至福のお着替えタイム
最初に案内された部屋は、家具という家具が無残な程に壊されていた。
「……見なかった事にしてください。他にも客間はありますから」
真顔で扉を閉めた妹猫は、顔を伏せて眉を顰める。
「チオンさんを叱っておかないと……」
「チオン?」
「デストルクシオンです。長いのでチオンと呼んでいますが……その、混ざっている魔物の影響で、頻繁に物を壊す癖がありまして」
いえ、物を壊すのはシープさんもですけど……。
そう言って妹猫は疲れ果てたように溜め息を零した。
「お姉ちゃんはそういう子を叱らないし、っていうかお姉ちゃん呼びしないって部分くらいしか叱らないんですよ。でもお姉ちゃんは妹を構うのを優先するから壊れた物とかは気が向いた時にしか処理しないし、そうなると危ないから私がついついやっちゃうしで……」
「苦労人だ……」
「そんな事はどうでもいい」
主様の発言は流石の切れ味だった。
「僕はキミの不幸だの愚痴だのを聞きたいわけじゃないんだよ、妹猫」
「……そうですね、すみません。変態さんが真面目に聞いてくださるので、つい。他の妹達はコミュニケーションがほぼ不可能ですし、お姉ちゃんもアレなのでついテンションが上がってしまいました」
「主様が不愉快にならないレベルなら私は話し相手が居るの嬉しいぞ! 色々話聞いてて楽しいし! でも主様からの冷たい視線は私だけに向けられたいので今ちょっと嫉妬しそう!」
「やかましい」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
「わーい褒め言葉です!」
二人から冷たい目線を向けられてとってもハッピー。
冷たい温度と苛立ちが見える主様の目を向けられていたのが羨ましかったけれど、これはこれでヨシ。
主様から向けられた今の目は冷たさ百パーセントで苛立ちが足りないが、まあ今後そういう目を向けられる機会もあるだろうから気長に行こう。
・
次に案内された部屋は、今度こそちゃんとした部屋だった。
色合いやデザインが子供向けなのは相変わらずだが、ベッドは主様が横になっても大丈夫だろうサイズなので一安心。
明らかに子供部屋だろうデザインなので、主様でも余裕なサイズのベッドというのは視覚的にちょっと違和感が凄いが、うん、まあ主様の不愉快値がうなぎのぼりじゃないだけヨシとしよう!
「相変わらずの内装なのが不満だが、まあ良いか。一刻も早くこの服を着替えたい」
言いつつ、主様はただでさえ胸元が見えるくらいの位置にあったジッパーを躊躇いなく下ろす。
チラ見えレベルだった腹筋が大胆にもお目見えして、バッキバキに割れている故の陰影に思わずヨダレが出そうだった。
バッキバキの筋肉からすると視覚的には体温高そうに見えるのだが、実際は結構ひんやりした体温なのもまたグッド。
触れるまでのイメージと触れた時の感覚が思ったより違うので、その新鮮さがまた興奮を強めるのだ。
気痩せする女の子が案外脱いだら凄くてウッヒョヒョヒョとテンション上がるあの感じと言えばわかるだろうか。正直あのレベルで興奮する。
「では、何かあったら呼んでください。倉庫は諦観者さんが前に来た時と同じですし、大体その周辺なので適当に室内を確認すればわかると思います」
「え、自由に見て回って良いの?」
「見られて困るものも、持っていかれて困るものもありませんから。他の妹達とのコミュニケーションは諦めた方が良いと思いますが……まあ、コミュニケーションが完全に取れないわけではありませんので、どう対応するかは任せます」
それでは私も着替えてきます、と言って妹猫は部屋を出て扉を閉める。
つまり室内には主様と二人っきり。
加えて主様はジッパーを大胆に下ろしたツナギ姿という最高に欲情を誘う状態。
「主様!」
「何かな」
「お着替えお手伝いしても良いですか!?」
「するならさっさとしてくれるかい?」
何を今更、とでも言うような苛立ち混じりの目で睨まれた。
しかしその視線自体がご褒美な上、するすると脱がれていくツナギ、そして増えていく肌色面積にテンションが凄まじく上がっていくのがわかる。
一枚脱げばそれで終わるというのもあって、凄まじい数秒間だった。
ライダースーツの似合う女スパイがライダースーツを脱いで全裸になる時のあの興奮を思い出す。
「…………着替え」
「あっハイ着替えですね今すぐにはい! 主様の筋肉とか体とかが素晴らし過ぎて意識飛んでました!」
「僕を待たせないならソレで良いけれど、ヨダレは拭いた方が良いと思うよ」
「ビャッ、違うんですそんな不敬な事考えたとかじゃなくてでも違わないですすみません! 主様のその素晴らしい腹筋めっちゃ舐めたいとか思ってました!」
知らない内に垂れていたヨダレを拭きつつ正直に弁解したところ、思いっきり蹴り飛ばされた。
壁にぶち当たって物理的に弾けるも、数秒足らずで回復する。
そうして身を起こせば、主様は物凄く不快そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「聞いていないし聞きたくもない」
「わあいご褒美です!」
その冷たい視線も低い声も先程の一撃も全てがご褒美過ぎる。
そう思って万歳しながらひゃっほいと喜びつつ歓喜を告げれば、主様は嫌そうに顔を歪めた。
別に害はないけれど小さい虫が無断でベッドの上に居るのを見て物凄く不快という時のような目に、腰からゾクゾクとした快感がのぼってきた。
……いやもう本当、自称ドSとかほざくようなのよりよっぽどサービスが良い……!
