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第三十五話 繁華街の一角で

「ダグラス!」


最上階の公務室から三階の部署へ戻る途中、出張から帰ってきたカルロスに声をかけられた。


金髪の貴公子の笑顔は相変わらず眩しいのに、目の下のくまが酷い。


「あっ、カルロス隊長、お疲れ様です。今日、戻ってこられたのですね」


「ああ、戻ってきたさ。骨は折れたけど、なんとか全て片付いたよ」

「それは、お疲れ様です」


右手を胸に当て、軽く礼をする。だが、彼はずっとダグラスを見つめている。


「……」

「何か?」


「いや、お前。今日の夜、空けとけ。久しぶりに飲みに連れて行ってやる」


(えっ。今はそんな気分になれないのに……)


「今日は、遠慮しておき――」

「だめだ。これは命令だ」

「え……命令ですか?」

「そうだ。絶対命令だ」


この日の夜、ダグラスはカルロス隊長に連れられ、お酒を飲みに行くことになった。


****


魔法城に一番近いA居住区は、五つの居住区の中でも人口数が多く、繁華街もある。その繁華街の裏路地には、隠れるように佇む1軒のバーがあった。


「女将、ウィスキーロック2つ頼む」


「あいよ。久々にカルロスちゃんがきたから、おつまみもサービスしてあげる!」


「悪いね、女将。今日は2人で静かに飲みたい気分なんだ。接客は要らないから」


「OK、分かったわよん!」


ここは、いわゆる男色系バーだ。店内は限られた照明だけで薄暗い。カウンターと仕切りがついたソファー席があり、入店するお客さんは、目の部分だけ隠した仮面を渡される。


店員はみな男性で、筋肉自慢の上半身を晒し、蝶ネクタイだけという、なんとも淫靡な格好をしてお客様に接客していた。


「お前。よく、こんな怪しい店を知っているな?」


「ふふふ。一度来たらなんだか、やめられなくてな」


仮面姿の二人は、カウンターに座り、お手拭きを手に取る。


「今日はライチョウが手に入ったから、バターで炒めてみたの。ぜひ、食べてみて!」


慣れた手つきで髭面の女将が、カウンターに小皿とフォークを用意した。


カウンターに運ばれた大皿には、どっさりとおかずが盛られている。油が乗った骨付きライチョウ肉はプルプルで、ほくほくしたジャガイモとニンニクの芽、みじん切りされた唐辛子がアクセントで彩る。食欲をそそる香りが湯気と共に辺りに広がった。


「おお、美味しそうだ。また女将の腕も上がったんじゃないか?」


「いやだぁ~、カルロスちゃんたら。おかげで腕は上がらなくて、太くなったわよん。お熱いうちに召し上がれ」


ドレスの袖から太くて隆々とした力こぶを見せつける女将。あまりに逞しい二の腕に、思わずダグラスは自分の二の腕を確かめた。


「ふふふ。女将の料理は美味いし、愛嬌はいいし、美人だし、言うことないね」


「もう、カルロスちゃん。お上手!はい、ウィスキーロックね。あと、割引券もあげちゃうわ。土日のみ、お酒一杯分のタダ券なの。良かったら使ってね」


女将は小さなチケットをカルロスに渡した。


「ありがとう、女将。有難く使わせてもらうよ」


「有効期限が書いてあるから、お早めにね!」


大柄の女将はいそいそと他の客の所へ向かった。


「おい、お前。ここに通っているのか?」


「時々ね。ここの女将は元傭兵なんだ。この店は家庭的な雰囲気があるから、つい通いたくなるんだ。料理も上手いしね」


ダグラスは接客をする店員男性を見て首をかしげた。


「これのどこが、家庭的なんだよ。男の店員はみんな上半身裸だぞ?」


「そんなこと言うなら、おかずあげないよ?」


「いや、カルロス待て。このおかずは美味そうだから貰うよ」


ダグラスとカルロスは女将の出した料理に舌鼓を打った。ライチョウ肉は柔らかく、ニンニクが効いていて食が進んだ。カルロスは熱々のジャガイモに舌をやけどしたのか、用意された水をがぶ飲みする。


酒を飲み、料理を食べながら、二人は話を進めた。


「この店の客のほとんどが男色家なんだ。たまにもの好きな筋肉女子も来るけどね。でも、お触りは禁止だから、むやみに手は出さないでよ?」


「出すわけないだろ。お前じゃあるまいし」


「その言い方、ちょっと酷いな」


ダグラスは冷えたウィスキーを飲む。喉を鳴らして、グラスをテーブルに置いた。


「ところで、なんで俺を飲みに誘ったんだ?」


彼は骨にがぶりつきながら、じっとダグラスを見つめた。


「お前が落ち込んでいる様に見えたからな。お前、感情が顔に出やすいんだよ」


ダグラスは自分のざらついた頬を触りながら、首をかしげる。


「そうか?顔に出ていたのか?そんなつもりはなかったんだが……」


カルロスはウィスキーを一口飲んでから、ぽつりと呟いた。


「僕がお前にジェイドを保護しろって言ったのが、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。事の発端は僕のせいでもあるよな」


