靴作りの依頼
着替えを終えた二人は、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。
青いのは白いタンクトップに、肩からずり落ちて二の腕が露出する程にぶかついている黄色の長袖上着。
首にはフリンジのついたキリン柄のスカーフを巻き、下は茶色寄りな黄色の腰パン。
緩めな膝丈の腰パンからは擬態した細い足が伸びており、黒いあみあみサンダルを履いている。
ちなみにそのサンダルを履くには左足が骨のままではすっぽ抜ける為、擬態するよう強制されての擬態である。
見栄え優先で擬態するよう言う辺り、流石主様。
「スカーフでネックレスを隠すのは、まあ、取り出すのが邪魔にならないよう調節すれば良いけど、上着も大きいから腕取られなければすぐにあばらに仕込んだカートリッジ出せるから良いけど、この膝丈何とかならない? 僕って手首や膝を砲台にして攻撃する事もあるからいちいち裾捲んないと駄目なのすっごくイヤだ!」
「喧しいな。毎回毎回似たような服ばかり着るのが悪い。あの恰好は寒気がする程に見飽きてるんだよ。第一、何で新しい服を買うにしても同じようなものばかり買うんだ」
「効率と無害さの演出に決まってるじゃないか! そもそも服なんて面倒ごとが起きない程度に局部を隠す事が出来ればそれで良いだけの布だろ!? 研究の邪魔になるような袖とか要らないんだよ! この上着脱いで良い!?」
「見飽きた物を相手にする苦痛くらいわからないのかい?」
「それはわかるよ僕達って新しい物好きだから! でもだからってコレは嫌だ! 今回は折れるけど、服を調達したらすぐに着替えてやる!」
仲が良いように見える会話だが、主様の表情は苛立ちが前に出ているし、青いのはわかりやすくイライラしている。
うーむ、衣服一つでよくまあこうもギスギス出来るものだ。
私としては多少コスプレ染みていようと、主様に提供された服というだけでやっふいと喜べるのでその感性がよくわからん。
……まあ、私も着回す派だからオシャレな恰好する必要性はあんまわかんないけど……。
だからといって別に拒否する理由も無いわけだし。
「…………」
一方、何も言わないが黄色いのも酷く不機嫌そうな顔をしていた。
表情はあまり変わっていないし相変わらず眠そうな目をしているが、眉間に寄った皺が機嫌の悪さを如実に表している。
まあ、白くて綺麗なシャツに、ヒラヒラな襟。
加えて貴族が付けていそうなヒラヒラが二段になっているジャボとかいうスカーフ。
留め具として宝石が使用されており、角度によって緑の宝石、恐らく匂いからしてエメラルドだろうソレがキラキラと光を反射する。
……暇な時の実験として時々宝石を食べ比べする事になったからか、匂いで宝石がわかるようになっちゃったなあ。
何なら偽物も匂いでわかるようになってしまった。
その辺はさておき、白いシャツの上からは襟だけ黒いものの全体は綺麗な緑色をした作りの良いベスト。
下は深い緑色のスラックスであり、腰の位置、何故か左側からだけヒラヒラしたフリルのような白い布が垂らされている。
飾りとしての見栄えはとても良いものだが、黄色いのは首元と腰のヒラヒラが気に入らないらしく、物凄くイヤそうな顔でそれらの裾を揺らしては溜め息を吐いていた。
もっとも、主様は面と言われようが突っぱねる自我をお持ちなので、わざとらしい溜め息だけで真正面から言って来たりもしない黄色いのの態度は意にも介していないようだが。
……うん、そういうところもマゾ的に高得点で素晴らしいな!
