釣られた騎士
主様は何故わざわざギルドに来たのだろう。
確かに目撃情報があれば、という事で冒険者にもちらほらと話を聞いていたが、それでもギルドには立ち入ろうとしていなかったのに。
……まあ、私達ってどっちかというと討伐される側だしな!
なので近寄らない理由はわかるのだが、近寄る理由がわからない。
どうしてここに来たのかを聞こうにも、主様はスタスタとギルドの奥にある受付へと向かって行った。
「やあ、どうも! 今よろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
眼鏡をつけた若い女性が、爽やかに話しかけた主様に対してニコリとした微笑みを返す。
実に受付らしい笑顔だけれど、可愛らしさがあってヨシ。
男達のひそやかなアイドルになってそうな可愛らしさだ。
……というか、ここからじゃ見えにくいけど確実に巨乳だな?
主様に置いて行かれたし受け付けに意図すら察せていない私が参戦しても邪魔になるだけなので、私は少し距離のある柱のところで待機している。
なので角度的にカウンター向こうとなる受付嬢の胸は見えないのだが、私のこの辺の勘は外れない。
エロ同人で何故かふたなりとか男の娘とか女体化とかを、絵柄とかで何となく察するアレみたいなものだと言えばわかるだろう。
……性癖ってやたらと感度高いもんなあ。
本屋の本棚を通り過ぎる際に何となくピキーンとタイトルが気になった物を手に取ればバリバリ性癖ど真ん中っぽい表紙だったりして喜び勇んで購入するみたいなものだ。
まあタイトルと表紙だけで内容確認を最低限すらしない場合、まさかの表紙詐欺なド地雷に鉢合わせる事もあるが。
……表紙じゃ明らかに巨乳だったってのにカバー下はパッド外れて慌ててるヒロインで、内容自体は巨乳に憧れる貧乳モノってふざけんなよ……!
あの時の絶望と怒りと自分に対する不甲斐なさといったら。
まあ貧乳であるという一点により私の中ではノー判定が出たが、内容自体は良い感じのエロだし絵も良い感じだったので飲み会の時に友人へと寄付しておいた。
下ネタもわりかしよくある友人達なので、性癖が一致しなかった品とかはトレードや譲渡される事がまあまあ頻繁に発生する。
頻繁に発生させるよりもしっかり吟味してから買えと思うかもしれないが、通販での検索や関連商品の紹介だけでは把握しきれないからこそ本屋に行ってビビッと運命を感じた物を衝動買いするものなのだ。
当然ながら外れも多いが、マニアック系が好きであればある程に衝動買いするだけの価値がある。
……通販系、無難なヤツかアホかってくらいにぶっ飛んだ感じの関連商品を教えてくるから丁度良い塩梅のがいまいち無かったりするんだよな……。
そしてめちゃくちゃ好みっぽいのがあるから買おうと思ったのに現在取り扱っておりませんという無情な文字。
私は古本だろうが読めれば良い派なのでそういう時は中古をチェックするし何なら古本屋にも足を運ぶが、本当にあの無情なワードはどうにかなってくれないものか。
あと落書きだらけの本や謎の異臭がする本を売るんじゃねえ。燃やせ。
鉛筆だろうが全ページに教科書の偉人に対する落書きみたいなのが蔓延している時の怒りは鬼になれると思ったぞ。絶対に忘れないからな。
それと開いて向き合ってるだけで気分が悪くなって吐き気を覚える謎の異臭がしていたヤツも忘れない。何をどうしたらあんな異様な異臭になるんだ。湿気まみれの押し入れで熟成でもさせてたんじゃないだろうな。何の話だっけ。
「こちらは依頼を頼む用の受け付けですが、何か依頼がおありですか?」
「ええ、人探し……いえ、魔物探しの依頼をしたくて」
ニコリと微笑む受付嬢に、主様は友好的な笑みを僅かに崩し、何かを思い出すような、ほんのりと憂いを帯びた表情を見せた。
「魔物探し、ですか? 確かにそういった依頼も可能ですが……その魔物の特徴は? 既存の魔物か、それとも新種のような特徴があったりはしましたか? 家畜魔物や愛玩魔物が脱走したという場合でしたら、こちらの紙に種族名、呼び名、特徴、好き嫌いなどをお書きください」
「ああいえ、愛玩魔物とかではないんです」
……愛玩魔物って何だろ。
話の流れからすれば、魔物のペットという事っぽい。
まあ家畜の魔物も居るんだし、魔物は色んなタイプが居るようなので飼育に向いている種族であればペットにしている場合もあり得るのか。
……冒険者ってマジで何でも屋なんだなあ。
ペット探しから浮気の調査までお任せください、な探偵みたいだ。
探偵もわりかし何でも屋って感じだもんね。
ただし推理漫画などの探偵はやたらと事件に縁があり、最早事件とのマリッジ秒読みレベルで親しい仲って感じの状態だが。
まあマリッジどころか誰かのマリッジにお呼ばれしたら確定で事件に鉢合わせるタイプの赤い糸な辺り、もう引きこもって外部との関わりを一切遮断した方が良いんじゃないかとさえ思うけれど。
「……種族が新種かどうかはわかりませんが、少なくとも僕は知らない魔物でした。そして探して欲しいという依頼でしたが、出来れば討伐も……いえ、討伐依頼が出来る程の報酬が出せない以上、そこまでは出来ませんね」
眉を下げ、仕方がないとでも言うように笑う主様。
その笑みと意味深な言葉に、受付嬢は眼鏡の奥の目を瞬かせる。
