第三十七話 レイア、王都へ行く。
「本当にお父様は行けないのですか?」
どうにかして一緒に行けないか説得をするレイア。だが、ダグラスは玄関前で首を横に振る。
「ごめんな。お父さん、仕事で失敗しちゃってさ。自宅謹慎なんだ」
「何それ……。せっかくの誕生日だから、わざわざ王都なんかに行かなくても、私はお父様とゆっくり過ごせるだけで――」
「だめだと言っただろ?今回は王都でお母様が主演する歌劇を見に行くんだ。お母様が主役なんだぞ?一度、お前の目に焼き付けた方が良いと俺は思う」
隣にいるマーサも黙って頷いている。マーサはいつもの恰好とは違い、濃紺のシルクドレスを身に纏っている。
シンプルなAラインのワンピースにスズランを模したパールのブローチが控えめに輝いている。同じ濃紺のトーク帽と肘まである白いレースの手袋がマーサの落ち着いた気品を引き出していた。
「せっかく、素晴らしいお召し物を身に着けていらっしゃるのですから、お行儀よく、上品に、カルロス様にご迷惑をかけないように楽しみましょうね」
「そうだぞ。こんな素敵なドレスを着ているんだ。ふくれっ面をしないで。可愛さが半減するぞ?」
今日は朝からマーサが頑張って赤髪を梳いてハーフアップにしてくれた。頭の部分は編み込みを施し、編み込んだ所に可憐なスズランの花飾りを添えている。
レイアが身に着けている柔らかなドレスが、ふわりと揺れる。
ドレスの中央部分はオフホワイトで、そのほかの部分はパステルグリーン。脛丈の裾には可憐な花の刺繍があしらわれている。
(胸元にはパールのネックレスと白のリボン。後ろにパステルグリーンの大きなリボン。ドレスに合わせたローヒールの革靴。全てが完璧だわ)
「この素敵なドレスは、本当にお父様がご自分で用意してくれたの?」
「そりゃもちろんさ。王都にある有名なブティックに半年前から予約をしていたんだ。少し大きめのサイズにしておいて良かった。お前の愛らしい赤髪にとてもよく似合っているよ」
ダグラスは目を細めて喜んでくれている。マーサも同じだ。
「……可愛い服は大好きだわ。お父様、ありがとう」
「おう。俺の分まで楽しんでくれ。お土産に王都での話を聞かせてくれよ」
「うん、分かった。行ってきます」
(本当なら、こんな風に楽しんではいけないのだけど……)
ツリーハウスの前で、いつまでも手を振って見送る父が、小さく見えた。
****
――数日前のこと。
「ジェイドが見つかった?」
ダイニングテーブルを叩き、私は椅子から立ち上がった。
「ああ。見つかった。……森の木こりに保護されていてな。それで魔法城側はジェイドの両親を見つけて、それでジェイドを無事に両親の元へ返してやったんだ」
お父様はアップルワインをグイッと飲み干した。最近疲れた顔をしているのが気になる。
「それで?お父様はジェイドに会ったの?」
「……会ったよ。怪我もなく元気そうにしていたよ」
(だったら、なんでそんなにつらそうな顔をしているの?ジェイドが両親の元へ帰れることは、いいことなんじゃないの?)
「……それで?ジェイドは、私の事を何か言っていた?ご両親は?もしかして、怒ってなかった?」
「……ジェイドは、何も言わなかったよ。俺に対しても、レイアに対しても。だから、お前はもう何も気にするな。この件は終わりだ」
お父様は私に笑ってみせる。
「……それだけ?だったら、なんでそんな顔をしてるのよ」
「はぁ〜。レイアには何でもお見通しなのか……。俺はな、ジェイドに何もしてやれなかった。それだけが悔やまれる」
自分の父親が沈んでいるのが我慢ならなかった。
「お父様がそう言ったら、私はもっと最悪じゃない。だって、私がジェイドを追い出した張本人なのよ?なんだったら、私はジェイドに謝りたかった。ごめんなさいって言いたかった」
お父様の大きな手が私の頭を撫でた。
「無事に両親の元へ帰れたんだ。もういいじゃないか。レイアは何も気に病むことはない」
「……」
後味の悪い終わり方だった。
****
マーサとレイアは転移魔法陣で、E居住区から黒龍魔法城までやってきた。
「私、一度でいいから黒龍魔法城を近くで見てみたかったの」
「わたくしも、ここに来るのは初めてでございますね。いつもトーマスに任せきりですから」
二人は、豪華で大きな魔法円陣の建物から外へ出た。
すると、左手に空を貫くかのような黒い巨大な城が目の前に現れ、レイアは息を呑んだ。
(ここが、お父様が働いているお城……)
「ねえ、マーサ。なんでこの魔法城は黒いのかしら?」
マーサはレイアの質問に困り首をかしげる。
「さあ……、わたくしにも分りかねますわ」
レイアは再び、荘厳に佇む黒龍魔法城を見上げた。
黒龍魔法城の屋根は鋭く尖っていて、急勾配。それでいて建物のベランダや庇はうねるような曲線状になっていて、所々にガーコイルの石像が鎮座している。まるでこちらに向かって睨みつけるようだ。
「レイアちゃん!」
