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それにしてもこの主様のビジュアルが好み過ぎる



 完全に意識も命も途絶えていたと自覚出来る程の暗闇から、ふと意識が浮上するのを感じた。

 ああ成る程コレが死後の世界ってヤツかあと思いつつ、異世界転移してから死亡までの素早さがRTAか何かかという勢いだったなあと起き上がる。



「あーーーー、死んだ!」



 いやあ見事なまでの死にっぷりだった。

 まあ思っていたより恐ろしさは無かったし、あの男の顔の良さにテンション上がってたし、痛みも何も無かったので良しとしよう。

 そう思いながらうんうん頷き、ふと、視界が明るい事に気付いた。

 いや、別に明るくも無い、寧ろ視界が良好なだけで薄暗い方だと思うが、目が稼働しているのがわかる。

 つい先程死んだ時は、視界も何もかも失われていたというのに。

 一体何があったんだと思いつつ、真っ白い空間でもそうしたように座り込んでいる自身の体を見下ろしてみる。

 見下ろしてみたら、そこにあるはずの腹やら足の付け根やらが見えない程には豊満な胸が剥き出し状態で鎮座していた。


 ……はい?


 何この質量を伴った風船のような大きさの胸。

 よくわからないまま、うっすら混乱したままの思考であれども、本能というのは実に正直で。

 気付けば無意識のままにその巨大な、私の胸元から生えていると思われる巨乳、否、巨乳を超えた爆乳に手を伸ばして揉んでいた。

 ビーズクッションのようなその胸に添えた手は、ずぶりと沈んだ。

 感触もビーズクッションのようなそうでないような感覚で、ぐにゅりと形を変えていて、大変な眼福で、しかし当座の問題としてはそこでは無くて、



「私のおっぱいが巨乳になってる!?」



 思わず両手で掴むも、間違いなく私の胸だ。

 いやこんな巨大な胸はちょっと知らないお胸なのだけれど、しかし触った感触と同時に()()()()感触も確かにある以上、神経が繋がっているボディパーツである事に間違いない。



「しかも何だこの巨乳は……けしからん巨乳というか最早爆乳! まさか神様が私の慎ましやか過ぎる胸に同情して死後の世界では爆乳で生きろと粋なプレゼントをしてくれたとでも!?」


「最初に疑問するのがそこかい?」



 聞こえた声にビグンと身が跳ねたのがわかる。

 ヤッベ自分の胸が爆乳化してるのが嬉し過ぎて周囲の確認を怠っていた。

 聞き覚えの無い声なので、間違いなく知らない人。

 そんな知らない人が、近くに居る。

 加えて私は自分の胸を興奮気味に揉んでいて、ソレを目撃された状態とも言える。

 何だソレは人生リスタートと思ったらスタート時に致命傷か?


 ……実質自慰見られたレベルの致命傷だぞ……!


 いやまあ感触を確かめる為であって性的な興奮や快楽は得ていなかったのでセーフ。多分きっとセーフ。セーフであって欲しい。

 そう心の中で言い訳をしつつ、低く響いた良い声の方へと視線を向ける。



「他にも気にすべき点はあるだろうけれど、最初に胸に意識がいったなら、せめて剥き出し状態になっている事を気にすべきなんじゃないのかな」



 まあ僕としては変な誤解によって騒がれても面倒だから、騒がないでいてくれるならそれで良いんだけど。

 岩場に腰掛けて頬杖をついているその男は、酷く静かな目でこちらを見ながらそう言った。

 これといった山場が無い映画を退屈そうに見ている人みたいな目だが、その色は随分と見慣れない色をしていた。


 ……いや、


 私はその目に、見覚えがあった。

 喉に牙を突き立てられる寸前に見た色と、死ぬ直前に見た色だ。

 血のように真っ赤な目が爛々と輝いていて、本来白目であるはずの部分が真っ黒に塗り潰された色。

 今の目は、爛々と輝いてもいない、血が流れてから時間が経過したみたいな、鈍くて暗く色褪せたような色になっているけれど。



「アンタは……」



 マントが外されている為、彼の姿はよく見えた。

 明かりも無い洞窟内のようで薄暗くはあるけれど、目が慣れたのか、その冷たい青色の髪に輝かしい金の髪がメッシュのように入っている事も、鍛えられているとわかる分厚い筋肉が惜しげもなく晒されているのもよくわかる。