「そんなことないだろう。お前に送った報告書どおりだよ。俺の家庭の問題のせいで、ジェイドは巻き込まれ、村を追い出されてしまった。だがな。今日アルテリス様からジェイドは保護されたと聞かされた」


彼は弾けるように振り向き、思わずダグラスの肩を激しく揺さぶった。


「はははっ!そうか、良かった。あの子は生きていたのだな?」


「でも、あの子はもうここへは戻っては来ない」


肩を落とし、項垂れるダグラス。


「……どういう意味だ?ちゃんと説明しろ」


ダグラスはアルテリスから聞いた全てをカルロスに話した。



「……なるほどね。アルテリス様もなかなか言うな。レイアちゃんに嘘をつくことが『親としての罰』か。こっち側へ引き取れないのは残念だが、まあ、あの子が無事保護されているなら、それでいいじゃないか。僕は安心したよ。無事だと知れば、レイアちゃんの心も軽くなるだろうし」


彼の前向きな意見に、ダグラスの気持ちが少し和らいだ。


「……でも、あれはさすがに堪えたな。『罪悪感という傷を埋めるための謝罪ならいらない』もしかして、アルテリス様は俺がジェイドのことよりも自分の娘を擁護しているように見えたのかもしれないな」


「う~ん……」


「でも、俺がジェイドの父親になれたらと思った気持ちは本当なんだ。あの子と接していくうちに昔の俺に重なって見えてきて、俺はあの子を愛したくなった。父親の愛に飢えたあの子をこの手で笑顔にしたかった。でも、それこそ偽善だったかもしれない。あの子の父親になれるはずがないのに……」


ダグラスは冷たいグラスを額に当て、目を閉じる。


「元はと言えば、『噂』のせいだ。五年前に逃げた二人が今の噂を作り出して、ジェイドが被害に遭った。ジュリアスが絡んでいるだけに、僕にも罪悪感があるよ」


めったに揺るがないカルロスが珍しく気落ちしているように見えた。


彼はグラスを手にウィスキーを一気に飲み干した。氷の音がカランと響く。


「お前が罪悪感を持つ必要はないさ、カルロス。ジュリアス卿のことは誰にも言ってない。確かに喉まで出かかっていたが、本当のことを言えば彼の劇団がどうなるか分からないし、アンジェリカにだって影響を及ぼす」


「……気を遣ってくれてありがとう。でも、この件については俺にも責任の一端はあるよね。僕が彼を君に紹介したのだから」


「いや、寧ろ感謝しているよ。アンジェリカがジュリアス卿に会わなければ、今頃、彼女は抜け殻のように生きていたかもしれない。そう思えば、それで良かったと思う」


「……ダグラス、お前――」


「確かに、二人で家出をしたのは痛手だったけど、そうしなければ、レイアに引き留められて家から出られなかっただろうし、今の地位も掴めなかっただろう。だが、そのせいで不倫というあらぬ誤解でレイアは傷ついた」


「そこでだ。折り入って頼みたいことがある」


カルロスはきょとんとした顔でダグラスを見つめた。


「再来週の土曜日がレイアの誕生日だ。彼女を王都の音楽劇場へ連れて行って欲しいんだ。そこでアンジェリカが主演をする歌劇が公演される。それを一緒に見に行って欲しい。そして、レイアにジュリアスのことも紹介してほしいんだ。俺はレイアの誤解を解きたい」


ダグラスは胸ポケットからチケットを取り出し、カルロスに手渡した。


「僕がレイアちゃんを歌劇へ連れて行くの?それにジュリアスを紹介?この僕が?ダグラス。父親のお前が行けばいいだろう」


彼はチケットを突き返そうとするが、それをダグラスは拒んだ。


「いいや。俺は今日、自宅謹慎を告げられた。だから、レイアの誕生日に連れて行ってやれない。カルロス。忙しいのは重々承知だが、責任の一端を感じているのなら、俺はお前に行って欲しい」


彼はチケットを見つめ、ため息をついた。


「彼は僕を避けるように、離れていったんだ。だから、レイアちゃんを連れて行っても、彼は会ってくれるかどうかは分からない」


「でも、お前はまだ未練があるんじゃないのか?話し合うチャンスだと思うが……」


「……」


「意地を張るな。まだ愛しているのだろう?」


「……愛していないわけじゃない」


ダグラスは女将にウィスキーのおかわりを頼み、残ったニンニクの芽を口へと運ぶ。


女将が手際よく空になったグラスにウィスキーを注ぐと、氷を追加してマドラーでかき混ぜた。その音を聞きながら、沈黙が続く。


「カルロス、頼むよ。お前しか頼める人はいないんだ」


カルロスはぐったりとカウンターに額をつけた。


「あぁ……まさか、また逢えるなんて……僕、どうしよう」


来週の土曜日はお休みします。再来週の土曜日投稿します:〉

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