合法的に足を舐めれるとか何てご褒美?
「……ドラゴン部分は頑丈過ぎて、本気にならないと攻撃が通らないのが厄介だな。本気を出すつもりも無いから頭を潰すなりすれば良いだけだが……」
ハァ、と人間への擬態をとっくに解除している主様は、真っ赤に染まった室内で溜め息を零す。
「まさかニ十回どころか、二十五回連続で殺しても耐えるとは……」
「いやあ、素晴らしい体験でしたね!」
「挙句にそこまで余裕そうな顔をされると幾ら俺でも苛立ちを覚える」
「その苛立つ顔もまた最高です!」
「…………」
先程よりも長い長い溜め息を吐かれてしまったが、事実なので仕方がない。
服はとっくにズタボロになったので全裸状態だし、連続で殺され過ぎたものだから人間への擬態も気付けばすっかり解けていたけれど、色々なアングルからガチ殺意の主様を脳内撮影出来たので大変ハピネス。
激痛となれば痛覚がサヨナラする為、一撃必殺系ならいくらやられても数秒意識が飛ぶ程度で済むし。
……まあ、流石に後半は完全復活まで一分くらい掛かり始めてたけど、主様の反応を見る限り桁違いに回復速度早めっぽいから良いか!
要するに人間は残機が一で、キメラはランダムだけど残機が十以上あって、私の場合は残機が二十五以上あった、という事だ。
個人差が大きく出るようだが、お陰で最高の体験を出来たので万々歳である。
「それにしても、キメラの殺害方法って連続殺害だけなんですか?」
「肉片を細切れにされて川や海といった流れがあるところに捨てられれば半々の確率で死ぬ。回復能力が低ければ死ぬし、高ければ自力で近くの肉片とくっついて回復しつつ新しく肉体を構築して復活する」
「パーツを繋げるか、パーツを新しく作るかの違いって事なんですねえ」
ベッドに足を組んで座っている主様を見上げるようにし、床に座ったままそう頷いた。
いやあ、主様ってば姿勢が大変よろしいものだからこうして見上げると物凄い見下されてる感が強くて最高過ぎる。
実際見下されているんだろうけれど、真顔かつハイライトの無い目で見下ろされるというのはマゾ的にヨダレが大変な事になるレベルで凄いことだ。
巨乳好きが好みのおっぱいを好きなだけ好きにして良いよと言われてぱふぱふも揉み揉みもアレもソレも許容される並みに凄い事だと思う。
……いや、この状況としては好みのおっぱいにぱふぱふの後おっぱい枕レベル、か……?
そこまで好きにして良いよと言われるレベルとなると、主様のお着替えをさせてもらえたり体を拭く許可を貰えたりというアレの方な気がしてきた。
いやもう、アレに関しては本当、今からお前が王様だから好きな法律作って良いよ尚国民は全ての法律に絶対順守するものとします、ってなるくらいには凄い事だと思う。
並みのエロゲ―よりも都合が良くて、私の前世は一体どれだけの功徳を積んだのやら。
「……で?」
主様は、私の頭をガッと踏んづけた。
頭の中では色々と考えつつもついつい主様の素晴らしき獣足に引き寄せられていたし、何なら胸で挟むようにして抱きしめながら舐めようとか思ってたので仕方のない反応。
いやでも殺すのに飽きたからかは知らないが、死なない程度の力で頭をぐりぐりされるっていうのはまた素晴らしい。
ちょっと痛いかなという程度で、ぐりぐりされる事で体温とか感触とかが伝わって来て、物理ダメージは頭をマッサージされる程度という皆無に近い状態だけれども、精神的には物凄く、あの、ダメージとかじゃないんだけどマゾポイントが貯まっていくのを感じますね。
強めにぐりぐりされているものだから、自然と這いつくばる体勢になっている、というのもあるだろう。
……ナチュラルに素でこれが出来る主様、最高だな!
