誰だってこんな状況覗くだろ
ストックなどの問題上、次からは二日置きくらいの更新になると思います。
木々が生い茂って日の光がまばらにしか入ってこない森の中を、主様は何も履いたり巻いたりもしていない獣の足のまま歩いて行く。
今更だが、肉球があるようなのに素足で砂漠の上歩けるとか相当強いぞこの主様。
「この陰鬱な森を抜ければ、人里がある。とりあえずはそこへ行こう」
「えっ、人里とか行くんですか!?」
「すぐ近くにあるのはそう人が多い村じゃないから、あまり行きたくはないけれどね。しかしこの辺りは酷くさびれているから、さっさと移動したいんだよ。不愉快だ」
チ、と主様は舌打ちをする。
「代わり映えしない森の風景も不愉快だが、さびれた村も不愉快だ。代わり映えしない建物のままだらだらと続けているのが凄く嫌になる。良い服屋も無いし」
「服、お好きなんですか?」
「着替える物が欲しいんだよ。服はいちいち視界に入ってくるからすぐに飽きるし、肌に触れている感触も飽きが来る」
溜め息を零した主様は胸元に指先で触れ、なぞるようにして胸、腹、太ももへと指を滑らせる。
男らしく節があるものの太いイメージは無く、長くて骨格がしっかりしているその手指。
主様本人は意識していないのかもしれないけれど、その動きはもう完全にセクシーなお姉さんが自分の色っぽいボディを強調して相手の視線を奪う為にやる動きだった。
なので私が思わず斜め後ろから目をギラギラさせて鼻息荒くして覗き込んでも仕方がないと思う。
主様には虫けらを見る目で見られたけれどご褒美です。もっともっと!
「だから僕としては、しっかりした服屋があると嬉しいね。ありきたりな服しか取り扱っていない店は最低だ。叶うなら見飽きていない服が良い。見慣れた服でも別に良いけれど、そういった服は周囲に溢れすぎているからすぐ飽きる」
「成る程」
映画を何回も見て飽きる事もあるけれど、予告編を見まくって飽きる事もあるし、他の人達がめちゃくちゃ話題に出しているからその話題自体に飽きる事もある。
主様の場合、そういうのがめちゃくちゃ強まった感じなのだろう。
そうなると確かに身近と言える衣服に関してはとびきり早く飽きそうなものだ。
生き物であればまだ動いたり話したりするから良いが、服となると見た目や触れた感触に飽きたらそれまでである。
……私なんかはわりと気に入った服を着回しちゃうタイプだったけどな。
私は着慣れた感が好きだったが、主様からすれば着慣れるという事自体が耐え難いのだと思う。
「…………面倒臭いな」
「主様?」
「燃え盛る砂漠では、そこのヌシとも言えるファイアドラゴンが居た。そしてそれが倒された上、混ざった。だから魔物も出なかったんだが……この辺りではそんな事関係ないものだから、気配が多くて嫌になる」
「気配とかあります?」
「キミはドラゴンが混ざっていながら気付けないのかい?」
振り返った主様から向けられたのは、失望の目どころか逆に興味深いなとでも言うような目だった。
少しばかりきょとんとしていて、随分意外だ、とでも言うような。
「ドラゴンは大型である事や力が強大である事から小さい事には鈍い性質もあるが……その五感は相当に優れている。音を聞き分け、匂いを嗅ぎ分け、気配を悟ってごらん」
「ごらんって言われましても」
「やれ」
「はい喜んで! 主様のご命令とあらば!」
にっこり笑顔での言葉にどうすれば良いかわからずぼやいたところ、一気に温度を失くした真顔に加えてハイライトを失くして見開かれた目で見つめられたので反射的に敬礼していた。
成る程これが眷属キメラの習性。
強制されるのは行動だけのはずなので言動は素な気がするし、そもそも主様のあの絶対零度感に興奮して反射的に頷いてしまったような気もするが、それを認めて気持ち悪がられるのも嫌なので習性という事にしてしまおう。
気持ち悪がられている事に関しては今更な気もするが、本気の拒絶じゃない限りは興奮材料なので私のテンションが上がるだけに終わるからモーマンタイ。
「……ん」
足を止めている事もあって、随分と集中しやすい。
無言になって耳を研ぎ澄ませてみれば、風の音、葉が擦れる音、生き物の動き、全てが聞こえた。
音だけだというのに、姿が浮かんで見える程によく聞き取れる。
それも、風が立てた葉の擦れる音と、獣が立てた葉の擦れる音の違いがわかる程に。
「猿? みたいのが、四匹。こっちを窺うみたいにしてます?」
「正解だ」
おいで、と主様はこちらに背を向け、再び前へと進み始める。
私が五感の使い方を、と言ってもまだ聴覚だけだが、ソレを理解したなら立ち止まる理由は無くなったという判断なのだろう。
「この辺りはまだネイチャー大陸でね。そしてネイチャー大陸の森によく居るのが、盗みザルだ。ああ、一応魔物だよ。人間では無く、しかし魔力を有する生き物ならば全て魔物だ。盗みザルは手癖が悪いくらいしか特徴は無いけれど」
「ふむふむ」
魔力を有していれば、動物では無く魔物扱いになるわけだ。
しかしこういう言い方をするという事は、魔物では無い一般的な動物も居るとみた。
……ところで、
「あの、ネイチャー大陸って?」
「今居るこの大陸。文化や装飾品に関しては素晴らしいが、文明としては遅れている大陸。自然が多くて村は多いが町が少ない。このまま北に行けば文明的にも優れているパレット大陸に出る。多少海を渡るけれど、僕らが今目指しているのはそこだ」
