ヤバい自称姉
カタカタ、と妹猫の身が小刻みに揺れている。
「……ス、」
「お姉ちゃんって呼ーんで♡」
貼り付けているわけでは無いのだろう、にっこりとした素敵な笑顔。
それに加えて蜂蜜でも掛けたかのような甘い声。
だというのに、妹猫の怯えとその首に掛けられた手が、凄まじいまでに不穏な気配を放っていた。
「お、ねえ、ちゃん」
「うーん! 良く出来ました!」
んーちゅっ、とその女性は妹猫の首から手を離し、にっこにこの笑顔で妹猫の顔へとキスの雨を降らせている。
「もー、お姉ちゃんの事をお姉ちゃんって呼ばないなんて駄目だよ? お姉ちゃんの事は、ちゃんとお姉ちゃんって呼ばないと!」
「……でも」
「ビラロちゃん」
躊躇うように視線を逸らした妹猫に、女性は笑みを浮かべたまま、笑っていない目で妹猫の顔を覗き込んだ。
「貴女は私の妹なの。妹は姉の言う事を聞くものだよ。一切の抵抗、反抗は許されない」
凝視するような目付きでそう言った女性は、その青い目をゆるりと笑みの形へ変化させる。
「ビラロちゃんだって、痛い思いはしたくないでしょ?」
「……は、い」
「うん! 聞き分けが良い妹でお姉ちゃん嬉しい! 妹はやっぱり言う事を聞く妹じゃないとね!」
にっこー! と輝くような良い笑顔だが、対極的に妹猫の顔色は心配になる程青褪めていた。
虐待児が現状から逃げられない事に絶望してるかのよう。
いや、何か、今のやり取り聞くだけでも大分そういう感じの空気だったけど。
「……あ、主様? こちらのおっぱい大きめな女性は」
「わざわざその注釈が必要だったとは思えないが、まあ良いか」
さらりと流し、主様は女性に呼びかける。
「自称姉、そっちの話は終わったかい?」
「うん! いつでも私の妹は可愛くって嬉しくなっちゃうよね!」
「無理矢理言う事を聞かせておいて?」
「え? だって妹は上に対して絶対服従が決まってて、絶対に反抗が許されない存在でしょ?」
それの何がおかしいの? とばかりに自称姉と呼ばれた彼女は首を傾げ、くるりと巻かれたサイドテールを揺らした。
白い髪にちらほらと黒髪が混ざっていて、何だかまるで虎みたいだ。
青色に塗りつぶされたような目は、肉食獣らしく無いけれど。
「っていうか諦観者ちゃん! 私の事を自称姉って呼ぶのはやめてってば! 自称も何も、私は妹がたっくさん居る正真正銘のお姉ちゃんだよ!」
「適当に好みの少女をかどわかすなり奴隷商から買うなりして増やした妹でも?」
「血の繋がりなんて無くても、妹は妹だからね!」
えっへんと自称姉が胸を張れば、豊満なお胸がぼいんと揺れた。
うーむ、眼福。
主様の豊満な雄っぱいと呼べる胸筋も最高に素晴らしくて比べ物にならないレベルだけれど、やはり女性の豊満なお胸というのはまた別の満足感が発生するな。
……ありがたい事に今の私は巨乳超えた爆乳枠になってるけれど、自分の胸は何か違うんだよな……。
満足感はあるけど、という状態。
しかしまあまな板寄りな妹猫は置いといて、巨乳に囲まれているこの状況、もしかしなくとも最高の状況なのでは?
世の男達がこぞってチケットを買い求めそうなくらいには倍率が高いだろう状況下だ。
男の胸筋は別物扱いされるとかのアレソレは知らん。主様の素晴らしい筋肉による巨乳の良さがわからんとは勿体ないぞ。
まあ主様に侍る権利は誰にも渡さないけどな!