最高な主様に対して合法的に仕える事が出来る異世界に乾杯。
「ハァ……ま、とりあえず用件を聞こうか。用事済ませない事には着替えも出来そうにないし」
「いや、着替える分には構わないよ。僕が見飽きているような服でさえ無ければね」
にっこりと微笑んだ主様の言葉に、青いのは嫌そうに顔を顰めた。
自分の不得意分野だと理解した上で言ってんなコイツ、という顔だった。
「………………用件」
「彼女の足に少しばかり問題があってね」
「おわっ」
ガッと頭を片手でホールドされて引き寄せられた。
乱暴な動きだけれど、その乱暴さと手の大きさと力強さにキュンキュンしてしまう。
「変態の足が問題って? 何か変わった靴履いてんなーとは思うけど、ソレが?」
「彼女の足はどうしても蹄になってしまっていて、擬態が出来ない。胴体のコルセット部分もそうだが、足は辛うじて擬態出来てもすぐに解除されてしまってね」
「諦観者の事だからそんな程度で諦めそうに無いけど……面倒だからってこっちにポイ投げ? んでもその為に僕らを探そうってなるなら面倒の一言で諦めても無い感じ?」
「………………」
「既に何度か試した」
首を傾げる二人に、主様は疲れが見える目でこちらを見下ろす。
変なところで手間が掛かるんだよなと言うような目に、思わずゾクゾクした感覚が腰から背骨を駆け上がって行った。
「主様、その視線最高です! 冷たさというよりも疲れと諦めが含まれていて、そういう目をさせるのは良くないとわかっていても大興奮ですね! 私の中の主様表情差分コレクションが潤います! しかも頭をホールドされたまま! コレはもうマゾ的に考えると顎クイに匹敵するトキメキシーンなのでは!?」
「彼女はこの有り様だし、擬態をさせても足の擬態が不得手なのかこうやって勝手に興奮する度に擬態が解ける」
「うわお、超悲惨」
「…………」
青いのは笑みを浮かべていたが、温度の無い笑みだった。
声は弾んでるけど表情が固定されている辺り、素でのドン引きが混ざってないだろうか。
黄色いのに至ってはわりと本気の同情が籠った目で主様を見ているし。
……え、私そんなにヤバいか?
いやいや、私がヤバいと言うならもっとヤバいヤツだって溢れているだろうし、ド変態共の中ではペーペーのペーもいいとこな私じゃ到底太刀打ち出来やしない。
つまり私は平均値寄りのまともな変態。
そもそも主様の素晴らしさをちょっと素直過ぎるくらい叫んじゃう癖があるだけなので、問題らしい問題にはなってないはずだ。多分、きっと、メイビー。
まあそうは言っても足の擬態が出来ない事実は変わらないし、そこが問題と言えば問題なんだけど。
「そんなわけで、オリエンタル大陸の方の風習で存在する特殊な靴を履かせ、その風習自体が一般的な人間なら踏み込めないような内容だから詳細を問われる事は無いだろうと思ったんだが……」
私の頭から手を離した主様は、チ、と一気に凶悪顔になって舌打ちをした。
「会話をしている間に彼女の足に気付いた人間がその足は何だとしつこく聞いてくるのが不愉快極まりない。最悪なのは、一日に何度も何度も同じ質問をされる事だ! 例え聞いてくる相手が別の個体だったとしても、ソレを問われるこちらは既に何回も答えた質問! 短期間で繰り返されるお決まりの質問に気が狂いそうだ!」
「青いのと黄色いのの所在探す為に聞き込みもしてたもんだから、より一層質問率高かったですよね!」
「普通の挨拶程度なら飽きる行動ですら無くただの癖に近いものだからまだ平気だが、何が楽しくて飽き飽きしてもまだ繰り返される質問に笑顔で答えなければならないのか……!」
顔を凶悪に歪めながらバチバチと静電気による火花を散らしている主様に、よしよしとその背を撫でる。
うーん凄く痺れるぞう。
「そもそも貴様の足が俺を煩わせる問題の源流だという事を理解していないようだな」
「ぷぺ」
顔はそのままに、ギョロリと見開かれた目だけがこちらを見た。
それと同時、主様の腕が振るわれて数秒意識が吹っ飛ぶ。
……おおう、コレは首でも飛ばされたかな?
服があんまり汚れてないし破れてもないので、縦に潰されるのではなく頭だけをパチュンと弾かれ潰されたらしい。
金田一探偵のお孫さんが出て来る漫画を読んでいた為知っているが、普通だったら血液の噴水がエグイ事になるはずなのだけど、回復速度の方が勝ったのか特に服は汚れていなかった。
まあちょこちょこある焦げは据え置きだけどな。
「そういうわけで、彼女の足を誤魔化したい。そういう纏足靴を作れ」
「纏足? って、ああ、そういう足か」
一瞬何の話だという顔をした青いのだったが、私の足を見て一度頷く。
「というか靴? マジで言ってる? 僕達が得意としてるのは魔道具とか武具とかそういう系であって、裁縫系は専門外なんだけど?」
「…………仕立て屋」
「そうそう、靴だったとしても布系扱うんなら仕立て屋に頼めば良いじゃん。あそこ行くと記憶消えるからやり取りも完全に忘却の彼方だけど、少なくとも仕事は完璧だろ?」
「彼女は確かに良い着替えを作るが、魔法を仕込んだりは殆どしないからね」
「あー……」
いつも通りの貼り付けた笑みに戻った主様の言葉に、青いのは納得したように頷いた。
……てか、仕立て屋? そういや何か、しばらく前に主様が言ってたっけ?
