母性持ちな好みの筋肉
パレット大陸からオートマチック大陸へ向かって飛び立ったが、これが中々の距離だった。
下に見えるのはずっと真っ青な海、という時点で、こうなるのは察していたが、
「飽きた」
「ですよね!」
船旅でも果てしなく続く海という景色にわりとすぐ飽きてしまう人だって居るのだ。
通常以上の飽き性である主様がそう言うのも無理は無い。
……大陸内での移動ならまだしも、大陸間だもんな!
しかも大陸内ならまだ下を見ればそれなりに代わり映えするが、海の景色となるとずっとずっと青色が続いてゆくばかり。
それもまた素晴らしい景色ではあるんだろうけれど、飽きるを知る身としては代わり映えしないなあ、で終わる。
何より、こう、初期に比べて飛び方も安定しているのでスピードも出ているのだが、それでも大陸間となるとやはり時間が掛かる。
半日掛かって海へと出て、そこから二日間も飛んでいるとなれば無理もない。
……コロンブスもアメリカ見つけるまでにひと月以上掛かってたっけ?
コロンブスについてはあんまり詳しくないので知らん。
ともかく、ドラゴンスピードでもまだ数日は掛かりそうな距離だった。
いやドラゴンスピードと言っても風圧でヤバくならない程度の、それこそページを指で押さえているとはいえ私の上に座った主様が読書出来るくらいのスピードなのだが。
「…………船で行くか」
「え、密航するんですか!?」
「何でそうなる」
「だって今、思いっきりお空の上ですよ! 船の予約も何もしてない状態ですし!」
「普通の船に乗るはずが無いだろう。ひと月以上もあんな気が狂いそうな隔離空間に閉じ込められるだなんて、想像するだけで最悪の気分だ」
体勢的に見えないけれど、背中の方からバチバチという音が聞こえる辺り、静電気が出るくらいにはお船の旅が無理のご様子。
まあ普通の人でも船旅は代わり映えしなさ過ぎて船内の居酒屋とかに入り浸る事になるとか言うから致し方なし。
寧ろ主様がご機嫌斜めな事すらも私にとってはご褒美なのだが、惜しむらくは現在の私が乗り物となっているせいで主様の不機嫌フェイスを見れない事だ。
……クッソ! 私の首がもう一個あれば主様の不機嫌フェイスを拝めたのに! 主様の体重や背中の感触や体温に加えて足蹴というオプションまである最高ポジションとはいえそれとこれとは話が別だよ!
叶うならお尻の感触とかも感じたいが、残念な事にドラゴンコルセットが上等過ぎて感度皆無なのが悲しいところ。
痛覚無くとも触覚はある、というキメラのシステムは最高も最高だというのに、何故主様の椅子となる箇所が触覚サヨナラパーツなのか。
いや、頑丈なのはありがたいんだけどさ。
畜生、今なら嫁を四六時中見ていたいって理由だけで複数の顔を生やしたブラフマーの気持ちがわかるぜ。
「海なら、都合の良いヤツが居るんだよ。まだ生きているかなんて知らないし、呼びかけたところで反応出来る程に自我が残ってるかも不安だが」
「それだけしか聞かされてない身としてはひたすらに不安しかないですね!」
自我が残ってるかどうか不明、かつ主様が不安に思うレベルって事は相当にメンタル面で心配な部分がある方なんじゃなかろうか。
「話の流れからしてその人? もキメラなんです?」
「その通り。ひとまず海の近くまで降りてくれるかな。人間が居るようなら……それこそ数人の船や遭難者くらいならともかく、そうじゃない場合は避けるように」
「数人なら良いんです?」
「今から数日間空の上だと思うとね。非常食としてご馳走になっておいた方が良いだろう?」
「成る程!」
「…………雷として移動すれば大陸間なんてすぐにどうにかなるんだけど」
ハァ、と背後で主様が疲労の濃い溜め息を吐く。
私はドラゴンの高い視力を発揮しながら、周囲に人影が無いのを確認して高度を下げた。
「雷だと移動が速いんですか?」
「凄く早く動けば、結果的には瞬間移動だ。それをやるとキミが黒焦げになるからやらなかっただけで」
「えっ、私の無事とか安全を気遣ってくれたんですか!? ヤッター!」
飽き性の主様が数日の退屈を許容してでも私の安全を考えてくれたとか、これはもう主様ルートのエンディングに入ったレベルでは!?
