第四十ニ話 歌劇『ロザリオの奇跡』(二)
「ねぇ。クリス様、とても素敵だと思わない?」
「だよね〜。黒髪の貴公子って感じ?」
「でも、彼、平民なのよ。残念よね〜」
「だったら、彼のパトロンになればいいのよ」
4人の若い令嬢たちの声がパウダールームに響いている。
個室に入っていたレイアは辟易しながら、聞き流していた。
「でも、ルミナスクラウンの団長ってさ、アンジェリカ様の名誉を守るために貴族裁判を起こしたのよ」
「何よ、それ?」
「知らないの?ジュリアス様とアンジェリカ嬢の不倫という虚偽の噂を広めた罪で男が逮捕されたって話よ」
「あ〜。知ってる〜。あの裁判自体が、売名行為じゃないかって密かに噂されているヤツでしょ?」
「ウッソ〜!そこまでやる?」
「確かに、各劇団それぞれ劇場を確保するために競争し合っているものね。だからって自分の劇団を売り込むために裁判まで起こす?」
「絶対、ルミナスクラウンの売名行為に決まってるじゃない。だって、私、ジュリアス卿とアンジェリカ嬢が宝石店でイチャイチャしているのを見たんだから〜。不倫も実は本当なんじゃないかしら」
「「いやらしいわね〜!!」」
レイアは、想像の中で好き勝手に話す令嬢たちの頬を殴り倒す。
――バタン!!!
無言で個室から出てきたレイアは、たむろしている令嬢を無視して手を洗う。
「貴方!!乱暴にドアを開けないでよ!!下品ね」
「……」
「何とか言いなさい!!」
「……噂の真相が聞きたければ、直接本人に聞けばいいじゃない?あぁ、本人がいないところで悪口を言うのがお好きなのね。王都のご令嬢は」
軽蔑するようにレイアは睨みつける。
「なっ……何よ、この生意気な子!!」
一人の令嬢が、前に出てレイアに詰め寄る。
――ガチャリ。
「そこで何をなさっているのかしら?」
マーサが毅然とした顔でパウダールームに入ってきた。
「あっ……!!」
慌てる令嬢たち。
「マーサ、何でもないわ。行きましょう」
レイアは、マーサと一緒にパウダールームを出ていった。
「……」
「……レイアお嬢様。中で何があったのですか?」
「……大したことないわ。ただ、無性に耳の中を洗いたい気分よ」
「……さようですか」
2人がボックス席に戻ると、カルロスは席を外していた。
(『絶対、売名行為に決まってるじゃない。だって、私、あの2人が宝石店でイチャイチャしているのを見たんだから〜。不倫も実は本当なんじゃないかしら』)
レイアは視線を落とし、スカートを握りしめる。
「……噂話で振り回されるのは、もうゴメンだわ」
「えっ?」
「何でもない」
カルロスが程なく戻ってきた。
「ふぅ〜間に合った。お待たせ〜!」
「おじ様、遅かったですね」
「いや〜、モテる男はつらいよ。御婦人に囲まれて散々な目にあった」
「……そうですか」
レイアの薄い反応に、カルロスが首を傾げた。
「何かあったの?」
辺りは再び暗転し、オーケストラの優雅な音楽が流れ出した。
――第二幕上演
場面は隣国ラルストニア王国の謁見の間。
ユーラシス王国の王宮は第三騎士団の手によって陥落し、ユーラシス王国を事実上支配することができた。
王族は牢に入れられ、国王は首を取られた。
元々ユーラシス王国は恐怖政治を敷かれていた。王族や一部の貴族たちが贅沢三昧に暮らす一方で、国民は重い税を課せられ、明日食べるものにも困っていた。
ユーラシス王国が崩壊したことは、国民にとって救いでもあった。
ラルストニア国王は、手にした聖剣を男の両肩に交互に触れた。
その男こそ、この功績をもたらした第三騎士団の黒騎士の団長、アルベルト・クローデル男爵だ。
アルベルトは伯爵に昇格し、小さな領地を与えられた。そして、もう一つだけ褒美をやると国王は言う。
アルベルトは、会場に向けて歌い出す。
♪私にはユーラシス王国でとある方に一目惚れをしました。
野薔薇のように可憐で、蝶のように美しい、その愛しきエリザベート・フォン・ユーズベルトとの婚約を私の褒美としてお許しいただけませんでしょうか?
