引き渡し完了です
結局一時別行動となったが、町へ入る前に盗賊団を捕らえた主様と合流し、町の関所に立っていた役員らしき人に頼んで引き取ってもらう事となった。
アイン達は全然目を覚まさなかったので夜通し担いだのだが、大丈夫だっただろうか。
ドラゴンパワーなのか三人を米俵のように担いでも全然平気だった私だが、彼らはそうじゃないからちょっと圧迫とかがアレだったかもしれない。
まあでも死んでないから良いか。良いよね。うん、私の中の裁判でオッケーって判決出たんでオッケーって事で。
……暴れられて服が汚れても何だしなあ。
ちなみに主様同様、昨夜の内に私もまた着替えを終えている。
上は白い長袖であり、襟部分は口元まで覆いそうなハイネック。
そのハイネック部分にはベルトを通す用の支えがあり、そこにぐるりと巻かれる形で黒い皮のベルトがセットされ、実質首輪のようになっていた。
そして下もまた白であり、前側は短いけれど後ろ側は長いというテールスカート。
フリルがしっかり使われている上、左右の端にはひらひらした布が飾りとしてつけられている為、本当にヒレみたいなデザインだ。
……デザインとしてはスカートっていうよりもコートみたいなものなのか、足のラインに沿った白いズボンも履いてるけど……。
それはそれとして、こうも真っ白な服なんて今までに着た事が無いので汚れがひたすらに心配だった。
勿論一部白い服を、とかはやった事あるけれども、全身白で固めるなんて機会は滅多に無い事だろう。というか無い。断言出来るレベルで無い。
髪は後ろで一つの三つ編みにされており、その髪留めに使われたリボンにも繊細な飾りがついており、万が一アイン達が目覚めて暴れたら台無しになるのではと結構ビクビク。
抵抗される事よりも、抵抗される事でこの服が汚れる方が怖かった。
……いやまあ、主様はあんまりその辺気にし無さそうだけどさあ!
着こなしとかは気にする主様だが、あとは見栄えと見飽きてないかどうかが重要といった様子。
なので多少の汚れは、まあ、凄く不愉快そうな顔はするだろうけど着替えて終わりになる気もする。
だがそれはそれとして白い服を汚すのはちょっと、という真っ当な感性が私には備わっている為、そっちのアレがソレなのだ。
人間食う事への抵抗はほぼ皆無状態なのに、何でこんな微妙な葛藤が残っているのやら。
「それにしても、結構な額でしたね」
「盗賊団丸ごとだったからだろうね」
結局昨夜の恋愛イベント的なアレについては、どうも急激なテンションの乱高下から発生する気まぐれだったらしい。
普通にあの後の主様はいつも通りに戻っていたし、私に対して好感度が上がったり下がったりした様子も無い。
元々アイン達に「人身売買の対象であると見做された」事にマジギレしていた上、そこに私がトレスの筋肉にミーハーな部分を見せた事で「他人よりも格下と扱われた」かのような錯覚が発生しての暴走だったのでは。
どうも主様は元々貴族だったからなのか、下の者扱いされる、みたいなのが地雷のご様子。
……今の主様を見る限り、もう何にも気にしてないみたいなテンションだもんなあ……。
多分、主様の中でそう判断出来るような事例も全て地雷なんだろう。
正直言って主様から私への好意は無い気がするし。
……ある程度は許されてるけど、犬がじゃれてるなあくらいの温度なのはわかる。
あくまでペットとか使用人とか、そのくらいの認識しかされていなさそう。
そのくらいにしか認識していない相手にすらあんな素晴らしき乙女ゲースチルみたいなイベントが発生するのだから、相当な地雷だ。
まあ自称姉も妹関係になると凄い勢いで暴走していたし、キメラになると強い拘りが発生したりするのかもしれない。
正直他のキメラに関してまだ全然情報が無いから不透明だけどさ。
「しかし、アインだったか。彼は盗賊団団長の弟だったみたいで意外と良い額だったな。他のメンバーもそれなりの値段になったから良かった」
「それにしても、主様ってばよくあんな指名手配書なんて持ってましたね?」
「自称姉の屋敷で諸々を回収している時に見つけた。一部は人攫いに遭っていたけれど、基本的には商人や金持ちの旅人狙いの盗賊団だったからね。自称姉が仕留めた商人の物らしき荷物から出て来たよ」
「成る程!」
指名手配書が無くとも聞こえて来た会話などからアウトなのはわかっていたが、お前らの正体を知ってるぞ、と告げて動揺させる事を思えばかなり有用。
ただ突っ立ってただけの私よりも指名手配書一枚の方がお役目果たしてるってどうなんだ。
……いや、私だって囮としては良い仕事をした気がしないでも無いし、無駄な動きをして主様の電撃を阻害するような事が無かっただけ良いよな!
