私何かやっちゃいましたね!?
大陸の大まかな説明を終えた主様は地図を仕舞い込む。
「そういうわけで、ここから北へ向かう予定だ。良いね?」
「例えマグマの底でも主様が向かうならついて行きます!」
「それは僕が行きたくない」
主様は嫌そうにそう言った。
「暑さでダメージを負うわけでも無いし、何なら低温を維持出来るだけあって熱による炎上は無いけれど……単純に暑さが不快だから嫌だ。何が楽しくて自らストレスを負いに行くんだか」
「あー、精神的ストレスってなるとキツイですもんね! 興奮するくらいのストレスならストレスにもならないんで寧ろバッチ来いって感じですけど!」
「僕はキミのような変態じゃない」
「だからこそ意味があるんですよ!」
そりゃまあ変態性があった方が話は早いって時もあるだろうが、そうじゃない相手がこちらの変態性にヒットする態度をしてくれるから良いのだ。
合わせてくれるわけでも、そういう性癖があるわけでも無いのに、ただその人が存在してその人らしく動くだけでこちらの性癖と合致する、というのは凄く凄い。
何が凄いって、ビジュアル的な好みならともかく、内面的な好みとなると途端にハードルが上がるのに、それをあっさりクリアしてるところ。
ビジュアルがド性癖なのに性格までド性癖とか、私は主様と出会う為だけに生まれたんじゃないかというレベル。
……まあ言っちゃえば眷属キメラ化した時に実質転生したみたいなもんだから、主様と出会う為だけに生まれたってのもあながち間違いじゃない気がするんだけどな!
いやあ私の人生ってばスタートから良い感じにかっ飛ばしたハッピールートだこと。
キメラになってる以上、人じゃないから人生とは呼ばない気もするけれど。
「……キミは本当に言動が読めないな」
「褒め言葉です!」
「ああ、今のは比較的褒め言葉のつもりだ」
「わあい!」
「で」
主様はテーブルに置いてあるメニュー表を手に取った。
広げられたそこに書かれているのは、簡素な料理名が十個足らず。
一応材料は多少選べるようだが、指定した種類の肉を焼くか煮るか、といった様子。
……どっちかというとお酒の方が充実してる感じだ……。
パンと魚と肉と穀物と野菜、あとはスープかシチュー。デザートはフルーツが幾つか、という感じ。
しかもスープとシチューもその時作ってあるのがどっちかによって変更されるタイプ。
対してお酒は種類別で五つ程あるので、実質的に酒の方がメインみたいな扱いに見える。
……まあ、宿屋って考えたらそういうもん、なのかな?
旅人からすれば飯と宿を提供してもらえるだけありがたいだろうから、そこを充実させても、という事なのかもしれない。
メニューが充実したとこで飯が食べたいなら、ちゃんとした食事処へ行けば良いという話だし。
宿屋で食事が提供されるだけありがたい。
……にしても、文字とか普通に読めるんだなあ……。
日本語とはちょっと違うように思うのだが、問題無く意味が頭の中に入ってくる。
そういえば主様以外の言語も普通にわかっていた辺り、異世界特典か何かだろうか。
「僕はワインとラム肉を頼むつもりだけれど、キミは?」
「共食い!?」
「は?」
反射的に言ったら怪訝そうな顔をされたが、いやそうじゃない、と私は頭を振る。
「あの、私達ってアレなわけじゃないですか」
「こういう人気のある場で明言しないところは評価するけれど、ソレが?」
「そこまで空腹感があるわけでも無いし、主食って多分アレだと思うんですけど、普通の食事も食べるんですか? っていうか食べれるんですか!?」
生態的にどうなのかもよくわかっていなかったのだが、主様は何言ってるんだコイツという目で溜め息を吐いた。
「……実質的に死体のようなものだから、僕達はアレを食らうだけで生きていける。まあ食わなくても飢餓感を感じるだけで、生きていく事自体は可能なんだが……飢餓感は飢餓感だからね。何より、人と出会えばその瞬間、反射的に殺して食らってしまう。身に覚えがあるだろう?」
「めちゃくちゃありますね!」
「栄養になる、というのとは違うが、飢えを満たすのはアレだ。そこに違いは無い」
ただし、と主様は鋭い爪の先でメニュー表をカツカツと叩いて見せる。
