第四十九話 怒りの矛先
ダグラスはレイアたちと一旦別れ、魔法城の別館にある宿舎へ向かった。すぐさま着替えとタオルを持って、共同浴場へ直行した。
ザァァ――――。
汗まみれの疲れた体を、水圧高めのシャワーで癒す。
「あぁ……。水がこんなにも有難いだとは、普段の生活では気づきもしなかった」
「本当、そうですね」
「おい、ポール。なんでお前までついてきているんだ?」
「いいじゃないですか。ダグラス師匠」
「へんなこと言うな。師匠になった覚えなどない」
ザァァ――――。
石鹸の泡まみれになっているポールは、もう髪まで洗っている。
「ちょっと。お前、体洗うの早くないか?」
「そうですか?普通ですけど」
「お前。そこはちゃんと、体を濡らしてから石鹸をつけろよな」
ザァァ―――。
シャワーから白い湯気が上がり、外の光に反射して水の粒子が飛び交う。石鹸の泡が体を滑らせ、ダグラスは束の間の休息に浸っていた。
「ダグラスさんって、ガタイはデカいのに、意外と神経質なんですね」
「そうじゃない、お前が大雑把に体を洗っているから気になっただけだ。それに神経質ではない」
「良かったら、背中洗い流しますよ?」
「いや、そういうのはいいから。お前も風呂上がったら、水道課に戻って、今日のことを上司に報告するんだな」
「いやだなぁ……。行きたくないな、水道課。僕苦手なんですよね。事務仕事。だから駐在の水道士になったんですけどね」
「お前の仕事場を失ったな。あの村はもう、元には戻れない」
「本当に、どこ行ったんでしょうね。ウィリデーヌは」
「さあな」
――キュッ。
蛇口を止めてダグラスは手で顔を拭った。
「全く、どこ行ったんだか……」
風呂から上がったダグラスたちは、いつもの仕事着に着替えて、食堂の隣にある調理場へ向かった。
「そこのお嬢さん、水を一杯頼むよ」
「かしこまりました」
お皿を拭いていた侍女は、特に笑うでもなく、さっさと一杯の水をダグラスに差し出した。
「忙しいのに、悪いね」
「いいえ。お気になさらず」
ダグラスは、コップに入った水を一気に飲み干した。
「くぅ~!!朝から一滴も水分を取っていなかったからな。もうすぐ干からびるところだった」
「そんな、オーバーな」
そう言いながら、ポールも侍女に水を頼んでいる。
まだ足りない気がしたダグラスは、二杯目の水をおかわりをした。
「師匠。あんまり飲み過ぎると、膀胱破裂しますよ」
その場にいた侍女たちがクスクスと笑ってる。
「ポール、うるさい。俺を笑いのネタにするな!」
このお調子者め。そんなに侍女たち気を引きたいのか?
