第三十二話 水の下級精霊
――時間は、ジェイドが夜の川を横切るシーンまで遡る。
「水の精霊達よ。俺を守ってくれ!!!」
深い噛み傷で腕や足が血まみれになりながらも、ザブザブと川へと入っていくジェイド。
つぶっこC《ねぇ、聞こえた?》
つぶっこB《聞こえた、聞こえたぞ。ジェイドの必死な声が》
つぶっこA《やっと、ジェイドが私達に助けを求めてきた》
水の下級精霊、『つぶっこ』達は、いよいよジェイドの為に働けることを喜んだ。なぜなら、つぶっこ達は透明な姿でジェイドのことを今まで見守ってきたからだ。
マッドウルフに追われている時、本当にジェイドが死ぬのではないかと、つぶっこ達はハラハラした。何もできない自分たちが悔しくて、つぶっこ達はとても歯がゆかった。
そんなジェイドが自分達に助けを求めてきたのだ。つぶっこ達はその言葉をずっと待っていた。
――ドボーン!!
ジェイドが川の真ん中辺りで足を滑らせて、下流へ流されてしまった。
つぶっこA《みんな。協力して!早速、初仕事始めるよぉ~》
つぶっこ全員《エイエイ、オー!》
つぶっこ達はまず、ジェイドが下に沈まないように、体を支えた。
つぶっこA《息ができるように、顔は水面に出すようにして!》
つぶっこ全員《イエッサァ~!》
川の流れは速く、ジェイドは不規則に回転しながら、流されていく。
つぶっこE《川の真ん中に大きな岩があるよ!》
つぶっこ全員《大変!!》
つぶっこA《面舵いっぱい~》
つぶっこ全員《イエッサァ~!》
無事に大岩に当たらなくて済んだ。
つぶっこ達はジェイドの心の叫びが聞こえた。それは、自分達に何度も助けを求める声だった。その必死な声を聞けば、誰だって助けたくもなる。
つぶっこC《なんとしてもジェイドを助けるよ!》
すると、前方の左岸に古い流木が岩に引っかかっているのが見えた。川へはみ出した状態になっている。ジェイドはそこへ向かいたいのか、怪我をしている手足をばたつかせた。
つぶっこB《皆で、あの流木にジェイドを近づかせよう!》
つぶっこ全員《イエッサァ~!》
つぶっこ達はジェイドの体の右側に集まると、流木の方角へ押していった。
ジェイドは腕を伸ばし、小さな指先が流木を掴もうとした。一度目は指先が掠って失敗したが、二度目で流木の末端をしっかり掴めた。
だが、木の中が虫食いで空洞になっていたのか、ジェイドの重みで流木はあっけなくバシャンと川へ落ちた。
つぶっこ全員《神様のいじわるぅ~!!》
ジェイドはなんとかその流木にしがみつく。
つぶっこE《ねぇ、この先、マリベラ様の滝があるんじゃない?》
つぶっこD《高い所から落ちたら、人間は死ぬよね?》
つぶっこB《えっー!!やっと命令してくれたのに、もう死ぬのかよ》
つぶっこA《ここは自分達では手に負えないから、ここはマリベラ様に応援要請しようか》
つぶっこ全員《イエッサァ~!》
マリベラ様とは、この川の主である。つぶっこ達が束になっても敵わない水の中級精霊。
ジェイドが流木にしがみつき、死を覚悟した時。つぶっこ達は全員で、マリベラの名を叫んだ。
つぶっこ全員《マリベラ様!今から滝に落ちてくる【水印の人間】を助けてくださぁーーい!!》
ジェイドは迫る恐怖に悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁあああぁぁーーーーー!!!」
高さ20メートルのマリベラの滝。月に照らされた白銀の滝は、障害物もなく滑落する直線美を誇る滝でもある。
「!!!」
体が宙に浮いた刹那、ジェイドは流木と共に水の中へボシャンと落ちた。落ちた先は滝壺ではなく、巨大な両手の上だった。
つぶっこ全員《助かったぁぁーーー!》
つぶっこ達は助かったことを喜び合った。
つぶっこF「待って。あれじゃ、ジェイドが溺れちゃうよ!」
水面でうつ伏せになっているジェイドに気づき、つぶっこたちは、微動だにしない体をひっくり返した。
つぶっこC《あれぇ〜、気絶…しているね》
つぶっこE《死んでないけど、死にそうな顔をしているよ?》
