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主様好みの服屋



 配られていたパンフレットを確認しつつ、主様は溜め息を零す。

 私も受け取ったが、パンフレットに書かれているのは現在やっている舞台の演目についてだった。



「……今やっている舞台はあまり好みじゃないな」


「私はこの作品知らないんですけど、そうなんですか?」


「盛り上がりどころらしい部分が無いし一つ一つが長くて飽きる。登場人物が多くて場面の転換が多いような作品なら好みだけどね」


「あっ、ソレ私もです! 飽きがこない構成になってるのって良いですよね! まあ演者が良い筋肉してたらどんな内容だろうと演者の筋肉以外が記憶からスッ飛ぶし気付いたら上演時間終わってるんですけど!」


「キミの意味不明な嗜好と一緒にしないでくれ」


「ヤッター! ご褒美です!」



 冷たい目で吐き捨てるように言われるなんてサービスが凄い。

 思わず万歳して喜んだところ、面倒臭そうな目で見られてしまった。もっともっと!



「まったく……()()()の作品ならもう少し飽きない構成になっているんだが、今は()()()の脚本でも無いようだし、見ないでおくか」



 飽きるのがわかっている作品を見る気は無い、と主様は呟く。



「劇作家、ってキメラ名です?」


「ああ。舞台なんかの脚本家をやってるよ。その後内容は小説として出る事も多いけれど、基本的に彼女は凄まじい熱量で作品を作るから、飽きが来ない構成になってる。展開が予測出来る使い古された作品はすぐに飽きるから好きじゃないが、彼女の作品は一つの展開にも深みがあるのが特徴的で好ましい」


「べた褒めですね! 私も気になってきました!」


「まあ内容は別に好みじゃないけれど」


「えっ」


「そもそも僕に好みの傾向が無いからね。使い古されてなくて、今の僕が飽きていない内容であればそれで良い。時間を潰すのに最適かどうかが重要なだけだから、信者が出来る程に完成されていると言われる内容でも、特に思うところは無い」



 言いつつ、主様は小首を傾げる。



「というか、どこに感情移入をすれば良いのかもよくわからないというのが本音だな。展開について既知であればこうなるんだろうという推測は出来るけれど、だからといってその展開になる事で見る側が感動するとかどうとか、そういうのはわからない。親しい者が死ぬシーンで会場の客が一気に泣き始めるあの現象はどうにかならないのかな。劇を見る際、普通に邪魔なんだが」


「さては主様、共感とかの感情が死んでらっしゃる感じですね!? いえそっちの方がマゾ的には興奮するんで良いんですけど!」


「キミの言動を理解しなくて済むとはいえ、それで喜ばれてもね」



 しかし共感が無いというのは、同じ気持ちを共有出来ないという事。

 他人がどうして喜んでいるのか、悲しんでいるのかがわからないという事。

 まあマゾとしては苛まれて興奮しているこちらを見て興奮しより一層苛む、というサドな方も大好きだが、それはそれとして共感力が無い故にただ一方的に苛む事が出来る、という存在も好ましい。


 ……寧ろ天性のものとも言えるのでは!?