「何より、大陸間の移動を電撃移動で行うのにも飽きていたし」
「ですよね!」
うん、今の理由が八割以上を占めているのがわかった。
いやまあ主様が私を気遣う感じじゃないのはわかってたけどさあ。
……一か月一緒に居るけど、それで情が湧くかと言われればって感じだもんなあ……。
私だって一か月前に屋台でゲットした金魚が元気にしてたところで、そして突然ぽっくり死んだところで、あー死んだ、の一言で終わる気がする。
これがヒヨコとかだったらもうちょい引きずるのに、金魚やグッピーだと途端に淡泊な反応になってしまうのは何なんだろう。
でも多分、主様から見た私は死んでもあんまり引きずらないタイプのペット、って位置に居る気がする。
……雑用とかもしてるからペットよりはまだ使い勝手の良い存在、って思われてたら良いな……!
ああそうだよ願望だよ願望でしかないよ。
いくら私でもそのくらいは自覚してるし、察しの良さからもそのくらいだろうなってわかってるよ。
あと私は利用価値がある代わりにめちゃくちゃセクハラする上にそれを自重しないタイプなので、うん、主様が変なところで大らかな性格じゃなかったらとっくの昔に可能な限り頭パァンを連続で施行されてただろうなって思う。
良かった主様が大らかかつ急に冷める事も多いタイプの飽き性で。
お陰で私は今日も生きている。や、一回ガッツリ殺されて人間としてはとっくに死亡済みだけどさ。
「それで主様、とりあえず海面近くに降りましたけどどうするんです?」
「熱血、居るかい?」
私の問いを完全に無視して、主様は海に向かって呼びかけた。もっともっと!
そんな放置プレイによる興奮やらはさておいて、主様の呼びかけに対し、一瞬波が揺らめいた。
そのまま海が、抉るような通常の渦潮とは違う、盛り上がるような渦潮を描き始める。
間もなくして、そこには一つの大きな船が出現していた。
「やあ、熱血。呼び名を忘れていないようで何よりだ」
「私も忘れていない事に安堵したよ!」
主様の言葉に、どこかから声が響いてきた。
普通の声ではなく、本当に響くような声。
……しかも、今、何か、真正面から聞こえなかったか……?
人影が無い船。
数十人は余裕で乗れて活動可能だろう船。
まるで、その船自体から声が聞こえてきたような。
「しかし、一体何の用だ?」
気付けば、その人は空気がふわりと揺れるような自然さで、音も無く、最初から居たように甲板に立っていた。
真ん中分けの前髪がちろりと下ろされているオールバックの髪は、まるで海そのものであるかのように、角度によって青や緑に色を変える。
首までの長さがある髪はキッチリ纏められているようで、あちこちが小さく跳ねていた。
着ている物は筋肉が良い感じに谷間を見せつけて来るくらいには胸元が開いているシャツ。袖止めにより半袖になっているそのシャツの首元には、とりあえずで結ばれたようなネクタイが大分緩んだ状態で揺れている。
……着崩してるって言うよりは、着崩れしてるって感じだな……しかし良い筋肉だ。
下はスラックスをシンプルなベルトで留めており、ここが船の上で無ければ徹夜明けのサラリーマンか教師のような服装だと思った事だろう。
眉はキリッとしていて、目も中々に力強い光を放っているが、如何せん瞳孔が無ければハイライトも無いので感情が読みにくい。
目元には年齢を感じさせるシワがあり、声からしても元気そう、かつ落ち着いた雰囲気を纏っているが、
……主様からの前情報だと、自称姉みたいなぶっ飛びタイプかもしれないっていう恐怖があるんだよな!
しかもさっきの会話からするに、本人も自分の呼び名を忘れる可能性が高かったご様子。
いやまあ、呼び名に本名に偽名に、と三種類も名前があったらしばらく呼ばれてないとうっかり忘れかねないのは、うん、まあ、あり得る、かなあ?
