流れるようなひと月
主様が例の服屋で注文をしてから、あっという間に一か月が過ぎ去った。
資金的な問題は無く、滞在日数も好きに調節出来るから、とあっさり長居する事に決めたのだ。
……主様って相当な飽き性だけど、案外待ってはくれるんだよなあ……。
そして服とかアクセサリーとか関係であれば融通が利きやすい。
食事やらに対しての欲求はほぼ皆無に近いようだが、ああいった視覚的な満足感を得られる物に対しては別のご様子。
それでも一回着ればあっさり飽きる辺り、感覚はいまいちわからないけれど。
……待ち望んでた新刊が出て読んでハー満足ってなるようなもん、か……?
まあわからん事を考えても仕方がないので良いとしておこう。
さておき、現在は町でもそれなりに上等な宿へと宿泊していた。
長期滞在である事を考えると、セキュリティが一定以上の宿が良いんだとか。
……主様、見るからに上流階級の佇まいだからな!
あとは高級品タイプの袋とか、服屋での大量注文とかもあって、長期滞在だと金持ってるヤツ居るらしいぜって噂になりやすく、かつ安宿だと情報売ったり内通者が強盗を案内する時がある為、宿側すらも信用出来ないらしい。
そういうわけでそれなりの宿に部屋を取り、主様はのんびりまったりと本屋で手あたり次第に買っていた本を読み進めている。
当然ながらちょいちょい飽きては気晴らしに外へ出たり、私の能力を色々と実験しているが。
……気晴らしに実験されるってのもどうなんだ……?
ま、私としては主様に構ってもらえて嬉しいのでヨシ。
ちなみに人間を食らう方の食事だが、発展している町なので人がちょっと減ったくらいじゃ知り合いが噂する程度に終わる。
幸いな事に教会は素朴な感じの町だし、後ろ暗い人達が居るような路地裏もあるので、一人二人食べるには困らない。
……これで教会が権力バリバリタイプの町だったら厄介だったかな!
厄介というか、単純にこちらの気分が悪くなるので長居をしにくい。
あと万が一のうっかり事故を警戒する必要があるのが面倒。
しかしそんな事は無かったし、人が減ってもままある事だという裏側もあるので大変快適。
適当に転がってるホームレスは時々怖い人に連れ去られる事もあるようなので、適当な布を被れば目撃者が居ても無視してもらえる。
流石に食べるのは人目を避けているが、人食いの化け物が生活しやすい都会に万歳。
……都会であればある程に人が増えて、同時に人が減っても気にされなくなるからこういう化け物が根城にするっていうのは、うん、大分皮肉だけど!
まあ私は加害者側だから良いや。そういうのは気にしないで良い立場なので。
気にするのはホームレスがめちゃくちゃ汚れてる部分だが、汚れてようが食べられないわけじゃないので問題も無い。
感覚的にはピーナッツの薄皮を剥かずに食べるくらいの感覚なので、大分人外になっちゃったなあと思ったり。
それでも後悔がほぼ無い辺り、倫理観はとっくにサヨナラしちゃったんだなあ。
……にしても、二か月が眷属の最長記録って言ってたのに何事も無く一か月経過するとは。
何事も無く、と言うにはちょいちょい主様にセクハラしてはぶっ殺されていたが、実質ご褒美なので問題は無い。
室内の椅子やベッドに座る事自体に飽きたから、と私の背中を椅子にしてくれた時など歓喜のヨダレが垂れたくらいだ。
ドラゴンコルセットのせいで主様のあまり柔らかくは無いし肉付きも男らしくてあんまりムチムチしてないお尻の感触がわからなかった事だけが残念であり、心残りだけれど。
……ま、その後にこれもまた新しい感覚かもですよって言って顔面に座ってもらったけどな!
普通にあっさり顔面へと騎乗してくれて大興奮だった。
これで私が男だったら一切誤魔化せないレベルのテントが発生していた事だろう。
テントが発生せずとも興奮気味の鼻息と全力の深呼吸が原因で物凄く嫌そうな顔をした主様にぶっ殺されたが。
目の前に最高の尻があったら致し方ないとはいえ、殺害もやむなしの行動だった。
いやはやまったく、巨乳派であり別にそこまで尻派じゃない私を魅了するとは主様ってば最高過ぎるな!