あまり覚えていないが、確か言っていたはず。
それでもまだ出会えていない辺り、マジでキメラってあちこちに結構な数居るっぽいなあ、コレ。
肉食の結果人間を食うとかじゃなく、ガチで人間を主食にしている化け物が結構な数存在するっていうの、人間側からすると相当に脅威じゃないだろうか。
まあ今の私はキメラ側であって人間側じゃないし、人間側イコール食糧なので、脅威と認識すら出来ていない状態を維持していてもらう方が楽にお食事出来て良いんだけどさ。
「でも、僕らが作るんなら普通に擬態を強制的に維持させるような魔道具とかの方が良くない?」
「ソレも考えたが、どうせなら認識阻害系を頼みたい。敏感な者に探られても複数の魔法を使用して歩行可能にしているように認識され、尚且つ敏感な者で無いなら纏足である事にも気づかれないような物を」
「…………成る程、確かにそのレベルで練り込むなら魔道具にするよりかは靴にした方が良いか」
ふむ、と青いのが頷いたが、
「そうなの?」
「魔道具ってなるとそれこそアクセサリーみたいな状態になるから、組み合わせとか気にしない僕だと全然良いけどすぐに着替えさせたがる諦観者じゃ無理。その魔道具の見た目自体に飽きるだろうし、組み合わせがどうたらこうたら言うだろうしさ」
言いつつ、青いのは嫌そうに舌を出して腕を振り、ぶかぶかの上着をひらひらと揺らして見せた。
この服装超嫌です、という主張を忘れないヤツだなあ。
「それに、仕込みを考えると相当レベル高い相手も誤魔化せるような、誤魔化せなくともその先で誤魔化せるような構造にするって事だろ? なら生地とか刺繍とかで段階的に仕込むってのもやりやすい」
「エロ本隠す為に引き出しの中を二重底にしといて、それがバレても大丈夫なようにもう一段階仕込んどくみたいな?」
「ソレで合ってるし実際やるのはそういう事だけど、その例え何かイヤだな……」
「…………下品」
「誰が下品だ! 生き物に当然備わっている欲望を加害とかにしない為の大事なツールだろうがエロ本ってのは! ソレでアウトな思想が植え付けられるとか御高尚な奴らは言ってくるけど、実際はエロ本があるから世の性欲強め勢は大人しく出来るんだぞ!? 第一エロが滅べば繁殖出来ないから超重要! そもそもエロ本だのの下品系は却下とか言う御高尚な奴ら、そんな事言いながら結婚はどうなんだとか婚前交渉は云々言ってても結婚したら即座に孫はまだかとか言ってくっかんな!」
私は学生の段階で親が死んでしまった為に身の上としては天涯孤独だしそういった事を言われた経験も無いが、友人達の話を聞いているとそういった話題がごーろごろ。
「孫はまだかっていうの、完全にセクハラだかんな! お前らさっさとズコバコとエロい事してガキ作れよって言ってるも同然じゃん!? 子供が出来ないなんて夜の方が捗ってないのかしらって意味じゃん!? そもそもテメェらがそういうのから距離取らせてっからエロ方面の事柄に免疫やら馴染みやらがねえんだろうが! そうなる前に良い店紹介してプロに相手してもらって必要な知識とテクを叩き込んでもらえや!」
「僕らみたいなキメラは別にそこまでメンタル成長するわけじゃないから、精神年齢据え置きなんだけど…………」
「…………何の話?」
「いやもう本当ソレ。流石ジョーヌ、以心伝心。マジで何の話だよって感じ。どういう叫び?」
「魂の叫び。言われた事は無いけど、そういう話題聞く度にテメェらの教育の結果だろうがよ嫌ならもっとエロ方面に寛容になりやがれって思う」
「ああ、そう……」
コイツ会話での意思疎通が期待出来ないタイプだな、という顔をされた。もっともっと!
「変態に関してはこういう性格なんだろうなって事で諦めるけど、とりあえずそういったタイプの靴って事で良いんだよね? 色々と効果盛る可能性あるけどそれでも良い?」
「構わないよ」
主様がコクリと頷く。
「ああ、それと纏足靴とはいっても、可能な限りの数、色合い、デザインを用意してくれるかな。効果は同じで」
「ハァ!? さっき言ったみたいな仕掛けがある靴を全部デザイン違いで作れってこと!? マジで言ってる!?」
「随分と失礼だな」
頭の横で人差し指をくるくるして見せた青いのの言葉に、主様はビキリと頬を引き攣らせた。
声色も数トーン下がっていて、私に向けられた言葉じゃないのが残念なくらいだ。