自称ドSとか言うヤツは単純に自分の要求を押し通したいだけであってサドでは無い。
一方的ないじめとサドのサービスは違うのだ。
いやまあ主様は大分一方的だし普通の視点で見れば暴君な感じだけども、自称ドSみたいに振り切ってない中途半端な野郎とは全然別物。
その辺は色々と厳しいのである。
基本的に性癖は巨乳好きで固定だし色んな巨乳にひゃっほう出来るけどこのタイプの巨乳とこのタイプの巨乳は苦手だし何ならこういうタイプによく見られる乳首の描き方も苦手です、みたいに微妙だけど譲れない匙加減とか、ああいう繊細なものが性癖には存在するのだ。
いやもう本当重要だぞコレ。
「……早く着替えを用意してくれるかな」
「はい今すぐに!」
持たされている袋から、着替えを出す。
とりあえず中に入っている服を引っ張り出して、ソレを見た主様が眉を顰めるか顰めないかが重要だ。
眉を顰めた場合、今はその服を着る気分じゃないという事。
……あと単純に組み合わせだな……。
私はわりと着る事が出来ればそれで良い派なので、視覚的な満足感を重視する主様の判断を優先した方が良いだろう。
友人にも一度だけ、その柄の組み合わせは目くらましに使用する以外の用途がねえだろと言われたレベルで私のセンスは信用ならない。
それ以来無地をメインにした無難な組み合わせにしていたので、主様が好む変わったデザイン系の組み合わせはお任せするのが英断だ。
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着替え終わった主様は、部屋に置いてある姿見を見て満足そうに頷いた。
上は青い色の立て襟シャツであり、手首側が少し膨らんで裾の部分がヒラヒラしているデザインとなっている。
首のところには貴族が付けるようなヒラヒラ、主様曰くジャボというものがアクセントに。
下は薄い色をしたハイウエストでタイトなラインのズボンに、シンプルな黒いブーツ。
仕上げに黒い手袋を嵌めれば、品の良い青年が一丁上がり。
……いやめちゃくちゃ気痩せするな?
横から見ると筋肉のソレとわかる厚みがあるが、一見しただけでは普通に上品な貴族に見える。
比較的ラフな格好の、お忍びのつもりだけどお忍びになりきってない感じの貴族っぽい。
背の高さもあるというのに、何だろうこの完成された感。
……姿勢がやたら綺麗だったり仕草がところどころ丁寧だったりする辺り、良いトコの生まれなのかなあ。
まあ生まれが良くても悪くても興奮材料になるのでどちらでもヨシ。
主様というだけで関係する全てに価値が発生するものだ。
着替えを手伝う際、その魅力についうっかり欲望が勝っちゃって三回程殺されたが、それも致し方ない程に魅力的なのでヨシとする。
寧ろご褒美と言えよう。
「ああ、そうだ。キミも着替えるように。キミのその服も見飽きた」
「了解です!」
敬礼しながら即答すれば、主様は何かを思案するような目で、静かにこちらを見つめ始める。
「……あの、主様?」
「ああ、いや、随分と聞き分けが良いなと思ってね。前に作った眷属は、何故頻繁に着替えるのかを聞いてきて面倒だったから」
「まあ正直言って結構な頻度での着替えだなとは思いますが、主様のお言葉ですので!」
気になっているというよりは単純にふと浮かんだだけの感想なのだろうその言葉に、私は拳を握ってそう答えた。
「着替えがあり、着替えろと言われた。主様の命令である時点で私としては喜びながら従うだけですし、それを拒否する理由もありませんからね! 寧ろ進んでやりますよ! 何なら主様のお着替えを手伝える事で超至近距離で主様の裸体を見れたり、私の着替えを主様の目の前でやる事で合法的な露出プレイのような快感を得る事すら出来る! こうも最高な状況を前にして抵抗するなんて選択肢はありません!」
「……血を多く分けたとはいえ、本当にどうしてそう意味不明な発言と思考をするんだか。忠実なはずなのに不遜な部分があるのも不思議だ」
「そんな褒めないでくださいよ主様ってば! 照れるじゃないですか!」
「褒めてない」
良いから着替えろ、と溜め息を吐かれた。
その冷たい視線もご褒美です!




