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赤のキメラは今日も主様に興奮してます!  作者:
他キメラとの交流
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妹猫と呼ばれる前



 私は元々、祖父と両親との四人暮らしでした。

 住んでいたのは小さな村でした。

 小さいけれど皆が仲良しで、人見知りの私でも、名前やお顔を知っている方が多い村。

 村全体が家族のような、そんな村でした。



「おお、ビラロ。今日は随分と寝坊したのう」



 美味しい食事を作るお爺ちゃん。

 白いお鬚がふさふさしてます。



「ビラロ、寝癖がついているぞ。そら、髪を結ってあげるからこっちへおいで」



 お爺ちゃんと一緒にご飯のお店をやってるお父さんは、聞き上手。

 低いけれど優しい声で、私を大事にしてくれます。



「ねえねえビラロ聞いて聞いて! 今日ね、村に旅人さんが来たのよ! 綺麗な人でね、小説の取材に来たんですって!」



 きゃあきゃあとはしゃぐお母さんは、村の人気者。

 頼りになる人だけど、時々私よりも子供っぽいです。



「…………ああ、どうも。ここは他のところと隔たれていて、良いところですね。大変参考になります」



 そして、村が壊れる前にやって来た小説家さん。

 青白い顔でか細くて、風が吹いたら今にも吹き飛ばされそうな人でした。

 村が壊れる前の、楽しかった、いつも通りだった日常。

 一番近い記憶では、お爺ちゃんとお父さんが開いているお店で、小説家さんがコーヒーを飲みながら外を眺めている様子が印象的でした。

 お爺ちゃんは昔からのお友達だという村のお爺さんお婆さんとテーブルに座って話してて、お父さんはそれを見て微笑みながらお皿を洗っていて、お母さんは村の奥さん達ときゃあきゃあ言いながらお話してて。

 私はお店の全体が見える特等席で足をぶらぶらさせながら、絵本を読んでいました。

 それが、平和だった最後の記憶。

 楽しかった最後の記憶。

 それからひと月も経たずに、村は致死性の高い流行病によって滅びました。





 最初は、ご老人達の具合が悪くなる程度でした。

 でも、だんだんと寝込む人が増えていきました。

 外で遊ぶ子供が減っていきました。

 私は元々お家で本を読むのが好きだったし、外へ出ても拾った枝でお絵描きをするくらいでした。

 だから、お店にお客さんが居ないのが寂しくて、家族が暗い顔をしているのが心配でした。

 それだけでした。

 私は幼くて、他の人から話を聞いた両親は、私に聞かせないようにと笑顔で何でも無いよと告げました。

 だから私は、知りませんでした。

 村で沢山の人が死んでいるだなんて、私は知りませんでした。

 お隣さんの、三か月前に生まれたばかりの赤ちゃんが死んでいました。

 お向かいのご夫婦は、奥さんが死んだ二日後に旦那さんも死んでいました。

 お爺ちゃんのお友達が死んでいました。

 お父さんのお友達が死んでいました。

 お母さんのお友達が死んでいました。

 私のお友達も、死んでいました。

 でも、私は知りませんでした。

 知らないまま、ずっと寝込んでいるお爺ちゃんを心配していました。

 ずっと寝ているのは退屈だろうから、絵本を読み聞かせてあげました。

 両親は熱が伝染ってはいけないからと遠ざけましたし、こっそり忍び込めば、お爺ちゃんに叱られました。

 でも、でも、私は知らなかったし、寂しかったし、退屈でもあったので、何度もお爺ちゃんに絵本の読み聞かせをしていました。



「……そうね、どの道、私達はもう逃げられないから、後悔の無いようにしましょう」


「……ああ」



 お母さんとお父さんがある日そんな事を言って、お爺ちゃんのところへ行くのをとめなくなりました。

 私はお外へ出てはいけないと言われていたので、何も知らないままでした。

 村の半分以上が死んでいたのも、知りませんでした。

 でも、ある日、お爺ちゃんが息をしていなくて。

 お母さんの具合が悪そうで。

 お父さんは、酷く悔しそうに泣いていて。

 私はそれでも、何かがおかしいと思うだけで、何も知らないままでした。



「あの小説家だ! アイツが病気を持ってきたんだ! そのせいで親父も、お前も……!」


「駄目よ、そんな事を言っては。あの人はただ、一週間くらいここで取材をしていただけ。それだけなのよ。ねえ、そんな事よりも、ビラロをお願いね。あの子、貴方に似て溜め込んじゃう性格だもの」


「……お前に似て、意外とハッキリ言う時は言うぞ」


「あら、流石は私達の子ね」



 お母さんが寝たきりになった時、お部屋の中から、そんな会話が聞こえてきました。

 その時には、私もうっすらわかっていました。

 村に病気が蔓延していて、お爺ちゃんはそれで死んで、お母さんもそれで苦しんでいて、村の人達が沢山死んで、そして村の人達は、あの小説家さんが病気を持ってきたと噂していること。

