第二十九話 ジェイドの捜索(一)
――連絡をしてから30分後。
雨粒が柔らかな小雨に変わり始めた頃、黒龍騎士団の10名が駆けつけてくれた。3頭の猟犬も連れて来ている。
「マーベル卿、お待ちしておりました!」
「あぁ、挨拶はいい。ここから出ていったのが6日前なのは間違いないのだな?」
「はい、6日前の昼過ぎです。そして、これがあの子が残していった革靴です。身長約125センチぐらいの痩せ型でモカ色の髪、ピーコックブルーの瞳を持つ男の子です」
先ほどトーマスにジェイドの革靴を持ってくるよう連絡した。後ろで彼が控えている。
ダグラスは残された靴を騎士団に手渡した。早速猟犬に匂いを覚えさせる。
この革靴は、ダグラスがジェイドへプレゼントしたものだ。贈ってからまだ日が浅いので、傷もなく、大した汚れもない。
騎士から返された小さな革靴を、ダグラスはじっと見つめた。
「なぁ、ダグラス。その子は本当に裸足で、この村を出たのか?」
「……その通りです。その……」
(娘のレイアがジェイドを追い出した張本人なんだ……)
ダグラスは視線を落とし、喉に何かがつっかえたように言葉が出てこなかった。
マーベルは大きなため息を漏らした。
「……いや。…その、……後でお話しします」
マーベルは訝しげな目でダグラスを怪しんでいる。質問される前にダグラスは頭を下げた。
「それよりも一刻も早く、暗くなる前にジェイドを見つけたいのです。よろしくお願いします」
「……よし。分かった」
「先輩、こいつは俺たちが魔法城へ連れていきます」
「あぁ、頼んだぞ」
2人の騎士に挟まれたジムナムは、項垂れながら無言だった。彼らが移動魔法円陣の上に立つと、強烈な光に包まれ、あっという間にその場を去った。
「ダグラス。この雨もそうだけど、6日前だと時間が経ちすぎて、猟犬でも探し出すのは困難だろう。一応捜索するけど、あまり期待するなよ?」
「……マーベル卿。承知の上です」
ダグラスの背後で脇腹を突っつく男がいた。振り返ると、黒い雨具をつけた色白の男が頬を膨らませていた。
「あっ、サエルド。お前も来てくれたのか!」
我が部署からサエルドも来てくれていた。彼は貴重な頭脳派であり、魔道具作りの天才だ。
「嘘でも気を張っていてください。僕、泣きそうな顔の副団長なんか見たくないですよ?」
(泣きたくもなるさ……)
ダグラスは俯き、下唇をきつく噛み締めた。
「……すべて俺が招いた事なんだ。冷静でいられるわけないだろう」
ダグラスの唸るような声が辺りに響き、はっとして周りを見渡した。ほかの騎士達が驚いた顔でこちらを見ている。
「双剣の鬼神も人の子なんだな」
「こんな時に茶化すのはやめてくれ。サエルド。お前が来たからには、やることは分かっているだろう?」
「ジェイド君の足取りを追うことだよね?僕に任せてよ!」
「頼りにしてるよ。天才」
「うん。それよりも、ジェイド君に水晶のブレスレットをあげた?」
「ああ、前にあげたな。俺が転移魔法の酔い止めに魔具部から購入したんだ」
「実は、あれ。表向き酔い止めとしているけど、みんなの位置情報が分かるようになっているんだよ」
「「「えっ!?」」」
ここにいる若い騎士たちはサエルドを凝視した。
「あっ、本気で知らなかった?そりゃそうだよね。ごく一部の人にしか分からないことさ。もしこんな事が公になれば、居住区みんなから不満の声が殺到すると思うよ?だから内密にね?」
ダグラスはジェイドの行方の手掛かりがあると知って安堵した。しかし、他の騎士たちは微妙な顔をしていた。自分が身に着けているブレスレットにそんな機能があるとは思ってもみなかったからだ。
「げっ!?俺たち監視されているのか、管理されているのか分かんねーな。これじゃ、内緒で花街にも行けないじゃん」
その中の一人がポツリと呟く。
「そう。悪いことはできないぞ!ハハッ」
マーベル卿が若者に笑いかける。
「サエルド、今すぐ、位置情報を教えてくれ!!」