「これらが食べられないかと言われれば、そうでもない。普通に食べる事は出来る。アレを食らうには四日から五日に一回くらいで良いが、生前の感覚が残っていると空腹感が出るからな」
「あー、意識の癖でついつい間食しちゃったりするアレ……」
「そういう事になるね。まあ、要するにアレ以外の飲食全てが間食扱いになる、というだけだ。栄養が取れるわけでも無ければ必要というわけでも無い。娯楽の一種みたいな扱いで摂取する。そういうものだよ」
「成る程!」
「とはいえ大抵は、それこそ人間をやめてからしばらくは、癖として空腹感を思い出す事が多いはずなんだけど」
頬杖をつき、じ、と主様は長い睫毛を何度か瞬かせて静かにこちらを見た。
「僕はその辺りに対する関心が薄いから、こういうところに来たら摂取する、くらいの感覚だが……文句が一つも無かったね」
「主様のお傍に居られる事が最上の喜びですからね! 主様の近くの、それも主様が吸って吐いたであろう空気を吸い込んでるのにそれ以上何を望むのかって話ですよ! そりゃまあ時々は主様の足が濡れた時とかに舐め取らせてもらえたら最高の甘露だとは思いますけど!」
「気持ち悪い」
「褒め言葉です!」
ガチトーンで顔を顰めての気持ち悪いだったが、主様のその蔑みの視線こそが私を満たしていると言っても過言では無い。
「まあ主様の近くに居られるだけで満たされるのはマジなんですけど、仮に文句を言ったとして、私ここに居られてます?」
「いや、いちいち人間時の癖で腹が減ったとかを一日に三回以上聞かされるのは不愉快だから即殺す事にしてる。聞き飽きた言葉を無理に聞き流そうとしたって、精神的ストレスが募るだけだからね」
「ですよね!」
うん、知ってた。
知ってたというか、主様の性格上、そういうのを嫌うだろうなと思ったというか。
質問とかも結構答えてくれはするが、同じ内容に関してが長くなると面倒臭がる辺り、「同じ内容を繰り返す」という事自体に飽きるご様子。
まあ誰だってずっと穴掘り続けろよと言われたら早い段階で飽きるだろうけど。
「要するに、普通の食事もいける、って事なんですね」
「鉄食いヤギにファイアドラゴンも混ざってる以上、鉱石類や炎も食べられるだろうね」
「えっ」
「炎というよりは熱を食べるようだが、まあ似たようなものだろう」
「……私、炎や鉄を食べるんですか?」
「必要では無いが娯楽的感覚で食事として摂取する事は可能。鉄食いヤギの場合、石ころも魔石も鉱石も宝石も食い尽くす性質だ。鉱山の近くに現れたなら即座に討伐しなければ、鉱山がまるっと一つ分食べ尽くされるくらいには厄介だよ」
「ヤギの食害だ……!」
山に生えてる草とかを食べ尽くしちゃうもんだから土砂崩れが大量発生したりしてヤバいというアレ。
ヤギが増えすぎると山が食い尽くされると聞くが、鉄食いヤギの場合は鉱山夫達が悲鳴を上げるタイプの被害らしい。
「そういうわけで、味覚的に石や宝石、魔石をどう感じるのかが興味深かったから幾つか買った」
「わざわざ細かく色別に買ってたのソレだったんですね!?」
「知らない事を知るのは暇潰しに良いんだよ」
反応を見るのも良いが、知っているものを見返すだけというのはつまらない。
主様は目を細め、どこかを睨むようにしてそう言った。
どこか、というよりは、主様からすれば天敵とも言える退屈を睨みつけているのかもしれないが。
「で、キミは食べるのかい?」
「そうですね! じゃあ野菜で! オーブン焼きになってるヤツが良いです! 個人的には主様が残飯寄越してくれる方が主様の唾液とか諸々混ざった最高の料理って感じで良いんですけど!」
「飽きたら任せる」
「マジですか!? ヤッター!」
明らかに私の今の発言はド変態が過ぎるというかストーカー的発想というか大分ドン引きされる感じの言動だったと思うが、主様は眉をピクリとも動かさずにそう言った。
主様としては単純に飽きる確率の方が高いから、まあどの道残すならそれでも良いか、というくらいなのかもしれないが。
そう思いつつもウキウキしていれば、主様は呼びつけた宿屋のおじさんに食事の注文をし終える。
おじさんがキッチンへと移動したのを見届けて、そういえば、と私は気になっていた事を問い掛けた。