……しっかし白い肌してるというか……。
その肌の白さもまた、船の上というより夜勤明けという気配を醸し出している。
そう思いながら眺めていれば、一瞬、蜃気楼がぼやけるように彼の体が透け、向こう側の甲板が見えた気がした。
「何をボーっとしてるのかな」
ぐり、と頭に足で圧を掛けられ、思考の海から意識が戻る。
「さっさと船に降りてくれ。いい加減キミの背中は飽きた」
「私は主様に足蹴にされ続けて椅子にされ続けるのは最高で一生飽きる事はないって断言出来ますよ!」
「キミの意見はどうでも良い。僕が飽きたんだ」
「了解です!」
この状態が終わってしまうのは推しアニメが最終回を迎える時並みに悲しいが、命令に逆らう方が今後の期待をゼロにしてしまいかねないので大人しく従い、恐る恐る船へと降り立った。
……突然出現したのも怖いけど、説明がまったくないからどういう船なのかわからないってのもあるんだよなあ……。
まあ、流石に奇妙な冒険で出て来たような船自体がある意味本体、ってな事は無いだろう。
いやでもキメラなら可能性はあるのか? どうだ?
まだキメラに関しての知識が足りていないので、キメラにはどのレベルまでの摩訶不思議があり得てるのか不明過ぎる。
この一か月で時々魔物についてレクチャーして貰ったけど、何か噂話とか人の念から生まれるようなのも居れば急に魔物になるのも居るし突然発生するのも居る、って説明だったので結局あんまりわかってない。
魔物は何でもありらしい、という事だけは理解出来た。
「んん……キメラは肉体的な疲労は無いが、精神的ストレスによる疲労は感じるから面倒だ」
甲板に立った主様が首に手を添えてぐるりと回せば、ゴキゴキと鈍い音が響く。
「ずっと同じ体勢で居たからか、体が酷く凝り固まった気がする」
「えっ!? じゃあ主様に全身マッサージを施しましょうか!? これでも私結構上手い方なんですよマッサージ! エロいのもエロくないのもお任せください!」
「要らない」
「わあい冷たい態度ご褒美です! でも大丈夫ですよエロくないマッサージも出来るし結構評判良いので! 主様のように私の性癖ド真ん中で触れるどころか見てるだけで興奮促すレベルに最高な存在が相手だといつの間にかエロい方のマッサージになってる可能性は否めませんけどね!」
「本気で要らない」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をした主様により、事前動作皆無な回し蹴りでぶっ殺された。
主様の攻撃、ミシリとダメージが入るっていうより一瞬でパァンと破裂するような衝撃が襲い掛かってくるって感じなんだよなあ。
そう思いつつ、ご褒美ですと叫びながら起き上がる。
甲板に弾けた血痕は太陽がその日差しで綺麗にしてくれたからモーマンタイ。
「…………今のやり取りにツッコミは入れんが、出来ればもう少し静かにしてもらいたいものだな! そもそもそっちの娘は誰だ? 私が忘れているだけか?」
「いや、コレは新しく眷属にした変態だから知らないのは当然だよ。会話は成立しないと思った方が良い。適当にあしらう方が面倒も無いね」
「主様私に対してそういう認識だったんですね!」
まあ実際その通りではあるので何も文句は言えないが。
寧ろ適当にあしらうという扱いで認識されてる事に興奮するのでとてもよろしい。もっともっと!
「えーっと、変態って呼ばれてます! 好きなものは顔が良い人と巨乳と筋肉! あっ、細くて体脂肪率低くて一瞬ガリにも見える体重絞り切ったボクサー系じゃ駄目だぞガッチリした分厚い筋肉が最高だからな! ちなみにアンタはめちゃくちゃ良い感じの筋肉してるなって感じで興奮するからそういう事でヨロシク! 出来れば仲良くなってその豊満な雄っぱい揉んだりしたいんで隙を見せたらセクハラするから覚悟しとけよ!」
「諦観者!? この子は随分とアウトというか教育に悪い部分を詰め込んだ感じだが本当に眷属なのか!?」
「気持ち悪い部分も多いが、積極的に僕に仕えて敬って面倒ごとを代わりにやってくれる部分は評価出来る。殺そうとしても無駄に頑丈だから中々死なないというのもあるけどね。まあ、気持ち悪いところにさえ目を瞑れば使い勝手は良い」
「わあい! 褒め言葉ですね!」
「今のは褒めたつもりだからそうなるね」
「…………ああ、まあ、時代の変化もあるだろうし、私も大分人間時代の記憶は失われているからな……」
真顔のまま褒めてくれた主様に喜んでいれば、熱血は疲れたように溜め息を吐く。
やはり、一瞬ではあるが肌色が透けていた。