「はいはい。副隊長は人使いが荒いんだから……」
サエルドは、ポケットから何やら小さな紙を取り出した。
さらにマジックリュックの中から、長方形の鉄のカバンを取り出した。蓋を開けると、ガラス板と0から9までの数字ボタンと〇▽★□の記号ボタンが並んでいた。
「なんだそれは?」
「これが位置情報探知機さ。この紙に書いてある7つの数字と記号が混ざったシリアルナンバーを打ち込めば、反射板に地図が映り出され、ジェイドの居場所が分かる」
サエルドは数字と記号を入力して、赤いボタンを強く押した。しかし、画面には何も映らない。サエルドは何度も赤いボタンを押す。
「……あれ?おかしいな…」
「ちゃんとシリアルナンバーを入れたのか?」
「ちゃんと入れましたよ〜〜」
と言いつつ、サエルドは念のため紙に書かれている数字を確認する。
「打ち間違いはないし……」
「壊れているのか?このオンボロ!!」
ダグラスは、それを横取りすると乱暴に振ってみる。サエルドは慌ててダグラスから機械を奪い取った。
「ちっ、ちょっと!!やめてください。壊れてなどないし、僕が作った物にケチをつけないでください!!問題があるのはジェイド君が持つ水晶の方だと思います!!」
「役に立たないなぁ……」
額に手を当てダグラスは深い溜息をつく。隣でサエルドは顎を触りながら思案していた。
「雨の中、犬の鼻も利かないし、ブレスレットが壊れているんじゃ……、あっ、そうだ。復元映写機!!」
サエルドは、再びマジックリュックから20センチの正方形の黒い箱を取り出した。上の部分は凹んでいてレンズになっている。そして、側面にもレンズが一つ。そのレンズに写る背景を元に時間を遡り、映像が上から写るらしい。
「最大10日以内の過去だったら、コイツで過去の映像が見られますよ!」
サエルドが黒い箱の側面にある金庫のダイヤルのようなものをカチカチと右へ左へ回している。
「確か、6日前の昼過ぎなんだろ?ということは――多分……あっ、はい、出来ました!」
物珍しさから騎士たちがサエルドの元に集まってきた。
「さてさて、転移魔法陣付近の映像を映し出してみようか」
映像が黒い箱の上部からぼんやりと現れた。
そこに映っているのはジェイドだ。向かいには子供たち数人がいて、何やら話をしている。
「色はついているんだな。声は出ないのか?」
マーベルが訊ねる。
「残念ながら声は出ません。これでも長い年月をかけて開発された奇跡の作品なんです!!音声なんて贅沢言わないで欲しい」
ジェイドが突然、悔しそうな顔をしてフレームアウトする。
怒ったりからかっている子供たちの様子を見て、ダグラスの胸は苦しくなった。
「はいはい皆さん、立ち止まらないで。この映像を手がかりに今から森の中へ行きますよ!」
何故か仕切るサエルドを先頭に、復元映写機を持って村の外へと歩き出した。騎士たちもぞろぞろ後に続いた。
宙に浮かぶ映像は、石を投げつけられ、裸足で逃げていくジェイドの後ろ姿。足の裏が汚れ、赤く血に染まっているのが見て取れた。
(ジェイド……)
「あっ!今、あの子【俊足】を使ったよ!!水属性の俊足は初めて見る。だけど、ケガした足で走るなんて……」
ダグラスはためらいながらも、口を開いた。
「……うちの娘があの子を家から追い出したんだ。靴を履く暇がないぐらいに切羽詰まっていたんだろう」
騎士たちからどよめきの声が聞こえる。
「なんでそうなったんだ?」
「……くだらない噂のせいだよ」
疲れているせいか、ダグラスはこれ以上話したくなかった。
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ジェイドの足取りを追って、4時間は過ぎただろうか。日も傾き始め、森の中はすっかり薄暗くなっていた。
復元映写機に映るジェイドは肩で息を切らせながら魔力を使うことなく、前へ前へと突き進んでいた。
30分あとに次回を投稿します




