衝撃的な出会い(向こうが)
完全なる無の表情になってはいたが、主様は挑戦者についても教えてくれた。
曰く、未踏の地の探索や未知の情報についてを調べたりが挑戦者の仕事らしい。
「初めての試みとなる部分を担う先遣隊が挑戦者、と覚えれば良い。基本的に未知が相手となるから危険度も高い仕事となるが、報酬も高価である事が多く、無謀な者や金銭目当ての人間が挑戦者になる事が多いかな」
「探索や情報収集以外には、どんな仕事が?」
「それこそ遺跡の調査も挑戦者の仕事だけれど、そうだね、新種のキノコを試し食いして経過観察といった仕事もあったはずだ。当然リスクが高いものだが、どの依頼も死亡率の高さに応じた報酬が出る」
「治験だ……」
早急に纏まったお金とかが必要な人がやるヤツじゃないか。
推理漫画の場合はそこから死人が出て親族が数年越しに復讐をしたりする定番の治験。
遺跡調査だの未開の地探索だの治験だのが同列で良いんだろうか。
……いや、でも言いたい事はわかるしある意味未知のジャンルに踏み込んでるのは同じか。
コロンブスとかも挑戦者と言えるわけだし、そう考えると納得は出来てしまう。
全身麻酔を江戸時代の時点で成功させてた華岡青洲、そしてその協力者も実質挑戦者と言えるわけで、うーむ納得する理由しかない。
そう考えると本当、内容は全然違うはずなのに未知への挑戦という部分は完全に一致しているんだなあ。
「まあ、挑戦者は殆どが一攫千金狙いと思えば大体合ってる。無事に済むかもわからない博打に命を懸けるなんてどうかと思うけれどね。実際一握りの成功によって文明開化は成し遂げられ、華々しい英雄譚として語り継がれもするが……」
深く息を吸う音に混ざり、チ、という小さな舌打ちが耳に届いた。
「……非成功者の場合、名も残らずに終わってゆく。何せ成し遂げていない以上、孵化する事も出来ず、花開く事も無く未熟なままで終わるしかない。それに気づかず挑戦者になろうとする愚か者は、あまり好ましくはないな」
「文明開化は色んな犠牲の中で発生する僅かな成功で成し遂げられてるわけですね!」
「そもそもどうして人間は繰り返すんだ。歴史は何度も繰り返しているのに未だ改善される事も無く、子孫の代で破滅を迎えて末代が皺寄せを全て被るというのが定番になってしまっているのが不愉快だ。そうやって国は滅んでいくのに案外滅ぶまでに時間が掛かるし……」
チッ、と今度は先程よりも随分ハッキリした舌打ちが聞こえた。
「もっと素早く滅んでくれれば見ていて退屈せずに済むのに、どうして国が滅ぶまでにはやたらと時間が掛かる上に時々停滞が挟まるんだろうな」
「踏ん張る方がいらっしゃるんでしょうねえ……」
「三十年単位で国が滅んでは国が作られて栄えて滅んで、を繰り返せばもう少し暇潰しになりそうだというのに」
「それはもう撮影しといて早回しで見るヤツですよ」
植物の成長記録とかを撮っといて番組で流す時にめちゃくちゃ早回しにするヤツ。
おっコレは重要シーン! っていう時だけ通常の速度に戻ってまたすぐ早回しになるアレ、見ているとわかりやすく動いてるのが見えるしスピード早くて楽しいけれど、実際に本物を眺めていたら確実に飽きるレベルの時間が流れているのだろう。
……まあ国が滅ぶまでも授業でやれば数十分で終わるしな!