「さて、俺はカルロスが待つ執務室へ行く。ここまでだな」
「ええ、師匠。またぜひ会いましょう」
ダグラスは、ポールと強く握手を交わした後、カルロスの執務室へと急いだ。
****
――コンコン。
「どうぞ」
ダグラスは執務室のドアを開けた。レイアはローブを着けたまま白いカウチソファーに座っている。その横にいるマーサはなんだか疲れている様子だった。
「やあ、遅かったね」
怒っているぽいカルロスの声だ。
「全身ラビットバットとブラッディーベアーの返り血だらけだったから、仕方がないだろ?」
「まずは、石鹸のよい香りがする君から報告をしてくれ」
おいおい、さっそく嫌みかよ。
彼はデスクに肘をつけて手を組み、顎に乗せている。笑顔でいるつもりだろうが、機嫌が悪い時にやる癖だ。とてもピリピリしている。
「今朝から、E居住区の川がなくなっていた。干上がっているというよりは、元からそこには存在していなかったかのように消えていたんだ。水道課のポールと一緒に川上にある洞穴まで行ってきた」
「それで?」
「洞穴に入っても水の一滴もなく、乾ききっていた。そして、洞穴の奥で、地の中級精霊のエルドという子供にであった。川がなくなったことについて聞いたんだ。そしたら、その子は『水精霊の愛し子を虐めた村だからに決まっているだろ?』と」
レイアの顔色が真っ青になった。マーサは娘を包み込むかように、肩に手を触れた。
「確認するが、水精霊の愛し子とはジェイドのことか?」
「その通りだ。エルドはウィリデーヌに頼まれて、複雑な地下水路の一部を埋め立てたらしい。生意気な人間どもが来たら、いたずらして追い払ってくれと頼まれたようだ。ポールと二人でなんとか洞穴を脱出できたけどな」
「ウィリデーヌとは何者だ?」
「E居住区に流れる川の主だ」
「もう、あの村に水を引くことはできなくなった。もう、あの森で生活をするのは無理だろう」
レイアがさっきから俯いて動いていない。
「レイア。大丈夫か?」
レイアは何も言わずにただ小さく俯いていた。
「そういえば、レイア。俺に言いたいことがあると言っていたよな?」
「……」
「王都で何があったんだ?まさか、アンジェリカと喧嘩でもしたのか?」
「あのね……その……」
カルロスが口火を切った。
「王都にある拘置所でジムナムが遺体となって発見された。その遺体がミイラ化していたんだ」
「遺体だと?」
彼の報告が衝撃すぎて、思わず口を押えた。
「まずミイラって何だ?奴はどんな死に方をしたんだ?誰に殺された?」
「ミイラというのは、体中の水分が抜け落ちた体のことだ。そして、奴には血の一滴もなかった。そして、そいつを殺したのは水さまらしい」
「水さま?おい、まさか、水の精霊のことか?」
「聞いて、お父様。昨日の夜、私はその水さまに命を刈られるところだったの」
「え?」
一瞬頭のなかが真っ白になり、思考が追いつかない。
「ちゃんと聞いてちょうだい!!私の夢のなかに水さまが現れたわ。本当なら、私は命を刈られるところだったけど、助かったの。なぜなら、私は絶望していたから」
「……絶望って……どうして?ちゃんと、分かるように説明してくれないか?」
ダグラスは娘のもとへ駆け寄り膝をつき、じっと目を捉えた。
「お母様だった人に縁を切られたの」
「縁を切られただと!?」
レイアの左手を握ると、指先が冷たく冷や汗で濡れていた。
お母様だった人人ってなんだ?
「自分のことは忘れて欲しいと言われたからよ。個人的にはもう会わないでとも言われたわ」
「まさか、噓だろ!?」
ダグラスは、あまりのショックでガクンとしゃがみ込んだ。
(アンジェリカの奴、実の娘に向かって、なんてひどい言葉を!!!)
「お父様!!まだ、話の途中だから聞いて!!ショックでひどく落ち込んでいた私は水さまに命まで取られることはなかった。だけど、右腕だけは失ったわ」
レイアは、干からびた右腕をローブの隙間からちらりと見せた。
「うっっ!!!」
手の指が小枝のように枯れており、肌の色も茶色くなっていた。
「近くで見せてくれ!!」
ダグラスはローブをめくり、右腕をさらけ出した。
二の腕から前腕、指先まで『ミイラ』のようになっており、肌もたるんでいた。小さくて可愛い腕だったのが、老婆のように醜くくなっていた。
レイアがローブを強く引っ張ると右腕をサッと隠した。
「あまり、ジロジロ見ないでよ。そんな顔させたくなかったのに!!」
――ドゴン!!
