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化け物から見た聖なるもの



 主様が眠られてからどのくらいの時間が経過したかはわからない。

 時々寝返りを打たれるものだから、違う角度で見る事が出来る筋肉だとかに夢中過ぎて時間という感覚が遠くのどこかへとスッ飛んでいたので致し方なし。

 主様の素晴らしき筋肉を、それも眠っている事で無防備な、いや主様の事なので言う程無防備じゃない気もするけれど、ともかくそんなレアシーンを目撃していたら時間を気にする余裕なぞ吹っ飛ぶのは当然である。

 寧ろこの状況下で吹っ飛ばないならそれは出家した人くらいだろう。

 だって例えば三代目大泥棒がメロメロな女スパイが無防備にも目の前で寝ているとして、時間なんてものを気に出来る余裕があるか、という話だ。

 今にもダイブしそうな体を自制するのに必死だし、変な笑いが出ないようにするのにもまた必死。


 ……ああまったく、自制心が強い私じゃなかったらダイブしてたな……!


 そのくらい素晴らしい。

 それこそ神話みたいな、健康的かつ健全、でありながら煽情的とも言える美しさ。

 崇めても良いし欲望を向けても良いし、という芸術作品に等しい神々しさ。

 そんな主様を前にして余所見とか不敬過ぎる。



「…………ん」



 睫毛を震わせた主様は、ゆっくりと目を開ける。

 何度か眠そうに瞬きをしたかと思えば、途端、パッチリと目を開けた。

 パッチリというよりは、一気に目を見開いてその黒と赤の目をこちらにギョロリと向けた感じだ。



「何だ、キミ、まだそこに居たのか」


「ええずっと居ましたよ! 主様の寝顔を前にして余所見とか出来ませんからね! 存分に目で堪能して私は最高に幸せです! 寝返りで生まれる体勢の違い! パタリと揺れる尻尾! 時々シーツを握られる手! もう本当に最高ですよね! と、そうだ! おはようございます主様!」


「夕方だけど」


「主様が目覚めたその時がおはようございますの時間ですから! 世間一般の時間割りなんて何の意味も持ちませんよ!」


「ああ、そう」



 興味ないという顔で身を起こした主様は、すん、と鼻を動かす。



「…………本当に動いていないんだな。少し周囲を見て回ったような匂いの痕跡も無い」


「そんな! 主様の寝顔という素晴らしい光景を前にして余所見なんてしたら最高の一瞬を見逃すかもしれないじゃないですか! あと単純に主様の美しさに性的興奮のまま襲い掛かりかねないので自制も兼ねて動けなかったっていうのもあります!」


「気持ち悪い」


「褒め言葉です!」



 主様からの気持ち悪いカウントがまた増えたぜ!

 やっふいと万歳して喜べば、主様は眉を顰めた胡乱な目をこちらに向けた。



「……僕の目が無くなったら、逃げるかと思っていたんだけど」


「え、何で主様から離れなきゃ駄目なんですか。世界が滅ぶ時まで主様に侍りますよ」


「要らない」


「勝手にへばりつくんで大丈夫です!」



 笑顔でそう宣言したらものすごく嫌そうな顔をされたがご褒美です。



「でも、どうして私が離れると?」


「そういう眷属が居た時もあったからね。時々、興味本位で作るんだが……大抵はすぐに飽きて処分する。勝手に逃げる眷属は、気分次第で処分かな。興味が無いから放置する事も多いけれど、気付いたら眷属の存在を感知出来なくなってるから、勝手にどこかで死んだんだろう」


「主キメラって眷属キメラの所在地とかわかるんですか!?」


「その気になれば、ね。僕はあまり気にしてない」


「まあ私の場合は勝手に主様のそばに居ますからね!」


「嬉しくない」



 端的に拒否られたが、本気で嫌なら前みたいに残機をゼロにする勢いで殺してくるはずなので、多分許容範囲内なのだろう。

 このくらいはじゃれ合いみたいなものだ。

 主様はそう思っていないかもしれないが、私からすればマゾ心も満足する素晴らしいコミュニケーションなので大変ハピネス。

 友人にはお前犬だったら叱られても構ってもらえてるって思ってテンション上げてはしゃぐタイプの駄犬だよなと言われたけど、どう見たって私は忠犬タイプだろうに節穴共め。



「……さて」



 ベッドから立ち上がった主様は、するりとその上着を脱ぎ捨てる。



「この服にもいい加減飽きたから、次の服を出してくれるかな」


「ハイ!」



 主様の要望通りに服を取り出し、召使いのように着替えの手伝いをさせてもらう。

 今回主様が望まれたのは、独特なデザインの服だった。

 雑に言うならツナギ、なのだが、


 ……一般的なツナギじゃないし、なんかもう、これってえっちなツナギじゃないか……?


 作業着のように靴と一体化した、防水だという事がわかる深い青色をしたツナギ。

 それはオーダーメイドなのか肌にピッチリと吸い付いていて、服越しに筋肉の陰影がわかるという最高のデザインになっている。


 ……えっちなお姉さんが直で着るライダースーツ並みにはえっちレベルが高いぞコレ……!


