本当の事しか言ってないのに
テント越しに、会話は続く。
「でもあの胸あるし、性格がアレでも高値にはなるか? 足は実質障害扱いになるだろうけど、魔道具取り上げりゃ自力で逃げられなくなりそうなのは逆に利点かもしれねぇし」
「売れ行きや値段がどうだろうが、ジージエのヤツは絶対に売りな! アイツ、アタイの胸が小さいだとか言いやがって……足に事情があろうと関係ないね! アレさえ無けりゃあ多少は逃がしてやるなりを考えたが、絶対に許さねえ! 奴隷の扱い最悪でも高値で買い取ってくれるトコに売るぞ! 何が何でもだ!」
「ドゥーエ、完全に私情じゃねえか……」
めちゃくちゃ意気込んでいるドゥーエの言葉に、アインは引きつった声でそう言った。
どうやら貧乳扱いしたのは相当にヤバい地雷だったらしい。
「トレスの意見は?」
「…………俺は、捕まえるだけだからな……」
囁くような声で話すトレスだが、流石はキメラの聴覚と言うべきか、問題無く聞こえている。
「……ラシーの方はどうする……?」
「あー……男は正直あんまり金にならねえからどうでも良いんだが、筋肉あるみたいだし労働用の奴隷として売れるだろ。そうじゃなくともツラが良いからそっち方面でも売れそうだよな」
「本人を売る売らないはともかくとして、ラシーの持ち物は絶対に確保しておきたいねぇ。あのレベルのテントを平気でポンと使ってみせた上、見た限りジージエに持たせてる袋はかなり上等なものだしさ」
「つっても上等な袋だと所有者登録されてるから手ぇ出せねえぞ。……いや、ジージエを人質に取って脅して、持ち物ありったけ出させるのは有りかもしれねえな。出し切ったらラシーも捕まえて売れば良いし」
……見事なまでに作戦会議だよなあ、コレって。
「……あの、主様、この話し声って、つまり」
「人身売買の話だね。僕らをターゲットと認識しているようだよ」
「ですよね!」
「低俗極まりない賊程度がこの俺を値踏みし、あまつさえ売り飛ばそうと考えるとは随分な身の程知らずだがな」
不愉快だ、と主様は静電気をバチバチと鳴らしながら舌打ちした。
私が大分不敬かつセクハラなワードを言おうと辛辣な視線だけで終わる主様がキレてらっしゃる。
……ああ、でも主様、自分が下に見られるような態度や言動嫌うっぽいもんなあ……。
にしても口調が荒れる主様も素晴らしいな。
好青年モードな主様からしか摂取出来ない栄養があるように、キレている時の主様からしか得られない栄養もあるのでとってもハッピー。
どんな栄養かって? 心の栄養だよ心の栄養。不足したら確定死レベルで重要なので積極的に摂取する必要があるくらいには必須栄養素。
いやあ、主様が生きているだけで健康になれちゃうなあ。
まあ健康云々以前にキメラは殆ど死体だけどさ。
「えーっと、そうなると、どうする感じです?」
「食い殺す、と言いたいところだが」
鋭い光を灯した目は細めたまま、主様は口の端を吊り上げた。
「引き渡せば金になるから、そっちにしようか。その方が良い」
そう言いつつ、主様は小首を傾げるようにして首を鳴らし、椅子から立ち上がりテントから出る。
ブラッシングはもういいらしい。
「で、いつ頃を狙うんだい?」
「寝静まってちょっと経ってから、だな。ラシーはデカいし筋力もある様子だったからトレスが抑え込め。俺らはジージエの方を迅速に確保して人質に取る。魔道具奪えば自力で逃げ出す事も出来なくなんだろ」
「…………魔道具まで奪って、良いんだろうか……」
「変に暴れるヤツはどうせ足の腱を斬る必要があるんだし、ソレと変わらねえよ。なによりジージエも随分と背が高ぇ分、油断ならねえ。下手な暴れ方される方が面倒だ」
「……わかった……」
「それじゃあ、こっちも明かりを消して寝たように見せかけるか。その方が油断を誘いやすいし」
「だな」
そんな話し声が聞こえるテントに向かい、主様は好青年の笑みを張り付けたまま声を上げた。
「夜分遅くに申し訳ありません! ちょっと聞きたい事があるのですが今大丈夫でしょうか?!」
「うおっとぉ!? いきなり大声でどうしたマジで!」
まだ寝てねえんだしそうも大声出さなくても聞こえるっての! とアインが慌てた様子でテントの扉代わりとなっている布を捲って顔を出す。
「それで、どうした? この辺の特産品やら安くて良い宿でも聞きに来たか?」
「いえ、そうではなくて」
主様はにっこり笑顔のまま、こちらに顔を向けた。
ちょいちょいと手招きをされたので近付けば、主様は私の腰にセットされている袋へと手を突っ込み、中から日焼けしている紙を取り出す。