つぶっこD《うわぁ…。傷が痛そうだね……》
巨大な両手が滝の真ん中へ移動すると、落ちてくる滝の水面が揺れ始めた。
すると、滝から半透明な鼻梁がゆっくりと現れた。続いて巨大な美女の顔が滝の合間から姿を見せたのだ。
白銀に輝く滝は左右に分かれ、それがまるで長い前髪を靡かせている様にも見えた。
長いまつ毛が下を向き、マリベラは翡翠色の瞳でジェイドをじっと見つめる。
つぶっこE《マリベラ様が出てきたよ》
つぶっこD《本当だ。マリベラ様の大きな顔だ!》
つぶっこC《マリベラ様――!》
全員で巨大な顔に手を振った。
《あぁ……血の匂い。水印の人間とは童のことだったのか。かような小さき者が、月夜の晩に落ちてこようとは、思ってもよらなんだ》
つぶっこ達は全員でマリベラにありがとうと伝えた。だが、彼女はゆっくりと顔を横に振る。
《たとえ、お主らが助けたとて、この童の命は遠からず潰えよう。その体の傷のせいでな》
つぶっこ達は互いに顔を見合わせた。
つぶっこA《私達にはまだ癒しの力はないんだ。だから、マリベラ様がなんとかできないかな?》
つぶっこ達はマリベラに訴えかけた。だが、彼女は顔を横に振る。
《我とて癒しの力など遠い昔以来、使っておらぬ。長い年月、求める者がおらなんだ。だが、一人当てはある。その者にお主達が直に頼むがよい》
マリベラは指先を動かし呟くと、空中に水牛が現れた。その水牛は透明な翡翠色をしている。
《その童を水牛の背に乗せるがよい。水牛がその者の所まで案内するであろう》
つぶっこ達はジェイドを持ち上げようとした。だが、あまりにも動作が遅い。見かねたマリベラは、魔力で軽々と彼を水牛の背に乗せた。
水牛の背中はジェイドの体に合わせて担架のように変化した。
つぶっこ全員《マリベラ様。ありがとうございました!》
《道中、気を付けよ》
マリベラの高貴な姿は、ぼんやりと消え失せて、元の滝の姿へ戻っていった。
****
横たわるジェイドを乗せた水牛は、十六夜の光に照らされた森の上空を駆け抜ける。その後を追いかけるつぶっこ達。
つぶっこB《そういえば、ジェイドが魔獣契約をしたあの鳥は無事かな?》
つぶっこD《そうだね。無事だとは思うけど?》
つぶっこE《でも、その鳥とははぐれちゃったね》
つぶっこ達がおしゃべりをしながら飛んでいると、上空に何か甲高い鳴き声が聞こえた。
次の瞬間。黒い影が物凄い速さで滑空してきた。影は水牛に当たるギリギリを横切り、水牛は斜めにバランスを崩す。
つぶっこ全員《あっ、ジェイドが落っこちちゃう!!》
つぶっこ全員が、ジェイドの左側へ駆け寄り、ジェイドを元の体勢に戻した。
つぶっこB《やい!危ないじゃないか!もう少しでジェイドが落ちるところだったんだぞ》
つぶっこE《そうだ!そうだ!……ってあれ?あいつ……》
つぶっこC《あれ、ピギーじゃない!?》
つぶっこ達は一斉にピギーの名を叫んだ。
つぶっこ全員《せぇーの、ピギィーーーー!!!》
ピギーはつぶっこ達の周りを旋回した。ピギーはその声を聞いて、飛びながら首をかしげている。しばらくして、ピギーが近づいてきた。
《おい、あまつぶたち。なんで、ぼくのなまえをしっているんだ?ジェイドとぼくしか、わからないはずなのに……》
つぶっこ全員《僕たちはジェイドの仲間。水の精霊だよ!!》
ピギーは鳴き声を放つと、いよいよ早く旋回をした。
《ジェイドは、みずのともだちもいたのか!?》
つぶっこ達はその言葉を聞いてクスクス笑い出した。
つぶっこB《水の友達か……いいね》
つぶっこC《その言葉に私、賛成!》
つぶっこE《友達、友達、水の友達!》
ひとりのつぶっこがピギーに伝えた。
つぶっこA《手短に言うね。今、ジェイドは傷を負って、このままだと危険なの。水の中級様であるマリベラ様が知り合いを紹介してくれるんだって。そこでジェイドを治してもらうの》
ピギーは、こくりと頷いた。
《それじゃあ、ぼくもついていくよ。いちばんのともだちだからね》