 彼は濃い青色のシャツを羽織り、黒くてピッタリしたデザインのズボンという実にシンプルかつラフな服装をしていた。

 シャツに至ってはボタンが真ん中の二つしか留められていないので、その雄っぱいと呼んでも過言では無い程みっちりとした肉が詰まった胸筋の谷間がよく見えたし、真正面からでも厚みと凹凸がしっかりしているとわかる腹筋が宗教画のように輝いている。

 しかし、問題はそこじゃない。


 ……ついつい私の性癖上、その整った顔や筋肉に目がいっちゃうけど……!


 スポーツマンのようなベリーショートの髪も、太めで短いもののキリッとした印象を見せる眉も、睫毛が長くて美人という印象を強める目も、筋肉がしっかりしているとわかる太い首も素晴らしい。

 が、耳の上で主張している羊のようにぐるんと巻いているツノだとか、人外の特徴としてよく見られる反転目の上に草食動物にありがちな横長の瞳孔だとか、軽く口を開けただけで覗く鋭く大きい牙だとかが、彼が人間では無い事を叩きつけて来る。

 裁判ゲームで証拠品を叩きつけられているような気分だ。

 しかもつい先程こちらが食われた云々をスルーして気合いの入ったコスプレだなと思うには、ちょっとどころじゃなくハードルが高い。

 ツノや目に関しては多少苦しかろうと付けヅノだとかカラコンだとかで誤魔化せるかもしれない。

 が、岩場に座っている事によってよく見える彼の足は見事なまでに獣の足をしていた。

 ズボンの裾から覗くその足は、骨格からして人では無いとわかる造形。

 彼の向こう側でさっきから時々ゆらりと動いているのは髪色と同じ、足の毛と同じ色合いのもふっとしてするりと長い尻尾。

 その尻尾や足は、まるで二次元でよく見る狼獣人のようだった。



「アンタ、という言い方は好ましく無いな」



 じろじろと不躾な視線を向けるこちらに対し、彼は相変わらず温度の無い目で告げる。



「キミは既に、僕の眷属となっている。それらしい呼び方をしてもらおう。不愉快だからね」



 肩をすくめるその姿すらも絵になるなあと思いつつ、気になったワードが一つ。



「眷属?」


「何だ、まだ気付いていないのか。随分と鈍い」



 ほんの少しだけ目を見開いた彼は、その鋭い爪が備わった指で自身の胸元をトントンと叩いてからこちらを指差す。

 自分の体をちゃんと見ろとでも言うようなジェスチャーに従い、私は自分の体を見下ろして再び確認作業へと入る。

 ボリュームが凄くて主張が強くて重力に負ける気が無いおっぱいに視界とインパクトを持っていかれて気付いていなかったが、改めて確認すると異常だった。

 否、異常しかなかった、と言うべきだろう。



「え」



 とりあえず胸が邪魔で腹回りが見えないし、と思った。

 だから手で腹を触り、そこで初めて、腹回りが硬質なコルセットのような何かに覆われている事に気が付いた。

 胸を押さえて谷間から覗き込むように確認すれば、胸のすぐ下から黒いコルセットが綺麗なくびれを描いている。

 しかもただのコルセットでは無く、ゴツゴツした白い飾りがついたデザインだ。

 中心を縦に通った白い飾りに、左右から伸びた白い飾りが三つ、まるで背骨に沿うあばら骨のように伸びている。

 その下を見れば、ヘソ下腰上の位置にも白い飾りが。

 区切りのようになっているその飾りからは、レオタードのように伸びた黒く固い生地が股間部分を覆っていた。

 何だこのエロいお店用ボンデージみたいな恰好。


 ……ん? いや待っておかしくない?