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「はーい、コレで最後の注文の品ね!」
「ありがとうございます! かなり大量の注文だったのにひと月で全部を終わらせるだなんて……!」
「いやあ仕事仲間とか他の店のヤツにも声掛けまくったよ!」
それだけの代金貰ったから問題ナーシ! と服屋の娘である彼女はご機嫌な笑顔でサムズアップ。
「次にどこ行くのかとかは別に聞かないけど、もしまたこの町に寄るようならうちの店に是非ご来店をどうぞよろしく!」
「最近物騒みたいだから気ぃつけろよー」
品物を受け取って店を出る際、ニッと笑った彼女とオッサンが手を振って見送ってくれた。
その笑顔はとても似ていて、親子だなあ、と実感する。
……と、置いてかれないようにしないと。
主様は一か月一緒に居ても相変わらずスタスタ歩くので、置いて行かれないよう慌てて追いかける。
見送りに対しては好青年モードで手を振っていたが、一度視線を外した瞬間素に戻って真顔のままスタスタ歩くのってどうなんだろう。
相手にわかるようやっていたらアレだが、まあ相手からは見えてないようだし別に良いか。
「それで主様、宿屋も今日までにしてましたけど、この町を出る感じです?」
「要件は済んだし、充分見て回ったからね。そろそろ見て回る場所も尽きて来たから丁度良かった」
ふ、と主様は優しく、しかし張り付けているとわかる笑みを浮かべる。
「彼女達が最初に言った通りの期間で終えてくれて助かったよ。もしそこを破られたら殺していたかもしれない」
「過激ですね!」
「延期しても仕方がない程、予定以上に気合を入れているなら仕方ないさ。僕もそれに対して怒る程狭量じゃない」
成る程、つまり延期やむなしでもそれ相応のクオリティであるなら許す、という事らしい。
「って事は延期しておきながらクオリティが据え置きだったら許さないって事ですね?」
「見栄を張るにしても、自分でこなせる程度にしておくものだろう? 最初に出来ると言っておきながら、後から出来ないなんて言うのは詐欺師のする事だ」
「その通りですね!」
実際、過剰な申告というのは殆ど詐欺だ。
俺はもっとビッグになる男だぜとかこの程度の仕事で収まる女じゃないとか、それを言うならやるべき事を人より素早く終わらせて余った時間でプラスアルファをやってのけてからじゃないと。
正直、通常の仕事だけじゃなく自分の研鑽を怠らない人だけが許される発言だと思う。
……締め切りまでに絶対上げますってのもそういう系だよなあ。
ギリギリのギリまで粘って粘ってからのやっぱり無理でした、というのは他の人に掛かる迷惑も半端無い。
それならば寧ろもうちょい余裕のある段階で言っといてくれという話。
取り返しがつかない段階になってからソレをやる場合、急な臨時として呼ばれる人が大変な目に遭ってしまう。
臨時で呼ばれる人以外でも、それこそ担当者からしたら自分の信用にすら関わってくるレベルの事柄だろうから本当勘弁してほしいんじゃなかろうか。
仕事関係でのこういった物は詐欺扱いされないけれど、詐欺被害にあって大混乱、という表現はあながち間違いでは無い気がする。
「しかし彼女の場合、きちんと的確な日数を提示していた。必要なら周囲の人間に協力を頼み、その上でどうにか間に合わせるだけの力もある。ここで自分の力だけでやろうとしていたら確実に日数オーバーとなり、僕の機嫌を損ねる事になっただろう」
「明らかに誤魔化し切れない大事件が発生するところでしたね!」
「そうだね、血まみれの店内で惨殺死体が二つ分発見されるところだった」
主様はとても穏やかそうな微笑みで言う。
そう言うという事は、食うわけでも無くマジでただ約束を違えた事が不愉快だから殺す、というつもりだったのだろう。
あの人の場合は客の事情に深入りしないのと自身が好むデザインに関する時のテンションといい、自分の興味ある分野以外はどうでも良いけれど自分の興味ある分野に関しては全力、という様子だった。
それが主様の性格と良い意味で合致したのかな。
……もし金目当てで適当やるような人だった場合、服屋で発生した惨殺事件が噂されてたわけか……。
良かった、あの人がガチの仕事人で。
そうじゃなかったら文字通りの大惨事だったぜ。
……そういえばあの人やオッサンの名前も碌に聞いていないな。
まあどうせ今後会うかどうかもわからないし、別に良いか。
もし会う機会があるならその時に聞けば良いだけの話だ。
「……じゃあ、町を出て人気が無くなったら空から行こうか」
「了解です! 合法的かつ一定時間、主様に足蹴にしてもらえますからね! 気合い入っちゃいますよ!」
「どういう気合いの入れ方なんだか」
意味が分からない、と溜め息を吐かれた。
今回特に冷たい視線は無かったが、こちらに視線を向けないままの呆れた表情に興奮する。もっともっと!