ゾクゾクとした感覚が背筋を這い上ってくるのを楽しんでいれば、主様は足の力を、ぐ、と強める。
「お前が俺に聞きたい事はそれだけなのか?」
「……ええと、その、私としては、お名前聞いたの、人間の時のを聞いたつもりで……」
「ああ。だから俺は人間だった頃の名前を告げた」
「違うんですよまさかそういう受け止められ方してるなんて知らなくて! 私としては人間に擬態している時の名前を聞いたつもりだったんです!」
「成る程」
ふむ、と零した主様は私の頭から足を退け、そのつま先を使って私の顎を持ち上げる。
自然にやるのが足による顎クイとか、この人のサドポイント高過ぎじゃなかろうか。
そう思いつつ動きに逆らわないように上を見れば、黒に浮かんだ真っ赤な瞳が、酷く冷たい温度でこちらを見つめていた。
「……何故ヨダレを垂らす?」
「主様が最高に素敵過ぎる事に興奮して……」
「お前がそういう変態性を持っているのは承知しているさ。しているとも」
が、と主様は足を引き、私の目の前でその獣足の爪を光らせる。
「それはそれだ。事実だけを見れば、俺の認識違いだったという結論になるが……俺からすれば、俺が不愉快に思った。その部分だけが重要事項だ」
「それは勿論です! 主様に非はありません! 私の伝達能力の低さによるものです!」
「そうだな、だから」
だから、と主様はその鋭い足の爪を、私の唇へと押し当てる。
「殺し飽きたし、俺を不愉快にさせた詫びとして舐めてみせろ」
「舐めて良いんですか!? ヤッター!」
「……そういえば、お前はコレで喜ぶタチだったか……」
何だか上から聞こえた声は微妙に後悔した感じのトーンに聞こえたが、そんな事は知ったこっちゃねえ。
今重要なのは最高の言質が取れたというただ一点のみである。
興奮によって多量に分泌されている唾液を飲み込んでから、目の前にある主様の足に舌を這わせる。
……ひゃっほう昼間に食べた料理よりも美味しいぜ!
どころか今までに口にした何よりも最高かもしれない。そのレベルで興奮する。
食欲と性欲は近い位置にあるとか言うけれど、まったくもってその通りだ。
毛にこびりついてしまっている私の血が邪魔臭くもあるが、それでも口の中から鼻に抜ける主様の香りによって、脳みそが内側からガンガン殴られるような勢いのフィーバータイムを発生させているのがわかる。
爪を舐めたら舌がザックリいったけど痛みは無いしすぐ治るので問題無し。
指をしっかり舐めると毛がめちゃくちゃ喉に絡まるが、しかし主様の毛を体内に吸収出来るまたとないチャンスなので、自然と抜けた毛はしっかりと嚥下させてもらった。
そのまま指の間にも舌を這わせようとして、
「いや普通に気持ち悪い」
「ぶべっ」
本気で嫌そうな声と共に逆側の壁まで思いっきり蹴っ飛ばされて一回死んだ。
意識を戻して見てみれば、主様は物凄く嫌そうな顔をしながら唾液でべとべとになった足をベッドのシーツで拭っている。
「相手を服従させる行動、かつ、相手に屈辱といった精神的ダメージを与える典型的なやり方のはずなんだが……本を参考にしたところで、実践対象が変態では意味が無いな」
「私にはひたすらにご褒美でした!」
「俺はひたすらに不愉快だった」
唸る獣のように顔を顰める主様もまた素晴らしい。
尻尾が不機嫌そうにビタンビタンしているのも、私にとっては最高の光景だった。
主様があまりにも好みの性癖全部詰め状態過ぎて、何をしていても賛美対象になってしまう。
多分信仰ってこういう感じで発生するんだろうな。
……アイドルが偶像崇拝云々言われるのもわかっちゃうよなあ……!
「……まあ、良い。ひとまず今ので一段落としよう。いい加減反応が変わらないキミを殺すのも飽きた」
「主様による加害なら私は最高にハッピーですので仕方がないですね! いやまあ筋肉が凄い感じの相手でさえあれば、わりと誰に加害されようとウェルカムなんですけど!」
痛覚がある時は流石にそこまで言い切れなかったが、激痛などに関しての痛覚が死んでる今は本気でそんな感じ。
分厚い筋肉があるだけで、私の中での採点基準じゃ百点が加点される。
主様のような睫毛の長い美形も最高だが、それはそれとしてゴツいオッサンとかもウェルカムである。
巨乳好きからすれば、巨乳ならツリ目でも垂れ目でも糸目でも嬉しいよね、というアレと思えば大体合ってる。性癖っていうのはそういうもんさ。猫好きが種類や柄関係無く猫ラブなアレと変わらぬのだよ。これに関しちゃ性癖って言って良いのか知らないけどな!