「そういえば主様、私は主様の言葉とかこの辺の文字とか、あと他の人の言葉とかも普通に母国語で聞けるし読める? って感じなんですけど。いえ正確には文字の場合違う文字なのに内容が入ってくるって感じでしたが」
細かいかもしれないがそう注釈を付けくわえつつ、私は問う。
「この世界って、言語が統一されてたりするんです?」
「まったくされていない」
「あっやっぱりそうなんですね! 明らかに大陸複数あるし国によっての特色もあるっぽい気配感じたからそうじゃないかとは思ってたんですよ!」
「人間をやめているから理解可能になっているだけさ」
「え」
はて、人間をやめている、という事は、ここでハッキリ明言するのはアレなのでぼかされているが、つまりはキメラだからわかる、ということになる。
「……魔物はそういうの関係無いぜとか、そういうヤツなんです?」
「いいや? しかし会話は出来た方が楽だし、襲撃した際に重要書類なんかの区別がつかないと困るだろう。相手を降伏させるには対話が出来た方が良い。何より、場合によっては相手に言語が通じるからこそ通用する手段や特性というものもある。世の中には色んな魔物が居るからね」
「私達の種族って襲撃して降伏させたり重要書類確保したりする前提で作られてるんです?」
「天然モノじゃなくて人工的に作られてる以上、便利さはある程度追及されるものだよ」
「まあ確かに」
便利さを求めるから人工的に作るわけだしなあ、と納得した。
そのままでも良いなら皮むきは包丁でも可能だけれど、便利さを求めてピーラーが誕生する、みたいな事だ。
乾燥までやってくれた方が良いからって事で乾燥機付き洗濯機が売れるのだし。
……とりあえず、異世界転移特典ってわけじゃないって事だな。
どっちかというと異世界転生特典状態。
しかも人口増やそうとしたあの天の声によるものでは無い様子で、つまりめちゃくちゃ怠慢してるんじゃねえのかあの天の声。
人口増やしたいならコミュニケーション取りやすいよう整えろや。
……しかも私の場合、落っことされた段階で二回死んだし!
そしてキメラ化状態である。
私個人としてはお陰で主様のお傍に居られるので文句どころかお礼を言いたいくらいだけれど、根本的にどうなんだよ感はちょっとある。
人口増やそうと思った結果コレだし、キメラには生殖的な繁殖が不可能のようだし。
つまり初手で思惑が詰んでいるという事で。
……ま、良いか!
どうせ地球の人口が多い云々なら、多少雑に扱ってただ間引くだけになっても良いだろ的な事なんだろう。知らないけど。
それよりも私としては主様の一挙手一投足を脳裏に焼き付ける方が大事なので、いちいちそんな事を気にするまい。
気にしたところでどうなるわけでも無いのだし。
「あら、さっきの」
「え……あっ雑貨屋の奥さん!」
「そうよ」
やっほー、と手をひらひらさせるのは、丁度今さっき入って来たらしい雑貨屋の奥さん。
隣には穏やかそうな旦那さんと、
「ええと?」
見慣れない少女、中学生か高校生くらいだろう女の子が一緒に居た。
他の人達よりも心なしか良い布を身に纏っているらしいその子を見て首を傾げれば、ああ、と奥さんは気付いたように彼女を見た。
「この子は村長の娘よ。友達なの。今日は一緒に食事の予定だったから」
「旅の方、ですよね? あまり観光する場所も無いんですが、他に見るところが無さ過ぎるって点ではわりと他の場所に勝てると思うので、是非ゆっくりしていってください!」
「わお、それはどうもご丁寧に!」
にっこり笑顔で可愛らしく拳を握ってのアピールタイム、と思いきやそれなりに自虐が尖った感じの仕上がりになっていた。
ポジティブな笑顔でネガティブな情報を売り込まれてしまったな。
流石にウィットに富んだお返しは出来ないので、無難な返しになってしまったが致し方あるまい。
「……ところで、あの、お二人は旅芸人か何か、なのでしょうか……?」
「はは、まあそう思っていただいても良いですよ! 大した芸は出来ませんけどね」
「わあ、やっぱり! 着ている服が明らかに違うからそうじゃないかって思ってたんです!」
好青年な外面モードに入った主様に、彼女はぴょこぴょこ飛び跳ねて嬉しいを表現した。
