飽き性な主様
食べ終わってからようやく正気に戻った私が最初に抱いた感情は、罪悪感だった。
完全なるただの通行人を殺した挙句に食べてしまった、という罪悪感がチクチク痛い。
しかしのし掛かる罪悪感はあくまでチクチク痛い程度で、人を殺したにしては、随分と軽い罪悪感。
動物どころか、釣った魚のハラワタを抜いて串を刺して焼くのと変わらない、意識しなければ罪悪感すら抱けないようなレベルの感覚。
……うーむ、改めて自分が完全な人外になっちゃったのを実感しちゃうな。
人肉をそのまま美味しくいただけてしまった時点で完全アウト。
しかもこの牙や爪は随分と切れ味が良いらしく、骨をバキボキ噛み砕く必要すら無かった。
牙を突き立てれば、音も無く沈むのだ。
勿論肉を噛み切るのでは無くて引き千切ろうとすればブチブチと肉の繊維が切れる音がするし、骨を外そうと思って外せば骨が外れる音もするのだが。
「さて、と。また汚れてしまったな」
言い、私と同じように口元と手を真っ赤に染め上げている主様は袋の中から綺麗なタオルを取り出す。
そのタオルで拭うと同時、血があっという間に拭い去られた。
「キミも拭いた方が良い。人間の血は勝手に消えたりはしないし、この辺りは水場も無い」
「あ、はーい」
投げて寄越されたタオルをキャッチし、拭いてみる。
濡れている様子も無いふわふわのタオルだというのに、濡らしたタオル以上に血の汚れが落ちていく。
どういう仕組みになっているんだろう、と思いつつ拭き終わった。
「ありがとうございました、主様」
「うん」
返したタオルを受け取った主様は、それをポイっと袋の中へと放り込んだ。
「あの、そのタオル凄い吸収が良かったんですけどどういう仕様なんです?」
「魔法の術式が仕込まれた魔道具」
「魔道具」
「魔法の効果がある道具」
説明が面倒臭いと表情で語りながらも端的にそう教えてくれた主様は、すっくと立ちあがって血を含んで色を変えているシャツのボタンを外し、脱ぎ捨てる。
するりとシャツがはだけて重力に従い落ちていく動き、そして服という壁が無くなった為に現れた筋肉に目が奪われる。
無駄な脂肪は無いようだが、軍人やボクサーのように引き締め切った筋肉では無く、必要な脂肪が乗ってむっちりとした質感を持つ筋肉だ。
主様はそのままズボンにも手を掛け、
「……何かな」
「えあっ!?」
しまったガン見し過ぎた!
その上無意識にじりじり近付いていたからか、主様の目が完全に不審人物を見る目になっている。
「いやあの、あまりに筋肉が素敵過ぎるのと主様の顔が大変好みでそんな中での突然過ぎるストリップとなるともう目に焼き付けるしか無いと言いますか! はい! そういう感じです!」
「ヨダレが垂れているようだけど」
「そりゃあ目の前でこんな素晴らしい肉体を拝んでるんですからヨダレくらいは垂れますよ! 何なら涙も鼻血も出そうです!」
「思ったより気持ち悪いな……」
「褒め言葉です!」
視線を一切逸らさないままにそう断言したら本気で嫌そうな顔をされたが、その顰めた顔すらも素晴らしいものだから私のテンションは留まるところを知らずにうなぎ上り。
蔑みと嫌悪が滲んでいる表情で見下されている事実に、ゾクゾクとした快感が腰から背骨を駆け上ってくるようだった。
「……まあ良い」
主様はするりとした動きでズボンを脱ぎ去り、下着一枚の姿となった。
鍛えられた肉体美と背景の岩壁のコラボレーションが何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出している。
何だコレ、絵画か?
「キミもさっさと着替えろ。この砂漠にも飽きたからな」
「おぶっ」
ガン見しながらも素晴らし過ぎる光景に意識が飛びそうになっていたら、急に視界が覆われた。
否、顔面に掛かった布の感触からしてどうやら何かを投げられたらしい。
ツノに引っかからないよう気を付けつつ確認すれば、それはどうやら服のようだった。
そういえば私、生き返ってからずっと胸が剥き出し状態だ。
……ドラゴンボディ部分だろうコルセットで胴体と股間付近の安定感凄かったし、胸に至っては自分の胸って感覚がまだ鈍いもんだから忘れちゃってたな。
しかしここまで豊満な胸を剥き出しにしたままでは露出狂でしか無い。
見る側としては眼福だが、皆が皆そうやってひゃっほう出来るタイプでは無いのも事実なので、大人しく渡された服を着る。
誰もが巨乳にテンション上がるなら、世界はもっと心を一つに出来てるはずだ。
そう思いつつ、着替えている主様をチラチラ見ながらどうにか着替える。
……すぐ隣でああも魅力的な性癖の化身が生着替えしてるのに見ないとか無理!
