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赤のキメラは今日も主様に興奮してます!  作者:
大きくも無い診療所
62/327

平和な山村



 俺とショケイは同郷だった。

 今ではジャンク大陸と呼ばれている、オリエンタル大陸とネイチャー大陸の間、パレット大陸から見れば南東に位置する大陸で生活していた。

 当時の呼び名は、ジャンキー大陸。

 お世辞にも治安が良いとはとても言えない大陸だった。

 それというのも、周囲の国から様々な者がやって来て、国を築いていたからだ。

 ジャンキー大陸自体は人の居ない大陸だったが、あっという間にあちこちから来た人間達で満ち溢れた。

 そしてとびきり忌まわしいのは、その殆どが野心家だったという点だ。

 そう大きくも無い大陸の上で、様々な国がお互いを貶め合い、攻撃し合い、近くの無関係な小国を潰して奴隷なり捕虜なりにして制圧し、また戦争をする。

 戦争を嫌う国も幾つかあったが、そういう国は好戦的な国がわざわざ一時的な同盟を組んでまで滅ぼした為、気付けば滅んでいるのが当然だった。

 俺とショケイは、そんなジャンキー大陸にある、ほんの小さな村の生まれだ。

 元々はオリエンタル大陸の移民だった者達による小さな村で、国自体も応戦はするがそこまで好戦的でも非人道的でも無く、俺達に至っては国の端にある村だったから尚の事戦争とは関わりなく暮らしていた。



「いよっ、イシ先生。また陰気な面してるなあ」


「イシ先生また寝不足?」


「……お前らなあ」



 アイツは、ショケイは、よく息子と一緒に出歩く事が多かった。

 息子と仲が良い父親で、年甲斐も無く息子と同じような年頃向けの服を、似合いもしないのに着てたんだ。

 当時は上は金髪に下は黒髪のツーブロで、村の誰に対しても分け隔て無い、良い男だった。


 ……ま、元気で気さくなオッサンだった、と言っても良いかもしれないが。


 表情も明るくて、笑顔が多くて、反抗期なんて来た事も無い十代後半の息子とよく釣りへ行っていた。

 アイツの妻は妻で心配する事なんて何も無いから、と笑っていたよ。

 そりゃまあ、ショケイの親父は村の代表的な存在だったから、村の中なんてショケイの庭みたいなもんだったろうがね。



「そういえばイシ先生、この間来てたのは何だったんだ? あの武装した兄さん方……明らかに碌な話じゃなさそうだったが」


「息子の方はともかく、俺のガキの頃も知ってるお前に先生呼びされるのは違和感が凄いな……」


「そう誤魔化すな」


「そうそう、父さんってばアイツは口悪いけど案外お人好しで人助けの為なら自分の身も顧みないから変な事に誘われてないだろうな、って晩飯の時にしきりに気にしてたくらいだし!」


「あっ、こら言うな!」


「それで爺さんに、じゃあ真正面から聞いて来い、って喝入れられてさ」


「あっはっは! そりゃあ随分と心配掛けたな!」



 決まりの悪そうな顔をするショケイを、ニシシと悪戯に笑う息子の顔を、俺はよく覚えている。

 そうだ、当時の俺は黒髪黒目の短髪で、我ながら今より酷いヒョロガリ状態で、常に貧血状態だったもんだから患者にすら心配されていた。

 医者の不養生とはよく言ったもんだ。


 ……本当、アイツは家族と仲が良かった。


 実の母とも、嫁入りして来た妻ともうまくいっていない俺からすれば眩しい程だったよ。

 両方共、誰かを助けるよりも自分優先で、医者関係だって自覚が無いから仕方のない事かもしれないけどな。


 ……ああ、そうだ。ショケイの息子の名前は、イチロ君だったか。


 ショケイはもう家族の名を思い出せなくなっているようだし、俺もまた、当時の村の人達を忘れているが、忘れていないものも一応はあるもんだ。

 そう、覚えている。

 イチロ君が人懐っこい性格の元気な子で、反抗期なんてものは無くて、よく家の手伝いをしていて、かと思えば村の子供達と遊んでやっている、青年になり掛けの少年だという事を覚えている。

 他にも色々、覚えている事はあるんだ。

 母の小言、妻の嫌味、腰痛を訴える婆さん患者に、いつ死ぬかわからんと十年言い続けている爺さん患者に、薬を渡すと一気に飲むから少ない薬を渡してこまめに来てもらってたおばさん患者。

