聖属性が怖過ぎる
「確かに聖属性とは相性が悪い上に、教会といった場所は近付くだけでも苦手意識が発生する。とはいえ、結局は距離を取りさえすれば問題無い」
教会から離れたところにある宿で部屋を借りた。
ひとまずわかったのは、教会から距離さえ取れば同じ町の中でもわりと大丈夫だという事。
そんな安全地帯である部屋の中で、ベッドへと寝そべりながら主様はそう語る。
服と靴が一体型なのでベッドに土汚れがつくのが気になったが、主様自身は睡眠を既に取っているし、大抵の宿屋なら簡単な生活魔法くらい使えるから呪文を唱えてキレイキレイ出来るらしい。
便利だなあ。
「距離を取れない時とかはどうするんですか?」
「距離を取れない時、っていうのはそうそうないよ。誰かに誘われたら断れば良いし、合わないなら去れば良い。無理矢理異端審問で連れて行かれそうになるなら殺せば良い」
「わお」
「一番楽なのは、違う宗教だから、と断る事かな。教会で祈りがどうのこうのと言われても、宗教が違うから行けないとでも言えば何も言ってこなくなる」
「え」
そんな事で? と思ったが、ここは実際外国みたいなものだという事を思い出した。
「そっか、固定の宗教がある国とか一神教とかだったりするとその辺お堅いんですっけ」
「キミは違うのかい?」
「根本的に太陽だの水だの獣だのを崇める精霊信仰だったところに仏教が混ざって更に精霊信仰が神道に変化して神仏習合とかも起きて、って感じでごちゃ混ぜになってる国の出身なので!」
「ソレは戦争の発端になるやつじゃないのかな」
「まあちょいちょい宗教関係の戦いもありましたけど、日本はどっちかというと内部で小さい国が争いまくってた結果代表者決定戦みたいな状態になってたというか……」
ちらほら宗教もあったけれど、基本的には武将達が領土争いって感じなのが日本である。
キリシタンを禁止とかもあったが、普通に洗礼受けてる武将とかも居たくらいだ。島原の乱については詳しくないので知らない。
「他にもイベント好きなもんだから、仏教もキリスト教も神道もケルトも盛り込んでその月その月で楽しんでたりしますね。原形が皆無になってたりもしますが、とりあえず楽しければ万事オッケー! な感じなので」
「キミのルーツがわかった気がするよ」
「えっ、そんな私に対して主様が理解を深めてくれただなんて照れます!」
「理解しただけであって理解を深めたつもりは無い」
「はい! 理解してくださってありがとうございます!」
主様の、こういうスッパリ切り捨てるところが好きだ。
ただ切り捨てたり突き放したりするわけでは無く、単純に事実だけを言っている、という点もパーフェクツ。
性癖では無く素でサドなのにどこか天然が入ってるところがまた性癖にドンピシャで素晴らしい。
ここまで性癖ドカ盛りしてるのに美しく完成されてるとか、主様のポテンシャルが留まるところを知らな過ぎる。
「……ま、キメラになれるのはそういう子が多いんだけど」
「そうなんですか!?」
「キメラを作ろうとしても、キメラになるかどうかはかなり博打だからね。割り合いを調節する事で成功率が上がる程度だ。人間部分をメインで残せば人間としての思考が残るけれど、魔物部分を強く残すと思考が魔物になる」
「ちなみに、その場合ってどんな問題が?」
「魔物は本能や存在意義によって動くから、人間のようなその場しのぎの小賢しさが足りないんだよ。だから正体がバレて捕まる。そういった愚キメラが世間一般で知られるキメラという扱いになってるね。僕達としても愚キメラが下手に出来上がるとこちらの身まで危ないから、愚キメラになったら処分するんだけど……一部は後先考えてないのも居るから面倒だ」
「私はそんな事しないから大丈夫ですよ! そもそも主様からの冷たい視線とか程良い足蹴とかを独り占め出来る最高の環境なのに他の誰かをメンバーに足したりとかしたくないです!」
「そんな心配をしなくとも眷属キメラに繁殖能力は無い」
「あっ無いんですね!?」
「無い。主キメラが先に死んだ場合なら眷属キメラはただのキメラになるから、その状態でなら新しいキメラを作る事は出来るけれど」
「とりあえず私には不要な産物ってのと、絶対にそんな状況を来させないよう気合いを入れれば良いって事がわかりました!」
キメラの繁殖は死体を使ってキメラを作る、っていうのだとは知っていたが、眷属キメラの場合は繁殖不可能とは知らなかった。
まあ蜂だって働きバチにそういう機能は無かったはずだし、そんなもんなんだろう。
使役される側とはそういうものだ。
私は私で増やす気無いので、うっかりやらかすとかも無さそうで安心した。
……この最高過ぎるポジションに当て馬なんて求めてないからな!