「ここに来る前に手に入れた、盗賊の指名手配書なのですが……心当たり、ありませんか?」
「…………へぇ」
スゥ、とアインの目が細められる。
温度を失くした、蛇のような鋭い目でアインは示された紙を確認した。
「若い三人組で、細い男女とデカい男ってのが特徴、なあ。盗賊の上に人身売買までしてるだなんて随分と物騒じゃねえか。しかもこの辺りに出没、ってのは」
「心当たりは?」
「…………」
笑みを崩さない主様に対し、アインもまた、ニッコリとした笑みを浮かべる。
空に浮かんでいた月が雲に覆われ、その顔に不穏な影を落とした。
「風よ吹き抜け 光を落とせ 暗闇呼び込み 夜に飲み込め」
アインの口から早口でそう唱えられると同時、あちらとこちら、二つのテントから光が消える。
周囲に街灯も無い状況下であり、丁度月が隠れた事もあって、いきなり光が消えたとなれば視界が閉ざされる事だろう。
……普通なら、それで通るんだろうけどなあ。
残念ながらこちらは暗闇も普通に見えるおめめを持った人食いの化け物なので、突然の目くらましに動揺するような人間らしさは持ち合わせていない。
周囲が暗闇に包まれた直後、アインは私の方へ、そしてアインの後ろから出て来たドゥーエもこちらに襲い掛かり、最期のトレスは主様の方へと向かうが、
「閃光弾けて 眩く照らせ」
「ぐぅっ!?」
主様の放った魔法の光が、閃光として一瞬弾けた。
それにアイン達は怯むも、流石にそういった反応をされるのに慣れているのか片目は閉じたままだったらしく、一瞬ぐらつくもすぐにこちらを見据えて動きを再開する。
が、
「旅人が魔物や賊対策をしていないと思うんですか?」
主様の放った複数の魔石、否、魔法を仕込まれた魔法石が閃光を走らせる。
ソレは先程のように鮮烈なだけの光とは違い、迸る雷撃だった。
・
雷撃が直撃した事で気絶した三人を縄で縛り上げた主様に、私は問い掛ける。
「あの、さっきの魔法石って?」
「黄色の魔石に雷系の魔法を仕込んだものだよ。普通に魔法の振りして放った場合、属性から人間では無いとバレてしまう。それなら魔法石で放った方が良い。僕の電撃では手加減出来ず塵にしてしまうかもしれないし」
「威力が桁違いって事ですね!」
「まあ、雷系の魔法石というだけで珍しくはあるんだけどね」
効果が強い程に高値だから、と主様はテントを畳みつつ言った。
ちゃっかり彼らのテントも回収している辺り抜け目が無い。
「一般的な雷系の魔法石は、軽く痺れさせる程度。意識までは奪えないから、隙を作って逃げる為だけのものだよ」
「複数使ってましたよね? あと、あの、暗闇でも見えるからわかりましたけど、高価な魔法石にしては色薄くないです? アレって薄い味する魔石の色してましたよ?」
「おや、きちんと学んではいるようだ」
パチリ、と主様は驚いたように目を瞬かせる。
それはとてもわざとらしい驚き方だったけれど。
「実際、アレは本当に痺れる程度の魔法石だよ。複数放ったのは複数人相手だから。弱い魔法石だと、一つで一人に軽い驚きを提供するくらいしか出来ないからね」
「驚き」
「火の魔法石で言うなら、弱い魔法石だと一瞬燃える程度、って言えばわかるかい?」
「成る程驚きレベルってそういう!」
目の前でフランベされたら驚くよね、みたいなアレだ。
確かに一瞬であるなら、うっかり燃え移らない限り「ウアッヂィ!」と叫んで終わる。
……いやでも、野生動物や魔物相手ならソレで撃退は出来るわけか。
撃退用のスプレーみたいな扱いなんだろう、多分。
「ちなみにその程度の魔法ならそこらの石にも仕込めるけれど、一回使ったら砕け散るから仕込みが手間。魔石なら何度か使える分、仕込む手間も妥当と思えるんだがね」
「いざって時には助かるけど日常使いするにはコスパ悪いタイプのヤツですね!」
じゃあ、と私は首を傾げる。
「さっきの魔法石でアイン達が気絶したのって、やっぱり主様の電撃ですか?」
「見えたのかい?」
「いえ、正直一瞬何か光ったなってくらいでした! というか下手に動いて良いのかわかんないから何か言われない限りとりあえず大人しくしとこうと思って捕まる気満々でしたし!」
「その方が囮としては都合が良いけれど、積極的に捕まろうとされてもね」
「私も出来れば捕まるならトレスの方が嬉しかったですね! 主に筋肉面で!」
「黙れ」
「はい!」
突然静電気を纏う程機嫌が悪くなった主様に睨まれたので、慌てて敬礼しつつそう返す。
殺気のこもった目で睨まれた事にマゾ心が刺激されて表情が緩んでしまった気がするが、うん、まあ、多分取り繕えてるだろうからセーフ!