「大変不躾な質問かと思いますが、何故探すのかという意図を伺っても?」
「故郷を滅ぼされました」
「「えっ!?」」
いけない、思わず私まで受付嬢と一緒になって驚いてしまった。
「って、いやいやいや! ある、ラシー様!? 初耳ですよ!?」
「ジージエには僕が旅をする理由を告げた事、無かったね」
優しく微笑み、主様は駆け寄った私の腕に触れ、滑らせるようにして手を取られる。
ひやりとした、それこそ真冬の夜の板張り廊下レベルで冷たい手。
「とはいっても僕の個人的な復讐だから、話して聞かせるというような内容でも無いし」
「た、確かに私は私でラシー様に救われた側でしたもんね……!」
相談される立場にも無いですし、と私はコクコク頷いて見せた。
無論、私が主様に救われたとか主様が復讐どうたらの云々は嘘だろう。
……っていうか、握られてる手の圧が! 話を合わせろ台無しにする気かっていう圧が凄い!
握られている手は一見王子様がお姫様の手を取っているかのような素敵ポージングだというのに、込められている力が尋常じゃない。
ギリギリと力が籠められ、ミシミシと小さく骨が軋む音を上げ、少しでも力加減を間違えればメショリと潰される事だろう。
つまり、今この瞬間表情や言葉で意図を告げたり出来ないから察せ、という事。
確かに周囲には人も多いし、何より受付嬢が居る以上は下手な事を言ったりなんて出来やしない。
……もしかしなくとも、私ってばまた悪手打ったか?
いや、本気でアウトなら殺気を向けられるはずであり、今向けられているのは察せという圧と痛みのみ。
激痛にならない程度の、私が感じる事の出来る痛みが公衆の面前で与えられていると考えれば公開プレイの一種みたいでゾクゾクする。
ドキドキじゃなくて腰の方から這い上がるタイプのゾクゾクだ。
いやまあ流石に公衆の面前で首輪繋げてもらったり青空の下で交尾するような他人への迷惑を一切考えていないクソなタイプのド変態では無いので、公開プレイはちょっとアレだけど。
しかし一見すればわからないけれど当人からすれば興奮するプレイ、と考えた場合、これは興奮しない方が失礼なんじゃないだろうか。
そもそも主様にはそういった意図が無い以上プレイでも何でも無いけれど、私がプレイと認識すればソレは実質プレイである。
……アレだよね、子供は単純に遊んでるつもりのお馬さんごっこも、片方がプレイと認識した途端に中々マゾ心を満たすプレイになるような……。
当然ながら私が想像しているのはお馬さん側である。
正直言って子供の暴力はマジで容赦ないから苦手だが、プレイにも思えるお遊びやスケベを何となく理解してきて異性の体に興味を持ち始めた結果のちょっぴり下心有りなセクハラはわりと好み。
残念なのは子供というのはぷにぷにしており、筋肉も無ければ胸も無いという点なのだが。
いやもう本当に超残念極まりない。好みの部分が軒並み死滅。
将来性には期待出来るけれど、作物は実る事で初めて食べられるものであり、種の状態では食べるに値しないし食欲も湧かないし食べ物とすら認識出来ない。
まあ二次によくあるロリ巨乳とか筋ショタならば美味しくいただけるので、私の性癖が無駄に徹底しているだけなのだけど。
もうちょい色々食べれるようになった方が興奮材料が増えるのもわかっているが、それはそれとして性癖ってのは偏食でなんぼみたいなところもあるからこのままでもヨシ。
寧ろ下手な目覚め方すると翌朝のニュースに下手人として出されるからな。何の話だっけ。
「……僕の故郷は、とある二人組に滅ぼされたんです」
私の手を離し、主様は辛い思い出を語るような顔で受付嬢に言う。
「最初はただの旅人だと思いました。子供らしい少年と大人っぽい少年でしたから。ですが、アイツらのせいで故郷は滅び……僕も殺されそうになりましたが、咄嗟に十字架を掲げたところ、相手が怯えたように狼狽えて逃げました。お陰で僕はここに居て、彼女と出会えたわけですが……」
主様はまるで愛おしい宝物を見るような声色と表情で、私へと視線を向ける。
何も知らない人からすればドラマチックで悲劇的でロマンチックに聞こえるし見えるだろうけれど、実際はそんな事実完全皆無。
即興でよくまあそんな設定を作れるものだ。
……前から考えてた、ってタイプじゃないもんな、主様って。
飽きっぽいからこそ、考えていたプランを即座に変更、とかもやるのが主様。
基本的には合理的な為、飽きる云々では無く損得を考えてその場で食うなりしょっ引いて賞金貰うなりを判断する事が多いが、そうじゃない時はあっちへ行こうとしたかと思えばいきなり別方向に向かう時もある。
ならば青いのと黄色いのとやらを探すのも飽きるんじゃないかという話だけれど、残念ながら人里で少し話をする度に私の足についてを問われる事が多く、その度に説明するのが凄まじく苦痛らしい。
……一応説明は私がするようにしてるけど、耳に胼胝ができる程に聞かされるっていう時点で嫌なんだろうし。
結果、根気強く例の二人を探すという形になった。
説明だの何だのが面倒だからもうお前要らない、とか言われなかったのは幸いだ。
便利な道具を手放すのは惜しい、と思ってくれたんだろうか。
……そうだったら嬉しいけど、その辺に関してはいまいち察せないんだよな!