主様からのご褒美は全て私専用だ。誰にも譲らないぜ。
「でも、どうして私みたいなタイプだとキメラになりやすいって事になるんです?」
「聖属性に弱い部分から見ても、信仰がキメラになりやすいかどうかに関わっているんだろう。神を疑っている、複数の神を信仰している、神を信じていない。これらのタイプはキメラになりやすい」
「複数の神を信仰してる、っていうのは私が当てはまりますけど……」
「何故か、というなら多神教系は人間味が強い事も多いんだよ。だから神の醜い部分、見苦しい部分も知っていて、絶対的な存在とは認識していない。いや、絶対的な存在とは思っているのかもしれないけれど、神にも出来ない事があると言われた時、多神教の人間は納得するんだろう?」
「そりゃまあ、専門職みたいなものなら餅は餅屋って感じでしょうからね。戦いの神様に恋愛のお願いしたところで、よっしゃじゃあ戦争で勝ち取れよ! みたいなコースになりそうですし」
「恐らくはそういった部分が影響するんだと思うよ」
まあ、それがわかっていたところでだからどうしたという話だけれど。
主様はそう溜め息を吐く。
「そもそも、キメラにしようとした時点で死体なんだ。気に入ったから殺してキメラにする場合もあるが、いちいちそんな部分を気にしてキメラにしていない」
「私とかも初対面でいきなり食い殺されましたもんね!」
「空腹じゃなければ多少話を聞いたりはしていただろうが、生憎と空腹状態だったから」
「個人的には最高に性癖な美形を見てご臨終とか最高の最期だなって感じでしたよ!」
「へえ」
何の興味も無ければ温度も無い「へえ」だったが、そういうところも素敵なのでヨシ。
好意的な顔を張り付けている主様も大好きだけれど、こういう全てに興味無さそうな時の主様も魅力的で素晴らしい。
一人で何度でもどれだけでも美味しいとか最高過ぎる。
まあ、興味無さそうなわりには暇潰しを兼ねているのか何かに関する興味は案外強いようだけれど。
「……ああ、そうだ。教会への誘いなんかは先程言ったように断れば良いけれど、十字架などにも触れない方が良い。ただ模しただけの物なら意味はないが、きちんと作られた物だと最悪だ」
「聖属性が付与されてる……みたいな事です?」
「うん、そうなるね」
ベッドに寝そべりながら、主様は頷く。
「十字架という形だけならそれはただそういう形状をしているだけだが、祈りだの祝福だのが加わると中身が備わってしまう。教会を守る聖騎士が身に着けている物や武器も聖属性だから、敵対したくはないな」
「…………ええと、あの、主様がそこまで言うレベル、なんです?」
「別にキメラの攻撃が無効化されるわけじゃないから、遠距離で攻撃すれば殺す事自体は出来る。知っての通り、近くに存在するだけで酷い不快感が発生するというだけで」
「ああー……」
対峙するだけで弱体化のデバフが掛かるみたいなものだろう。
確かに教会を直視した時の恐怖は凄くて、別に見ないようにするなりすれば多少誤魔化せるし直視してても動けないわけではないが、なんかこう、苦手な虫が目の前に居る時の必死になって視線を逸らさないようにしつつ飛ばないでくれと祈りながら武器を探すあの感じに近い。
炎を吐こうと思えば吐けるし相手にもその攻撃は通用するけれど、それはそれとして苦手意識は据え置きなので反応が遅れるとかのデバフは発生するぞ、という事だろうか。
……うーん、厄介!