 腹を覗き込む事で、長い髪の毛がさらりと肩から前側へと垂れる。

 長い髪が重力に従ってそういった動きを見せるのは自然の摂理であり、何もおかしくはないだろう。

 おかしいのは、私の髪は肩につくくらいの長さで切り揃えていたからこんな長さじゃない、という部分。

 加えて私の髪は重さを感じるくらいには真っ黒だったはずで、断じてこうも燃え盛るような印象を与える真っ赤な髪では無かった。

 ちらほらと黒い髪の毛が混ざっているけれど、もう何か、触ってみたら毛質からして私と違う。

 確認したら毛先は切り揃えられているようだったけれど、私の髪は緩めに縛るとヘアゴムが重力に従いサヨナラしてしまうくらいにはストレートだった為、こんなゆるふわな素敵ウェーブなぞ皆無だった。

 というか前髪触って確認してみたら凄いふわふわしてるしぴょんぴょこ跳ねてる。何コレ。

 切り揃えられてるもんだからそれで着物着たら日本人形だなとか言われるくらいには切り揃えられた、しかし現代らしくほんのりまろやかなラインにしていた私の前髪はどこへ行った。


 ……あと何か、今、前髪確認したら私の頭部にも何やら違和感のある感触が……。


 嫌な予感がして、本来耳がある部分を触ってみる。

 何かに触れる感触が、無い。

 続いてもうちょい上の位置を触ってみる。

 そこには弓なりに伸びている硬い何か、というかも見なくてもわかるツノ的なツノがあって、そのすぐ下の位置に耳が生えていた。

 人間の耳とは違う、うっすらと毛が生えた、形状からしてヤギとか羊とかその辺の耳っぽい耳だ。

 これこそ正に何という事でしょう。

 ギギギという動きになりつつ首を逸らして背中側を見れば、コルセットの背面からはコウモリのような、ドラゴンのような翼が生えている。

 翼の下からは、これまたドラゴンのような尻尾がでろりと伸びていて、何となくの感覚のままに動かそうとしてみれば、べたんびちんと跳ねてみせた。


 ……おあ。


 尻尾をまじまじと見ていたら、自分の足が知ってる足でない事にようやく気付く。

 足首付近までは何か骨格がおかしい気がするも、確かに人間らしい足だった。

 しかし足首の位置からは長く無いものの獣らしいもふもふした毛があり、そこから覗くはずの足はしっかりとした蹄へと変化している。

 嫌な汗が流れているのを自覚しつつ、私は岩壁に手を添えてよろめきながらも立ち上がった。

 岩壁に添えた手の爪がやたらと鋭くて強そうだったのは知らん。岩壁にちょっと爪立てようとしたらやらかい砂に指突っ込んだ時と同じレベルで抵抗無くサクッと爪が刺さったけど知らん。