友人にはお前の表情いつでも雄弁だよなって言われたけれど、私だって日本人の端くれとしてポーカーフェイスくらい出来るのだ。
……トランプじゃ表情で全部わかるとか言われて負ける率は高かったけどな!
アレは友人達の運が良過ぎただけだと思う。もしくはイカサマ。奢りが掛かってる時にやるトランプ系は勝てた試しが無いのを今思い出した。
もう文句も言えないけれど、アイツら私と仲良く出来るだけあって中々にアレだったな。
「……さて、それじゃあシキ」
「えっ、今主様私の名前呼びました!?」
しかもしっかりと本名の方!
「そんなどうでも良い事よりも、お前は彼らを連れて道なりに歩いて町まで行け」
ピシャリと冷たく言われてしまった。
「僕は彼らの本拠地に向かって他の奴らも確保してくる。下手に恨まれて追いかけられても面倒だからね」
「私がこっそり主様から逃げるとかは思わないんです?」
「これまでの態度や言動からすれば、僕から逃げるというよりも目の前にぶら下がっている餌に釣られそうだ、と思うかな」
「否定出来ない!」
「他は随分と都合が良いのに、そこだけが気に食わない」
「あだっ」
ガッ、と無造作に前髪を掴まれ上を向かされる。
何本か毛が抜けた気がするが、まあ髪の毛も再生するようなので問題は無い。
それよりも何よりも、目の前に主様のご尊顔が存在していることの方が重要だ。
……月明かりの下で影が掛かってる主様超格好いい……!
アイン達の前に出る際に人間姿へと擬態していたが、何故か今は、目だけ擬態が解けている。
黒に浮かぶ真っ赤な目がこちらを睨みつけていて、何だか二人だけの世界みたいで照れてしまう。
……傍から見たら完全に脅しかカツアゲ現場の図だろうけどな!
そう思いつつドキドキしていれば、主様は不愉快そうに眉を顰めながら、ずい、と顔を近付けた。
「この俺よりも、優れた者が居るとでも?」
「まさか嫉妬とか独占欲とかですか……!?」
「飼っている駄犬が飼い主以外に尻尾を振る上、他人について行きそうになっている事に苛立っている。まるでこの俺よりも優先すべき相手が居るかのような態度も不愉快だ」
「一切揺らがず殿堂入りしてトップ独占してるのは主様ですよ!」
そこは間違いないです! と私は叫ぶ。
「そりゃまあ良い筋肉見かけたら顔埋めたくなるし匂い嗅ぎたいし触りたいしセクハラしたいしエロい事して色んな顔とか反応見たいなーとか思いますけど! 多少乱暴に扱われたり粗雑な対応される方が興奮したりもしますけど! ゴリゴリな筋肉の持ち主にちょっと来いとか言われたらホイホイついて行っちゃいますけど!」
それでも、
「それでも不動の一位は主様です!」
そう、そこは一切揺らがない。
「殺される度に興奮するし足蹴にされる時なんてそのまま快感として認識するし冷たい視線も言葉も腰にゾクゾク来るし今この瞬間も最高に興奮するし着替えの時なんて裸の主様に性的興奮のまま暴走して襲い掛からないよう必死になるくらいには主様が大好きですよ! そりゃあもう大好きです! 主様に本気で嫌われて今後の関係性無くなるのが嫌だから理性的に耐えてますけど、私が理性的じゃなかったら今すぐにでも主様のお尻に顔埋めて深呼吸してますね!!」
「……俺の所有物でありながら俺以外にすり寄ろうとするのは不愉快極まりないが、それはそれとして、真正面からそこまで言われると気持ち悪さが酷いな……」
本気で嫌そうな顔をされて前髪から手を離された。
え、恋愛イベントでの正直な告白タイムかと思って全力の告白をしたのに何故好感度が下がった?