レイアは声の方へ視線を向けた。
魔法城の正面玄関から、ライトベージュの礼服を身に纏う一人の男性がやってきた。涼し気なフロックコートの裾が軽やかに揺れる。
生成りのシャツにセージグリーンの麻のグラバットを緩く結び、懐中時計の金のチェーンがさりげなく高級感を引き立たせている。細身のステッキを片手に振り回して笑顔で近づくと、彼は、貴族らしい挨拶でカンカン帽子を取った。
「カルロスおじ様!?」
「久しぶりだね。レイア、それにマーサ」
緩く結んだ金糸のような髪がサラリと揺れる。菫色の瞳に、すらっとのびた鼻梁。にこりと微笑む美しい笑顔は、どうみても厳ついお父様と同い年には見えない。
「カルロスおじ様、御機嫌よう」
レイアは習った通りにカーテシーをする。
「はい、御機嫌よう。見ないうちに、すっかりレディーになっちゃって」
カルロスは、まるで親戚のおじさんのような挨拶をする。
「ふふっ、久しぶりの王都だから、はりきっておしゃれしたんだよね。ダグラスの代わりに僕が行くことになってしまって、ごめんね?」
マーサはとんでもないと首を横に振った。
「いいえ。わたくし共もカルロス様がついてきてくださるなんて、夢のようですわ」
「僕も、こんなに可愛らしいレディーと美しいご婦人とご一緒できるなんて光栄の極みだね」
「まぁ!」
マーサも美しいカルロスに褒められてまんざらでもない様子だ。
「行きは、僕の遠距離スクロールを使って、一気に王都にあるタウンハウスまで行くとしよう」
「タウンハウスにですか?」
「すぐに劇場に行きたいところだが、あの屋敷に大切なものを置き忘れたから、それを取りに行きたいんだ。すまないね」
「そうなんですね。分かりました」
「晩は劇場近くの高級ホテルを用意したから、そこでゆっくり過ごそう。2泊3日の旅だよ」
「カルロスおじ様、よろしくお願いします!」
****
カルロスの長距離用転移魔法スクロールには驚きだった。何故ならスクロールを破いた途端、すぐに光の渦に飲み込まれると、目の前に立派なお屋敷が現れたからだ。
「転移魔法円陣とは全然違うわ!凄く不思議」
隣にいたマーサも口を半開きにしたまま、驚きを隠せない。
「転移魔法スクロールは、移動がとてもスムーズなんだ。酔うこともない。それに、距離によって値段が違うんだ。長距離用転移魔法スクロールを所有できるのは上級貴族のごく一部だとも言われている」
カルロスの「値段」という言葉にレイアは焦った。
(まさか、後で金額を請求してくるとか?)
横目でマーサを見てみるが、彼女も青ざめたのか、固く口を閉ざしている。
隣でカルロスは笑いをこらえ、肩を震わせていた。
「ぶははははっ!はぁ~、ごめん、ごめん。少し意地悪だったね。心配しないで、ダグラスに請求なんてしないから安心して?」
(全く!お父さんより子供っぽい所があるのは難点よねぇ)
「カルロス坊ちゃま!」
屋敷の玄関先から執事らしき男と侍女頭と思わしき者がこちらへ向かってきた。
一方で、2人の従者が赤いマットをくるくると玄関ロビーで敷き出し、両側にずらりと侍女と従者が玄関先で整列をしていた。
これを見ていたレイアとマーサは途端に固まってしまった。
「麗しのカルロス坊ちゃま、お久しゅう御座います!」
(お坊ちゃま?)
「ルートン、久しぶりだな?」
「8年ぶりで御座いますよ!8年ぶり!」
ロマンスグレーの紳士は、カルロスを熱烈に歓迎していた。
後ろで侍女頭が目を潤ませている。
「こちらは俺の部下であるカルロス・アルガバス子爵の一人娘とその侍女だよ」
レイアははっとして、軽くカーテシーをする。
「レイア・アルガバスと申します」
「これは、これは。可憐で、可愛らしいお客様でいらっしゃいますね。わたくし、イグニスト伯爵執事のルートンと申します。後ろのは侍女頭のマーサです」
後ろにいた侍女頭は軽く会釈をする。マーサも軽く会釈をする。
「マーサと同じ名前だね。そういえば雰囲気も何処となく……」
「「似ていません!」」
びっくりした様子で二人のマーサは見つめ合う。
息の揃った2人に思わず、周りが噴き出して笑ってしまった。
「もう、レイア様ったら……」
恥ずかしかったのかマーサの耳が赤くなっている。向こうのマーサも同じのようだ。
「おほん。どうぞ屋敷の中へお入りください。カルヴァン様が応接室でお待ちしておりますから」
「はぁ?兄上は休暇なのですか?」
「ええ。本日は騎士団の方はお休みで、旦那様は業務をしております。カルロス坊ちゃまの話をしたら、来たら応接室へ通すよう言われております」
カルロスは浮かない顔をして頭を掻いた。
「仕方がない。会いに行くか……」
「「お帰りなさいませ」」
一斉にお辞儀をする従者と侍女達。
レイアは、ちらりとカルロスを見たが、先ほどの笑顔はなく、何処となく緊張しているようにも見えた。
来週の土曜日の18時に投稿します!読んでくださりありがとうございます。