 他にも色々、俺を気遣って飴を寄越してくれる婆さん患者から俺を見て不潔だと顔を顰める村の娘っ子、川の近くで遊んでいる小さな子供達。


 ……そういった思い出は残っているのに、俺は彼らの顔を思い出せない。


 笑顔も覚えているはずなのに、顔だって思い出せるはずなのに、思い出そうとすると靄が掛かったようにぼやけて、全体図すらもぼやけて、どういう髪型でどういう年頃でどういう顔でどういう恰好をしていてどういう事を話していたかも薄れてしまう。

 それは年々酷くなっていたが、それらは全て、俺のせいだという自責の念によるものだろう。

 否、自責の念だなんて、それじゃあまるで俺が悲劇に酔っているようじゃないか。

 実際は自責の念でも何でもなく、ただ俺が間違って、俺のせいで破滅を迎えただけだというのに。



「辺境の地からも響くその医学の腕、我が国の為に振るうが良い」


「お断りだ」



 武装した見慣れぬ奴らはしつこかった。

 ある日突然来たかと思えば長々としたご高説を垂れていたが、要するに、別の国で国家規模でありながら相当に隠匿されている実験に協力しろというものだった。

 その実験に関する研究で、医者として協力しろ、と。

 確かに俺は医学の腕に関しては相当に優れていると自負しているし、周辺じゃあ名の知れた医者だったから、主治医になる気はないかといったスカウトは何度かあったさ。

 けれど俺は村が好きだったから、断った。

 本当を言うと別に村なんて好きじゃなかったかもしれないが、あの村に居る人は好きだったんだ。

 いい加減にして欲しいし顔も見たくないと思うヤツが居なかったとは言わないが、それでも、一緒に居て楽しかったり、元気そうな姿を見て嬉しくなる相手ってのは確かに居たから。



「再三の申し出を断られた以上、我が国に対する侮辱と認識し、貴様らを連行する」


「ハァ!?」



 だが、アイツらにそんな理屈は通用しなかった。

 そもそも戦争なんてやってる国は、根本的な思想から違うのだ。

 自分達に反抗する、意見する、それ即ち敵である、なんていう思想を幼少期に植え付けられ、それを正義として刷り込まれて育っている。

 俺の態度が悪かったのも理由の一つなのだろうが、再三に渡っての誘いを無碍にしたのが気に食わなかったのか、俺は無理矢理連れて行かれ、キメラとしての実験台にされた。


 ……俺だけじゃなく、村中の全員が、な。


 老いも若きも、今にも死にそうな爺さんも足腰が悪い婆さんも、もうすぐ他所に嫁ぐ予定だった娘っ子も、生まれたばかりの赤ん坊も、木の枝をぶんぶん振り回している鼻たれ小僧も、誰もかれもが連れて行かれて、連れてこられた。

 俺が断ったせいだった。

 誰かを合意無く実験するような、それも隠匿するような、明らかに非人道的な実験には協力しない。

 俺は相手が匂わせる実験の内容を察し、そう拒絶した。

 結果相手は俺を含めた村の全員を強制連行して、実験台にしたのだ。


 ……それも、断った俺の心に深い深い傷を負わせる為か、次々と村のヤツを実験台にする中、俺の事は一番最後に回しやがった。


 村の人の他にも色んなヤツが捕まっていて、諦めているヤツ、諦めずに叫んでいるヤツ、現状を理解出来ずに泣いているヤツと、色んなヤツが収容されていた。

 けれどヤツらは、村のヤツら全員を犠牲にしてから俺を実験台にしたのだ。

 連れて行かれる村のヤツの悲鳴を俺に聞かせて、聞かせるだけ聞かせてから、仕上げとばかりに俺を実験台にしやがった。

 ああ、忘れはしない。忘れはしないとも。

 村のヤツらは俺とショケイを残し、全員がキメラ化に失敗して終わった。

 ただの実験台として、使い捨てとして、無残にも殺されただけでその命を終了したのだ。

 輝かしい明日が待っていたはずのイチロ君も、数日後には花嫁姿を見せただろう娘っ子も、まだしばらくはぐちぐちと小言を言ってきただろう母も、いつ朝起きれず一生の眠りにつくかわからない老人も、皆が皆、勝手な実験で命を散らした。

