第三十九話 兄弟ケンカ(二)
一瞬、演習場は無音になった。
あの第三騎士団団長のカルヴァンが体勢を崩し、よろめいたのだ。
それを見ていた若い騎士達は、ざわめき始める。
「団長?」
「団長の様子がおかしくないか?」
近くで見ていたレイアとマーサも、ただ呆然と試合を見ていた。
「マーサ。一体、何があったか分かる?私、何も見えなかったけど……」
「わたくしに聞かれても、分かりかねます……」
近くにいた髭面のガタイの良い騎士がレイアの後ろで豪快に笑った。
「あははははっ!あのカルヴァン団長が、いきなりみぞおちに一発やられたみたいだぞ!!」
その言葉に息を呑む騎士達。
何も見えていなかったレイアは好奇心に押され、その騎士に話を聞いてみた。
「あの。今、何が起こったのか、私にも教えてくれませんか?」
豪快に笑った騎士は顎髭を撫でながら、機嫌よく教えてくれた。
「あれはな。あの弟君が、気配を消しながら剣筋を躱し、団長のみぞうちにこいつを当てたんだ」
その騎士は自身の腰に付けている剣の柄頭を武骨な手で撫でた。
「あの弟君は、普通の騎士とは違って毛色が違う。どっちかと言えば、暗殺者だな。しかも相当な場数を踏んでいると見た。もし、ここが戦場なら間違いなく団長は死んでいたな。それに――」
「それに…なんですか?」
「あの弟君から、何も感じない」
レイアは首をかしげた。
「何も感じないって、どういう意味ですか?」
「普通、剣を握る奴には少なくとも殺意にも似た闘志が出るもんだが、彼にはまったくその気配すら感じられないんだ。感情を一切表に出さず戦っているからか、カルヴァンの勘が働きにくい」
「……勘ですか」
「ああ。俺だったらあの弟君とだけは、やりたくないね」
すると、カルロスが剣をくるりと振り回し、余裕たっぷりな態度を見せている。
「まさか、これで終わりではないですよね?時間の無駄だから、次は本気でお願いしますよ!」
わざとこちらに聞こえるような声でカルヴァンを挑発する。
「望むところだ!!」
レイアとマーサは顔を見合わせた。少し嫌な予感がしたのだ。
(もしかして、長くなる?開演前に、お昼ごはん食べに行くんじゃないの?)
二人の戦いは不思議だった。なぜなら、カルヴァンが物凄い速さで、一人で剣技の演武をしている様に見えたのだ。全くと言っていいほど、カルロスの姿を捉えることができない。
カルヴァンの周りに銀色の閃光が走り、同時に甲高い金属音が激しく鳴り続ける。
カルロスおじ様が、認知阻害の術でも使っているのかと髭面の騎士に聞いてみると、太い腕を組んで唸った。
「彼から魔力の放出は感じないんだよなぁ。もしかして、魔道具でも使っているのかもな」
「これは魔法なしの戦いなんだけど……。魔道具ならセーフなの?」
「う〜ん。まぁ、魔法攻撃をしているわけではないから、グレーに近いけどな」
しかし、カルヴァンも相当強い。剣を振る度に、風圧で石畳が割れ、地面が線上に抉れる。途中、黒髪を結った紐が切れた。長い髪を靡かせながら俊敏に後方へ跳躍すると、空中でその身を回転させ、銀の閃光をことごとく叩き返した。
「カルヴァン様の方は、身体強化を使っていませんか?ご自身で『魔法禁止』って言っていたくせに……」
すると、顎髭の騎士がしゃがんで口に指を当てた。
「しっ!お嬢ちゃん。あのプライドの高い団長が一瞬でやられたんじゃ。そりゃ力に頼りたくなるだろう。それにほら、他の騎士達から見れば、身体強化なのかそうでないかは、見ても分からん」
「えーーっ。二人とも姑息な考えをするなら、最初から魔法ありきでぶつかり合えばいいのに」
すると、カルヴァンの動きが止まり、カルロスも歩みを止めた。
「小さなレディーが我々に対して『姑息』とか言われていますけど、どうします?」
あざ笑うかのようにカルヴァンを挑発するカルロス。
「ふん!!誤解しているようだが、これは別に身体強化ではない。しかし、そこまで言うのなら、潔く魔法攻撃も使おう。お前も、その小賢しい魔具を外せ。互いに全力を出し切って、イグニスト家で誰が強いか、この際はっきりさせてやる!!」
「望むところです。僕だって全力でいきますから!!」
カルヴァンの右手から吹き上がった炎が剣に燃え移った。
カルロスは一息つくと、胸元からネックレスを地面に落とした。すると、カルロスの存在感が薄かったのが、より鮮明に見えてきた。
「兄上、何か忘れていませんか?」
カルロスは両手を挙げて、巨大な結界を張った。
「これぐらい周りに配慮をしないと、騎士たちに嫌われてしまいますよ?」
結界の中に閉じ込められた2人の戦いは、派手で、見応えのあるものだった。両者一歩も譲らない気迫がある。
見ている限りだと、カルヴァンは火の属性しか持っていないようだ。だが、桁外れの魔力を持っている。
カルヴァンは両手を上げ、赤々と燃える隕石のような超巨大火球を回転させ、宙に浮かせていた。
「僕は器用貧乏なんだ。兄上ほど一つの属性を極限に練り上げることができない」
「はっ!褒められた気がしないな。火、土、風、3つの属性を持っている極めて稀な奴には言われたくない」
カルロスの周りに、土でできた人型が4体現れた。その4体に風を纏わせている。
両者、張り詰めたように睨み合う。
「「喰らえ!!!」」
超巨大な火球が動き出す瞬間、4体の人型が一斉に消えた。
「なっ!?」
その4体はカルヴァンを取り囲むと、反撃の隙を与えることなく、一気に襲いかかる。右脇腹、左膝、後頭部、最後の1体は、容赦なく股間を蹴り上げた。
「ぐはっ!!おのれ、卑怯な!!!」
カルヴァンの放った超巨大火球は、カルロスから逸れ、結界の壁に当たり大爆発を起こした。
――ドゴォォーーーン!!!