 勉強して手術のプロになった人間と、天性の才能で神業な手術が出来る人間はまた違うもの。

 まあ要するにマゾ的には自覚有りの女王様でも無自覚な女王様でもどちらも美味しいというだけなのだが。

 自覚有りのお色気お姉さんも最高だけど無自覚にお色気担当になってるお色気お姉さんも最高だよね、みたいなものだ。

 かつ丼もカレーもどちらも比べる必要が無いレベルで美味しいぜひゃっほい、くらいの感覚だと思う。純粋に美味しいというのは実は一番大事な部分だ。何の話だっけ。



「しかし、舞台を見るわけでも無いなら適当に買い物をしたらさっさと……いや」



 歩いていた主様は、通りすがりにあった店を一瞥して楽しそうに口角を吊り上げた。



「良さそうな店があった」



 言い、スタスタと店に入っていく主様を慌てて追いかける。



「おう、らっしゃい!」



 来店した主様にそう返すのは、筋肉が良い感じのオジサマだった。

 オジサマというよりもオッサンといった風体だが、筋肉が良い。

 プロレスラーのような、程良く脂がのっているタイプの分厚い筋肉をしていらっしゃる。

 酒場とかでガハハ笑いをしながら木で出来たジョッキを傾けビール飲んでそう。


 ……どっちかっていうと鍛冶屋っぽくてこの店には合わない雰囲気だけど……。


 店内は見るからに洒落た内装の服屋であり、やたら繊細な装飾がされている服なんかも置いてある。

 オシャレな女性とか優しそうな女性が居るなら違和感も無いのだが、居るのはガタイが良くて筋肉が素晴らしくて胸毛とかもダンディなオッサン。

 このアンバランスさもまた素晴らしいと言えよう。

 ムアッとした湯気立ててそうなオッサンが綺麗な服屋に居るというアンバランスさ、うーむコレは殆どえっちな世界だな。

 役所の受付さんがエロ衣装着て当然のようにエロいご奉仕するタイプの世界線なエロ本、みたいな空気感を感じる。

 いや全然そんな事は無いけれど、性癖として見れば同じくらいのフェチ度があるはずだ。無い? うっせぇ感じろ。性癖の幅を広げると万物性癖になって良いぞ。まあ私は巨乳と筋肉に偏ってるけどな。



「すみません! いきなりで不躾なのですが、ここは仕立て屋ですか?」


「服屋兼仕立て屋ってトコだぁな」



 ニッ、とオッサンは笑みを浮かべる。



「デザインから仕立てまで、希望とありゃあ応えるぜ。つっても応えられる範囲だけどな。俺はこんなナリだが、その辺に展示されてるような繊細なのもお任せあれだ」



 そう言ってヨダレが出そうな程魅力的な太い指で示すのは、店内に置かれているマネキン。

 マネキンが着ているのは繊細なレースと刺繍が施された、余所行き用のワンピースだった。


 ……うーむ、良いセンスだ!


 あんまり服に頓着するタイプじゃない私だが、これがセンスの良いデザインであるというのはわかる。



「成る程、そうなんですね。では、あちらに展示されているようなデザインも頼めるのでしょうか?」


「あー? あっちは……まあ、出来るけどよぉ」



 主様が指で示し、オッサンが微妙な返答をしたのは、独特な衣装を身に纏っているマネキンだった。

 とても前衛的というか個性的というか、パリコレで考えればまとも寄りでスタイリッシュですねって感じのデザイン。


 ……パリコレ、流行の最先端過ぎて意味わかんねーデザインの時もあるもんな……。


 三百年後の人達がパリコレ知ったら現代人の感性を疑うんじゃないだろうか。

 マリーアントワネットの時代とかでも髪をペガサス盛りレベルで盛り盛りに盛ってたみたいだし、それを現代人はマジかよとドン引きなわけだが、まあ時代ってのは繰り返すものだよね。

 さておき、その服のデザインは襟が立っててノースリーブで胸元がガッバァ開いててでも脇腹は露出しててズボンの方はシンプルで、という、やたらスタイリッシュな服だった。


 ……オーバーオールの親戚か……?