 知らんぷり出来ないのは、立ち上がった時の視界の高さ。

 翼だの尻尾だの蹄だのと慣れない飾りによるデコレーションが大変な事になっているというのに、バランス感覚的には何の違和感も無く立つ事が出来た。

 けれど、立った時の視界の高さに対して違和感が酷い。

 三十センチとは言わないが、ニ十センチ以上は確実に身長の底上げが為されている。



「……あの、これ、顔とかどうなってます?」


「はい」



 近くに置いてあった袋から取り出された手鏡を放られたので、ソレをキャッチして覗き込む。

 鏡の中に居たのは、別人だった。

 比較的垂れ目だったはずの黒目は、その痕跡すら見当たらないレベルで変貌している。

 キリッとしたツリ目になっていて、暗闇の中でも煌々と光る金色の目で、瞳孔は鋭い縦長で、両目の下には隈取りのような赤い一本線。

 口を開けて見てみれば、人間とは思えない牙がずらりと並んでいた。



「…………ええと、あー……主様?」


「うん、良い呼び方だね」



 眷属がどうとか言っていたなら主人的な呼び方をした方が良いかと思いそう呼んだところ、彼は初めてにっこりとした笑みを見せた。

 とはいえそれは喜びの笑顔というよりも、子供がやるべき事をやったので褒める、という時のわかりやすい笑顔のようだったが。



「何か私、ビジュアルが大胆に変更されてるみたいなんですが」


「だろうね」


「あと私って確か死んだんじゃなかったですっけ」


「ああ、僕が殺して食ったから。キミは確かに一度死んでるよ」



 笑みを浮かべたまま彼は、主様は小首を傾げる。



「しかし変わった味だったね。その上、不思議な登場の仕方だった」



 まあ、だからこそ面白いと思って眷属にしたんだけど。

 そう言った主様は、ニィ、と口角を吊り上げて牙を見せる。

 面白いと思っての笑みというよりは、面白くあって欲しいという期待に対する笑みのようだ。



「…………説明してもらうのって、有りです?」


「面倒だな」


「そう仰らずにお慈悲をください! 主様に尽くす為にも現状把握必要だし正直言ってこちらも色々な事情があって常識すら足りてないんですよぉーう!!」



 土と岩でゴツゴツしている地面にシャッと座ってじりじりにじり寄るようにして縋れば、笑みを消した主様はどうでもよさそうな顔で数秒視線をどこかへと向ける。



「……まあ、別に良いか。眷属とはいえ精神までは影響を及ぼせないから、抵抗しようとするなら面倒だけれど、キミはそういう素振りも無いし。最初から僕に対してきちんと、それも自ら隷属しようとするその態度を評価してあげよう」


「ヤッター! ありがとうございます! お礼に足舐めて良いですか!?」


「うるさい」


「はいごめんなさい」



 温度の無い顔に加えて数トーン落とした低い声色で言われるの超怖い。

 恐怖よりもその態度や見目による性的興奮の方が強い気もするけれど、ここは素直に隷属しておいた方が良いだろう。

 何が何だかよくわからないのは依然にして続行状態だけれども、好みの性癖を詰め合わせたみたいな存在に合法的に隷属出来るなら諸手を挙げて万歳案件。

 貰い物の宝くじが一等だったぜひゃっほいみたいな気分だ。

 いや、足舐めは拒絶されたけど。



「まず、キミは僕に殺されて食われた。僕達キメラは人間を食らうよう出来ているからね。この辺りの砂漠は物理的に燃えているものだから、通行人が滅多に居ないんだ。それで僕は飢えていた。そこに人間が落ちて来たものだから、衝動的に食らったというわけさ」



 何せ腹が減っていたから、と主様は言う。



「……キメラ?」


「種族名だよ。合成されているからキメラと名付けられている。人間と魔物の合成魔物。僕は羊の魔物と狼の魔物が混ざってる。キミはドラゴンとヤギの魔物が混ざってる」


「知らない間に合成されてる!?」


「人間の死体と魔物を合成するからね。魔物の場合も死体を合成するけれど、魔物によっては死という概念とかそういう次元じゃないものも居るから」


「へえ……」



 正直言って人食いの化け物である主様のビジュアルがビジュアルなのでうっすら察していたけれど、やはりここは魔物が存在するタイプの異世界なのか。

 やはりも何も、異世界ならそりゃあ剣と魔法とモンスターと中世なファンタジーでしょ! という固定概念のアレによる先入観だが。



「…………そういう次元じゃない魔物が居るくらいは、そこらの子供でも知ってるのは多い。だというのにそれを知らないとは、面白いね」



 スゥ、と目を細めて主様は口元にうっすらとした笑みを浮かべる。



「本気で知らないように見えるという事は、学が有るのを偽っているわけでも無い。常識すら与えられずに監禁されでもしていたかい? 僕への態度やその警戒心の無さからすれば、無知であれと他人との関わりを隔絶された上で豊かな暮らしを送っていたりしないとしっくりこないな」


「……信じてもらえるかはわからないんですけど!」


「うん」



 私は膝の上で拳を握り、告げる。



「異世界から落っことされました!」


「へえ」


「…………いや、あの、へえって……」


「前例が無いわけじゃないから。珍しくはあるけど前代未聞ってわけじゃないよ」


「わー説明が楽で助かるやつだー……」



 こっちは何言ってんだコイツって目で蔑まれるのを覚悟、というかほんのり期待した上で告げたのだが、思った以上にあっさり受け入れられてしまった。



「それに、空中から落ちて来ていただろう。叫び声が聞こえたから上を見てみれば、落ちている人間がファイアドラゴンに直撃して一瞬停止してまた落ちて来た。その時点で通常じゃない」


「待ってください私ドラゴンにぶつかったんですか!?」


「ああ。ドラゴンの中では下位とはいえ、人間一匹がぶつかる程度で動じるはずもないファイアドラゴンが急に動きを鈍らせたものだから、尋常では無いと思ったよ。ちなみにキミが死んだ数分後に、ファイアドラゴンの死体も落ちて来た。キミとの直撃が致命傷になったらしい。翼による滞空で、落ちるまでに時間差が生じたようだけれど」


