表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/35

第三十話 ジェイドの捜索(二)

「ダグラス。少し早いが、ここらでテントを張ることにしよう」


早速、人数を分けてテントの設置をする者、焚き木を拾いに行く者、夕食の下ごしらえをする者、魔法結界を張る者など、騎士たちは皆、慣れた手つきで野宿の準備をしていた。


ダグラスも焚火の準備をして、薪に火をくべる。


料理担当の騎士は巨木の切り株を作業台の代わりに使い、マジックリュックから野菜や各種調味料、袋に入った肉などを取り出した。半透明のシートの上で材料を包丁で切っていく。


「今日は特別にビックボア肉のトマト煮込みにしますね」

「「おおぉぉーー!!」」


ビックボアとは、この付近で取れる魔物のことだ。味は牛肉と豚肉の中間みたいだが、脂身がしつこくなく後味が良い。なのでいくらでも食べられると、庶民から肉好きの騎士たちまで愛されている。


早速熱した大鍋に牛脂とニンニクの欠片を鍋に入れる。そして切った根菜類を入れながら、大きなスプーンで炒め始めると、一口サイズに切った肉を鍋に放り込んだ。


ジュッと焼ける音にニンニクの良い匂いがここに居る者の食欲をそそらせる。


「ではでは、A居住区名産の赤ワインも付けましょう」

「「いいねぇぇーーー!!」」


騎士たちが一斉に声を揃え、笑い声が聞こえる。


「お前が落ち込んでいると思って、皆明るく振舞っているんだ。感謝して喰えよ」


マーベルがダグラスの耳元で囁き、肩を叩いた。


「……今頃あの子は空腹で森を彷徨っているのだろうか。そう思うと――」


「馬鹿。お前がどんよりとした顔を見せると、指揮に関わる。今はしっかり栄養を取れ!」


「そうだな、…そうだよな。……すまない」


****


――1時間後。


料理がようやく出来上がると、ダグラスを含めた10人は、焚き火を囲んで夕食を取る。


スライスしたライ麦パンに焼けたチーズをのせて、ダグラスはそれを齧った。湯気が立つトマトスープを口で冷ましては、ゆっくりと啜る。ほくほくに煮込まれた人参と脂身が揺れるビックボア肉をスプーンで頬張った。


「うん。……美味いな」


みんな、食事をしながらおしゃべりを楽しむ。


騎士たちの恋人の話。

退治した魔物の数の話。

鍛えた筋肉の自慢大会。


騎士達のたわいのない会話をダグラスはぼーっと聞き流していた。


すると、横からサエルドがやって来てダグラスのカップに赤ワインを注いだ。


「先輩。お腹が空くと、人間はネガティブな思考に走るんだって。だからね、特に先輩はどんどん食べて飲みましょう!」


いつも小言しか言わないこの男が、珍しく笑顔で自分に気を遣ってくれている。ダグラスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「――ことの発端は俺にあるんだ」


ダグラスは、ぽつりと呟いた。


皆、ダグラスの話を聞こうと静かになる。


彼は焚き火を見つめながら、これまでの経緯をつつみ隠さず話をした。


結婚する前のアンジェリカは、元々歌が好きで、歌劇女優になることが幼い頃からの夢だったこと。


それを自分と結婚し、身ごもったことで彼女の笑顔がぎこちなくなったこと。


憧れのツリーハウスへ引っ越したのに、彼女が実家に帰りたがっていたこと。


ダグラスは仕事が忙しいことを言い訳に、侍女のマーサや従者のトーマスに任せっきりにしていたこと。


彼女は子供を産んでから鬱状態に陥り、部屋にこもりきりになったこと。


なんとか以前の彼女を取り戻すために、カルロスから紹介してもらった舞台作家のジュリアスをアンジェリカに引き合わせ、毎月2回家に来てもらっていたこと。


そして、五年前。彼女が彼と一緒にこの森から出て行ったことで、不倫の噂が村で広まってしまったこと。


そして今回、ジムナムがジェイドを『不倫の子供』と嘘の噂を村に広め、その結果、ジェイドが追い出されてしまったことを。


「なるほどな。レイアちゃんは不倫の噂を同級生から聞き心を傷つけられて、魔力暴走を起し半狂乱になった。ジェイドは髪と瞳の色のせいで不倫の子と勘違いされて追い出された。はぁ~~、ジェイド君はとんだとばっちりを受けたもんだな」