「アフリカとヨーロッパみたいな?」
「キミの世界の文化は知らない」
「ですよね!」
めちゃくちゃバッサリした言葉ではあるが、それが事実なので致し方なし。
第一こっちだって説明しろと言われたらそう詳しくないので困ってしまう。主様を満足させられる説明を出来る気がしない。
正直言ってこちらの世界に関してを簡潔に、しかしきちんと教えてくれるだけで凄まじくありがたいのに、異世界に興味を持って根掘り葉掘りよくわかんない事まで聞いてくるタイプというわけでも無い。
そして気遣いや気まずさを脱する為の話題探しで苦し紛れに話題を振ってくるわけでも無い。
凄まじくバッサリしているからこそ、居心地が良かった。
まあ全ては主様のビジュアルも口調も性格も全てが全て好み過ぎて性癖ドンピシャな為に私の許容量が大海原をも飲み込めるレベルになっているだけかもしれないが。
「……盗みザルは、珍しい物を好む生態だ」
周囲の音が変わった事に私が気付くと同時、主様はそう言葉を紡ぐ。
歩む足には一切の躊躇いも無く、立ち止まる事も無い。
そんな主様に置いて行かれないよう、私も少し速足になって追いかけた。
「森の中にある物より、森の外にある物を好む。主に森へやってくる人間が持っている物をターゲットにする事が多い。物珍しければ奪おうとする。ソレが盗みザルの生態だ」
背が大分伸びているから歩幅的にもちょっと速足になれば問題無いが、主様は二メートル近い高身長に似合う歩幅でスタスタと歩いてゆく。
主様はこちらを気遣って立ち止まったり歩幅を緩めたりは一切、それはもう主様の興味を引くような何かがあるならともかく、そうでないなら本当に一切無いのでしっかり追いかけるしかない。
しかしまあ、夜通しで砂漠を歩いたからか、背丈のギャップには大分慣れ始めていた。
大変背の高い厚底ブーツを履いてるようなもんだと思えばわりといける。
歩く度に重力が掛かる爆乳にはまだいまいち慣れないが、どちらかというと重力にまあまあ逆らってる元気なおっぱいなのでヨシ。
何がヨシかは知らないけれど、歩く度に良い感じに揺れるおっぱいというのは自分の胸元にぶら下がっているものでもちょっとテンションが上がるものだ。
まあ私の場合は自分の大きな胸よりも目の前を歩く主様のお尻とふわふわな尻尾に視線が釘付け状態なのだが。
ゆったりしたラインのズボンなのでお尻のくっきりラインが見えにくいのがちょっぴり残念。
しかしゆったりラインだからこそ時々見える中身の細さや引き締まり方に興奮出来るのでこれもまたヨシ。全ては受け取り方次第なので、ヨシと思えばヨシなのだ。
セミの鳴き声を好ましく思うも疎ましく思うも個人差だけど、そういうのも全部楽しめたら最高だよね! みたいな事を仏教も言ってた気がする。
つまり性癖が多い程に人生は楽しいって事だ。結論が俗っぽ過ぎる気もするが私にとっての正解はこうである。全てを好きになりゃ話は早いんだよ。
「尚、光物や細やかな装飾、刺繍などを積極的に狙う癖がある」
言うが早いか、一番に突撃を仕掛けて来た盗みザルが素早い動きで主様の腰にあるベルトを狙って手を伸ばすと同時、主様は握った拳をそのまま盗みザルの方へと振り抜いた。
直後、盗みザルはパァンと弾けた。
直撃した瞬間、地に足をつけていた為にちょっとした踏ん張りが出来てしまったらしく、首から上が吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた頭部は近くの木にぶち当たってクラッカーのように中身をぶちまけ、残っているボディは首の断面からド派手な噴水ショー状態。
仲間が一発でスプラッタ状態になったからか、さっきに比べて数匹分増えていた音と気配が慌てたように逃げ去っていくのがわかる。
残されたのは私と、真っ赤な噴水と、真っ赤な噴水を至近距離で浴びたものだから上半身の前面が真っ赤に染まって酷く不機嫌そうにしたまま目の温度をガンガン下げていく主様。
温度を失くした目で盗みザルだったものを見る主様に、私は慌てて近くから聞こえる水音の方へと誘導した。
大きな水場っぽいので身を清めてくださいと言っただけだが、あっさりそれに従う辺り、主様は身が汚れるのを相当に嫌うタイプらしい。
・
チャンスだ。
いやもうコレはチャンスでしかないだろう。
泉と言える綺麗な水場、が見えない位置でお留守番させられたけれどもチャンスである。
「そう、例え殺される事になろうとも……女にはいかなければならない時がある!」
この森の魔物達は燃え盛る砂漠に居る魔物と違って炎耐性を持たないので、彼らにとって炎は天敵として認識されている。
なので火を焚いていれば安全だし面倒も無い、と言われた。
「そこの枝を拾って、軽く火を噴いてごらん。出来るはずだよ。胸の辺りの火炎袋に意識を集中させるんだ」
「この爆乳の中身って火炎袋だったんですね……」
そんなやり取りの後、水を口に含んでピューッとやるとかスイカの種をププププッて噴くような、ああいう感じの感覚でやったら口からボウッと火を噴けた。
その火を使って焚き火をセットしたわけだが、だからといって素直に火の番が出来るはずもない。
だってこの茂みの向こうでは、主様が水浴びをしておられるのだ。
色っぽさのある筋肉の持ち主でありあの素晴らしき美貌の持ち主が、水に滴っている姿!
