第三十三話 ダグラスの謹慎処分
アルテリス・ヴォル・ヘイムは、目の前に立っている男をじっと観察していた。
目の前にいるのは、酷く憔悴しきっているダグラス・アルバガス子爵である。
特殊任務部隊の副隊長をしている。数多くの任務をこなし、あらゆる死線を潜り抜けたこの男がこんな風になるほど、あの子供は大事だったのか?
「お前の報告書を読んだが、先週の木曜日にE居住区でジムナム・アルグランドに対していきなり腹部に一発殴ったというのは本当か?」
「……本当です」
「その後反撃したジムナムが火炎攻撃をしてお前が土魔法で盾を作ったと。その後お前はジムナムの杖を破壊し、制圧した……で間違いないな?」
「……はい。間違いありません」
「ふむ……」
アルテリスは牛革の高級なイスの背もたれに深く寄りかかった。
「自分でも感情的になりすぎたなと思わなかったのか?やりようはいくらでもあるのに」
「確かに今思えば感情的になりすぎたと思います。しかし、何の罪もないジェイドが村を理不尽に追い出され、その発端となった男が何も痛みも感じずに余裕で過ごしているのが許せなかったんです。今まで陰で元妻の悪口を村で広めていた張本人です。怒らない方がおかしいのではないでしょうか」
「だが、君は居住区で暴力を働いたという事実は変わらない」
「はい。しかし、最初に攻撃魔法を使ったのはジムナムの方です。俺はただ、被害を抑えるための防御魔法を使っただけ。それよりも前に、ジムナムはジェイドを足止めするために拘束魔法を使用したと聞きました。その時点で奴は、条例違反を犯しています」
真面目な顔してジムナムは答える。
「……ふむ。確かにな。よし。お前には情状酌量を考慮して、一か月の自宅謹慎と三か月分の減俸とする。それでよいな?」
「ええ、構いません。あと、E居住区から退去をしたいのですが……」
「なに、あの森から出るのか?」
ダグラスは視線を己の指先に落とし、自分の過去を語り始めた。
「子供の頃からずっと、ツリーハウスに憧れていました。昔読んだ絵本の中で、ヤマネズミの親子が木の中で家族と暮らし、生きていく物語がありましてね。小さかった俺はその木の家に住むヤマネズミの家族が羨ましかったんですよ」
「……続けて」
「大人になって、ツリーハウスという理想の住まいを見つけた時は嬉しかった。結婚したばかりの私は、有無を言わさず移り住んだ。元妻の心の内など全く聞かずに……」
ダグラスの眉が歪み、両手を強く握りしめる。
「もしも、俺に罪があるのなら、家族の本質に気づけなかったことです。あの絵本の事を思い返し、やっと気づきました。大事なのは住む家ではなく、そこに住んでいる家族なのだと。俺は、互いに協力し合って生きるヤマネズミ一家のような絆が欲しかっただけなんだと」
嘘偽りのない素のダグラスは、実に穏やかな顔をしていた。
(一皮剥けたようだな……)
「ふむ。それなら、引っ越しを考えたら、お前の一か月の自宅謹慎は妥当だな。それで?住むところは決まったのか?」
ダグラスは軽く頷いた。
「レイアと検討して、A居住区に住もうと思います。比較的賑わいのある街に住もうと…」
「そうか。ところで、裁判の手続きは進んでいるのか?」
「はい。奴は王都にある貴族裁判所で、我がアルガバス子爵家と、ルミナスクラウン歌劇団の総責任者であるウォーレント伯爵家と協力してジムナム・アルグランドを名誉棄損で訴えるつもりです」
「ん?奴の出自は子爵だったのでは?」
「実は現在、奴の身の上はアルグランド家の戸籍を抜かれていまして、今は平民へと成り下がっています」
「そうか、腐った尻尾を切ったわけだな。賠償金は払えないだろうから、鉱石発掘所へ強制労働することになるだろう。思ったより早く片付きそうだな」
「……」
暫く沈黙が続くと、ダグラスは深々と頭を下げた。
「その…、私の家のことで大騒ぎになってしまい、本当にすみませんでした」
アルテリスは書斎机に両肘を付いて微笑んだ。
(この男の愚直さは、実に好ましい……)