「で、諦観者ちゃんが連れてるそっちの妹らしさが一切無い子は? 何だか私のビラロちゃんと話してたみたいだけど」
「……キミはキミでどうしてそう意味の分からない注釈をつけるんだか」
「妹っぽいかそうじゃないかは重要なんだよ! 私よりも背が高かったり胸が大きかったりとかは別に気にしないけど、妹っぽさがあるかどうかは最重要! 可愛げがあるかはすーっごく大事なんだからね!」
「確かに私に対して可愛げを求めるのは大分無理があるな!」
主様に対してぷんすこと可愛らしく怒る自称姉に、私はうんうんと頷いて同意した。
実際一人っ子である私は妹とはちょっと違うだろうし。
……そもそも、可愛げがなあ。
自分の性癖に正直過ぎる私に対して年下っぽさを求めるのは至難の業と思われる。
辛うじて年下っぽさが垣間見えても後輩っぽさがせいぜいだ。
妹っぽさがあるなんて言われた事は見た目だけ見ればという前提がついていたし、そうなると今の見た目では到底不可能。
妹属性皆無過ぎる見た目だもんなあ、今。
私の性癖としては巨乳ならわりと大体イケるので、妹っぽさがどうとかはあんまり気にしない派だから良いけれど。
巨乳かどうかは気にするが、妹っぽさを気にするような性癖では無い。
「ちなみに私は主様の眷属キメラで、キメラとしての呼び名は現状特に無いぞ! 妹猫と話していたのは、筋肉が無くて魅力が足りない男に絡まれていたから将来的に巨乳に育つかもしれないという将来性に掛けて妹猫を助けた結果だ! もしかしたら巨乳に育った時にちょっとくらい揉ませてくれるかもしれないし!」
「諦観者ちゃん、コレもう変態って呼び名にしたら?」
「僕の場合、長続きしない事の方が多いからしばらくは保留のつもりだけれど……そうだね、前向きに考えておこうかな」
拳を握りながら全力の本音を告げたところ、真顔でコレ扱いされた上に変態という呼び名に決まり掛けてしまった。
生前の頃も普通に変態呼びされている事が多かったから寧ろ懐かしいあだ名くらいの感覚だが、随分とあっさり割り切られた。
やはりキメラとして長年生きてると多少の変態じゃ動じなくなるんだろうか。
……まあ真顔でのコレ扱いにちょっと嬉しいから良いか!
相手が巨乳だと相乗効果で通常以上の嬉しさとなる。
これはもう美味しいチョコレートがポテトチップスと合体してチョコポテチになってたくらいの喜びだ。わかりにくいとかは知らん。美味しいんだよアレ。
「って、ビラロちゃんが変なのに絡まれてたって、ソレ本当!?」
「誘拐犯らしい言い方してた男だったよ。筋肉が無くて残念だった。主様のように厚みのある屈強な筋肉があればもうちょっと好意的な会話をするところだったんだけど、あんまり筋肉がつく感じの体型でも無かったし……」
「そんなことはどうでも良いよ! ビラロちゃん、無事だった!? 怪我してない!? お姉ちゃんに嘘吐いちゃ駄目だからね!?」
「わ、私は大丈夫です」
慌てたように肩を掴んでぐいぐい迫る自称姉に、妹猫は多少身を仰け反らせつつも頷く。
「怪我も何も、私達はすぐに治りますし」
「治るから大丈夫ってわけじゃないんだよ! 妹が怪我したらお姉ちゃんはすっごく悲しいしすっごく嫌だから聞いてるの! ビラロちゃんに何かあったら、お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」
うう~! と自称姉が妹猫に抱きついて泣くように唸る。
心配しているのだろう自称姉の態度に対し、妹猫の表情は、ほんのりと暗い。
「うう……よし!」
ガバッと身を離した自称姉は、気合いを入れるかのように拳を何度か握る。
「匂いを辿ってその男を仕留めちゃうんだからね! 私の可愛い妹に手を出そうだなんて、生きていく価値が無いよ! 皆無過ぎるよ! 奴隷商にはよくお世話になってるけど、私の妹と商品の区別がつかないような奴隷商は潰した方が良いもんね!」
むん、と自称姉は眉をキリッとさせて頬を膨らませた。
「妹に何かをして良いのはお姉ちゃんだけなんだから、お姉ちゃんじゃない存在が妹に手を出すなんて許されないよ!」
……ん?
今の言い回しに何やら違和感を感じたが、その疑問がハッキリするよりも早く、自称姉は妹猫へと告げる。
「ビラロちゃん、お姉ちゃんちょっとだけ行ってくるからね! 良い子にして待っててね! どこに居たってお姉ちゃんにはわかるから安心してね!」
「……はい」
「うん、ちゃんとお返事出来て良い子!」
言い、自称姉はスカートを翻して走り去ってゆく。
あっという間にその背は見えなくなり、後に残されたのは私と主様と妹猫の約三名。
「……あの、主様? 今の、ええと……自称姉? が言っちゃいましたけど、良いんです?」
「彼女はいつでも自分本位に動くから放っておいた方が良い。通常なら会話は可能だが、妹に関して暴走している時の彼女は会話らしい会話が出来ないからね」
「成る程!」
実際、その説明に納得出来るだけのスピード感が彼女にはあった。
あれが通常と言わんばかりの涼しい顔で言われたら、否やを唱える事は出来ない。
「それにしても、随分と妹猫を心配してたね」
「心配じゃありません」
私の言葉に、妹猫は自身のスカートを掴み、地面を睨むようにして言う。
「……あの人は、妹という存在に執着しているだけで、私の心配をしているわけじゃないんです」
「だろうね」
当然といった顔で主様がさらりと肯定した。
妹猫が苦々しげな顔をしている事など興味を向けるにも値しないとばかりに、主様は続ける。
「自称姉は、おままごとが好きなんだよ」
あの、主様。それって妹猫の前でハッキリ言い切って良い事なんですかね。