仮に阻害するような動きをしたところで、主様の電撃なら私ごと仕留めて終わりな気もするけれど。
ままま、私の役目は主様の着替えの手伝いだとかなので畑違いだと思っておこう。
流石に私の役目は主様の肢体を眼球と脳に焼き付けてセクハラしまくる事、だなんてアウト極まりない事を思う程思考回路はパーじゃない。
役目っていうか単純に性癖かつ趣味だしな、ソレ。
「……ところで主様、掘り返すようなんですけど一つ良いですか!」
「掘り返すようなのは好まないけど、何かな」
挙手して問えば振り返らずそう返されたので、私は言う。
「主様って誰かと比べられたり、相手より下に見做されたりが地雷って事で良いんでしょうか!?」
「…………本当に嫌な事を掘り返すね」
ここが人目の無いところだったら殺してたよ、と主様は眉を顰めた。
「まあ、その通りだ。そういう認識をされる事が許せない程に不愉快と感じる。例え相手がそう思っていなくとも」
ス、と主様の目が細められ、その赤い瞳が一瞬にして絶対零度の冷たさを纏う。
「……俺がそう認識するような言動、行動の時点でもう許せない。俺の主観による勝手な解釈だろうと、俺が不愉快と思った事実こそが重要だからな。俺が不愉快に思ったら、それはもう不愉快である事に違いは無い」
「確かにその通りですね!」
その解釈が例え勘違いやすれ違いであったとしても、そう思ってしまったのであれば、不愉快さという事実に変化は無い。
悪意が無くとも嫌な言い方をされれば不愉快になるし、善意からの忠告が的外れに感じる事だってある。
……ふーむ、でもまあ、やっぱり察した通りっぽいな。
私はわりと聡い方だという自覚があるのでこういう推測はほぼ外れた事が無い。
しかしまあ、裏付けが取れたのは良かった。
これでこれから主様に侍る際、主様が不愉快になりそうなら気を付ける、という感じにすれば良いのだから。
……そうわかってても私ってば欲求に正直過ぎるから反射的に何を口走るかわかったもんじゃないけどな!
我ながら筋肉と巨乳には目が無いもので、つい欲望に任せてふらふらと誘い出されてしまうのが難点だ。
いや、主様という至高の存在がすぐ近くに居るから大丈夫だろうけど。
理性が欲望に勝ればどうにかなる。
友人にはお前の欲望ってレベルがカンスト超えた先に居るよなとか意味の分からん事を言われたが、理性だってレベルは高いはずだ。多分。
……まったく、誰の欲望がバグ級の高レベルなんだってんだか!
今まで一度も欲望というものを抱いた事が無いヤツだけが言えってセリフだ。
誰だって多かれ少なかれ欲望は持っているものだろうし、その濃度なんて個人差があるだろうに。
究極を言えば犯罪じゃなければ良かろうよ。
まあ人食いの化け物になった今の私じゃ何言っても説得力無いけどな!