というか宗教なんてどこにでもあるものだし、普通にキツイ。
まあ人間視点からすれば教会があるだけでかなり身を守れるという事でもあるから、大変ありがたいものなのだろうけど。
化け物側になると実質毒の沼地みたいな場所なので困ってしまう。
人間だった頃は神社とかのああいう清らかな雰囲気、結構好きだったのだが。
「ただし、聖属性には絶対に触れるな。特に人前だと誤魔化せない可能性が高い」
「えっ?」
どういう事だと床に座り込んだまま首を傾げて主様を見上げれば、主様はベッドの上で座り直し、ベッドサイドのフックに掛けていた袋に手を突っ込んで、嫌そうな顔でとある物を取り出した。
取り出されたソレを見た瞬間、私もまた全身を寒気と拒絶感に襲われる。
主様の手に握られていたのは、十字架だった。
首に下げられるよう長さのある紐がつけられた十字架は、禍々しい、人間からすれば神々しいのだろう気配を放っている。
「よく見ておけ」
そう言った主様は、十字架の紐を掴んで掲げているのとは逆の右手で十字架本体をグッと掴んだ。
掴むと同時、主様の表情は苦痛に歪み、じゅうじゅうと肉が焼ける音が室内に響き、ぐじゅぐじゅと肉が崩れる音が聞こえて、腐るような臭いが漂う。
「コレが、キメラにとっての聖属性だ」
「いや、いやいやいや待ってください主様! 何だか主様の素晴らしく美しくていつか飼い犬のようにその綺麗でありながらも男らしく節くれだっている指や甲やその他諸々を余すところ無く舐めようと心に決めていた手が焼けて崩れて腐ってません!?」
「本題以上に気味の悪い言葉が聞こえた気がするが」
「本心です!」
苦痛に顔を歪めていたはずの表情がドン引き顔になっている気がするが、それどころではない。
「それ以上に何か、あの、ヤバくないですか!?」
「それが聖属性だ」
言い、主様は十字架本体を掴んでいた右手を離す。
開かれたその手の表側は、惨状と言える程に酷かった。
あぶくが立つように皮膚が膨れ上がり、ぶじゅうという音を立てて腐った肉を弾けさせる。
それこそ、酷い火傷で皮膚が溶け、弾けるように。
「キメラは聖属性の物に触れると燃えるような熱さを感じ、肉が焼け爛れ始める。触れているところからそうなっていく為、聖属性の武器に貫かれたらどれだけ激痛でも即座に抜くなりして身から離すように。さもなければそこから崩れ始める。触れているところを中心にして火傷が広がるから致命傷だ」
「あの……なんか、火傷超えて腐ってるみたいに見えるのは」
「実際腐っているからな」
主様は多少眉を顰めながらも、何でもない事のようにそう言った。
「火傷の後、皮膚が泡立ち始めてぐずぐずになって溶け始める。皮膚がやられたら肉がやられ、骨がやられる。キメラは細胞を再構築して修復していくから腕を千切られようとすぐ生えるが、聖属性に触れている間は腐り続けるから回復しない」
「指ぃっ!?」
言いつつ主様がぐじゅぐじゅになった方の手を強く振ると同時、指が二本千切れて飛んだ。
慌てて、というか最早反射的にその指をキャッチする。
今の私、世界一のフリスビードッグとも張り合えるくらいには良い反射神経してたと思う。
「聖属性に触れていた部分は、聖属性から離れても格段に治りが遅くなる。治らないわけでは無いが、患部を切り捨てた方が回復が早い。一度治れば後は問題も無い。回復の為に空腹になる事はある」
「な、成る程ぉ……」
確かに主様の手によって雑貨屋のご夫婦と村長の娘さんが仕留められた時、結構食べたけれど、アレはもしかして知らない内にお腹が空いてたりしたんだろうか。