実際は数百年近く掛かっているし、当時の人達からすればリアルタイムに大変だったりしたんだろうが、如何せん過ぎ去った過去となってしまうとダイジェストで語れてしまう。
つまりは今の一秒一秒を大事にして主様の筋肉の脈動とかを脳内録画しておいた方が良いという事だ。何の話だっけ。
・
スタスタ歩いて行く主様について行けば、どんどん人気の無い方へと進んでゆく。
気付けば露店も随分少なくなったというか、明らかによろしくないタイプの露店がちらほらあるって感じの雰囲気だ。
「あの、主様? この辺ってどういう通りなんです?」
「見ての通り」
「治安悪そうって事だけはわかります!」
「治安が悪い中でも、人身売買なんかが行われる場所だね。もう少し離れたところは性行為系の店が立ち並んでるよ」
「えっ、じゃあそっち行きましょうよ! 筋肉ムキムキなビキニパンツお兄さんとかおっぱい大きいセクシーお姉さん見る方が心安らいでテンション上がりますよ!」
「心が安らぐのにテンションが上がるって、大分矛盾が酷くないかな」
「でも心が安らがないのとテンション下がるのは両立するんで!」
「……まあ、それもそうか」
主様は一理あるといった様子で頷いた。
臨機応変な柔軟さがあるのは良いけれど、あんまり素直だと悪いヤツに変な刷り込みとかされないか心配になってしまう。
いや、主様に対してそんな事をしようもんならぶっ殺されるだろうし、私以外がそんな事をしようもんなら私が直々にぶっ殺しに掛かるけど。
主様にセクハラするのは私だけの特権だ掛かって来い。
「今、何か不愉快な気配を感じた気がするな」
「主様への純粋に不純な思いしか抱いてませんよ!?」
「キミはどうしてそう矛盾に満ちた事を言うんだか」
いちいち不愉快と告げるのすら面倒臭いといった声色で溜め息を吐かれた。
うーむ、正直は私の長所だけれどソレで主様に飽きられてしまうのは避けたいところだ。
……どうしたって口からするっと正直な言葉が出るからどうしようもないけどな!
まあ現状は一応呆れてるくらいの反応なのでヨシとしよう。
呆れた顔で見下されるのもゾクゾクするし。
「……ん」
「主様?」
ピタリと足を止めた主様を不思議に思い、私もまた立ち止まる。
どうやら治安が悪そうなこの通りよりもヤバさが強めな路地裏を見ているらしい。
……おわあ。
「…………あの、離してください」
「いやいや、この辺は治安が悪いから、手を繋いでないと危ないぜ?」
「だから、私はただおつかいに来ただけで……」
「そ、お嬢ちゃんがこーんなところまでおつかいしに来て偉いから、ご褒美に美味しい物を食べさせてやるって言ってるだろ? だからこっちへおいで。同じ年ごろの子も居るから仲良く出来るさ」
……うーむ、完全なる誘拐現場だな。
貼り付けたような笑顔が印象的な若い男と、長い髪を後ろで緩く二つ結びにしている可愛らしい少女。
少女の方が乗り気では無い様子な辺り、明らかにコレは誘拐現場と言えるだろう。
「……主様、あの、アレって」
「攫って売るつもりなんだろう」
じっと見ている割には酷く静かな目で、主様はそう言った。
「さっきも言った通り、この辺りでは人身売買……奴隷貿易が多いところだから」
「グッ、後半のえっちなお店情報が強くてすっぽ抜けてたけどそういえば言ってた……!」
人身売買という非日常感溢れるワードに反応するよりも、エロいお店に意識を持っていかれたのが敗因だったか。
いやでもえっちなお店なんてワード聞いたらワクワクするから仕方がない。
お年頃なら誰だって興味はあるし、私はその辺わりかしオープンなタイプだ。
「ほら、こっちに来いって」
「駄目です、駄目なんです、離してください……! おつかいをちゃんとしないと、帰らないと、もっと怖い事になるんです……!」
「もしかして、家に怖い人が居るのか? だったらずっとうちに居れば良いさ。大丈夫! 運が良いならその後に良い人と巡り合えるぜ!」
明らかに奴隷として売り払う前提の言い方だった。
購入先が良い人ならまあ良い結果になるだろという酷く適当な言い分。
笑顔でそう言う男に、小学校高学年か中学生くらいに見える少女はいやいやと首を横に振る。
手首を掴まれている少女は体を強張らせながら、必死に拒絶をし続けていた。
「おや」
何か楽しい事でもあったのか、主様の声が僅かに弾んだ。
そんな声を背に受けつつ、私は路地裏で攻防を繰り返しながら少女を引き摺って行こうとする男の肩を掴み、声を掛ける。
「おいお前、嫌がる少女に何をしてるんだ!」
「っ、うおっ!?」
肩を掴まれた男は一瞬不機嫌そうに顔を顰めてこちらを睨むも、思っていたより背が高いこちらに驚いたのか思わずといったように少女から手を離し、よろめきのままたたらを踏む。
「まったく、この私の目の前で少女に乱暴を働くなんて百年早い!」
男から少女を隔てるようにして間に割り込み、腕を組んでふんすと見下ろした。
「コレでお前が筋肉ムキムキだったら全力でアピールするところだけど細いから無しだ! 少女の方もまだ発育足りなくて正直好みじゃないけど将来性が見込めるから助けるよ! ああ助けるとも! 見かけたら見捨てられないからな私は! でもそれはともかくとしてお前は細くてあんまり好みじゃないから将来性ある少女に味方する! わかったか!」
「何言ってるかわっかんねえよ! 畜生関わり合いになりたくねえ!」
とりあえず伝えたい事を叫んだら男はすたこらさっさと逃げ去って行った。
いや、幾らなんでも引き際が良過ぎるだろう。
「ハッ! もしや近くに仲間が待機していてこっちが隙を見せるのを待っているとか……!?」
「……いえ、いきなり背が高くて圧のある美女が登場した挙句にああも意味の分からない事を捲し立てられたら誰でも逃げると思いますけど……」
「そんな! 意味も分からない事だなんて! 全て私の正直な本音なのに!」
確かに友人にはお前の正直さは長所超えて短所だよなとは言われたけど!
