったんだ……」
ウィンドウショッピングで綺麗なアクセサリーを見て良いなと思う時みたいな感じ、と思ったのは間違いじゃ無かったらしい。
私は見るのが好きであって自分を飾る方面はあんまり興味ない派だったが、それでも主様が目を覆って声を掛けてくださるまで目を離せない状態になっていた。
つまり、相当に強い魅了という事だ。
……まあ正直言って目を覆われなくとも主様の声掛け一つで意識ハッキリしてたんじゃないかって気はするけどな!
しかしそれはそれとして最高にハピネスな密着だったからヨシ。
「クーラちゃんがアイツに惚れてるのも、魅了されての事だろう。基本的にショケイの外面が良いもんだから、尚更誤解が進む進む」
ハァ、と医者は疲れたように溜め息を零す。
「ショケイとしては俺達が失った日常を、そのまま維持している子だからな。クーラちゃん以外にも、日常の中を生きている相手にはいつだってああいう態度だよ。生前の時みたいな気さくさで、あちこちに恋心の誤認が増えるったらない」
「あれ、でも主様は平気でしたよね?」
飽きるからと着替えをする事が多い主様だが、同時に見栄えも重視している。
それは見る側として飽きるからという理由も大きいのだろうけれど、組み合わせを気にしている辺り、多分根本的にオシャレが結構好きな部類なんだろう。
加えて装飾品を使用する事も多い為、魅了の指輪が効果を発する条件を満たしているのではないだろうか。
そう思って主様の方を振り返れば、椅子に腰かけている主様は片手で本を開き、頬杖をついたまま、不満げな伏し目でこちらをじっとりと見つめていた。
もう少し目を細めたら睨み付けているように思えるような目で、だ。
「えっ、どうしたんですか主様!? 何か不満に思う事でもありました!? でもそれはそれとして素敵な表情ありがとうございますご褒美です! 主様から向けられる見上げるようなジト目ひゃっほう!」
「…………キミはそういうヤツだったね」
こちらを見るのをやめた主様は、腹の底から這い出るような深い深い溜め息を吐いた。
何やら今ので意識は切り替わったらしく、不満げな表情を消した主様は組んでいた足を逆向きに組み直す。
その仕草もまた女教師染みたセクシー感満載で素晴らしい。
脳内カメラのシャッターが火を噴きそうなレベルで毎分毎秒ベストショットが更新中だ。
「……処刑人に僕が惹かれないのは、僕が心惹かれていないから、だよ。心惹かれていないというよりは興味を持っていないと言うべきかな」
「でも主様、店頭で見た服を気に入ったりとかしますよね?」
「すぐ飽きるんだよ、僕は。だから心惹かれてもすぐに冷める。そもそも僕はあんまり他人に対して興味を持たないし、興味を持ってもすぐにどうでもよくなる。売り物を買い求める事はあっても他人の物を欲しがるような性格もしていない」
「…………つまり?」
問えば、主様はにっこりと微笑む。
「僕にとって処刑人は要らない存在だから興味を持つ対象じゃない」
「切れ味がエグイです主様! そういう断言っぷりも好きですけど!」
「へえ」
「実際、そんくらい切れ味鋭くないと振り切れないしな」
興味無さげな主様とは違い、医者はうんうんと頷いた。
「俺からするとショケイはショケイで、魅力的でもショケイでしかない。装飾品に対する興味も薄いから魅了を振り切る事が出来る。諦観者君のような無関心とは違うけれど、興味が薄いから魅了を振り切れる、ってのは正解だ」
「処刑人の場合、瞬間移動とその魅了を活かしてあちこちで破滅を与えているようだけどね」
「…………ああ、まあな」
医者は不愉快そうに顔を顰めて、がじがじと煙草の吸い口を齧る。
既に煙草は殆ど吸い終えた長さになっていた為、食べ終えたアイスの棒を齧る人みたいだ。
「俺達のような被害者が出ないように、ってあちこちで権力者相手に破滅を与えてるのは確かだよ。アイツは居るだけで戦争を起こす事が出来るからな。日常の中であれば、強盗のような欲の皮が突っ張ったようなのでも居ない限りはちょっとしたキャットファイト程度で収まるんだろうが」
「察するに、権力者かつ業突く張りであればある程に強奪しようとするから戦争勃発する感じ?」
「その通り。欲が多いヤツら相手なら内部分裂すら発生する。それもショケイが何をするでもなく、ただそこに居るだけで、だ。俺もショケイも権力者はトラウマだから生理的嫌悪に近い程苦手なんだが、それでも心を擦り減らして相手を潰しに行くんだからな」
ガシガシと長い髪を乱すように頭を掻く医者の言葉に、ふむ、と私は思案する。
「主様、もしかして処刑人の呼び名って」
「そういうところから来てる、で合ってるよ。欲張りというのもまた罪であり、罪人を始末するのは処刑人。結果的に欲張り共が処刑人目当てで戦争起こして、本人が救いたいと思っている無害な周囲が被害に遭ったりするものだから、本末転倒に思えるけどね。それでまた罪悪感を増やして不眠症だのを悪化させてるんだから、一周回って笑い話だ」
べえ、と意地悪な事を言いながら舌を出して見せた主様に、医者の顔がこれでもかという程憎しみに歪む。
まあ確かに今のは中々の煽りだったから致し方あるまい。
……医者、処刑人に対して結構感情の比重が重そうだし。
唯一生き残った同郷となれば、感情移入強めになるのも仕方ないんだろうか。
私としては主様の素敵な表情が見られてハッピーって気持ちしか湧かないけどな。
諦観者が途中で不満そうな顔してるのは、本読むのも飽きたしいい加減この空間にも飽きて退屈してるのに主であるこの僕の不満を一切察する事もなく随分と楽しそうじゃないか、という思考によるものです。とっても理不尽。
しかし主人公が常に諦観者アゲな事を言う為、まあ良いか、と少し機嫌が治りました。いつもこんなん。理不尽に怒るけど主人公がソレを察する前に主人公による素の言動であっさり機嫌が治る。
チョロいというよりは面倒臭いタイプな諦観者です。
主人公が素で言ってるからすんなりご機嫌になってる。気遣いによるおべっかならすぐに察し、そういう接待染みた言動は好きじゃないな、と殺しに来ます。面倒臭い。