 いや、オーバーオールにしては大変スタイリッシュだけど。

 もうこれはエロゲのえっちなお姉さんとかが着てる服じゃないんだろうか。

 でもマネキンが男だから多分男物なんだよなあ……。



「ではあちらのデザインを僕のサイズに合わせて仕立て直したりもお願い出来ますか?」


「ハァ!? そりゃ出来はするが、正気か兄ちゃん!? 冒険者ってんならともかく、ウチじゃあ冒険者用の加工なんざ出来ねえからただの布でしかねえぞ!?」



 気に入るなんて正気を疑う、ってレベルのモンを展示してる方がどうなんだろう。

 いやまあ、このオッサンとっても素敵にガテンでプロレスって感じのガチに肉厚なムキムキ筋肉だから別に良いけど。

 性癖に一致する部位持ってるってだけである程度なら許せる気するよね。

 顔が良くて良い巨乳だったら多少の粗相くらいは許せるし何ならお小遣いあげたくなるようなものだ。

 お茶零される程度なら寧ろご褒美になるレベル。



「僕はこういったデザインが好きでして、コレに惹かれて来店させていただいたんですよ」


「ああ、まあ、兄ちゃんが良いなら良いんだが……」



 言い、おーい、とオッサンは店の奥へと呼び掛ける。



「お前のデザインをお求めの客来たぞ!」


「え、ウッソ! マジで!? またデザイン画だけってのじゃないよね父さん!?」


「正真正銘お前の客だってよ!」


「よっしゃあ!」



 勇ましい声と共に飛び出してきたのは、華やかさがある顔付きの女性だった。

 二十代前半だろうその子は、町の人に比べて大分垢抜けた感じの印象を持たせる。


 ……いや、この町自体結構しっかりめに発展してるのか普通に都会だけどさ。


 それでもこう、ギャル寄りの華やかさだった。

 近くのコンビニ行くくらいの、というには異国感があるけれど、それでも町の人達はシンプルというか、それこそ冒険者でも無ければ地味な服装。

 それに比べ、彼女は冒険者程では無いにしろ、そしてソレはパーティ用では? みたいな違和感も抱かせない程度の程良い華やかさを身に纏っていた。



「いやあお兄さんお目が高いね! アタシのデザインに目をつけるとは! って、一応聞くけどアタシの客ってお兄さん? それともそっちのお姉さん?」


「どっちもですよ!」



 ニコッ、と主様は好青年の笑みでそう言った。



「僕はこういったデザインが好みなので、是非この服もサイズを調節した上で購入したい! と思いまして! 加えて、こういったデザインの服が他にもあるようでしたらそちらも是非! 買えるだけ買わせていただきたいですね!」


「ッシャア! 見たか親父アタシのデザインはやっぱり好きな人は好きなんだよ! あんだけけちょんけちょんに言いやがって!」


「いや、実際三年は冒険者用のデザイン画しか売れてなかっただろお前」


「時代が追い付いてなかっただけだっての!」



 時代が追い付くというか、主様は前に250歳くらいと言っていたので、多分どっちかというと時代が、うーむいやしかし流行っていうのは巡るしなあ。

 主様のチョイスはわりかし独創的かつ奇抜なのが多いので、尚の事時代が追い付いていないというのも、うん、まあ、わからんではない。


 ……実際、主様の顔面力と神話時代の造形としか思えないレベルで完成されている体があるから似合ってるような服も多いし。


 コレが論外極まりないデブの不細工だった場合、並みの服すら着せるのが可哀相な仕上がりとなるだろう。

 残念ながら私は面食いで巨乳好きの筋肉好きな為、デブや不細工には普通に厳しい。

 いや別にイケメンじゃなくとも男前寄りなら好きだし、男臭くても全然好きだし、そこに筋肉があればヨダレ垂らして侍りに行くけど。

 単純に不潔なデブとかが駄目なだけ。相撲取りはギリギリアウト。私が重要視しているのは体脂肪率の少なさじゃなく、実用的かつ見栄えも最高な筋肉なのだ。


 ……外国のメンズストリップ系なら最高だけど、日本だと細いのがなあ……。


 筋肉はあるけど肉が無いガリ寄り細身ばっかりなので個人的には萎えるのが悲しいところ。

 正直言ってプロレスとかボディビルとかの方がまだ好みの体型だ。

 ボクサーは、うん、肉厚でバッキバキなら好きだが、細いのはちょっと、微妙。

 筋肉がバッキバキである程に、細さがあると残念でならない。

 外国の選手は肉厚で重量があって筋肉の陰影がクッキリバッキリで素晴らしいから、ついつい応援するのは外国勢になりがちだ。何の話だっけ。



「で、お姉さんは?」


「えっ!? あっいや何も考えてないよ!? 親父さんの筋肉分厚くて最高だなーとか男臭い感じが興奮するなとかなんてちょっとしか考えてないよ!? ラシー様がまた新しい衣服を身に纏って素敵な姿を見せてくれるの嬉しいなーとか出来れば体にピッチリする系で筋肉とかその体型を活かす感じのデザインだと嬉しいなとか、あとはキミが巨乳だったら私にとっての最高に嬉しい空間だったなとか、そのくらい!」


「色々言いたい事はあっけど胸のサイズには触れるな!」



 それも()()()()ヤツが! と牙を剥くようにして怒られた。

 うん、つい癖で。巨乳信仰なもので申し訳ない。徹底して信仰してれば貴女もこんなお胸になれるよ。私はなれた。こう言うとヤバい勧誘みたいだな。実際人食いの化け物だからヤバいんだけど。