「それでも、せめてもう少し言動はどうにかしてもらいたい! 今現在、私は赤子を育てている真っ最中なのだから!」
「つまりムキムキ筋肉ポジションでありながらママだと!? それはもう雄っぱいを狙うしかないじゃないか!」
「一旦死んでいてくれるかな」
思わず熱血の胸を狙いながら腰を低くして手を構えたところ、肘鉄を脳天から食らってぶっ殺された。
主様、私の場合口封じに殺されても数秒で復活するんですが。
まあそれをわかっているから、復活しても空気読んで黙ってろの意味で殺されたんだろうけど。
「赤子って、船の内部から感じる魔力はソレかい?」
「その通りだ!」
熱血は目を細めて小首を傾げるという大変えっちな仕草をした主様に対し、力強くそう答える。
呼び名が熱血なだけはあって熱さがある人だ。
まあ私の言動にはいまいちついてこれなかった様子なので残念だけれど。
折角ならノリノリでよっしゃ揉むか!? と誘ってくれたら私がハッピーになれたのに。
誰もがそのくらいのテンションで胸への性的なアレコレを許してくれたら、多分思っている以上に早く世界は平和に向かって行くぞ。胸派以外は知らん。
「どうやら魔力が強過ぎた為に捨てられたらしく、木箱に入れられた状態で海を漂っていてな! 海に流されているとなっては放っておけん!」
「捨てられる程に魔力が強い赤子なんて、何の為に育てるんだい? 別に大人でも赤子でも人間を食えば飢えたりしないんだから、赤子のまま食べてしまえば良いじゃないか。魔力の量で何かが劇的に変化する事も無いし」
「諦観者と呼ばれるお前にはわからないかもしれないが」
す、と熱血の顔から音が消える。
表情が消えたわけでも無いのに、とても静かな気配が周囲を包み込んでいた。
「……人間だった頃の記憶を失っていく私としては、人間に縋ってしまいたいのさ。人は誰かが居る事で人となるように、私を認識する誰かが居る事で、私は私足り得る事が出来る気がする」
「理解不能だな」
冷たい溜め息を零し、主様はその赤い瞳から温度を無くす。
「僕からすれば、人間であった頃の記憶程失ってしまいたいものは無い」
「ハハ、まあそこは個人差というものだな!」
ニッ、と熱血は明るい笑みを浮かべた。
気付けば音の気配はいつも通りそこら中に戻っている。
「ともかく、あの子は私が育てると決めた。海によく漂っている、誰かに生きていて欲しいと願われる者ならば私の腹が減ってさえいなければ陸に送り届けるが……そういうわけでも無かったからな。私の腹が空いてもいない中で、命ある事を望まれもしない子が届いたんだ。まるで、私が育てろと海が言っているようじゃないか!」
「どれだけ言葉を重ねられても、僕にその感覚は理解出来ない。とりあえず、食べてはいけないという事で良いのかい?」
「食わせはしないさ」
とてもとても低い声でそう言う熱血は、酷く穏やかな顔をしていた。
「アレはもう私の子だ。私達は船に乗せ、身内と認識すれば家族となる。私がこの腹で守るとも。例えお前達が全力であの子を食おうとしたとしても、な」
「……その恰好という事は自分が生前何をしていたかもまた忘れたんだろうに、おかしなところは覚えているんだね」
ハァ、と主様は溜め息を吐いた。
先程までのヒヤリとした空気はどこかへと雲散霧消している様子。
会話が一段落、というよりは主様がこの話題に対して飽きたらしい。
「まあ良いや、飽きた。それよりも着替えたい」
「そういえば、お前はそういう性格だったな」
まったく、と呟いた熱血が、空気に溶けるようにして目の前から消えた。
否、私達の方が移動していた。
気付けば周囲は甲板ではなく、船内だろう個室に変化している。
「さて、さっさと着替えてしまおうか。この服の感触もいい加減嫌気が差して来たし、キミの服もとっくに見飽きてイライラしていたんだ」
「いやいやいや!」
何一つとして動揺していない主様が服を脱ぎ捨てようとするのに思わず突っ込む。
いや合法ストリップはもう目を皿にして嘗め回すように見たいのだが、それはそれとして突然過ぎる場面転換についていけなくてストリップに集中出来ないのはちょっと!
「あの、今の移動何ですか!? 王様なクリムゾンで時間吹っ飛ばされでもしたんですか!?」
「何についてを言っているのか知らないが、この船自体が熱血だからね。甲板上だろうが船内の個室だろうが、熱血の体の一部である事に変わりはないよ」
すみません主様、幾ら察しの良い私でも事前情報無しでの理解はちょっと。
察しはともかくとして推理は苦手な私としては、細かい解説が欲しいところだ。