サエルドは腕を組んで真面目な顔で答える。


とばっちりという言葉がダグラスの胸に突き刺さる。


「……ジェイドには、本当にすまないことをした。あの子は何も悪くはない。それなのに、俺が家に連れてきたばっかりに……。他の奴があの子を保護すべきだった」


「先輩。今頃そんなこと言っても、仕方ないじゃないですか!」


「確かにな。今更だよな。……俺はあの子が放っておけなくて、つい勢いで家へ連れ帰ってしまった。短い時間だが、ジェイドと過ごしていくうちに、あの子が父親の愛情に飢えている気がして。子供の頃の自分と重なって見えたんだ。俺は三男だからか、父親から見向きもされなくてな」


「「あ~、分かる!」」


複数の騎士たちが頷いた。


「家督がつけない三男や四男は、金食い虫だからって成人したらすぐに家を追い出されてさ。まぁ、俺には剣があったからまだ良かったけど」


「俺の所なんか、兄貴との格差が酷くてさ。アイツのおやつだけ豪華でさ、俺はキッチンでおこぼれを貰っていたこともあったな」


「なんだかんだ言って、三男さん以降は結構虐げられている家もあるのですね。うちは逆でしたが……」


サエルドは手にしたワインをチビチビと味わう。


「逆って。お前の所はどうなんだ?」


「家の両親や兄貴たちは、僕に過保護なんですよ。子供の頃大病を患っていたことがありましてね。今では完治していますが、その名残なのか、独り立ちした今でも頻繁に家から連絡がきます。それが煩わしいと思うことは多々ありますよ」


彼の話を聞いて、ダグラスは少し寂しさを覚えた。


「……それは、優しいご両親の元に生まれて来てよかったな。こういう貴族も稀にいるんだろう。羨ましいよ」


ダグラスは酒が回ったのか、胸の内を吐露するように言葉が漏れ出していく。


「……うちは違う。俺は、親父が嫌いだ。親父みたいにはなりたくないと思っていた」


辺りがしんと静まりかえる。


「だからか俺は、子供の時に父親からして欲しかったことをジェイドに体験させたかった。一緒に風呂に入ったり、遠乗りをしたり、剣術を教えたり。他にもまだ、やりたいことはあったのに、それなのに俺は――」


ダグラスは、カップにある赤ワインを一気に飲み干した。


「俺は何故、家族の誰一人幸せにできてないんだ?」


焚き火の小さく爆ぜる音。

風が吹き、暗い大樹の森がざわめく。


沈黙したせいで、虫の音と山鳩の鳴き声が一層よく聞こえた。


ここに居るみんなが、ダグラスに注目している。


「……ねぇ、話は変わるけど。そもそも噂の発端になった奥さんは、本当にその男と関係はなかったの?」


サエルドが核心を突く。


「いいや、それは絶対にありえない。理由はここでは言えないが、それははっきり断言できる。あの男がアンジェリカに懸想などするはずがない。現にアンジェリカは今も独身だ。彼が発起したルミナスクラウンという劇団の看板女優をしている」


サエルドは微妙な顔をしてダグラスに質問をする。


「懸想していないって本当かな?もし、僕がダグラスさんの立場だったら、いきなり村を去ったその2人を疑うし、嫉妬で狂いそうになるけどなぁ……」


「部屋に置き手紙があったんだ」


「置き手紙?」


「『今までずっと自分の夢と俺の願いの間で苦しかった』と。彼女はこのまま何も成し得ずに、アルガバス夫人として生き続けていいものか悩んでいたという内容だった。そして最後の一文が、『ごめんなさい、愛している』と綴られていた。俺は今でも、その言葉を信じている」


「……そっか。なら離婚しなくても良かったのでは?」


ダグラスは首を横に振った。


「アルバガスの本家が口出しをしないように、離婚したんだ。彼女には、舞台を頑張って欲しかったから」


一人の若い騎士はため息をつき、首を横に振った。


「愛にもいろんな形があるんですね。でも、それって寂しくないですか?俺には無理だわ~」


ダグラスは苦笑いをするしかなかった。


「ゴホン、口を挟むようで悪いが。ダグラス」


マーベルが話に割り込んできた。


「だったらなんでもっと早くに、そのことを娘に伝えなかったんだ?娘からしたら酷い仕打ちだとは思わないのか?」


ダグラスは俯くと、空になったカップの底を眺めながらぽつりと答えた。


「……彼女に手紙で約束させられたんだ。自分が本物の歌劇女優になるまでは伝えないで欲しいと。彼女も最近から主役をやれるようになって、ならばと来月の誕生日にサプライズで舞台に連れて行く予定だったのだが……」