……しかも水浴びとなれば脱衣状態! それをスルーとかそんなヤツはもう人として何かが終わってると言っても過言じゃないね!
人として終わってるヤツが何言ってんだという感じだが、そんな事はどうでも良いのだ。
重要なのは性癖の化身みたいな人が素っ裸で水浴びをしている、という部分。
しかもすぐそこで。
ちゃぷちゃぷというちょっとした水音が聞こえる度に私の興奮レベルがずんどこ上がっていくのがわかる。血液とか沸騰してるかもしれないけど仕方がないよね!
寧ろ、あの素晴らしき筋肉をなぞるようにして水が落ちていく姿を想像するだけで鼻血が出そう。
映画のワンシーンを切り取って絵画にしたかのような光景がそこには広がっている事だろう。
そう、それこそがシャングリラ。
目の前に楽園が広がってるのに行かねえ馬鹿が居るものかよ。
……こんな状況下で欲望剥き出しにならないのは出家した仏くらいなもんだぜ!
そして私は出家していないので覗きます。
火も万が一が無いようちゃんと消したので安全安心。
デカい胸がちょいちょいつっかえるので不便に思いつつ、匍匐前進で虫のように這いながら茂みの間をがさごそと進む。
……おお……!
茂みを少し進んだ先にあったのは、それなりの広さがある綺麗な泉。
そこに膝まで浸かりながら堂々と立っているのは、一度全身を水に浸けたのか、髪からポタポタと水滴を垂らしている主様。
素晴らしき筋肉を飾り立てるかのように水滴が光を反射し、想像していたよりもずっと美しい姿に心を奪われる。
天女伝説とかで男が羽衣隠して天女を嫁にしたりする話があるが、こんな素晴らしいもんを見てしまったならそういう手段に出るのも仕方がないだろう。
そのくらい、主様は美しかった。
着替え最中の下着姿どころか思いっきり素っ裸状態なので色々とモロに見えてしまっているが、一切の羞恥も無い様子で立っているのが尚更神話を切り取った絵画のよう。
隠すべきもの、恥ずべきものなど何も無いとでも言わんばかりだ。
「…………何をしている?」
「アッ」
その体に洗い残した血が無いかどうかを確認していた主様の、低い低い声が響いた。
水場というのは音を大変よろしく反響させるものだと実感する。
けれども顔の位置はそのままに、目だけがぎょろりとこちらを睨むのは肝が凍り付くようだった。
睨むというよりは、見開かれた目に殺意を持って凝視されるという感覚。
黒の中にある真っ赤な目がこちらに視線を固定したまま、主様は顔をこちらに向けてゆっくりと泉から上がった。
晒される全身、滴るしずく。
主様を見つめるのに夢中で這いつくばった体勢のまま間抜けにも茂みから上半身を生やしたみたいになっていた私は、その姿に目を奪われた。
「主である俺に対しての覗きというのは、酷く不敬だと思わないか?」
目の前にある足。目の前で足が上がる。水気で湿っていた為に土で汚れた獣の足裏が見える。上を見れば人間の大腿。大腿部にある筋肉の陰影がくっきりとした姿を見せており、衝動のままに舌を這わせたくなる美しさ。その上には普通滅多に晒される事が無いだろう部位が、
「不愉快だ」
足が落ちて来る光景を見たと同時、耳の奥のような、けれどもずっと遠くのようなところで、蜜たっぷりの果実が弾けたみたいな音がした。