内部は紅蓮の光を放ち、結界壁がバネのように揺れ、軋む音がした。爆発の衝撃波で地面が揺れ、周りの騎士たちが騒ぎ出した。
マーサは恐ろしくなったのか、しゃがみ込んでいた。
「なぁ姉ちゃん、この双眼鏡はよく見えるだろ?」
大柄の髭男はニコリと笑った。
レンズに覗き込んだままのレイアは、この戦いを見て口が半開きになりっぱなしだ。
「カルロスおじ様は、やっぱり卑怯な手が似合いますね。全力を出したカルヴァン様が気の毒に思えてきました」
「がはははっ!君は面白いこと言うなぁ〜」
こんな状況で豪快に笑う彼こそ、肝が座っている。
「カルロスおじ様、死なないですよね?」
「死ぬと思うのか?」
「う〜ん。……思わないです」
レイアがカルヴァンに双眼鏡を向けると、しゃがみ込み、股間を抑え悶絶していた。その背後でカルロスがレイピアを構えていた。
「これって……カルロスおじ様の勝ち?」
****
――2時間後
レイアとマーサは、近くの高級ブティックのソファーで40分近く待たされていた。
「お待たせ~!」
最初に身に着けていた衣装と、雰囲気の近いものを選んだようだ。
今回はアクアマリンの宝石のブローチがとても映えていた。オフホワイトのシルクのマントは内側が濃紺になっていて、歩くたびに揺れる金糸の刺繍がとても美しい。
首元のクラバットはまるで王族を思わせるような気品があり、美顔のカルロスによく似合っていた。
カルロスはモデルのようにスタイルが良く、国宝級の美しい顔をしているので、ブティックの女性店員は全員釘付けである。ダグラスと同い年というのが、信じられない。
「カルロスおじ様。なんでおしゃれをするのに時間がかかるの?遅すぎです!!」
レイアはソファーの真ん中で腕を組んでそっぽを向く。カルロスは愛想笑いをしながら、手をすり合わせた。
「ごめん、本当にごめんよ。せっかくのレイアちゃんの誕生日だっていうのに、こんな寄り道させちゃって……」
白い歯をちらりとみせて、女性が悩殺するほどの笑顔を見せた。後ろで店員と女性客が悲鳴を上げている。
「あの一張羅の服で戦って、こうなることは予測してたでしょ!!」
レイアは周りを見ながら、小声でカルロスに話しかける。
「だからさ。ごめんって~!今度何かおごってあげるから。ねぇ?」
カルロスは、あの一張羅の恰好でそのまま試合に臨んだ結果、アイボリー一色の服がボロボロに焼け焦げ、煤だらけになっていた。
演習場を出た後、カルロスはイグニスト家のタウンハウスで風呂に入り、綺麗な礼服に着替えた。
それにもかかわらず、高級ブディックに寄ると言って聞かず、こうして待たされていたわけだ。
「カルロス様。お食事時間が押しています。あと30分しかありません。どこで食事なさいますか?」
マーサはいつもの冷静沈着な口調で、カルロスに尋ねる。
「王立音楽劇場の向かいにある喫茶店でバケットサンドでも軽く食べようか?」
「ううっ……。バケットサンドか。折角、お洒落したのに……」
「レイアお嬢様。カルロス様は、ダグラス様の代わりに劇場へ連れて来てもらったのです。あまり文句は言えませんよ」
そう言うと、マーサは小さく苦笑いした。
「分かっている。でも、まさか、あんな苛烈に戦うなんて想像もしてなかったから」
ぐうの音もでないカルロスは頭を掻いている。
❇❇❇❇
私たちはブティックを出て、馬車に乗り込み、劇場へと向かう。
「それにしても、カルロスおじ様の戦い方って、基本卑怯なんですね」
「卑怯?効率のいい戦い方って言ってほしいな」
「だって、魔法を使わないと言っておきながら、認知阻害のネックレスを使っていたじゃないですか?」
「ああ、いつもそうして戦っているからな。クセなんだ」
「クセって……。それに全力をぶつけるって言っておきながら、巨大火球の制御で両手が塞がっているカルヴァン様に4体の人型で一斉攻撃。何も股間を狙わなくったって……」