というよりも自分に都合の良い解釈をしそうなので流石に自重。
私は理性的なのでそのくらいの自重は出来る。普段から自重しろとかは知らん。主様を前にして自重出来るなんざ去勢済みか廃人くらいだろう。
「…………しかし、あちこちを巡りましたが未だに見つける事が出来ません。オートマチック大陸での目撃情報があったのでやって来たのですが、やはりどうしても見つからず……」
悲し気に目を伏せた主様に、私は寄り添うようにして背に手を置いた。
ひゃっほう主様の背筋触り放題だぜ!
勿論思いっきりまさぐったら下心がバリバリだと周囲にもバレてしまうので、気遣って撫でているような雰囲気で指先に込める力を調整し主様の背筋と僧帽筋を堪能する。
特にやめろという圧も来ないので多分きっとセーフのはずだ。
……うん、寧ろ落ち込んでる主様を心配する同行者っていう良い感じのイメージになってる、はず!
実際は嘘八百男とその男にセクハラする女なわけだが、真実を知らなければ美しい図になるから大丈夫大丈夫。
「失礼」
そこに、ガチャリという硬質な音を纏った男が声を掛けて来た。
マント付きの鎧を身に纏った、明らかに格が高そうな青年。
金髪で正統派にイケメンで、こちらを気遣うような、しかし芯のある目で彼は言う。
「僕はこの町、アテンディの教会に勤める聖騎士、ナイトと言う」
ナイトと名乗った彼は硬質な音を響かせながら胸に手を当てそう言った。
鎧や腰に下げている剣から漂う聖の気配に気持ち悪さを、それこそミルワームが詰められたパックを見た時のような生理的嫌悪感と生理的恐怖を覚えるも、主様に縋るようにして必死に耐える。
……ここで表情を崩したら駄目な気がするしね!
主様は微妙に眉を顰めているも、突然登場した優男に対して怪訝そうにしている、という程度の表情に収まっているので大丈夫。
私の方は、まあ、表情は目を見開いた程度にしか動揺は出ていないはずなので、何か聞かれたら突然格式高そうな男が登場した事に驚きと緊張の結果怯えてしまった、とでも言おう。
「盗み聞きのようで心苦しいのだが、先程から会話が聞こえていて……聖属性に怯える魔物、それも人類の敵と言える行動を見せたと言うならば、人を害するおぞましき魔物を屠り、人々に平和をもたらす聖騎士として見過ごせない事態だ!」
……あ、
「先程の話からすれば金銭的な問題から討伐までを依頼する事は出来ないとの事だったが、話の内容によっては一般の冒険者にも厳しい依頼という可能性もある。場合によっては我々聖騎士が出る事になるやもしれない」
だから、とナイトは真摯な瞳で主様を見つめた。
「どうか、詳しい話を聞いても良いだろうか。僕がこの場に立ち会ったのも、きっと神様のお導きだろうから」
こちらの警戒を解かせてしまいそうな、優しくて爽やかで甘い笑顔。
ハチミツが香るレモネードのような笑み。
「…………はい。僕が語れる事はそう大して多くも無いのですが、聞いていただけるでしょうか……!」
対する主様は、覚悟を決めたような、それでもどこか期待を孕んだような目と声色でそう返す。
しかし先程目撃したのは、他の人には見えないよう角度を調整しながらも、獲物が罠に掛かった事に歓喜しているような吊り上がった口角。
それと同時に眉はつまらないものを見るかのように一瞬歪められていた。
……成る程、この人が引っかかるところまで主様の筋書き通りってわけか。
先程の表情は、思い通りに行った事は嬉しいものの思い通り過ぎてつまらない、という表情だったらしい。
思い通りじゃないならそれはそれで不機嫌になる主様だが、そういうワガママなところも魅力的だ。