エリザベートの家族も私が引き受けます。一生大切に致します。どうか、わたくしの願いをお許しください。国王よ――。
側で固唾を飲んで見守るエリザベート。
こうして晴れて婚約が決まり、エリザベートは、アルベルトの屋敷で一緒に暮らすようになった。
エリザベートは家族の再会を喜ぶ。エリザベートの父は、祖国に残る貴族たちのまとめ役として支配下にある旧ユーラシスへ戻ることになった。
舞台背景は変わり、グローデル伯爵の園庭。
アルベルトとアンジェリカは、園庭にある東屋のベンチで並んで座っている。
アルベルトは伸ばしかけた手を、エリザベートの肩へ向ける。触れたいと思うのに、あと一歩の勇気がでない。
エリザベートもモジモジして恥ずかしそうに下を向く。
初々しい二人のシーン。そこからアルベルトがどのように一目惚れをしたか、どれだけエリザベートに惹かれ、恋をしたか、朗々と歌い上げる。
胸に手を当て、傍でため息を漏らすエリザベート。
バリトンボイスの豊かで深みのある声が会場の女性たちをうっとりさせる。
「いや〜。聞いていて、こちらが恥ずかしくなるアリアだね。やはり女性は、ああいうのが好きなのかな?」
カルロスは両腕を擦っている。
「……大人ってなんで恋をするのかしら」
「ん?レイアちゃんはこういうのに憧れないの?」
「……分からない。今は知りたくもないわ」
「???」
ある日、エリザベートに手紙が届いた。それはローズマリア第二王女からお茶会の誘いだった。アルベルトは断るように進言するが、エリザベートは首を横に振る。
♪わたくしは貴方様の婚約者としてお役目を果たしたいのです。
惜しむように2人は別れ、エリザベートは第二王女がいる皇宮へと向かう。
緋色の幕が閉じ、しばらくして幕が開いた。
バラ園で長テーブルを囲んでお茶会を楽しむ令嬢たち。センターには第二王女らしき人物が扇を広げ微笑んでいた。
そこへエリザベートがやってくる。
♪輝く太陽の元にご挨拶を申し上げます。わたくしはアルベルト・クローデルの婚約者、エリザベート・フォン・ユーズベルトでございます。お招き頂きありがとうございます。
柔らかなカーテシーを終えると、侍女が席を引いてくれた。エリザベートが席につくと、令嬢たちの動きがピタリと止まる。重苦しく静かな空気。
令嬢A♪あら?なぜ、勝手に座っているのかしら?ローズマリア王女がお許しになって?
令嬢B♪ユーラシスでは、こんな無作法が曲がり通っていたのかしら?
慌てたエリザベートが席を立ち、再びカーテシーをして頭を深く下げる。
令嬢たちの蔑む笑い声が響く。
令嬢C♪アルベルト様はセイレーンにでも惑わされたのかしら?それとも、魔女の魅了にでも惑わされたのかしら?
肩を震わせ、耐えるエリザベート。
令嬢たちが代わる代わるエリザベートの悪口の重唱が続く。
その度に高笑いをするローズマリア第二王女。
「ねぇ、マーサ。これが私に見せたかった貴族の姿なの?」
レイアが抑揚のない声で、マーサに尋ねた。
「ごほん。……こういうことも無きにしろあらずと言った所ですわ」
「……貴族の世界って、怖いところね」
レイアは、パウダールームの令嬢たちのことを思い返していた。
「でも、こういうことはほとんど稀だし、ほとんどの貴族のお茶会は楽しくて穏やかなものだよ?」
カルロスが慌ててフォローをする。
「それは、ご令嬢にモテるおじ様の場合はそうでしょうよ」
「それは……その……そうかも知れないが……」
レイアの鋭いツッコミに、カルロスもこれ以上何も言えなくなった。
第二王女♪以前アルベルトは、わたくしに惚れていたのよ。相思相愛だったのに、隣国へ行ってから彼は変わってしまった……。
令嬢全員♪あぁ、ローズマリア王女様。お労しや、お労しや……。婚約を取り止め、早々に隣国へと立ち去ればよいものを!!あぁ、嘆かわしや……!!
第二王女♪あぁ、あの頃のようにわたくしの腰に手を当て、耳元で愛を囁いてほしいわ。……そうよ、アルベルトはわたくしの愛する人。
令嬢全員♪あぁ、誰かが諦めさえすればいいのに――
居たたまれなくなったエリザベートは、泣きべそをかきながら、その場から逃げるように立ち去った。
その帰り道。エリザベートの乗っていた馬車が襲撃に遭い、黒装束の男たちにエリザベートが攫われる。
トランペットが鳴り響き、不安定な短調の演奏で緋色の幕が閉じる。
――波乱の第二幕が終演した。