「もう、本当にこの町って娯楽が無くって! あのあのあの、お使いがどうとかは聞いたのでお忙しいとは思うんですけど、何かお話を聞いたりって出来ませんか!? お姉さんとお兄さんの関係とかも聞きたいし!」
「あはは」
ぐいぐい来るその様子に、思わず笑みが零れてしまう。
確かに珍しさ、というのはあるだろう。
……代わり映えしない日常に、ちょっと変わった何かがあるっていうのは嬉しいもんなあ。
留学生が来た時とかに質問攻めにするアレを思い出す。
いや、留学生じゃなくてもわりと質問攻めは発生するけれど。
「私もそう大した話は出来ないけどなー……っと、私は四季って名前だから、そう呼んでくれれば良いよ。あ、そっちの方はフェアツィヒトで――」
バチッ、という強い音がした。
それと同時、ほんの一瞬、本当に一瞬でしか無かったが、本気の殺意というものが向けられたのがわかった。
「んお? 何か今、音しなかったか?」
「ああ、僕は少々静電気体質で……服が擦れて帯電してしまったようです」
「あー、あるよなあそういう事」
わかるわかる、と旦那さんは頷く。
そんな旦那さんに好青年モードで微笑む主様は、先程までの笑みと何ら変わりないというのに、私に対してだけ異様なプレッシャーを放っていた。
一般村人だからこの圧に気付いていないだけ、という可能性もあるだろうが、他の人達がここまで無反応なら、この圧は完全に私一人へと焦点を合わせて放たれているものなのだろう。
……私、何かやらかしたな?
何をやらかしたのかはサッパリだが、やらかした、というのは察した。
恐らく主様の地雷か何かを踏み抜いたっぽいが、一体どこが地雷だったのだろう。
名前を呼んだ事か、名前を呼び捨てにした事か、それとも主様に自己紹介すらしてない癖に名前をこの人達相手に告げてしまった事か、はたまた全く別の何かか。
何もわからないけれど、主様から本気の圧、それも貴様を確実に殺してやるからなという殺意が向けられている事だけはよくわかる。
「そうだ! もし旅の話に興味があるのでしたら、僕らの部屋に来てください!」
にっこり笑顔で手を叩き、主様はそう言った。
完全に爽やかで格好良くて裏とか無い感じの笑顔と声のトーンだというのに、私に向けられるプレッシャーが据え置き過ぎて何この映像バグ。
映像と音声と字幕、それぞれが何一つとして一致してない映画を見ている気分だ。
「二階の一番奥の部屋が僕達の部屋でして……僕らも、現地の方々からお話を聞くのが大好きなんです! ……ね?」
「はいそりゃあもう大好きです!」
こちらを向いた瞬間、人懐っこそうな笑顔から一瞬にして三日月のような笑みに変わった。
目は弓なりに、口は三日月に。
ハイライトの無い目で「どう答えれば良いかくらいは貴様如きのような最低辺の愚か者でもわかるだろう?」という圧を掛けられたら頷くしかない。
いやまあ頷かない理由も別に無いのだが。
……貴様を殺すって圧掛けられても尚興奮する辺り、私も大分アレだよなあ。
人前なのに見えないところで卑猥な事でもしてるかのような興奮に襲われててゾクゾクする。
卑猥な事どころか殺人予告されてる状態なのに。
痛覚がサヨナラしてる上に既に何度か死を経験したからか、その辺のハードルが変な感じに狂ったのかもしれない。
単純に主様があまりにも好み過ぎて、この人になら何されてもハッピーだわ! という状態になってるだけという可能性も高いけれど。
「うわあ……! 外国のお話、聞けるんですか!?」
「良かったわね。私達は店の事もあるからちょっと厳しいけど……」
「えー! 一緒に聞きましょうよ! 絶対楽しいですよ!」
「それはそうだけど……」
「僕らとしては夜になっても構いませんよ? どういった芸がこの辺りではウケるのか、という視察も兼ねてますから!」
「ああ、そういうのもあるわけね」
確かに死活問題だもんねーその辺、と奥さんは顎に手を当てて唸る。
「となると、どうする? アンタの意見としては?」
「俺としちゃあ珍しい話が聞けるのは楽しみだな。旅人と話す事もあるけどさ、やっぱり旅芸人ってなるとまた別だろ? 仕事終わりでも良いみたいだし、お前も気になるんじゃないか?」
