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第三十八話 兄弟ケンカ(一)

クリーム色の革張りの一人掛けのソファーに足を組んでいる男は、紅茶を上品に啜るとため息をついた。


カルヴァン・レイ・イグニストは、艶のある黒髪をしていた。前髪を片側だけ綺麗に流し、後ろに結ばれた髪は腰まで長い。


目元は同じ菫色の瞳で、目鼻立ちは双子のようにそっくりなのに、髪の色が違うだけでこうも印象が違う。


「ごめん、待たせたね」


カルロスが応接室へ戻ってきた。カルロスは斜めにある一人掛けソファーに腰を下ろす。


待機していたメイドが、カルロスのために紅茶を淹れ始めた。


「紅茶飲んでないの?遠慮しないで飲んでよ。冷めたら美味しくなくなるよ?」


「あっ……はい」


レイアは、重苦しい雰囲気に圧倒されつつ、温くなった紅茶を口にする。カルロスとカルヴァンの様子をうかがうが、決して仲良しとは言えないだろうと察した。


「カルロス。いつまでも結婚しないと思っていたら、こんな小さなレディーを連れてデートか?長い間会わないうちに嗜好が変わったようだな」


声はとても素敵なのに、皮肉めいた言葉で牽制する。


「あははっ!そんな訳ないでしょう?お兄様も会わないうちに随分と俗っぽい冗談を言うようになったものだ」


「8年も音沙汰がないとは情けない。イグニスト家の次男なら、少しはお父上に手紙の一つでも送れ。ここに父上が来られるたびにお前の結婚話をされてもかなわん」


「それは、善処致します」


カルロスの気品ある笑みに、レイアは背すじがゾッとした。


(これが、貴族の作り笑いなんだ!貴族にとって優雅な振る舞いは鎧のようなものだって、マーサが言ってたもの)


「ところで、アルガバス子爵とウォーレント伯爵が手を組んでジムナム・アルグランドという男に貴族裁判を起こしたってな」


カルヴァンはちらりと私の方を見た。


(ん?ジムナムが裁判?手を組んでって何のこと?)


レイアはジムナムが何をしたのかは知らない。知っているのは、お母様が家を出た事情だけ。


「兄上。いくら貴方でも、子供のいる前でそんな話をするなんて無粋だとは思いませんか?」


カルロスの眉が歪んだ。隣にいるマーサは私の手を強く握りしめている。


「何、真実を述べただけだ。ただ、あのジュリアス卿が絡んでいるから少し気になってな」


「なぜ、兄上がそのことを気にするのですか?」


カルロスの声が唸るように低くなる。バツが悪くなったのか視線を逸らしたカルヴァンは、レイアに話しかける。


「ときに、君達はアンジェリカ・フォン・リュミエールという女優が出演する歌劇を見に行くとか?」


カルヴァンがこちらに向いて話をしたので、レイアは頷いた。


「はい。『ロザリオの奇跡』という恋愛歌劇だそうです」


「フッ、恋愛歌劇だなんて、十年早いのでは?」


「十年経てば、それこそ遅すぎます。歌劇で貴族世界の一端を知るのも教育かと」


珍しく、マーサの声が怒っている。


「奇しくも貴族にも関わらず、歌劇女優をする意味が分からないな」


カルヴァンの冷ややかな一瞥に、レイアは身を固くした。


(今、お母様を侮辱した?)


体内の魔力が一瞬だけざわめいた。


「兄上、いい加減にしてください!!久しぶりにタウンハウスに来たというのに、僕のお客様に失礼なことを言わないで頂きたい」


作り笑いを捨てたカルロスが、ソファー席から立ち上がった。


「マーサ、レイアちゃん。少し早いですが行きましょう。兄上は、まだ業務が残っているのでしょう?解放して差し上げますから、どうぞ執務室へお戻りください」


カルヴァンの眼光が、鋭くカルロスに向いた。


「お前。まさか今日、ジュリアス卿に会うわけじゃないだろうな?」


「だったら、なんです?兄上には関係ないと思いますが?」


カルヴァンは立ち上がると、カルロスに近づいた。


「奴に変なことを吹き込まれたのか?」


「……変な事とは?」


「……いや、いい。とにかくお前は、ジュリアス卿とは距離を取れ!!」


(子供でも分かる。カルヴァン様は、明らかにジュリアス卿に嫌悪感を持っている)


「はぁ?言っておきますけど、僕の自由を奪う権利なんて、兄上にはありませんから。僕は、一度欲しくなったものを諦めることはしませんよ」


「カルロス!!!」


カルヴァンはカルロスに掴みかかろうとしたが、ブオンという音と共に、見えない結界で弾かれてしまった。


「チッ、防御結界か。忌々しい。魔力だけは一丁前だな」


「羨ましいんですか?だったら、魔法城で防御力を上げる魔道具をご購入ください」


カルロスはすっと目を細める。菫色の瞳は嫌悪に満ちていた。


「お前……。王立第三騎士団団長である俺に対して、いい度胸だな」


「なら、兄上にはもっとお仕事を頑張ってもらわなくては。遠征組である第三騎士団の尻拭いをしているのは、僕ら魔法城ですから」


カルヴァンは自分の手袋を外すと、カルロスに投げつけた。


「ふん。お前の性根を叩き直してやる」


「面倒くさい人ですね」


「ただし、魔法は禁止だ。剣のみの勝負とする」


「だったら、勝った者には一つ願いを叶えてもらいましょう。エサはあったほうが、やる気が出る」


レイアとマーサは互いに目配せをした。


「カルロスおじ様。午後の開演もありますので、あまり長くならないでね」


****


イグニスト伯爵のタウンハウスの近くに第三騎士団の庁舎がある。この庁舎は三年前に建てられたらしく、三階建ての外観はまるで公爵のお屋敷のような立派な施設だった。


寄宿舎のすぐ隣にある円形の演習場には、中央に正方形の石畳が敷き詰められている。そこで黒髪の男と金髪の男が、距離を置いて見つめ合っていた。


朝はあんなに晴れていた空は薄曇りが広がり、少し湿った風が吹き始めていた。


カルヴァン団長がなにやら対決するということで、野次馬根性の騎士達が観覧スペースでワイワイと賑わっていた。


「団長が、久しぶりに帰ってきた弟と対決するらしいよ?」

「団長ってば、身内にも容赦なさそうだな」

「っていうか、弟さん。あれで戦うのかよ」


騎士たちがざわめくのも無理はない。レイアはそう思った。


カルヴァンは立派な装飾が付いたロングソードに対し、カルロスは簡素なヒルトのレイピアで、円状のフォアリングがついているだけの飾り気のない実用重視なものだ。


カルロスは軽やかにその剣を振った。


レイアはカルロスが怪我をしないように両手を組んで祈った。


カルヴァンが銀色に光るロングソードを片手で軽々と振り下ろすと、試合は始まった。


カルヴァンが顔の近くで剣を構えている。

一方、カルロスが余裕でレイピアをくるくると回すと、片手で手招きをするポーズをした。


「図に乗るんじゃない!!」


カルヴァンが剣を振り下ろしてから、わずか数秒。


いきなり、カルヴァンの体が後方へとよろけた。


読んでくださりありがとうございます。また10分後に投稿します。

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