「……いや、元はといえば、この魔法城の役割が大きすぎることに原因がある。忙しすぎるんだ。だから、君達には常々悪いと思っている」
「いや、そんな…。今の仕事に不満など――」
言い淀むダグラスに、アルテリスは語り始めた。
「かつては魔法塔といって、魔法研究に特化したものが集まり、高みを極めるのが本来の目的であった。あの頃は時間に余裕があり、研究にも深くのめり込めた。活動の自由度が高かった分、家族との時間も余裕があっただろう」
(そうだ。魔法塔は、今ほど過重労働ではなかった)
「なのに現在、ここで働く魔法使い達の一部は、王都の第三騎士団(遠征組)の便利屋として、こき使われている。王家予算案に割り当てられていた金額は大したことないというのに」
アルテリスは深いため息をついた。
「それでは王族と縁を切り、かつての『魔法塔』に戻り、独立しては?」
「そうだな。かつての存在に戻りたいのだが、それを今すぐ実行に移すのは難しい」
「……王族や貴族達からの反発が強そうですよね」
「だが、できなくもない」
「!!!」
アルテリスは不敵な笑みを浮かべた。
「王都の軍事力より、魔法城の軍事力の方がはるかに高い。やろうと思えば、王都など一瞬で壊滅することだってできる。政権だってひっくり返せる力はあるのだ。だが、今は下手に出ている。なぜだか分かるか?」
ダグラスは首を横に振った。
「魔法使いの地位向上のためだよ。王族の奴らに知らしめるんだ。私達がいないと、まともに国が守れないとね。もしも、王族が横柄な態度に出たなら、逆に捻り潰すチャンスができる。だが、奴らはそれをしない。怖くて出来ないんだ」
「なるほど……」
「私は魔法城の独立に向けて水面下で計画を進めているよ。そのためにはここで働く皆の協力と忠誠心が必要なんだ。だから、ダグラス副隊長。お前の力が必要なんだ。簡単には退職させないからね!」
「うっ…畏まりました」
「だが、未来の優秀な魔法使いが一人いなくなったのは、損失ではあるな」
「……」
「だからといって、ずっと沈んだままだとだめだぞ。周りに迷惑をかける」
「はい。分かっています」
「あれから、まだ探し続けているのか?」
「はい。もしかして、生きているかもしれないと思うと、居ても経ってもいられなくて……」
「……もう捜索は中止しろ。それと、ジェイド君は既に保護されている」
「!!!」
ダグラスは勢いよく立ち上がると、アルテリスに詰め寄ってきた。
「あの子は…今、一体どこに居るのですか?場所を教えてください!!」
「教えたら、どうするつもりだ?」
「もちろん迎えに行きます!!」
「ダメだ」
アルテリスは、あえて無表情な顔でダグラスに告げ、背を向けた。
「…これからは水の精霊の知人に保護されるそうだ。だから、我々魔法使いはジェイドに一切手を出すなと言われた」
ダグラスは、さらにアルテリスに詰め寄った。
「一体、そんなことを言ったのは誰なんですか!!何故、俺等にジェイドに謝る機会すら与えてくれないのですか?」
「……。マリベラの滝の主にだ。その者は水の中級精霊だとか言っていたな」
ダグラスの息を呑む音が聞こえた。
「まさか…アルテリス様自ら、精霊と接触したのですか?」
「そのまさかだ。私だって、将来有望な原石を逃したくはなかったのでな」
(復元映写機を見る限り、ジェイドはかなり特異な子だった)
「でも、サエルドの復元映写機には、あの滝は何も映ってはいなかったはず……」
「あの滝一帯は、常に精霊の幻影魔法がかかっているようだ。幾ら君達のような熟練の魔法使いでも、あの密度の高い精霊魔法は見抜けにくい」
「あの滝付近には何度も来ていたのに!!」
「お前達の報告書を読んで、サエルドの復元映写機を見たときに気がついたんだ」
――アルテリスは、マリベラの滝の主と接触した夜のことをダグラスに話始めた。
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