 きっと、苦しかったろう。どうして自分達がこんな目に、と世の理不尽を恨んだろう。


 ……俺のせいで、お前のせいでこうなったんだと、恨んだろうさ。


 当時の俺は直視出来ずに目を逸らしたり、気を狂わせたり、耐え切れずに自傷していたのはうっすらと覚えているが、ハッキリとは思い出せない。

 思い出せずとも、地獄だったのは覚えている。

 自分にも他人にも地獄だった事は覚えている。

 けれど、彼らのように命を散らせずキメラ化しても、地獄の時間は終わらない。

 延々と続く実験に、止まらない悲鳴に、気が狂いそうだった。

 あれだけ快活に笑っていたショケイのヤツの顔には常に影が纏っていて、笑顔の気配なんて微塵も無くて、本当にショケイなのかと疑う程だった。


 ……ま、俺もキメラ化の影響か、それとも度重なる非人道的な実験やそれまでの経緯によるものか、とっくに壊れてたんだろうけどな。


 それは、キメラ達で反乱を起こして研究者達を皆殺しにして、研究施設を完全に破壊して、意思疎通が不可能でキメラとして生きるしかない俺達の不利になるだろう愚キメラを捌きに捌いて調べ尽くして、俺達キメラの生態を明らかに出来るだけ明らかにした時に気付いたよ。

 そう、そこまで行って、一段落して、少しばかり精神的に落ち着けるようになってから、俺はようやく、自分が元の自分からとっくに乖離し、壊れていた事を自覚したのさ。





 ショケイのヤツが混ぜられたのは、魅了の指輪という魔物だった。

 魔物と言うよりはそういった呪いのアイテムに近いが、分類としては魔物とされている。

 神出鬼没で突然出現する指輪であり、細やかな装飾が施された、宝石の美しさがわかる者ならば誰もが目を奪われるだろう素晴らしい代物。

 入り込むような、吸い込まれるような美しさを持つ宝石の指輪である為、例え突然現れた指輪であるとわかっていても、手放す者は殆ど居ない。

 それほどまでに魅力的で、人の心を魅了する魔物だった。

 とはいえ、性質としては存在するだけで近くの人々は生気を吸われたように衰弱していき、輝き続ける指輪とは対照的にやつれ果てて死んでいくという中々のシロモノ。

 この指輪に見入ってしまったが最後、誰もが手に入れたいと強く思い、争い、奪ってでも手に入れたいと思い始め、誰かの死や誰より大切だったはずの者の死すらも厭わなくなり、ただひたすらに指輪の所有や有無を気にし始める。


 ……そんな指輪が混ぜられたから、施設を破壊させる一因になったんだろうが。


 ショケイの全身にある刺青は、指輪が混ぜられた事によるものだ。

 指輪に存在していた細やかな彫り物細工、っつーのかな。ああいうのが反映されたんだろう。

 そして本来、研究者共は私利私欲の化身であり研究欲と探求心に取り憑かれた存在だった為、魅了の指輪も効力を持たなかった。

 持っていないから素材として使用出来たんだから。

 実際、ショケイが能力を暴走させて魅了させたとしても、大した効果は存在しなかった。


 ……でもな、神出鬼没、ってのも魅了の指輪の能力なんだ。


 意識して操作出来るかは俺も未だに知らないが、アイツは瞬間移動を可能とする。

 他にも鬱憤が溜まっていて、目を爛々と輝かせて反乱の機会を窺っているキメラは複数居た。

 いやあ、見物だったな。あちこちで悲鳴が上がるんだ。俺達に悲鳴を上げさせ続け、非人道的な行いを嬉々として、それこそデータ収集の為としか認識せずやっていた奴らが、やられる側に回ったんだから。

 そりゃあ愉快としか言いようが無い。

 俺は一部の奴らが反乱を起こして自由に動けるようになってから施設崩壊に参戦したが、施設崩壊の主軸となり、相手方に致命傷となる大打撃を与えたのは、やはりスタートを切った一部の奴らだ。

 たった十人前後の奴らが口火を切って、やってのけた。

 そうして俺達は施設を破壊して、研究者を殺戮して、周辺を破壊して、誰も近辺へと近付かない程に暴走し切ってから、ようやく落ち着いて物を考えられるようになった。


 ……元々考える頭は残っていたが、ようやくの自由とそれまでの鬱憤が重なった事から暴走が中々収まらなかったんだろうな。


 で、考えられるようになったから、俺は自分達の中には意思疎通が不可能な奴らが居る事に気付いた。

 そう、愚キメラだ。

 好き勝手暴れて無意識下で能力を使用して個体差を学び、これまでの実験や目標の記録も見つけた事から、キメラ全体には基本能力として擬態やら何やらがある事に気付いていた。

 肉も生きている人肉を好むし、数日人肉を食わずに居ると獣のように暴走する傾向にあり、食わずに居ると酷く辛い飢えと苦しみがあるものの、人肉であれば既に死んでいる肉でも問題無い事がわかった。


 ……勿論飢えている時は新鮮な肉を優先しがちだし、味覚的にも生きた人間を仕留めたばかりの肉の方が美味く感じるが、それでも腐った死肉で問題無く活動可能だってのは発覚した。