「ところでどこ行く感じなんです? まあ私としては足蹴にされる角度で方向指示出してもらうのもご褒美なのでそれでも全然良いんですけど!」
「オートマチック大陸に行こうと思ってるよ」
「あ! 歯車チックな形した大陸ですね! アメリカっぽくて恐らくスチームパンク系だろうトコ!」
「ソレは知らない」
「わあいご褒美です!」
にっこり笑顔で冷たく切り離される時の喜びったらない。
いやまあにっこり笑顔があってもなくても冷たくされてもされなくても、主様というだけで私にとっては喜びポイント常に加算コースだが。
「でもどうしてオートマチック大陸に?」
「一か月もこの町に滞在していたからパレット大陸らしい光景に飽きた、というのもあるが……この間、それなりにキミの足についてを聞かれただろう?」
「聞かれましたね!」
食事処で相席した時とか、広場でぼんやりしている時とかに結構聞かれた。
何なら一人で散歩したいと言う主様を待って適当なところに座ってたらやって来たナンパ男にも聞かれた。
生憎とその男は細身だったので完全無視したら三十分足らずで去って行ったが。
まあソレに苛立って暴言や暴力を放ってこないタイプだったところは良い男だったのだろうが、残念な事に筋肉が足りない。
筋肉が足りていれば多少強引な男でも全然良いのに。
……いや、主様待ってる状態でホイホイ誘いに乗ったらそれこそぶっ殺されそうだけどな!
我ながら誘惑に弱いのがにんともかんとも。
出家してるなら誘惑くらい跳ねのけられるのかもしれないが、私は普通に出家と縁が無いタイプなのでMURI。
私は欲望に身を任せてその場の筋肉を選ぶぜ。何の話だっけ。
「やはり、キミの足は目立つ。そう思ってこの一か月、気が向いた時に普通の足に出来るよう何度か挑戦させたが、ことごとく無理だったし」
「普通に活動する分にはどうにかなりそうでしたけど、主様の冷たい目線一つで一発ダウンでしたね!」
主様の冷たい目線や冷たい言葉、見下すような目や完全無視とかでもアウトだった。
ついつい私が興奮してしまうとあっという間に足の擬態が解けてしまうという惨状よ。
素数を数えて興奮を抑え込んで自制云々とか言うけれど、抑え込もうとしてる時点で興奮してるのは事実なんだからどうにもならん。
そもそも必死に抑え込むよりも常に更新される主様の素晴らしさに心のシャッター押すのが忙し過ぎて自制に割く余裕も無いし。
……うん、我ながら問題はそういうとこだよな!
「だから本格的に魔道具として、良い靴を拵えさせようと思ってね。認識阻害系のでも注文しようと思ってるんだ」
「職人に注文って感じですか!?」
「人間の職人に伝手は持ってないよ」
主様は手をひらひらと振って見せる。
「自称姉みたいに、よく活用するからという理由で事情を知ってる伝手を用意するキメラは居る。拠点を持ってるなら尚更だ。けれど僕はあちこち移動するし、場合によっては平気で数十年立ち寄らないところもある」
ス、と主様の目がどこか遠くを見るように細められた。
「……立ち寄りたくない場所もある事だしね」
そう語る主様は、とても美しかった。
憂うような、何かを思い出すような、けれど思い出したくないような、そんな雰囲気。
神のワンシーンを描いた絵画のような美しさに、うっかり呼吸を忘れてしまうところだった。
いや、忘れていてもキメラの体である以上、別に何も支障はないのだろうけど。
「ともかく、そういった理由で職人への伝手は無いわけだけど、何かを作ったりが好きなキメラには当てがある」
「わ、楽しみです! どんな感じのキメラですか!?」
「……青いのと黄色いの、かな」
「…………それ、キメラ名です?」
「キメラ名なんて基本的にそれっぽくて個体の識別が出来れば良いってだけの代物だからね」
つまり主様としてもこの呼び名はどうなんだろうと思ってるって事か。
まあ、でも、うん、キャラクター名とかで普通にレッドとかブルーとかもあるわけだし、そう思えばそこまで不思議でも無い、のかもしれない。