「あ! あともう一つ! 盗賊団をどうやって気絶させたのかとか、その辺聞かれませんでした!?」
「質問は一つだけじゃなかったのかい?」
「今思い出しました!」
正直にそう告げれば、仕方がないとでも言うように溜め息を吐かれた。
このくらいなら許容範囲らしい。
とはいっても主様の主観で判断される辺り、主様自身のテンションでセーフアウトの基準は可変な気がするけれど。
……でも、詳細説明の時、私同行しなかったしなあ。
役員に引き渡した後、主様は役所らしきところへ行ったのだが、私は表で待機となったのだ。
居ても意味が無いと言われ、まあ確かにそうだよなあと思ったので待機していた。
人目があるから主様の残り香を纏った布をくんかくんか出来ないのが辛かったが、待っている間も記憶の中の主様コレクションを眺めていれば時が過ぎ去るのは一瞬だった。
いや、単純に主様が戻ってくるのが早かったのもあるだろうが。
「……そんな事は重要じゃないから聞かれないよ」
溜め息混じりで主様はそう言った。
「あんな人数を捕まえる方法なんて相当重要じゃないんです?」
「重要なのは捕まえる事が出来たかどうか。今後の被害が出なくなり、市民の不安が取り除かれ、盗賊を中々捕らえる事が出来ない兵士達へと募っていく市民からの不信感が払拭されること。どんな手を使っていようと、皆が欲するのは盗賊が捕まったから街道は安全になったという事実だけだ」
「納得しました!」
確かにニュースを見る側だった時の事を思えば、ヤバい事件の犯人がその辺に居るかも、と考えたら超怖かった。
警察に早くソイツを捕まえて欲しいと思ったし、捕まったというニュースがあれば安心した。
どういった経緯で、どういった様子で捕らえられたかは気にならなかった。
重要なのは、犯人が塀の中に放り込まれたかどうか。
……結局大事なのは自分の身の安全だからなあ。
自分の身の安全がどうにもならなかったら他人を心配する事すら出来ないわけだし。
「それで、これからは?」
「適当に歩く」
今のは三度目の質問ではなく本当に単純な会話と認識されたらしく、主様はそう返した。
「ひとまずは買い物と行こうか。良い本に、たまには舞台を見るのも良いかもしれない。それと露店から服屋まで確認するのは当然だが、たまには冒険者用の服屋に行くのも良いか」
一度目ならまだ誤魔化せる、と主様が呟く。
「冒険者用の服屋にはあんまり行かれないんです?」
「冒険者全てが聡いわけじゃないが、一部は聡いからな。無駄に実力がある冒険者と鉢合わせると面倒だ。特に、僕だけなら適当に誤魔化す事も出来るけれど、キミの場合は足が特徴的だからね」
「あっ」
キメラと人間では時間の流れが違い、下手に人間と接触すれば実質不老不死であるのがバレる危険性がある。
勿論誤魔化せはするだろうし、いっその事別人だと言ってしまうのも手だろう。
……でも、纏足の女連れてるって特徴があったら幾ら何でも別人は難しいよな……。
世界には同じ顔の人間が三人は居ると言うけれど、その三人が全く同じ特徴の相方を連れているとは思えない。
冒険者となれば旅をしている人も居るだろうし、こっちはこっちで旅をしているので、同じような店を利用していれば鉢合わせる確率は幾らか上がる。
成る程、確かに一度目ならともかく、二度目以降は誤魔化しが効き辛い部分だ。
「まあでも、最悪食べれば良いですよね!」
「僕もすぐに馴染んだ方だけれど、キミも随分と馴染むのが早いね」
「わあい! 褒められて嬉しいです!」
「……そんなつもりは無かったが、確かに今のは褒め言葉だな」
ふむ、と主様は頷く。
「単純に人間としての人格が残っていないと愚キメラでしかなく、しかし人間としての自我が強過ぎるとキメラとして馴染むのに時間が掛かるというだけだったんだが」
「無自覚でも何でも、私はとっても嬉しいですよ! 主様が主観で不愉快さを感じるように、私は私の主観で嬉しさを感じますからね!」
「へえ」
「見下されるような視線でも嘲笑でも足蹴でも、主様から与えられればそれら全てが性的興奮を伴う快感になるようなものです!」
「僕は元々いい話に感動する性質でも無いけれど、今の例えがこれ以上なく最悪なのはわかったよ」
「例えじゃなくて事実ですよ主様!」
あまり表情変化は無いが、地味に嫌そうな顔を向けられた。
めちゃくちゃ嫌そうな顔に比べるとちょっと不快そうというだけの表情だが、その違いもまた興奮する表情だった。もっともっと!