 小説家さんは一週間で立ち去って、間もなくしてお爺ちゃんが寝込みました。

 本当に小説家さんが原因なのかは、もうわかりません。

 わかるのは、お母さんが冷たくなっていて、もう何も言ってくれなくて、お父さんの顔色が酷く悪い事だけでした。

 お父さんは私を抱きしめました。



「せめて、お前だけでも……!」



 私は、自分に出来る限りの看病をしました。

 でもそんな事は何の意味も無くて。

 お父さんの手を握りながら眠ってしまって、起きた時には、もう冷たくなっていました。

 私はどうしたら良いかわからず、お家の扉を開けて、外に出ました。

 もう誰も、お外に出てはいけないよと止めてくれません。

 お外に出て、私は家の前に座り込みました。

 村の中は、見た事も無い村に来たみたいに、見覚えのない光景になっていました。

 誰も人が居なくて、閑散としていて、人の気配が無いのです。

 時々痩せっぽちの小さい子が、どこか見覚えがあるような無いような子が、誰かの家に入り込んで、パンや干し肉を咥えて出ていくのが見えました。

 私と同じように家族を失った子供が、生きる為に、他の家にある食べ物を勝手に拝借していたのでした。

 そう、もうすでに、誰も居ないお家の、放置されるだけの食べ物を。





 私は何日も、ぼんやりと家の前に座っていました。

 家の中にある食べ物をもそもそ食べて、寝る為にお家の中に戻ったりして、でもやっぱり、起きたら家の前に座るのです。

 家の中に居たら、お爺ちゃんとお父さんとお母さんが生きていた、あの温かい時間を思い出してしまうから。

 それはとても寂しくて、苦しくて、まだ受け止める事は出来なくて。

 だから私は、ぼんやりと座っていました。

 村から人の気配が消えるのを、早くに家族が死んでしまったのか、痩せっぽちになった子供が、具合悪そうに足を引きずっているのを見ました。

 その子は他の人の家に入って、出てきませんでした。

 私は見に行きませんでした。

 きっとその子も冷たくなっていて、ベッドの上から移動させる事も出来ず、腐り始めているお父さんと同じになっているはずですから。

 私が家の中に居たくないのは、それも理由の一つでした。

 お爺ちゃんとお母さんが眠っているお庭に、お父さんを連れていけなかったのです。

 だからお父さんはベッドの上で眠ったまま、腐っていきます。

 倉庫にあるお野菜と同じように、腐っていきます。

 寝顔にしか見えないお父さんの顔が崩れていくのが怖くて、記憶の中で笑っているお父さんの顔も腐っていくのが恐ろしくて、私は外を眺めていました。

 いっそ置いて行かれる前に死んでいたらと思いながらも、それでも私は生きていました。

 だってきっとお父さんは、せめてお前だけは生きていてくれと願ったはずですから。

 でもお父さんは、そう言いませんでした。

 生き残るのが辛い事だって、お父さんはわかっていたのでしょう。

 それでも私は生きていました。

 お腹が空いたら苦しいし、自分で死ぬのは怖いからです。

 村に蔓延している病気が私を殺すのはいつになるんだろうと思いながら、死にたくないと思いながら座っていたら、知らない内に、女の人が立っていました。

 白い髪に黒い髪が混ざっているお姉さんでした。



「わあ、可愛い女の子! 妹にしちゃいたい! ねえねえ、お姉ちゃんって呼んでみて!?」



 何だろうこの変な人。

 最初に思ったのは、それだけでした。

 次に思ったのは、旅の人なのかな、という考え。



「……お姉さん」


「あーん、お姉ちゃんって呼んでみて! ね?」


「……お姉さん、ここは病気が流行ってるから、早く出た方が良いですよ。皆死んじゃいましたから」


「それなら大丈夫! 私はもう病気にならない体だからね!」



 その人は自信満々に胸を張って、えっへんと笑っていました。



「それよりもほらほら、お姉ちゃんって呼んでみて! 私、貴女みたいに可愛い妹が欲しいんだ!」


「どういう事ですか……」


「連れて帰っちゃいたいくらい可愛いってこと!」



 可愛げも無い反応だろうに、その人はにこにこと笑っていました。

 そんな温かい笑顔は久しぶりで、私は何だか、泣きそうになりました。



「ねえ、ここに座っているだけなら、私と一緒に来ない? 私の妹になってよ! 私の妹になったら欲しいものなーんでも用意してあげる!」


「……何でも?」


「うん! ご飯でもお洋服でもベッドでも、なーんでも!」



 何でもって言っても、家族は用意してくれないんですね。

 そんな無茶な事を思って、何故だか私は笑っていました。



「笑ってるって事は、良いって事かな!?」


「……あなたが、私の家族になってくれるんですか?」


「私が貴女のお姉ちゃんになるってことだよ!」



 その時、私はその人が家族では無くてお姉ちゃんという事を強調した理由はわかりませんでした。

 ただ、私は寂しくて。

 向けられる笑顔が離れがたくて、差し伸べられた手に、思わず自分の手を伸ばしていました。



「…………私、私も、病気になっているかも、しれなくて」


「大丈夫、私の妹になるなら、もう病気になんてならないよ」


「寂しくて」


「お姉ちゃんがずっと一緒に居てあげるし、他にも妹が居るから寂しくないよ」



 もう大丈夫だよ、とその人は私を抱きしめてくれました。

 私は彼女の肩に顔を埋めて、泣きました。

 お父さんが冷たくなった時にも泣けなかったけど、その時初めて、大声で泣きました。



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