人は殴り続けたら死ぬように、意味の分からない事を凄い勢いで言われ続けると理解出来なくて混乱するもんなんだよとも言われたけど!
……うん、大体それが答えな気がする。
そういう辛辣な事を言うのは大体友也だったが、他の友人達もわりかし似たような感じだったなあ。
というより辛辣な事も言えるレベルでサッパリしている人しか私の友人になってくれなかったとも言う。
……一応交流する相手は多いんだけど、頻繁に飲みに行くのとかはサッパリ系のメンバーが多かったんだよな。
それ以外の人とはお前と飲みに行くと暴露大会になるからちょっと、と言われるのであまり行った事が無いのを思い出した。
レポート課題とかの相談を兼ねてファミレス行ったりくらいの交流はあったのだが。
「……ともあれ、助けていただきありがとうございます」
「いや、気にしなくて良いよ。勝手にやっただけだし!」
掴まれていた手首をさすりつつこちらに不審な目を向けていた少女だが、律儀に頭を下げてお礼を言ってくれたので、慌てて私もそう返した。
「それに助けた理由も少女が困ってるみたいだったからって理由以上に、素敵なおっぱいの魅力的なセクシー女性になるかもっていう将来性に期待しての事だからな!」
「は?」
めちゃくちゃ冷たい目で見られてちょっとドキドキする。
いや、全体的に凹凸が少ない段階の少女が相手だとマゾ心がゾクゾクするだけでビジュアルにひゃっほうとはなれないが。
「あ、セクシー女性以外でも好きだよ! 引き締まるところ引き締まってて巨乳ならおっとりでも元気でも嬉しいから! でもまな板は正直好みじゃないな! ふにゅっとした柔らかさがあるのは良いけど、やっぱり私としては巨乳が好きだ! ロケット型でもおわん型でも垂れ型でもバッチ来い! いや、全体的にたるんでるって感じなのはあんまりだけど!」
「キミは本当に言わなくて良い事ばかり口にするね」
「おばっ」
足払いをされたと思ったら気付けば伏せるようにして地面に転がっていたし頭の上に主様のものと思われる靴の裏の感触がした。
程良く体重が載せられてぐりぐりされる感覚に、思わず表情が緩むのを感じる。
え、どうして急にこんな素晴らしいご褒美が?
「…………毎回喜ばれると、どういうしつけ方をすれば良いのかわからないな」
「主様からのしつけだったら全てが全てご褒美ですよ! 主様の体重を感じ、靴の裏の硬さを感じ、地面と主様の間でプレスする感覚に加えて主様に対して逆らえないとわかるこの体勢! パーフェクト! 正直めちゃくちゃ興奮します!」
興奮のまま地面に転がりながらそう叫べば、少女が胸の前で腕を交差させつつドン引きした目で一歩身を引いていた。
……しまった! 流石に少女に見せるにはちょっと教育に悪い!
