第五十話 目覚め
――ここはどこだ。
まるで浮いているような感覚。それでいて体がだるく、熱が籠もっているみたい。
――ボコボコボコ………。
一定のリズムで気泡の音が聞こえてくる。
瞼をゆっくり開けると、視界に広がるのは青い世界だった。水の中にいるようだ。なのに、息もできるし、冷たくもない。不思議だ。
ジェイドは腕を動かそうとしたが、鉛のように重くて動けない。腕や足の傷は治っているのに動けないなんて……。
今の自分の状態が理解できない。
――ボコボコボコ……。
「一体、これはどうなってるんだ……」
確か、マッドウルフに襲われたあと、川に流されて、滝に落ちて……そこまでしか覚えていない。
〈――ジェイド〉
誰かが、俺を呼んでいる。
「誰?」
視界の隅々まで見回しても、姿が見えない。
〈私は水の精霊。そして、お前は水印の子。つまりは水精霊の愛し子だ〉
水の精霊?……そういえば、そんな話を以前聖堂で聞いたな。俺が水の精霊の愛し子とかなんとか……。話半分であまり気にとめていなかった。
〈聞いてくれ。愛し子よ。お前は、今、危険な状態だ〉
「マッドウルフたちにやられたから?」
〈違う。そうじゃない。お前の体の傷は回復した。ただ、自身のギフトに殺されそうになっているのだ〉
「どういうこと?」
〈お前のギフト『再生の恵み』は、お前が体が動けないほどのダメージを受けた時、治療が完了した時点で、経験値が2倍から3倍に跳ね上がる。俊敏さも、瞬発力も、攻撃力もそうだ。だが、問題は魔力量〉
そうだ。ジェイドとして12年前に回帰した時、俺の魔力は見習い魔法使い程度の魔力しかなかった。
魔力量の最高値を100に例えると、はじめは15ぐらいしかなかったんだ。
一度倒れて、魔法城に保護されてから、『再生の恵み』のギフトのお陰で魔力量が約2倍〜2.5倍ぐらいに増え、下級魔法使いレベルぐらいに上がった。
約30〜40ぐらいあった魔力量が、今では3倍から3.5倍ぐらいに跳ね上がった感覚がある。以前とはかなり違う。
恐らく今の魔力量は上級魔法使いレベルに達している。もしかすると、死に近いダメージを負えば負うほど、倍が高くなるのかもしれない。
――ボコボコボコ……。
〈その小さな器には、不釣り合いな魔力量が存在しているのだ。その小さな器はがやがて耐えきれなくなり、死に至るだろう。だから、お主に水圧を全方位にかけている〉
「俺は、どうしたらいいのでしょうか?」
〈私と契約しろ。水の愛し子よ。お主の魔力を私に還元するのだ。そうすれば、過度な魔力は抑えられ、お主は生きられる〉
「契約?還元?もしも契約したら、俺はもう水魔法が使えなくなるのか?」
〈言ったろ?過度な魔力を抑えられると。一割程度の魔力はお前に残すが、あとは我が頂く〉
「一割だって!?その程度じゃ、簡単なセルフヒールしか使えないじゃないか。転移魔法どころか火を起こすのも難しい」
〈案ずるな。そんなことせずとも、我と契約さえすれば、目の前に立ちはだかる脅威となる者を簡単に排除できる〉
「あっ……」
……そうだ。俺は追い出されて一人になったんだ。守ってくれる大人がいなくなった。子供の姿で一人で生きていかなくてはならない……。だったら……。
「分かった。どうしたらいいんだ?」
すると、目の前に床まで髪の長い女性が現れた。輪郭が銀色に光っていて、体自体が半透明だ。水中で髪が揺らしながら、ジェイドに近づいてきた。
凛とした目元に柔らかな笑みを浮かべるこの女性は、白衣を身に纏っていた。その姿はまるで神様のようだ。
〈初めましてだな。ジェイド〉
「はじめまして。なんとお呼びしたらいいのでしょうか?」
〈マリベラと呼んでくれ〉
「では、マリベラ様。契約ってどうやってするのでしょうか」
すると、マリベラは包み込むように優しくジェイドを抱っこをした。
「なっ!?」
ジェイドは驚きつつも、マリベラの顔をじっと見つめた。明らかに人間ではないのに、恐怖心が湧きおこらない。それどころか、懐かしさすら感じる。
〈契約をしてもよいな?ジェイド〉
アクアマリンの瞳の奥にある小さな光に、ジェイドの心臓が揺れ動いた。
「あっ……はい。お願いします」
〈我が愛し子、ジェイドよ。我と契約し、永遠の絆を共に刻もう〉
マリベラがそう言うと、ジェイドのお腹に触れた。すると、触れた部分が青白く光りだした。
「うわっ!!」
――ズズズズズズッ!!!