直前まで二十五回連続でぶっ殺されていたので充分あり得る。
とはいえ奥さん達を見た瞬間に暴走、という感じでは無かったので、死んで回復、というのはまあまあコスパが良いらしい。
……数日で人肉に飢えるみたいだけど、ああいう感覚じゃなかったもんな。
つまり日数経過での空腹の方が危険という事か。
死んで回復、ということ自体はそこまで何かが減るわけでも無いらしいのでありがたい。
「ちなみに、聖属性は触れるだけで火傷のような激痛が走る。聖属性の剣に貫かれれば、貫かれた上に火傷が広がっていくという二種類の激痛に襲われるぞ。これは痛覚が皆無だろうとキメラには平等に襲い掛かる」
「えっじゃあ私も聖属性に触れたら激痛感じるんですか!? 軽めのSMならともかく命に係わる激痛は嫌です!」
「嫌なら警戒しろ」
真面目な話だからか冷たくそう言い、主様は十字架に触れないようにしつつ、その十字架を袋の中へと仕舞い込む。
「最悪、町民が首に提げている十字架一つで大火傷だ」
「うっわ絶対嫌だ……」
何そのデストラップ。
そりゃあ人々は魔除けとして十字架を掲げたり飾ったりするわけだよ。効果が強すぎる。
「……ん? あれ、って事はその十字架ってかなり私達キメラに致命傷ですよね? 何で所有してるんですか? 主様の事だから考えがあるんだと思いますが、自爆率が高い爆弾を抱えてるだけのような気もするんですけど……」
「襲った人間が持ってて高値で売れそうだから回収しておいた」
「十字架持ってる相手を普通に襲撃したんですか!?」
「聖属性が相手でも、直に触れなければ問題無い。殺し方なんて幾らでもある。殺した後の回収時にうっかり触れたら大火傷なのは変わりないが、こういうのは良い値段で売れるからな」
「おおう……」
確かに剣とか銃とかじゃなくてただの十字架が相手というだけなら、気を付けさえすれば致命傷にはならないだろう。
しかしそれにしたってリスクが高い。けれど、
「リスクよりもリターン優先する主様、素敵です!」
「それはどうでもいい」
それよりも、と主様は絶対零度の目でこちらを見下ろす。
私は思わず胸の前で組んだ手に力を込めた。
「先程確保していた俺の指をどうするつもりか聞いておこうか」
「……こ、このままちょっと匂い嗅いだり舐めしゃぶったりとかしちゃおっかなーって……」
我ながら相手の抜け毛を採取してハアハア言うド変態みたいな事を言っている自覚はあるが、目の前に餌が放られたらそうなるのも致し方ないと思う。
「…………まあ、どうせ日に当たれば消えるだけの肉片だから良いか」
あと主様が変なところでやたらと寛容なのも私みたいなド変態を助長させていると思うのだが、自分の首を絞めるだけなので指摘はすまい。
そう思い、私はありがたく主様の一部だった二つの指をいただきますと言ってから口の中へと放り込み、カラコロネチョ、と飴玉のように舌で転がす。
……うーん、焦げ臭くて腐敗臭がする血生臭さ強めの指!
主様補正でお砂糖摂取よりも脳に歓喜の信号が走ってるとはいえ、人間を食べる時とは大分違う。
何というか、人間の時に指とか切って血が出たから舐めた時みたいな、アレを焼いた上で腐らせたみたいな味がする。
「……言っておくけれど、キメラにとってキメラの肉はあくまで同族扱いだから、人間が人間を食べるような味しかしないよ」
「それでも主様の体の一部を摂取するという背徳的かつ広義的合体を前に引き下がれません!」
物凄く嫌そうな顔をされたが、それでもストップを掛けない辺り、私が調子に乗るのは仕方がないと思うのだ。