ダグラスは、思わず深いため息をついた。


「いや、それでもお前は娘には正直に話すべきだったと思うよ。現に噂を真に受けてジェイドを家から追い出したんだからな。そして、そのジェイドを今、俺たちが探している」


急に皆が静かになり、ダグラスに注目する。


「みんな……すまない。わが家の私的な事にみんなを巻き込んでしまって」


「本当に巻き込まれたのはジェイド君の方だろ?」


サエルドがツッコミを入れる。


「……あぁ、本当にそうだな。早くあの子の顔が見たいよ」


「大丈夫だ。賢い子なんだろ?きっと、どこかで生き延びているに違いないよ」


マーベルが慰めの言葉をかけてくれた。


結局その日は、温かい食事のおかげか、赤ワインのおかげか、ダグラスは体を休めることができた。もしも一人だったら、心配で夜も眠ることができなかっただろう。


****


翌日、復元映写機に映るジェイドを見ながら、森の奥へ進み始めた。


地図を持っているマーベルは頭を掻いた。


「今現在、E居住区からすでに南西へ約20キロほどの地点にいるが、地図を見て足取りを予測を立ててみた。ジェイドは今なお空腹で【俊足】を使えてはいないだろうと仮定する。だとしたら、ここからそう遠くヘは行っていないはずだ。だが、ここは巨木の森の外れに近い。ということは、この森には彼はいないと思う。だから危険度が増す」


「危険というのは?」


「森を出た先に一部草原地帯があるのだが、そこはマッドウルフの生息地なんだ」


「!!!」


「それを踏まえ、ここで復元映写機を見ながら地道に足取りを辿るのか、予測を立てて移転魔法で先回りして捜索するべきか……」


(なんとしても、ジェイドを早く見つけなければ……)


ダグラスはしばらく悩んだ後、マーベルに伝える。


「だったら二手に分かれよう。猟犬チームは先回りして森の外を捜索してくれ。ジェイドの匂いを覚えている猟犬達が反応するだろう。俺たちは復元映写機で足取りを辿る」


「了解!」


猟犬と騎士団の4人は、短距離用の転移魔法のスクロールを使って巨木の外へ転移した。わざわざスクロールを使うのは魔力を温存するためだ。転移魔法は高度な魔法技術であり、かなりの魔力を消費する。


(頼む、ジェイド。生きていてくれ!!)


****


――数時間経った頃。復元映写機に映るジェイドは、息も絶え絶えに歩いていた。その姿は見ていて胸が張り裂けそうになった。


「彼は、なにを考えながら、前にひたすら進んでいるのでしょうか……」


「…分からない。分からないが、彼を発見したら、すぐに謝りたい気持ちでいっぱいだ」


けもの道がなくなり、ジェイドは岩と岩の間を上へ上へと飛び移るように進んでいく。しかし、次の瞬間ジェイドが映像から消えた。


「なっ!?消えたぞ?」


ダグラス達は急いでジェイドが消えた地点へと登っていく。すると、すぐ目の前は切り立った崖になっていた。崖下は約5メートルぐらいある。そこには大きな岩が転がっていた。おそらく転落したのであろう。


「サエルド、崖下に映写機を!!」


サエルドが映写機を崖下に向けると、水の塊の上にジェイドが落ちていくのが映っていた。水の塊の中でもがいていたが、自力で外にでられたみたいだ。


「うおぉぉーー!!!ジェイド君の巨大水魔法だ。初めて見るなぁ」


サエルドが興奮すると、他の4人の騎士もこの映像を見てほっとしている。


「彼、落下の瞬間で水魔法と魔力固定魔法陣の両方出しましたね。普通、魔法円陣理論学を学ばないと魔力固定魔法陣なんて出せませんよ?本当に5歳なんですか?彼、本物の天才ですよ?」


サエルドが驚きつつもワクワクした顔をしている。


「ああ。ここまでとは俺も思ってみなかった。だからカルロス隊長は彼を孤児院に行かせないために、俺に世話しろと言ったんだな」


「……カルロス隊長は、この現状を知っているのですか?」


「いや、村から追い出されたことは知らない。向こうの方も猫族誘拐の後始末で忙しいからな。後で知らせるつもりだ」


すると、騎士団の魔法通話から信号が鳴り響いた。ポケットからコンパクトを出し、返事をする。


《ジェイドの水晶玉らしきものが河原で見つかった。今から座標を言うから、スクロールでここまで来てくれ!》


ダグラス達はすぐに短距離用の転移スクロールを取り出すと、言われた通りの座標をスクロールに書き込み、それを破いた。それと同時に淡い光の奔流が体を包み込むと目的地へと出発した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