つぶっこD《何言ってるの?私達は、君と会う前からジェイドと一緒なんだからね!》
つぶっこB《そうだ、そうだ!!僕たちの方が一番の友達さ》
すると、ピギーの目が細くなった。
《なにいってるんだ?マッドウルフにおそわれたとき、たすけてくれなかったくせに。でもね。ぼくはちゃんと、ジェイドをたすけたよ》
つぶっこB《僕達だって、溺れるジェイドを一生懸命助けたんだ!!》
つぶっこE《そうだ、そうだ!!》
すると、水牛がつぶっことピギーの間に割って入った。
《お主達、この童を生かしたいか?それとも、殺したいか?》
つぶっこB《ああ、そうだった。ジェイドは今、重症だったんだ》
つぶっこD《ごめんよ、ジェイド》
つぶっこA《ごめんね、ジェイド。さっさと『その者』とやらの住まいにいきましょう》
水牛を先頭に、一羽のシルヴァンイーグルと五粒のつぶっこ達は、急いで森の奥深くへと飛んで行った。
****
マリベラの滝から約10キロ離れた所に、小さな赤い屋根の木の家が一軒あった。煙突からは灰色の煙がもくもくと上がり、窓からオレンジ色の明かりが見える。
つぶっこ達は、ドアの前でノックをした。
――トントントン。
カーテンの隙間からちらりと目が合った。ドアが開くと、耳が尖ったお婆さんが面倒くさそうに、腕を組んでいた。
《我はマリベラ様からの使いでございます。フィーフィ様。夜分すみませんが、この水印の童の治療をしてはいただけないだろうか?》
すると、しばらく返事をしてこない。
「……マリベラ?どこの魔法使いだい?」
水牛は残念そうに首を横に振った。
つぶっこ全員《ジェイドを治してあげて。お願いします!》
しばらく考えた後、エルフのお婆さんは首をかしげた。
「ふ~ん。珍しいね。あんた達、水の下級精霊達かい。……それで?治した代わりに君達は、私に何をくれるんだい?」
すると、水牛の姿からゆらゆらとマリベラ本人の姿に変化した。マリベラは両手にジェイドを抱きしめている。
「600年前。滝の側で倒れているお前に治癒の力を注いだ恩は、すっかり忘れたというのか?」
すると、エルフのお婆さんは目を丸くして口を両手で塞いだ。
「あっ…あっ……あの時の、滝の精霊様でございますか!?」
《いかにも。滝の精霊であり、水の中級精霊であるマリベラとは我のことだ。あのとき、お主は滝の側で我に約束したな?必ずこの御恩はお返ししますと》
語気を強めてマリベラはニヤリと笑った。目を丸くしたエルフの青い瞳が潤みだした。
「そうだ!!思い出した。あまりにも昔のことだから、記憶の中に埋もれてしまっておりました。そうです。私が、マダラガケキノコを採取するためにマリベラの滝の崖で滑落したんだわ。そのときに助けてくれたのが、あなた様……そう、マリベラ様でした。そうだ!今、思い出しました」
早口で喋りまくるエルフのお婆さんの慌てぶりを見て、つぶっこ全員が笑い出した。
《その恩を返す時が今ぞ。この子を治療なさい。そして治ったら、お前もこの子と一緒にマリベルの滝へ来るんだ。分かったね?》
「……は、はい。畏まりました。薬師の名にかけて約束を果たしますので……」
マリベラは、青白い顔で気を失っているジェイドをフィーフィに渡した。
《詳しい事情は、この下級精霊共に聞くとよい。ずっとそばで見守っていたからな》
「あの、その鳥は……」
《その童の契約魔獣だそうだ。主の側にいさせてやれ》
「畏まりました。では、粗末な家ではございますが、どうぞ」
《いや、我はこれで失礼する。また逢う日までな》
マリベラは水と化し、渦を巻きながら、パッとその場で消えてしまった。
残されたつぶっこ達と、シルヴァンイーグルは互いに顔を見合わせた。
緊張が解けたのかフィーフィは息を大きく吐き、脱力した。
「お前達。さっさと中へお入り」
通常モードの声に戻った薬剤師フィーフィは、ぐったりとしたジェイドを抱き寄せる。つぶっこ達とシルヴァンイーグルは家の中へ入ると、フィーフィは木の扉をバタンと閉じた。
来週土曜日の夕方に投稿します。