「あそこで既に一回死んでたんかい私は!」



 そりゃあ着地時点で二回目の死亡にもなるだろうさ。

 というか異世界に来て早々命の危険がワンヒットツーヒットからのスリーアウトが迅速過ぎる。

 私はストーリーをざっと楽しめれば良い派なので、リアルタイムアタックとかした事無いのに。



「不自然なドラゴンの死。そしてかなりの高度から落下したというのに死んでいないという事実。けれど、キミは間違いなく人間だった。本能的な食欲がそれを保証している。いっそ異世界から来た、という方が納得が行くというものだ」


「確かに、その方が納得しやすくはありますね」


「しかし、どうしてドラゴンが死んだのかな」



 再び目を細めた主様は、実に楽し気にその赤い瞳を鈍く輝かせる。



「異世界人であるキミが知っているかどうかはわからないが、僕達の常識として、ドラゴンというのはとんでもなく強い存在だ。倒せる者も存在するしリターンも大きいが、リスクが高過ぎるから僕達のように本能が強めなヤツはまず狙わない。それが一撃で死んでいた」



 それはどうして?



「……何か、こっちに寄越される時、即死したらアレだから二回だけ致命傷軽減するねって言われました。んで、致命傷与えた相手にダメージを跳ね返すね、とも言われました。悪漢に刺されて死んでも、生き返った時に悪漢がまだそこに居たらもっかい死ねってやられるかもしれないからって」


「成る程。つまりドラゴンとの衝突で致命傷を負うもその致命傷はドラゴンに向かったわけだ。それも人間の致命傷ではなく、ドラゴンにとっての致命傷として」


「えーっと……つまりどういう事です?」



 何となくわかっているつもりだったが、何だか違う気がしてきた。

 衝突事故による勢いダメージをドラゴン側が全負担したのでそんだけのダメージ数になりました的な事かと思っていたのだが、何かそういう感じでも無い気がする。



「…………」



 主様は面倒だと表情で主張しながら、眉間の皺をそのままに口を開いた。



「ドラゴンが百で、キミが一とする。キミの致命傷は一ダメージだが、ドラゴンは一ダメージを負っても九十九が残る。キミのダメージが相手に肩代わりされるなら、ドラゴンが死ぬはずは無い。だからどちらかといえば、死ぬ程のダメージ、という部分が相手に与えられたんだろう」


「数によるダメージというよりは即死ダメージ、って感じです?」


「さあ。そう思うならそうなんだろう」


「急に雑!」


「面倒なんだよ、説明するのは。僕は酷く飽きっぽくてね」



 ハァ、と溜め息を吐いて主様は岩場にごろりと寝転がる。

 ゴツゴツした岩場をまったく気にしていない転がり方だ。

 そのけだるげな溜め息も、身を反らすような寝転がり方も、伸ばされた長い足も、腹筋を見せつけるようなはだけ方も、全てが全てパーフェクツ。

 官能的では無いはずなのに官能的に思わせる絵画を見ているような気分だ。



「とにかく、ドラゴンの死体なんて滅多に手に入るものじゃないから興味があった。丁度良く、変わった人間の死体もあったからね。ついでにキミが落下した際の衝撃による余波で死んだらしい鉄食いヤギの子も落ちてたから突っ込んだ」


「ついでで子ヤギが混ぜられてる……」



 耳と足の謎が解けた。

 もしかしたらツノもヤギが入ってるのかもしれない。

 いや、こういう形のツノ持ったドラゴンだったのかもしれないが、そのドラゴンの姿を拝見していないので謎は謎のままサヨナラである。



「ちなみにファイアドラゴンと鉄食いヤギっていうのは」


「説明には飽きた。それにその魔物達は、名前で大体わかるだろう?」


「成る程そのままという事ですね!」



 炎属性のドラゴンと鉄とか食うヤギという事だろう。

 確かに私の髪色とかも炎属性かなって感じの赤色なのでわかりやすい。



「正直、ドラゴンなんていう上等な素材があっても眷属作りには失敗する可能性があったから、上手く行って良かった。ドラゴンが混ざった出来損ないの愚キメラなんて厄介だからね」