「戦いに綺麗とか汚いとかないんだよ?急所を突くのは戦いの基本だからね。勝てばいいの」
「そんなもんですかね?」
「ふふっ、そんなもんだよ」
馬車は賑やかな通りに入り、人の行き交う姿が多くなった。
「ところで、褒美はなんですか?」
「それは、僕のやることに口出しをしないことだよ。勝負は僕が勝ったから、もう、何も言ってこないとは思うけどね」
カルロスは長い足を組み、自慢げに笑った。
「しかし、カルヴァン様もお強かったですね。まさか炎の魔法をあんな風に駆使するとは思いませんでした」
マーサはいつだって公平で、カルロスの兄であるカルヴァンのことも一応褒める。
「少年時代は、全く敵わない相手だったけどね。魔法城で鍛えられてからは、僕の方が力がついたみたい」
レイアは聞いてもいいか迷ったが、疑問を残したくはなかった。
「どうしてお二人は、あんなに仲が悪いのですか?」
一瞬、カルロスは目を大きく開いたが、諦めたかのようにレイアに微笑んだ。
「小さい頃は仲が良かったんだ。ああ見えて、兄上は面倒見がいい方だったんだよ。僕が14歳で王都の学園の寮に暮らしはじめてからかな。だんだんと兄上とは疎遠になり、口数も少なくなっていった。男兄弟ってそんなもんだと思っていたさ」
彼は腕を組んで、座席の背もたれに寄りかかった。
「本当に亀裂が入ったのは……僕が、ある人に恋をして、付き合い始めてからかな。兄は真っ当な常識人間であり、世間体を気にする男なんだ。お付き合いしてる人が僕に相応しくないとしつこく言われ続けて、そこから兄上とは仲が悪くなった。馬鹿みたいな話だろ?」
意外な理由にレイアは何も言い返せなかった。
「その……カルヴァン様は、ただカルロス様の身を案じていらっしゃったのでは?」
マーサがもっともなことを言う。
だが、カルロスは自身の腕をぎゅっと掴んだ。
「どうだろうか。兄上は家長だし、イグニスト家の存続を考えているのは分かる。だが、兄上は僕が彼に入れ込むことで、伯爵家に泥を塗るのではないかと恐れているだけなのさ」
(えっ。彼?聞き間違いかな?)
レイアが首をかしげる。
「酷な言い方ですが、それが普通のことだと思います。長男たるもの、弟たちが道に反しないように全力で止めるのでは?」
マーサも負けてはいない。マーサもカルヴァンと同じく常識的な人間だからだ。
それを聞いて、カルロスは自嘲するように笑った。その笑顔はどこか寂しげでもあった。
「普通か。君もそう思うんだね。でも、普通ってさ、一体誰が決めるんだ?普通という枠から零れ落ちた人間はどうなるっていうんだ。僕はね、『普通』という言葉に縛られたくないんだ」
(……なんでだろう。カルロスおじ様が、今にも泣きそうな顔をしている)
「ここへ来たときに、僕はもう決めたんだ。僕は僕の望むように歩くよ。誰に何を言われようとも、誰に反対されようともね。そうでないと、この人生が一体誰の人生か、分からないじゃないか」
(お母様も、自分が望むように人生を歩いている。自分の夢を選び、私の隣にいないという選択をしたお母様……)
レイアはスカートをぎゅっと握りしめた。
「実は、歌劇が終わった後、会わせたい人がいるんだ。僕と一緒についてきてくれるかな?」
レイアは静かに頷いた。
「分かりました」
それからというもの、劇場前の喫茶店で、バケットサンドを三人で食べた。馬車での会話のせいか、3人とも食事中、沈黙が続いていた。
レイアはお腹が空いてはいたけど、緊張であまり食が進まなかった。
「ほら、しっかり食べなきゃ。歌劇は意外と長いからね」
「はい……」
レイアはブレッドサンドをひと齧りすると、窓ガラスの向こうにある劇場に視線を置いた。
正直、会いたいけど、会うのが怖い。
レイアは、胸がざわついて仕方なかった。