大前提として言動がアレ過ぎただろうがと言われたら何も言い返せないが、わかりやすいSMプレイを見せてしまう方がアウトだろう。
こちらとしてはドン引きの視線すらも興奮材料だが、一般人に迷惑を掛けるのはマゾとして未熟者がやる行いなのでつまりアウト。
ここからどうやって誤魔化すか、というか私って誤魔化すの苦手なんだけど誤魔化せるんだろうかなどと、ぐりぐりしてくる主様の靴の感触に意識を持っていかれつつ考えようとすれば、少女はドン引き顔はそのままに深い深い溜め息を吐き、主様の方を見上げた。
「諦観者さん、今回は随分変わったのを眷属にしたんですね」
……んお?
「眷属にしたら随分と変わった性格をしていたんだよ。この性格とわかってて眷属にしたわけじゃない。今までの眷属に比べて面倒では無いし、積極的に仕えてくれるから役立ってはいるけれど」
「それにしたって随分とアクが強い……」
「他に比べれば愉快で飽きにくい。頻繁におかしな動きと言動をするとはいえ、僕に対しての態度はちゃんと弁えている分、暇潰しにもなる」
「諦観者さんの飽き性を思うと、そう持ちそうにも無いですが」
薄紫色の髪を揺らし、可愛らしい帽子を被っている少女はその金色の目を伏せて溜め息を零す。
少女らしい見目でありながら、この状況に似合わぬ落ち着きっぷり。
……それに、諦観者って……。
その呼び名は、主様のキメラ名では無かっただろうか。
キメラ同士で呼び合う時の呼び名のはず。
「……あの、主様? そちらの少女とお知り合いで?」
「ん、ああ、何だ。キミ、まだ僕の足の下に居たのかい。さっさと立ち上がってくれるかな」
「ずっと踏みつけてたのは主様ですがその理不尽さと長い踏みつけ最高にご褒美です!」
「うるさい」
「はいごめんなさい!」
ぴょんと飛び跳ねるようにして立ち上がれば、辛辣な言葉で返された。
いやあ、流石は主様。マゾの喜びポイントをわかってらっしゃる。
その辺について何も知らないからこその言動かもしれないが、その言葉を投げかけられた私は嬉しいのでどっちでもヨシ。
「それで改めて、ええっと……」
「彼女はキミと同じく後期キメラで眷属キメラだよ。僕達は妹猫と呼んでいる」
「……改めて、先程はありがとうございました」
あまり表情を動かさないまま、妹猫と呼ばれた彼女はペコリと頭を下げる。
そういえば嫌がったりはしていたが、先程から彼女、あまり表情が変わっていないような。
表情筋が固いタイプなんだろうか。
「何やら色々と意味不明かつ失礼極まりない事を言われた気がしますが、私は戦闘能力が無いので……」
言葉を選ぶように数秒視線を彷徨わせ、妹猫はこちらを見つめる。
「……キメラである以上、人を殺す力はありますが、丁度良い手加減が得意では無いので助かりました。いくら治安が悪い場所とはいえ、この路地裏を血まみれにするわけにもいきませんから」
「思っていたのと違う方面での悩みだった!」
か弱い少女が男の手を振り払えなくて困っているのだと思っていたら手加減出来ない人食いキメラなのでどうしようかと困っているだけだったとは。
通りで主様も助けに入らないわけだ。
……いや、主様はあんまりそういう場面で助けに行く感じじゃないけど……。
しかし、立ち止まって様子を窺っていたのは知り合いだったからなのか。
理由がわかって何だかスッキリ。
「まあ無事で何より……って、そういえば妹猫は私と同じ眷属なんだよね?」
「ええ」
「主キメラと一緒じゃないの?」
問うた瞬間、妹猫は恐ろしい話を聞いてしまったかのように目を見開いて息を呑み、硬直した。
そんな、信じられないワードを言われたみたいな反応をされても。
「……その、おつかいの最中でしたので。それにこういう時でないとあの人は離れてくれな」
「お、ね、え、ちゃ、ん、だよ?」
「っ、ぅぁ」
……っ!? えっ、今どっから来た!?
妹猫が言い切る前に、いつの間にか見知らぬ女性が妹猫の背後に立ち、その細い首に手を回していた。
まるで後ろから抱きしめるような体勢だというのに、その手はしっかりと妹猫の首を掴んでいる。
女性の温かみに満ちた笑顔は、その場の状況にまったくもってそぐわなかった。