 襟が立っていたり、右腕は指ぬきタイプの手袋一体型な袖になっていたり、かと思えば左腕には袖が無くてノースリーブだったりと、オーダーメイドだからこその独特なデザイン。

 何故か中心部を除いた胸部下から腰上まで、つまり脇腹部分が違う色の布を当てられているが、それがまたメリハリをつけている。

 下腿部分の布にはキラキラとした小粒の石がつけられていて、主様じゃないと着こなせまい。


 ……っていうか日本だったら攻め過ぎって言われて誰も着ないレベルだな!


 まあそもそも日本人は最近平均身長が上がって来てはいるけれど、基本的に短足寸胴体型でお顔平ためなので似合うはずも無いのだが。

 こういうのは主様のように彫りの深い顔で筋肉の厚みがしっかりあって引き締まるところは引き締まってて立ち姿が正に威風堂々といった存在に似合う。

 ジッパー部分を胸元で留めているのでご立派な胸筋の谷間がむっちりと強調されて見えている辺りも高得点。

 正直に言ってこの世界って私の欲を満たす為にあるのでは、と思わず想像してしまうくらいには性癖過ぎる。異世界って最高が詰まった宝石箱かな。



「……うん、良いね。それで、キミの視線がさっきから煩わしいのは何かな」


「主様がド性癖過ぎて見るエロ本だなって思ってました!」


「意味が分からない」



 流石に殺されるかなと思ったが、顔を顰められて終わった。

 元々主様は飽き性かつ面倒臭がりのようだし、キメラになると本能的な生理現象としての性欲はサヨナラするご様子なので、その辺に関しては鈍いのかもしれない。

 いや、不快感は覚えてらっしゃるようなので、あんまりあからさまなセクハラは出来ないだろうけど。

 大丈夫、目の前にネギ背負ったカモが居ても私は我慢出来る。度の過ぎるセクハラは犯罪なのだ。それは自分が死亡済みの化け物でも、相手も同じく死亡済みの化け物だったとしても変わらない。

 ただそれはそれとして、



「ところで主様」


「何だい? 僕としてはキミの服も見飽きたからさっさと着替えて欲しい」


「わかりましたすぐ着替えますね!」



 とりあえずごちゃごちゃしている頭の飾りやらヴェールやらを外しつつ、本題を告げる。



「それで主様に聞きたいんですが、主様が脱いだお洋服は袋の中に入れますけど、その後はどうするんですか? そのまま放置な感じです? それとも気が向いたらまた着る感じで?」


「いや、血で汚れていないなら適当な店に売る」


「売るんですか!?」


「着ない以上は不要だからね。物珍しさもあってそのまま仕舞ってある事も多いが、基本的には死体から剥いだ物と一緒に売る事が多い。商人を襲ったりすると売り物が多くなるから、そういう時に売る事が多いかな」


「ああ、成る程……」



 そういえば買いたい物が買えない不便が不愉快だから普通に追い剥ぎもするみたいな事を言ってたな、と思い出す。



「…………つまり、ここの脱ぎ捨てられた服とかは、その内に中古として売られる品って事で、主様からすれば不用品になるわけですね?」


「……そうだが、何だか嫌な気配がする」


「この服ちょっと、ちょっとで良いので借りられませんか!? 大丈夫です洗ってお返ししますから! ちょっと洗わないと駄目なレベルで使うかもしれないのでアレなんですけどちゃんと綺麗にするから大丈夫です! ところで思いっきり顔埋めて深呼吸したり主様の残り香を堪能したり舐めしゃぶったり性的興奮用の素材にしたりするのってセーフですか!?」


「単純に気色が悪い」



 思いっきり力を込めた踵落としで頭を潰された。褒め言葉です。



「うう……でも、こんな素敵な物を放られたらそりゃあ反応しちゃいますよ! 目の前に宝石がばら撒かれるようなものですよ!?」


「そう言われて納得出来る思考はしていない」



 酷く軽蔑したような、ゾクゾクする目でこちらを見た主様は視線を逸らし、ハァと溜め息。



「……まあ、実際もう着る事は無い以上、それらが好きにされたところで俺としてはどうでも良いんだが」


「じゃあ好きにくんくんはぁはぁしても良いんですか!?」


「…………理屈としては問題無いが、目の前でそれをされるのは、単純に感情面で気持ち悪い」


「褒め言葉です!」


「………………」



 言葉を選ぶような様子だった主様にそう告げれば、嫌悪と困惑が詰まった顔で見つめられた。

 そんなまじまじと見つめられるなんて照れてしまう。



「……やはり単純に不愉快だからその要望は却下だ。服を回収して迅速に仕舞い、キミ自身もさっさと着替えろ。日が暮れる頃には町へ入りたい。聖なる物に対してキミが未知である以上、人目が無い時間の方が良いだろうからね」