「そうなのよ……いやもう言いたくないけど本当にこの村って売りになる部分がひとっつも無い! せめて旅人から聞いたちょっとした話で小遣い稼ぎするのが関の山ってなレベルなんだもの! まあそれで小遣い稼ぎくらいにはなるから良いんだけど!」
「お前それを相手の目の前で言うなよ……」
「僕らは全然構いませんよ! こちらもお話を聞いて利用したい、というのは同じですから!」
「あー、まあ、そりゃそうか」
なら良いかな、と旦那さんは首を傾げる。
「とはいえ夜に若い嬢ちゃん一人で向かわせるのも何だろ。この宿屋じゃあ酔っ払いも増える時間帯だろうし。今日は早めに店閉める事にして、一緒に行ってやるか?」
「そうねえ……どうせ店にはいつも来るような連中しか来ないでしょうし、夕方頃に私が迎えに行って一緒にここへ来ようかしら。アンタは閉店作業とかヨロシク」
「お前結構容赦ないよな……」
「あら何? か弱い奥さんとか弱い女の子を日が暮れてから外に出すの?」
「そうは言ってないだろ。……ま、お前が一緒に居た方が村長説得するのも早いか。あの人結構過保護だもんなあ」
「あはは……心配性なだけだと思いますけどね」
「年取ってから出来た可愛い娘ってなれば、過保護になるのも仕方ないと思うけど……とはいえこんな狭い村に縛り付けるのも可哀相なもんだわ! 外の事を知った方が世界の広さを知る事も出来るし成長の為には必要不可欠! つまり説得は任せなさい!」
「はい! お願いします!」
何だか盛り上がっているけれど、要するに三人共が夕方から夜に掛けて私達の借りた部屋にやってくる、という事だろう。
・
結局一緒にお昼を取って一旦解散したわけだが、主様の考えがいまいち読めない。
あれからも私へのプレッシャーは継続状態だった辺り、まだ怒りは収まっていないようなのだが、
……わざわざあの三人を呼ぶ理由って何だろ?
よくわからないなあと思いつつ、主様は部屋の扉の鍵を開けて中に入り、私もそれに続いて部屋へと入る。
部屋の中はそれなりに大きいベッドが一つあるだけ、という、なんとも簡素なものだった。
一応壁にハンガーはあるけれど、それだけだ。
まあ簡単な宿となるとこういうものなのかなあ、と思った瞬間、後ろからの強い衝撃で一瞬意識がぶっ飛んだ。
一瞬の、もしかしたら数秒かもしれないブラックアウトから意識を取り戻せば、私は床にうつ伏せの状態で転がっていた。
背中には重みがあって、というか端的に言って踏みつけられていて、この状況下で私を踏みつけるのなんて主様しか居なくて、なのにドラゴンコルセットがあまりにも頑丈過ぎて踏みつけられる重みはあれどもいまいち感触が伝わってこない。
……嘘だろ主様に踏みつけにされるっていう美味しいイベントなのに踏みつけられてちょっと呼吸がしにくかったり背骨へと圧が掛けられたりするお楽しみ要素が台無し!!
今考えるべきはそこじゃない気もするが、浮かんだのがコレだったので仕方ない。
せめて仰向けになった状態で踏みつけられていたなら、感覚がわからずとも主様を見上げてローアングルからじろじろ見れるという素晴らしき世界が広がっていただろうに。
「……本名を呼んで良いのは特別と認識した相手のみで、本名を教えるのはかなり重大な事……というのは、キメラ特有の独自文化。だからこそ、ここまで感情的になるとも思わなかったんだがな」
つつつ、と主様の底がぺたんこになっている靴が背を撫でる。
コルセット部分よりも上に来た為、その感触が伝わって来た。
直後、バヂンという強い音と共に意識が消し飛んだ。
すぐに復活したものの、焦げ臭さからするとどうやら電撃でまたもや殺されたらしい。
「キメラは基本的に不死身だが、間を置かずに連続で殺されれば回復が間に合わなくなり本当に死ぬ。基本的には十何回目かで死ぬのが殆どだが……ひとまずニ十回程死んでみようか」
しゃがみ込んだ主様に頭を掴まれ、蜜柑を潰すくらいの気軽さでプチュンと頭を潰され死んだ。
「まさかあそこまで不愉快に感じるとは知らなかったが、俺が不愉快に思ったのだから仕方がない。不愉快にさせたお前を殺す。それだけだ」
「ご褒美です!」
抗うよりもそう叫ぶ方を優先したところ、普通に無言でまた殺された。