ダグラスは、言葉にしがたい気持ちを拳で床に打ちつけた。床は凹み、叩きつけた場所から四方にひびが入った。
「くそがっ!!!なぜ、こんな惨い仕打ちを!!うああああああーーーーーっ!!!!」
「私は、自分よりも小さなジェイドを酷い言葉を投げつけて、家から追い出した。たとえそれが誤解であったとしても。それが私の罪であり、この腕が私の罰なのよ」
レイアはそっとローブの上から腕を擦る。
「お前はそれで、納得がいくのか?」
「仕方がないとしか言えないわ。もう受け入れるしかないじゃない」
レイアはしかめ面をした。
「違う!!俺は、納得できるのかって聞いているんだ!!」
ダグラスは我が娘の体を揺さぶった。
「納得するしかないじゃない!!もう、一生このままなんだから!!」
一生?一生だと!?
「お前はまだ、子供だろ?失敗することだってたくさんあるというのに、これは……これは、あまりにも酷過ぎるだろ!!」
息ができない。胸の鼓動が早くなっていく。私の大切な娘が傷つけられた。
「カルロス。なぜ水の精霊の接触に気が付かなかったんだ?」
ダグラスは怒りの矛先をカルロスへ向く。
「なに?君はレイアちゃんの夢の中へ入って、水の精霊と対決しろというのか?馬鹿馬鹿しい!!」
「そうじゃない。夢の中でこんな風になるわけないだろ?外部からの侵入があったはずだ。精霊魔法を使ったはず。近くにいるお前がどうしてそれを感知できなかった!?」
「その夜の主都は大雨だったのだ。水の精霊魔法とはいっても、奴は水そのものだ。通常の魔法ならともかく、水の精霊だぞ?私に関知できるわけないだろ?」
「このヘタレが!!!」
クソッ!!!怒りが収まらないっ!!!
「ヘタレは君だろ?君、アンジェリカと直にレイアのことについて、話し合ったことはあったのかい?」
「いや、それはない……が」
「もしかして、君は今まで一方的に手紙を送っていただけじゃないのか?」
本当のことを言われて、次の言葉が出てこない。
「君が思っているアンジェリカはもういないよ。彼女は君と線を引いて、前を向いて歩こうとしている。それを君は気付きもしないで、レイアちゃんに演劇を見せ、アンジェリカと引き合わせた。だが、結果的にレイアちゃんは傷つくことになった。お前は善人面をしているけど、お前が一番残酷なことを気付かずにしているんだ。ジェイドの事だってそうさ」
「ジェイド、ジェイドって……俺がジェイドに何かしたか!!!」
体中から風の魔力が漏れ出した。
「確かに私は、ジェイドを君に預けてくれないかと頼んだよ。君ははじめはしぶしぶだったけど、情が移ったのか、君はそれを受け入れた。息子のように可愛がろうとしていたのだろう。だが、お前が周りに対しアンテナを張る敏感な男があれば、村人の噂を早々に知り、それを打ち消せたはずだ。それにジェイド君を家に連れてきた時点で、レイアちゃんの様子で嫉妬心にも気づくべきだろ?それなのに、お前は後手後手だ!!」
「くっ……!!」
「君はあまりにも人の感情に鈍感過ぎたんだ。結果、このような惨劇が生まれた。つまりは私が言いたいことが分かるか?」
「なっ……すべて、俺の責任だというのか?」
「そうだ。お前が鈍感で人の気持ちに疎いせいで招いたことだ。大の男が被害者ぶるなよ!!」
放出していた風の魔力が消え、もぬけの殻のように全身の力が出なくなった。
俺のせいで……
俺のせいでこんなことになるなんて……。
ダグラスの目から大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちた。
「お父様!!」
レイアは、がっくりと肩を落とす父親の側に寄り添った。
「カルロス様、本当に言い過ぎです!!」
「腑抜け野郎には用がないんだよ。泣くことよりも先にやるべきことが君にはあるだろ?」
ダグラス涙で濡れた顔を上げ、カルロスを見上げた。
「水の精霊を探しだして、元に戻してもらう方が先決じゃないのか?」
……そうだ。アイツの言うとおりだ。泣いている暇などない。
ダグラスはレイアを抱えて立ち上がった。
「……明日、レイアと一緒にマリベラの滝に行ってみるよ」
彼の頬から伝わる涙は止まった。