「…………」
主様は酷く不満そうに顔を歪めている。
「……俺とその他を比べて、万が一にでも俺以外の方が優れているような言い方はするな。不愉快だ」
「私の中ではいつだって主様が一番ですよ! そりゃあちょっと目移りする時はありますけど、主様は最早殿堂入りレベルで性癖の権化ですから!」
「意味を理解したくない」
壁際からじりじり元の位置に戻りつつ正直に告げたところ、舌打ちを返された。
主様ってば私に対してご褒美が過ぎる。
「それで、あの、結局、本名って言ったら駄目、だったりするんです?」
「キメラの独自文化だがな」
ベッドの足側にあるボード部分をひじ掛けにしてもたれ掛かり、主様はそう言った。
「キメラは相手の名前をいちいち覚えるのが面倒だから、という事で、それらしい呼び名がつけられる。どうつけられるかは適当だが、特徴だったりからかい目的だったり、まあ様々だな。名前というより、本当に個体識別の為でしかない」
「それがキメラ間での名前って扱いになるんですね?」
「そうなるな」
成る程、つまりはスパイとか組織とかがやるようなコードネーム的なアレという事だろう。
「ちなみに主様はどういう呼び名がついてるんです?」
「諦観者」
「成る程」
マジでコードネーム的な呼び名だ。
個人名とは明らかに違うのがよくわかる。
「キメラ間では基本的にその呼び名を使うが、それを人前で呼べるわけも無い。個人名と言い張るには厳しいものだという事は、お前でもわかるだろう?」
「わかります!」
馬鹿にするような気配が絡んでいる、口の端を吊り上げて牙を見せるニンマリとした笑み。
加虐的なその笑みに、私は反射的に挙手していた。
「故に、対人間の時や人里に出る際、俺達は偽名を使う。基本的には適当なものだが」
「……フェアツィヒトっていうのは、本名なんですよね? じゃあ、主様の偽名……人間名は?」
「ラッセニャツィオーネ。長いからラシーで良い」
「呼びやすい!」
本名よりも滑舌を殺しにかかってると思ったらめちゃくちゃ呼びやすい愛称を提示してもらえた。
いやまあ、外国の人って結構愛称で呼んでる率高いからそういうもんか? どうだ? 外国とかあんまり知らないからよくわかんないな。まあ主様の美しさに変わりないなら万事些事だし良いか。良いな。
「そうして呼び名と偽名がある為、キメラにとって本名はとても大事なもの、という扱いになる。あくまで勝手に浸透した独自の文化でしかなく、生態とは何ら関係無いはずだが……」
少しの間を置き目を伏せてから、まあ良い、と主様は言葉を切った。
「要するに本名は大事な宝扱いで、相手に本名を教えるというのは、相手を大事に思っているという場合が多い」
「つまり主様も私を大事に思ってくださっているって事ですね!?」
「いや、眷属キメラに教えている主キメラが多いから真似てみただけだ。どうせ何かをやらかすようなら処分すれば問題も何も無いと判断した」
「良かった生き残ってて!」
二十五回目まででうっかり限界迎えて死んでたら主様の足による頭ぐりぐりも顎クイも、どころか足の指を舐めたりも出来なかったのだ。
やはり性癖ってのは生命力に大きく関わってくるなあ、とちょっと実感。
生きる気力を強めるには趣味とか増やして楽しみを増やそうぜとか言うけれど、言ってしまえば興奮材料増やそうぜみたいなもんじゃないだろうか、アレ。
そんな事を言ったら真っ当な人達にぶん殴られそうだけど。
「尚、本名を教えた相手と本名で呼び合うというのは好意的なスキンシップ扱いとなる、らしい。俺はそういった相手が居ないから実感は無いがな」
「私の本名は四季ですよ主様!」
「さっき食堂で聞いたよ」
呆れたようにそう言ってから、ん、と主様は思案するように目を細めた。
「……お前の本名を、俺が知るよりも先に、無関係の人間へと伝えた……のが不快だったという可能性もあるのか?」
「えっそれって私の存在がそんなにも主様の中で大きくなってるって事ですか!? ヤッター!」
「うん、あり得ないな。今の発想はお前を殺し飽きて疲労した結果思考回路が壊れただけだった」
「主様、それは気のせいだったの一言で良いんですよ……!」
いやでもこの切れ味も大変美味しくてよろしいから良いか。私からすればご褒美だしな。
残念と思う気持ちもあるけれど、一週間の半分も経過してない付き合いでわかるくらいには主様の飽き性は本物だ。
となると主様の言葉は真実である可能性が高くて、つまり私がそういった辛辣さに興奮出来るようになれば私のテンションは上がり続けて大変ハッピー。
既にその領域に片足ずっぽり嵌まってる気もするが、これからも積極的に主様に興奮していこう。
「……悪寒がした」
「私の体温ぬくぬくですけど抱きしめて暖を取ったりとかします!?」
「絶対しない」
絶対とまで言い切られてしまった。やったぜ。
「とにもかくにも、諸々を総合すると、私は人前で主様の名前を呼ぶ場合、ラシー様って呼べば良いんですね?」
「ああ、そうしてくれるかな」
「じゃあ二人きりの時はフェアツィヒト様とお呼びしても……?」
「却下。現状維持」
「了解しました主様!」
ビシッと敬礼して元気よくそう答える。
本名呼びというキメラ的イチャイチャ行為? が出来ないのは残念だが、主様呼びも充分に興奮するので私にとって損は無し。
……というか主様呼びがめちゃくちゃしっくり来ちゃってるからなー。
人前だとしても、必要な時だけラシー様呼びにするとして、基本は主様呼びで固定する事にしよう。
そう決めると同時、扉をノックする軽い音が聞こえた。
「二人共、居るかしら? 折角話を聞かせてくれるって事だから、摘まむ用のお菓子も持ってきたわよ」
「とりあえず日が暮れる前に二人で来ました!」
扉の向こうから聞こえて来たのは、聞き覚えのある二人の声。
……ってウワーッ! 大ピンチ!