自分の中の魔力がマリベラの手へ流れていくのを感じ取れる。
「この感じ……へそからどんどん、力が抜けていくような――」
思わず、マリベラにしがみついた。
〈ふふっ、怖がるな、愛し子よ。過ぎる魔力を吸い出しているだけだ〉
――ズズズズズズズッ!!!
「まだ、取る気なのか?」
〈あぁ……すごくいい。愛しき子の魔力は、我と本当に相性が良い。例えて言えば、雑味もない、ほんのり甘い蜜のようだ〉
「魔力にも味があるのか!?」
――ズズズズズズズッ!!!
〈相性がいいから甘く感じるだけだ。仮に火の精霊がこの魔力を吸ったら不味いと吐き捨てるだろうな〉
だんだん体に籠もっていた熱が取れ、体のだるさが軽くなった。
マリベラの手が離れると、ヘソの辺りに何か古代文字のようなものが痣のようについている。
〈これは契約の印だ。お前の魔力は私へと繋がっている〉
「これからはずっと君が俺のそばにいるってことなのか?」
〈うむ。私よりも先にお主を見守っていた下級の水精霊がおってな。そやつらにお主を守らせる〉
マリベラが指を鳴らすと、周りにあった水が一瞬で消えて、マリベラとジェイドは空中にいた。
「なっ!?」
ジェイドは自分のいる場所に驚きを隠せなかった。マリベラに抱かれたジェイドは上空にいるのだ。
蒼穹の空に、足元には広がる森。周りは遠くの山々が見え、近くには巨大な滝があった。
「――ジェイドォォ、ジェイドォォーー!!!」
自分の名を呼ぶ男の声が聞こえた。しかも聞き覚えのある声。
声をする方へ目をやると、滝壺の近くで手を振る男と白いローブを身に纏った子供が一人。
「ダグラスさん!?」
たぶん、隣にいるのはレイアだろう。
〈あやつら……。大方何しに来たか予想はつくがな〉
「あっ……」
あの日の怒り狂ったレイアが蘇る。
部屋をめちゃくちゃにし、自分の髪の毛を乱暴に引っ張りながら、玄関先から突き飛ばされた。
いくら誤解だと言っても、聞く耳さえ持たなかった。
顔を真っ赤にしながら、目には涙を浮かべ、鬼のように怒鳴り散らした。
『全部あんたが悪いのよ。あんたさえ、この家に来なければ!!!』
『二度と顔も見たくない!!出ていけ!!』
あの日のことを思い出すだけで、手が震えてくる。
あの憎しみのこもった視線が怖い。
罵る声も聞きたくない。吐く息さえ浅く、胸の鼓動が速くなる。
「……もう、行こう。マリベラ」
〈悪いな、人間ども。愛し子はお主らと話をしたくないそうだ〉
マリベラは俺を抱えて、去ろうとした。
「ちっ、ちょっと待った!!せめて、近くに降りてきてくれないか?なぁ、話がしたいんだ!!」
〈誰もここには来させるなと、魔法城の主には伝えたがのぉ……〉
マリベラはジェイドを抱っこしたまま、しぶしぶ滝壺へと降りて立った。
読んでいただき、ありがとうございます。
また、来週の土曜日の夕方に投稿します。
投稿できるように頑張ります!