「えーと、いや、うん、何か悪かったよ。ごめんな。ちょっと脳内で筋肉についてを考えてたもんだから本音が凄くて」


「本音っつったか今!?」



 主様を咄嗟にラシー様呼び出来ただけ私の中ではセーフである。

 本名呼びはまだ許されている気がしないのでやらないが、主様と呼ぶのは、うん、どういう関係なのかっていうアレがソレであんまり人前で呼ぶのはよろしくないかなって。

 私でも流石にそのくらいの判断は出来るのだ。

 幾らマゾとはいえ、周囲への迷惑顧みずに公開プレイする程のド変態じゃない。



「と、ともかくえーっと何の話だっけ!?」


「……アンタはアタシのデザインした服を買うのかって話」



 お胸がささやかというか、人間だった頃の私と同じくらいのサイズである彼女はジト目でこちらを見上げながらそう言った。

 いやまあ、胸がささやかでも垢抜けてる恰好が逆に良い味出しててスレンダーさが綺麗に見えるから良いと思うよ。

 私は自分のスレンダーさがわりとコンプレックスだったから、綺麗とは思っても性癖外だけど。



「ラシー様としては?」


「キミも作ってもらいなさい。代金はしっかりあるし、持っている服はあってもキミ用の服は無かっただろう?」


「えっ? でも服、ありましたよね?」


「キミ用に誂えたものじゃないからね。どうせならここで作ってもらうのも良いと思うよ。キミの場合、コルセットの問題もあるのだし」



 にっこりとした笑顔で、主様は拒否させない圧を纏いながらそう言った。

 オーダーメイドというワード自体が未知に近いが、主様が私にそんなお金を掛けても良いと、そう思ってくれるならば嬉しい限り。



「じゃあお願いする事にします! ってなわけでよろしく頼むよ! ラシー様が好きそうな感じで!」


「その辺は幾つかデザイン作って確認してからな。アタシはアンタらの好みまだ把握してねーし」



 先程のお胸関係のやり取りで客に対する態度は取り払われたらしい。しょんぼり。

 まあ彼女の場合、こういうハキハキした感じが似合ってるから良いのだろうけど。



「とりあえずは既にあるデザイン画なら出せるけど、どうする? 要望あったら新しく描くし。あ、それとマジで仕立てるってんなら両方共サイズ測らせてね!」


「はい、勿論です!」



 好青年の笑みで頷いてから、ですが、と主様は少しばかり憂いたような表情でこちらを見た。



「彼女の場合、コルセットが問題でして……アレは外れないんです」


「外れないって、呪い系?」


「はい、呪いのドラゴンコルセットだったようで」



 待って何ソレ。

 知らない設定が出てきたが、とりあえず私は置物に徹しておこう。

 私が何かを言って良い方向に転がる事ってあんまり無いしな。

 誰かにとっては良い事でも私にとっては惨敗って時もあるが、私が惨敗じゃ駄目なんだよ。



「ドラゴン素材であり、防具になる程のコルセット、ではあるのですが……どうやら呪いが掛かっていたようで、外れなくなってしまったんです。そうなるとやはり、服装のシルエットにも関わってきますので」


「オッケー、今着てるように腹部分が出るデザインにすれば良いってわけね。任せて、そういうの大得意。スカートのデザインや組み合わせ方では今みたいにコートっぽく見せる事も出来そうだし、腕が鳴るじゃない!」


「お前、今の話聞いて思うのソレだけかよ」


「父さんは黙ってて。今アタシの顧客と話してんだから」



 カウンターに頬杖をつきながら呆れた目で言うオッサンに、彼女は真剣な目でそう返した。



「第一、外れない系の呪いなら教会に頼めばどうにかなるし。勿論お金の問題が出て来るし、ドラゴン系のレベル高い装備ってなれば相当な額になるでしょうけど、値段聞かずに買えるだけ買うって言ってる時点でその辺は問題じゃない」



 となると、



「外さない理由があるとか、外さない方が良いとか色々あるんだろうけど、別にそんなものはアタシが服作るのに関係無いし。そのコルセットありきのデザイン考えるのがアタシの仕事。ソレをどうして外さないのか、なーんて気にしても意味が無いったら」



 ひらひら、と彼女はどうでも良いとばかりに手を振った。



「実際そんなもの、人それぞれの体型と思えば大して変わんないしね。人によってはくびれがあったり無かったりだからデザインちょいちょい修正入れる、みたいなもんでしょ。重要なのは今後! 気に入るデザインがあるのか、資金はどのくらいか、何着欲しいのか、そして滞在可能日数はどのくらいなのか!」



 叫び、彼女は腰に手を当て堂々と胸を張る。



「そこ以外に重要ポイントは一っっっっ切無いね!」


「素晴らしいプロ意識ですね!」


「当然!」



 ニコニコ笑顔で拍手を贈る主様に、胸を張る女性。

 うーむ、主様に褒められるとは何て羨ましい。

 カウンターのオッサンだけこの状況に呆れた顔をしていたけれど、それでも筋肉の魅力がブレない辺り、良い鍛え方をしてるなあ。



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