第四十話 バーモンド国立演劇場
重厚な赤褐色の外壁を持つバーモント国立演劇場は、演劇好きなバーモント・ルゼ・アルスヴァンド国王の指示の元で造られたという建造物の一つである。
劇場前広場は、石畳を踏みしめる馬車や賑やかな人々の足音が響き、華やかな衣装に身を包んだ紳士淑女たちが次々と正面玄関へと吸い込まれていく。
レイアは自分が場違いな所にいる気がして、隣にいるカルロスの手を握りしめていた。
「おじ様……」
「ふふっ、いいよ。手を繋いでて」
――私たちは大きなアーチを潜り抜け、エントランスホールへ向かった。
「うわぁ……凄いです!」
エントランスホールは磨き上げられた大理石の床や柱が左右対称に広がっていた。そこで貴族たちがそれぞれグループを作っては談笑している。
「まるで別世界へ来たようだわ!」
目に付いたのは、大きなガラスケースだ。ひときわ豪華な純白のドレスが飾られていた。他にも綺羅びやかな衣装や、宝石類なども展示されている。
令嬢や貴婦人たちは扇子を広げながら、スタッフに声をかけたり、こそこそと交渉したりしているようだった。
レイアはカルロスの袖を軽く引っ張る。
「おじ様、あれは何をしているのでしょうか?」
「あぁ、あれね。分かりやすく言うと、舞台衣装や宝石を展示販売しているんだよ。コンフォート家は宝石商だからね。あと、衣服の工房をいくつも持っている」
「……確か、コンフォート伯爵家がルミナスクラウン歌劇団を経営しているのですよね」
「そうだよ、マーサ。他にも、ハルバレス伯爵歌劇団と自由市民歌劇団もある。あと、王家直属の歌劇団もあったな……」
「意外とライバルが多いのですね……」
「だが、コンフォート伯爵家のルミナスクラウン歌劇団は、王都でも一、二を争う有名な歌劇団だよ?」
しかし、想像以上の人の多さにレイアは鼻をつまんだ。
「色んな香水の匂いが混ざって、気持ち悪いです。早く、席を探しに行きませんか?」
「あはははっ!そうだね。このチケットを受付へ渡しに行こう」
フロントの受付でカルロスは人数分のチケットを手を足した。フロントのお姉さんがチケットに手をかざすと、小さな魔法陣が現れた。
「確かに承りました。2階席のバルコニー席となっております」
「ありがとう」
すると、背後から男性の声がした。
「……あの。失礼ではございますが、貴方様はあのイグニスト伯爵家のカルロス様で間違いないでしょうか?」
ここの支配人だろうか?
「ああ。そうだが?」
「恐れ入ります。イグニスト伯爵家には、以前よりご契約いただいておりますボックス席がございます。本日はそちらをご利用なさいますか?」
「まさか、兄上がここに来ていたのか?」
「ええ。カルヴァン様は、たまにご令嬢をお連れしてるのをみたことがあります」
(あの強面の人が、令嬢を連れてここに来るんだ。真面目そうなのに意外だわ)
レイアとカルロスは目が合った。互いに同じことを思ったのだろう。
「へぇ〜、兄上もやるな……。では、遠慮なく、ボックス席に座ろう」
「では、係の者がご案内致します」
豪華な白い階段を上がり、赤い絨毯の廊下を歩く。優雅に歩くカルロスに、令嬢たちは釘付けだ。彼が微笑むと、慌てて令嬢たちは扇子で顔を隠す。
(本当に、どこ行ってもモテるよね)
2階案内された先にあったのは、劇場の壁面に沿うように並んだ小さな扉だった。
係員が扉を開くと、そこはプライバシーに守られた豪華な空間が広がっていた。
壁には鏡がある。身だしなみを整えるためのものだろう。壁掛けランプの淡い光が鏡に反射し、室内を柔らかく照らしていた。深紅の絨毯に、所々に豪華な金の装飾が施されている。目の前には上質な2人掛けソファーが鎮座していた。
早速レイアは、その柔らかなソファーに腰をかける。
「あのカルヴァン様もどこかのご令嬢と隣同士で座ったのかな?」
「ふふっ。そうかもね。おじさんのくせに気色悪いよねぇ〜」
カルロスもレイアの隣に座った。マーサも静かに後ろの腰掛けに座る。
真正面は金飾りがついた手すりがあり、そこから舞台全体を一望できる。
下を見ると、客席には華やかな衣装を纏った紳士淑女が集まり、開演を待ちながら静かなざわめきを作っていた。
レイアは壁に掛けられているオペラグラスを目にした。
「2つあるけど、これを使ってもいいのかしら?」
「そうだね。君とマーサで使うといいよ。僕は自分専用のものがあるからね」
カルロスは懐から小型のオペラグラスを取り出した。
「カルロスおじ様も、歌劇をよくご覧になっていたの?」
「……そうだな。仕事が忙しくて頻繁には来れなかったが、学園時代はよく来ていたな」
「恋人とですか?」
「レイアお嬢様、そんな不躾なことを聞いてはいけません」
マーサは眉間にしわを寄せる。
「マーサだって気になるでしょ?」
マーサの顔を覗き込むように聞くと、彼女は視線をそらした。
「……気になりません」
すると突然、オーボエの音が鳴り響いた。それに合わせて、他の楽器がチューニングを始める。
「ほら、いよいよ始まるぞ」
照明が落とされた。会場のざわつきが静かになった。
舞台近くのオーケストラピットでは、楽器を構えた演奏者たちが静かに待機している。
やがて指揮者が現れると、ゆっくりとタクトを掲げた。
18時に20分頃に投稿します