 俺達は、人間に紛れ込めると気付いたんだ。

 元々それまでの事から、ジャンキー大陸に残りたいと思う奴らは殆ど居ない。

 だから俺達は、自分達が人間社会に紛れ込むには、愚キメラが厄介だと思った。


 ……だってそうだろ? 愚キメラのように好き勝手暴れるようなのは戦争でこそ有用だが、日常を生きる上では酷く厄介だ。俺達の正体が発覚する糸口になりかねないんだからな。


 今では時々、中期キメラなんかが適当に作って野放しにした愚キメラが時々見つかっているようだが、俺達みたいな人間社会に紛れ込めるキメラが居る、とは思われていないようで幸運だった。

 というのも、人型で人間社会に紛れ込んで人肉を食らうという共通点はあれど、まさかここまで魔物としての特徴に差がある存在が共通種族とは思わないんだろう。

 人に紛れる他の魔物も存在するのが功を奏した。

 さておき話を戻すが、そういった経緯で俺は愚キメラを実験体とした。


 ……ああ、そうだよ。


 俺はあれだけ実験台にされた事を恨み、苦しみ、嫌悪していながら、誰かの為という理由があれば、誰かを実験台として犠牲にする事への嫌悪感がスッキリサッパリ無くなっていた。

 多少申し訳ないとは思うが、それよりも救える命の方が大事だからな。

 救いたいと思った命を、俺は優先する。

 そういった事が嫌だから拒絶してキメラなんていう化け物にまでなったってのに、お笑い種だが。


 ……そうしてキメラの生態を、何となくで把握していた事柄から知らなかった部分まで、可能な限りを試して調べて実験した。


 得られる情報を出来る限り調べ尽くし、自分達の出来る事、出来ない事、個体差、弱点、全てを調べた。

 その後、まあ、一部は自殺を果たしたが、大体はジャンキー大陸を後にした。現在はそれぞれ好きな大陸に渡り、好きなように人里だったり人里離れていたりするところで暮らしている。

 一応今も他のキメラとはそれなりに交流もあるが、地元が同じなだけの他人くらいの距離感で、知らない仲では無いが詳しくも無い程度の付き合いだな。

 ()()()君のように、あちこちのキメラを知っていて交流した事のあるヤツの方が珍しい。

 ま、意外と増えたり、かと思えばそれなりに減ったりしているから、詳細に把握しようとしたところで意味も何も無いんだが。

 どうせ人間が滅べば勝手に滅んでいく化け物だし、国を得て何かをしたいと思う程野心家なヤツは一握りだからな。適当に生きているのが俺達キメラだ。

 生きているというか、とっくの昔、それこそ四百年前の時点で死んでるが。


 ……あ? ジャンキー大陸のその後?


 その後はご存知の通り、と言いたいところだが最近じゃあ地図からも消されて歴史からも消されてるようだから、知らないのも無理は無いか。

 ジャンキー大陸は俺達が去ってから数年後、これでもかという程に崩壊し、破滅したよ。

 俺達のような生物兵器がどこへ行ったのかわからないという、落ち着く事のない恐怖、不安から疑心暗鬼にでも陥って手あたり次第に戦争でもしたんだろうさ。

 そんな生物兵器を秘密裏に作っていたからこその恐怖心、あるいはそんなものを秘密裏に作らせようとしていた者への嫌悪感。

 それまでの色々も爆発して、そりゃあもう余力も残さない程にお互いの、反動もえげつないとされる恐ろしい兵器が使用されまくったらしい。

 俺はその時既にジャンキー大陸を離れていたから詳細は知らないが、そうしてジャンキー大陸は、ジャンク大陸と呼ばれるようになった。

 人の死骸と建物の残骸と兵器だったガラクタと、人類が侵してはいけない部分へと踏み込んで戻れなくなり、獣以下の、人の姿をしているだけの奴らによる愚かしい、未来の無い戦争跡地。


 ……ハハ、ジャンク、ガラクタの大陸と言われても当然だと思える惨状だな。それはジャンキー大陸の時代から、大して変わっていなくともね。


 今もジャンク大陸はおぞましい程の残骸に満ちた廃墟の大陸だという話だよ。

 というのも、破壊兵器によって自然はとっくに死滅したものだから、そういった残骸しか残らなかったようでね。

 今では近付く事すらおぞましいとされる呪いの地として、地図上からも消された大陸だ。

 公表するわけにはいかない情報に満ち満ちていた事もあって、消す方が早いとでも判断されたんだろうさ。



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