だがまだこの体に慣れていないのもあって、視線を向けないままでは四苦八苦。
どうにか着れたのは、主様が着替え終わるまでを見届けてからだった。
「着れました!」
私に寄越されたのは、大きな胸の谷間がよく見えるバンドゥビキニのようなデザインの赤いチューブトップと、紫色をしたアラビア系のシンプルなベスト。
下は上着と同じ色をした膝丈スカートなのだが、スリットがエグイ入り方をしている為、前と後ろに布垂らしているだけに見える。
一応腰のところに腰紐代わりの長い布を巻き付けて固定し、左側の腰で大きなリボン結びをしてみたけれども、それでも誤魔化せないくらいには露出が多い。
アラビア系衣装と考えると二次元的にはあるあるだが、コレは結構な露出度では無かろうか。
……まあファンタジー世界ならビキニアーマー着て歩く人も居そうだし、見た目が変わり過ぎてて羞恥心がどうとかいう感じでも無いし、言っちゃえばエロアニメのファンタジー衣装よりはマシだもんなあ。
エロアニメの女の子が着ている衣装は、全体的に大変露出が凄まじい。
ちょっと歩くだけで常にパンツ見えるだろみたいなスカート丈だし、ファンタジーとなるとスッケスケの布を一枚垂らしてるだけ、みたいな事もあるレベルだ。
そう思えばまだ服らしい形状なのでセーフだと思う。
「うん、そうみたいだね」
着れましたという私の言葉にそう返す主様は、腹が出るデザインのピッタリしたインナー姿だった。
アラビア系のミニTシャツみたいなデザインをした黒いインナーで、下はゆったりしていて裾が広がりつつも足首の位置でキュッと締まっている白いズボン。
腰の位置にあるベルトは細かい装飾が施され、鈍い金色の光を放っている。
長いターバンを軽めに、しかし日差しから身を守るようにして頭と首に巻き終わった主様はこちらを向いた。
「……髪型が合わない。後ろを向け」
「はい!」
言われるがままに後ろを向けば、主様はこちらの髪にするりと指を通し、後ろに回してすいすいと器用に編んでゆく。
地面にはつかないものの膝につくだろう尋常じゃない長さの髪、それも私が体験した事が無い髪だった為、先程から私の髪は随分と乱れていた。
ウェーブが掛かっているからと誤魔化せる段階を通り越した乱れ様だったのは否定出来ない。
「うん、よし、こんなものかな」
満足そうな主様の声に、編まれた髪を確認する。
量が多くて長い髪は、後ろで一つの三つ編みに纏められていた。
しかもウェーブを利用したゆるふわな三つ編みで可愛らしく、シンプルで動きやすさ重視な今の服装ともよく合った髪型。
髪を伸ばしても鎖骨くらいまでしか伸ばした事が無い私には到底出来ない髪型だ。
「凄く可愛いです! ありがとうございます!」
「それは良かった。キミの為というより、僕が不愉快に思いたくないからやっただけだけれどね」
「あ、さいですか」
「うん」
頷き、やるべき事は終了したとばかりに主様は置いてあった袋を肩に下げて、ちろちろと明かりが入り込んでいる洞窟の入り口へと身を向けた。
「じゃあ行こうか。もう日は暮れているだろうが、この砂漠は夜も明るくて暑い。そして何より人が居ないからね。少し歩けば森があるから、とりあえずそこまで休まず行こう」
僕は暑いのが好きじゃないんだ、と主様は言い、すたすたと先に行ってしまう。
私は視界の高さにまだ慣れないながらも、慌ててその背を追いかけた。
・
私達が今居る砂漠は、燃え盛る砂漠、と呼ばれているらしい。
その名の通り、火種も無かろうにあちこちで炎が踊っていて、日が暮れているのに明るくて暑い。
砂漠の夜は凄まじく冷えるというイメージだったが、あちこちが燃え盛っていては寒さを感じる方が難しい話だ。
……でも、わりと平気だな。
炎がすぐそこにあるというのに、そこまでの熱さは感じない。
火属性だろうファイアドラゴンと合成されているから火耐性が高いとかだろうか。
いや、そもそもドラゴンという種族自体が相当に強いみたいな事を主様が言っていたので、単純にただ強いというだけかもしれないけれど。
「…………退屈で仕方が無いな。キミ、何か喋れ」
「喋れって言われましても!」
「何でも良い。僕は退屈が何よりも嫌いなんだ。面倒も嫌いだが、代わり映えしない時間が過ぎていく事の方が耐え難い。来た事が無いからとこの砂漠へ来たのは間違いだった」
前を歩いている主様の表情は窺えないが、酷く不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。
ちくしょう主様の不機嫌顔を拝見するチャンスを逃すとは。
「え、ええーっと……じゃあ個人的にまた質問なんですけど」
「何」
「結局キメラって、何なんですか?」
「合成された魔物。本能的に人を食らう。最低限それさえわかっていればどうにかなるよ。他にもまあ色々あるけれど、僕は飽き性だからね」
首を傾げるようにして、主様はチラリとこちらに視線を向けた。
「……キミに飽きるなりすれば、僕は容赦なくキミを処分する。不要物だと断定すればそこまでだ。逆にもしも僕と共にしばらくの間過ごせるようなら、その幾度説明する。実物を前にした方が話も早いし、一気に全部を語るのは面倒だ」
「了解です!」
「変なヤツだな」
こちらを見据える目が見定める気満々の絶対零度状態だったので、その冷たさにゾクゾクしながら満面の笑みで敬礼したら眉を顰められた。
それでもまあ良いやと零して視線を前に戻す辺り、面倒臭がりというのは本当なのだろう。
いちいち気にしたり反応するのも面倒だから好きにさせとこう、という諦めに近い何かを感じる。
まあ、私としてもこの態度をやめるつもりは無いのでありがたい事だが。
……性癖詰め合わせパックみたいな存在を前にしておしとやかに出来る方がおかしいから、私は何も悪くないな! うん!