室内は私が二十五回、いや、二十五回と一回分殺された際にぶちまけられた血で大変カラフルというか、真っ赤っかなカラーリングへと変貌している。
キメラの血なので日差しが入れば綺麗になるが、生憎とこの部屋にある窓は夕日の逆側。
朝日が昇った時は大変良い感じに光が射し込みそうだけれど、現状をどうにかする事は不可能状態。
……っていうか私素っ裸だし擬態だって解けてるよ!
服はズタボロ状態で散らばってて、室内は完全にパニック系の惨状が起きた現場である。
コルセットとレオタードが合体して胸出しデザインになったみたいな、本当にボンデージ衣装じゃねえのみたいな状態なのでギリギリ誤魔化せるかもしれないが、その場合はちょっと色々アレな誤解をされてしまう。
まあ一瞬だけエロい事してたと錯覚させたところで、室内を見られればアウトなのは変わりないのだが。
……駄目だどうにもならない! これは詰んだな!
主様は主様でキメラ姿だし、私の返り血を浴びているので頭から真っ赤に染まっている。
それはそれで大変セクシーでよろしいのだけれど、一般人の前に出るのは完全アウト。
どう誤魔化すのかとおろおろしながら主様と扉に視線を往復させていれば、主様はあっさりとその姿のまま扉を開けて、にこやかに告げる。
「いやあ、お待ちしておりましたよお二人共!」
「……ひっ!?」
「……っ!?」
好青年モードな主様の笑みは、食堂に居た時と何も変わらない。
頭から血まみれで、服にも染みが出来ていて、頭から明らかに人外のものとわかるツノが生えている以外は、だが。
一拍遅れでその異常に気付いたらしい二人は顔を恐怖に染めて息を飲み、顔を青褪めさせた奥さんは完全に硬直してしまった村長の娘さんを庇うように抱きしめながら、じりじりと廊下の壁際へと距離を取ろうとする。
「?」
にっこり笑顔で首を傾げた主様は、自身の現状を思い出したのか、一瞬にしてその笑みを消し、ごっそりと感情も温度も消え去った声色で呟く。
「――……ああ、もう、面倒だな」
「、逃げっ」
咄嗟に村長の娘さんを逃がそうとしたらしい奥さんだが、主様はその動きをさせるよりも早く、二人の首を引っ掴んで室内へと引きずり込んだ。
バチリという音が聞こえなかった辺り、素の速度でやってのけたらしい。
「……っ!」
困惑と恐怖と戸惑いで完全に硬直してしまっている村長の娘さんと違い、奥さんの方は必死の顔で主様の手を離そうと、首を掴んでいるその手に爪を立てようとする。
しかし、
「っ」
主様がストローを曲げるかのような、力をそうも入れていないような動きで、二人の首からはゴギンという音が、重複して聞こえた。
同時、二人分の体からだらりと力が抜け、主様はその体を両方とも床へと投げ捨てる。
ビチャリ、と床にまき散らされている、まだ乾いていない血が跳ねた。
気持ちが良いくらい正直で快活で明るい奥さんも、可愛らしくて村の外に対して興味津々だった村長の娘さんも、どちらも動く様子は無い。
ただの肉になったのが、本能的に理解出来た。
「さて、じゃあ最後の一人が来るのを待つとしようか」
にこ、と主様は微笑む。
好青年モードとは違う、目が笑っていない、顔に貼り付けたような笑み。
「本名を教えた事で問題があるようなら、処分すれば良いだけの話だからね」
それを聞いた瞬間、私はあの時主様がこの三人をこの部屋へと連れ込もうとしていた理由を理解した。
私の迂闊な認識違いから発生した言動によって二人が死に、これからもう一人が死のうとしている。
……あの旦那さんも、良い人だったよな。
ぼんやりした雰囲気で、イケメンで、高身長で、ガタイが良いとは言えないが筋力はしっかりある様子で、奥さんとの会話が夫婦漫才状態だった旦那さん。
今から頑張れば、あの人が死ぬ事だけは回避出来るかもしれない。
けれど、頑張ろうという気が起きない。
……この人達に非は無くて、非があるなら私一人だっていうのに……。
それでもまあ仕方が無いか、ところでこのお肉って食べても良いのかな。
ぐだぐだ考えてもそんな考えに行きついてしまう辺り、私の価値観は大分化け物になってしまった。
ま、胡散臭さがある爽やかな笑みを浮かべた主様が今日も大変格好良いから、良いとしよう。
あなた方の命、御馳走様です。