「はひぃん……」



 しょんぼりしながら主様が脱ぎ捨てた服、という名のお宝を袋の中へと仕舞い込む。

 あああ勿体ない。

 せめて顔を思いっきり埋めてハアハアくんくんおっコレは主様の寝汗の香りだなスゥウウウウウどんな香水よりも最高だぜ……! とかやりたかった。無念。

 好感度が上がれば許されるかもしれないが、私は多分それなりの頻度で主様の地雷を踏み抜いてしまう気がするし、そもそも主様に好感度が実装されているかも不明なので予定は未定。

 主張はしつつも逆らうまい、というのを主軸にしつつやっていこう。

 大丈夫大丈夫、キメラは寿命も長いみたいだしどうにかなるさ。

 少なくとも数十年単位で主様のお傍に居られたなら最高だし、短い期間で終了して処分されたとしても後悔が無いレベルでイイ思いをさせてもらっているのでどちらに転んでもヨシ。

 まあ当然ながら今後見られるだろう主様を諦めるわけでは無いので、根性で残機をどうにかしようとはするかもだが。





 上は白い肩出しトップスで、デコルテがしっかり出されたデザイン。

 ばっくり開いた襟部分にはフリルがついており、左から右につれてフリルが大きくなるという左右非対称なデザインとなっている。

 袖は手首部分が絞られて、ひらひらした袖がヒレのようで可愛らしいのだけれど、何故かやたらと袖が長くて手が隠れてしまう。

 かなり腕が長い人じゃないと無理だろという長さなので、最初から十二分丈で作られてるタイプなのかもしれない。

 下は裾がひらひらしていて足を締め付ける事が無く、立っているとロングスカートに見間違いそうなデザインのズボン。

 そして相変わらずの纏足用靴を履き、擬態した人間の耳に飾り大きめのピアスをつけて完成である。

 主様に言われて長い髪はそのまま下ろしているが、ウェーブが掛かっている上にかなーり長いものだから、少ししゃがむだけで地面についたりその辺の木の枝に絡まりそうなのは気を使った。


 ……まあ、森さえ抜ければ問題は無しだ!


 特に身分証明系は要らないらしく、日が暮れた後でも普通に町へ入る事は出来た。

 寧ろ夜の外は危ないからな、と気遣ってくれる辺り門番さんもお優しい。


 ……ん、だけど……。


 何だろう、このぞわぞわ感。

 別にそこまで不快って程でも無いのだが、こう、曰く付きの場所へ来た時みたいな寒気がある。

 私は理性的で真面目な賢い子なので曰く付きのところへわざわざ行くタイプでは無いしそういう系も見ないのだが、それでも漠然と、ここに居ない方が良いのでは、みたいな感覚が襲ってくる。



「……あの、主様、この町何かおかしくないです……?」


「言っておくけれど、おかしいのは僕達の方だよ。それは忘れないでおいた方が良い」


「まあそれはそうなんですけど」


「一般的に、こういうのは人間にとって清浄な気だとか、聖なる気配と呼ぶのさ」



 ちゃんと舗装されている石畳の上を歩き、主様はコツコツという足音を響かせる。



「対して僕らは人食いの化け物。非人道的であり、少なくとも神に祝福される存在じゃない。ソレはわかるね?」


「それは勿論」



 主様の美しさは祝福されるべきだと思うが、種族自体に関しては、どちらかというと神話で討伐される側だと思う。

 実際、キメラは神話でも討伐される側だったはずだし。



「だから僕らは、聖なる気配を忌避する。本能的に恐怖して拒絶する、と言っても良い。正直に言って、連続で殺される以上に死因になりうるのが聖属性だ」



 まあ、見た方が早い。

 主様はそう言って立ち止まり、遠くを指差す。

 私は爪の先まで美しいなと思いつつその指の先を見て、



「ヒュ」



 思わず、息を呑んでいた。

 ゾッとした。恐怖した。恐ろしかった。

 本能的な拒絶が、強く強く主張する。

 それは階段で足を踏み外してスッ転ぶ瞬間だとか、一歩踏み出せば真っ逆さまだろう絶壁を見下ろす瞬間だとか、高い塔によくあるガラスの床の上に立った瞬間に抱く、腹の底が一瞬重力から離れたような、不安定の中で覚える死を感じた時の恐怖。

 これが生き物相手であれば抗えるだろうに、抗えない何か、それこそ逆らえない重力だとかを相手にした時のような恐怖。

 ソレと対峙したくないし、勝てるとも思えないし、勝つ以前に近付きたく無いし認識すらしたくない。



「……教会、ですよね」


「ああ。僕らは致命傷となるくらいには聖属性を苦手としている。教会なんて、遠くから見るだけでも身がすくむくらいには近づきがたい」



 主様のその言葉にコクコクと頷くしか出来ず、無駄口を叩けない程度には、その建物から放たれる根源的恐怖に呑まれていた。

 ああ、何て恐ろしい。

 化け物から見た聖なるものが、ああも恐ろしいとは思わなかった。



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