寧ろそのキュッと引き締まったくびれに抱きついて顔面押し付けて深呼吸しないだけ理性的だ。
私に理性が残されていなかったら例え即座にぶっ殺されるとしても全力の痴漢行為を働いていたと思う。
いやあ、こんな素晴らしい存在に合法的にひれ伏せるだなんて異世界ってのは最高だな。
「あ、そうだ。眷属キメラって結局何なんですか?」
主様は一瞬足を止めて、長い長い溜め息を吐いた。
「…………まず、キメラは人間と魔物を合成して新しくキメラを作成する事が出来る。それがキメラにとっての繁殖に近い」
「はい」
「そしてこの場合、僕達はそういう製作者の事を親キメラと呼ぶけれど、親キメラがキメラを合成する際に親キメラの血を混ぜ込んで作る事がある。それが眷属作りだ」
「血が混ざると何が変わるんです?」
「違う生命体同士を一つの生命体にするから、細胞レベルで練り込まれる。親キメラの血を仕込んだ場合、眷属となる。血によって眷属は親……対眷属となると主キメラという呼び方になるが、その主キメラに逆らえなくなる。体内の血が体を支配するからね」
「うわあお」
吸血鬼とかでよくあるヤツだ。
ボス吸血鬼の命令は絶対な感じのよくあるアレ。
まあ私は自分から積極的に仕える気満々だけれど。
「まあ、支配すると言っても肉体の支配権のみ。精神の方はどうにもならない。僕がキミに跪けと言えば跪かせる事は出来るけれど、キミの心が跪くかどうかはキミ次第というわけだ」
「跪いて良いなら今すぐ跪きますし何なら足の指の間まで舐めますが」
「気持ち悪い」
「褒め言葉ですね!」
マジトーンでの気持ち悪いという言葉にひゃっほうと喜べば、舌打ちが返された。
そういった反応がまた私を調子に乗らせるのだが、言わないでおこう。
気さくで優しそうな口調に隠れ切っていないその冷たい温度もまた興奮材料で、いやはやテンション上がっちゃうなあ。
「あれ、でも今、私別に跪きませんでしたよね?」
「従わせるつもりで力を込めた言葉じゃないと意味は無い。混ぜた魔物自身があまりに強いと耐性も強かったりするから、そういう場合は主キメラの血が大量に必要となる。僕がキミを眷属にする為、両腕分の血を使ったように」
「致死量の大量出血!」
「キメラは実質不死身のようなものだから問題無いよ。回復速度や死ねる回数には個人差があるけれど、基本的に不死身だから」
「そうなんですか!?」
「頭を潰されたり心臓を貫かれた程度じゃ死なないし、太陽の光で死ぬ事も無い。正確には太陽の光が相手だと多少弱るけれど、夏場に外へ出てだるさを感じる程度の、気分次第で充分無視出来るくらいだね」
「わあつよぉい……」
吸血鬼よりも大分何か、弱点が少なそうな仕上がりだ。
実際ここまで歩いている間に太陽が昇り始めて来ているけれど、良い夜明けだなあと思う程度。
それなりの眩しさがあるのは変わらないが、そこまでのだるさも大して無かった。
寝起きでちょっと体が重だるい気がするな、という程度。
美味しい物を食べればスッキリするレベルの感覚なので、気分次第で無視出来るというのはこういう事か。
……にしても一晩経過したっていうのに、全然眠気がやってこないな?
キメラが夜行性なら眠気が来ないのもわかるが、別に太陽が出て来ても眠気がやってくるわけじゃない。
血がどうだとか汗やヨダレは分泌されるとかがある様子なので死んでいる感じでは無いけれど、主様の説明を聞くにキメラは根本的に死体を利用した合い挽きハンバーグみたいな代物。
つまり生命体とはちょっと違っていて、睡眠は不要タイプだったりするんだろうか。
「ああ、ようやく砂漠を抜けたか」
問おうとした時、前を歩いていた主様が安堵したようにそう言った。
主様の向こう側を見れば確かに、燃え盛る砂漠とその他の場所を隔てるように、鬱蒼とした大きな森が大変立派に存在していた。