「愚キメラ?」


「出来損ない。対話不可能。知能が足りない暴走状態」


「成る程!」



 端的だがわかりやすかった。

 というか失敗する事もあるとか怖い話だ。

 いや、吸血鬼が吸血する事で吸血鬼を増やすみたいな事だと思えば、そういう事もあるのかなって感じだけれど。

 作品によっては吸血鬼に襲われた全員が吸血鬼になるパターンと、吸血鬼に襲われた中でも才能ある一部だけが吸血鬼化、というパターンがあるわけだし。


 ……んー、それにしても、私としてはもうちょっと色々聞きたいんだけどな……。


 この世界についてとか、キメラとは何なのかとか、眷属って具体的に何ですかとか、そういう色々。

 しかし主様は大分本気で「説明する」という事自体に飽きてしまっているようなので、もうちょっとテンションが上がった時に聞いた方が良い気もする。

 あと単純にアンニュイな雰囲気纏ってる主様が大変色っぽくって見てるだけで興奮するのでもうしばらくそのままで、というのもちょっとある。



「!」



 主様の姿を脳裏に焼き付けようと舐めるように見ていたら、背後、洞窟の入り口があるのだろう比較的明るい方向から足音がした。

 二人分の足音、人間の気配、男女の匂い。



「ああまったく、酷い目に遭った……」


「確かにそうだけど、生きてるんだから良いじゃない。ようやく安全な洞窟を見つける事が出来たんだし」


「それもそうだが、まさか魔物に襲われて燃え盛る砂漠に迷い込むとは……」



 疲れが見えるその声は、男のものと女のものが、一つずつ。

 暗闇に慣れた目を声がした方へ向ければ、旅人らしい恰好をしている男女の内、男の方がランタンを持っているのが見えた。



「ん、何だ、誰か居るのか? すまない、俺達はこの砂漠に迷い込んでしまって、休めるところを探して――……っ!?」



 近付いて、恐らく彼らがランタンの明かりでこちらを視認出来るようになったと同時、男女両方が息を飲んで硬直した。

 直後、慌てたように、弾かれるようにしてどちらともなくこちらに背を向けて逃げようとする。

 こちらの見た目から、魔物だと気付いたのだろう。

 実際そういう事を叫んでいるようだった。


 ……よく、聞こえないけど。


 何かを叫んでいるようだけれど、聞こえない。

 まるで死ぬ時に似た、意識と肉体が切り離されているかのような感覚。

 主観で見ているはずなのに、映画館で無音映画を見ているかのように、その世界からスクリーン一つ分だけ距離がある感覚。

 他人事のような感覚なのに、体は勝手に動き始める。

 反射的に動いただとか、そういった感覚すらも無く、体が勝手に動いているのを別の位置から見ているような心地で。



「ああ、言い忘れていたけれどキメラになったばかりだと空腹状態なんだ」



 後ろから聞こえたのは、そんな声。

 相変わらず無音映画を見ているかのように世界は酷く遠いのに、同じ映画館で見ている後ろの席の客が呟いたみたいな、そういう聞こえ方だった。

 酷く静かなのに、その声だけがやけに通る。



「しかし餌が自分の方から来たとはいえ、良い瞬発力だね。思っていたよりも良い仕上がりになったみたいだな」



 そんな声を聞きながら、私はいつの間にか仕留めていた男女二匹の肉を食らっていた。

 スクリーン越しに上映されている、キメラとなった新しい私。

 そんな新しい私は、つい先程まで生きていた旅人の肉を、獣のように貪り食らう。

 ひたすら飢えと渇きを満たすように、夏場に水分が足りなくなって、スポーツドリンクを凄い勢いで飲み干すように。

 何が酷いって、幾らスクリーン越しのような感覚とはいえ、人を食らっているというのに嫌悪も何も湧かないのが酷い。

 死んだところまではともかく、死んでキメラになった云々についての実感がいまいち無かったのだが、否応無く人を辞めたと実感せざるを得ない。



「キミを眷属として作る時に僕も血をかなり失ったから、片方は残しておいてくれるかな。キミを食べたばかりで満たされているが、また少し腹が空いてしまった」



 肉体操作の主導権を失ったような状態なのに、寝転がったままこちらを見ている主様の言葉にはきちんと従っているのが、我ながら何とも不思議な感覚だった。



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