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第二十八話 ジムナムとダグラス

雨脚が強くなるなか、黒い傘を差してこちらに向かって歩いてくる男がいた。


――ジムナム・アルグランドだ。


ダグラスは傘も差さずに無言でウッドデッキを渡ると、広場の真ん中でジムナムと対峙した。


「なんだ、ダグラス。昼前に会うなんて珍しいな」


――人を馬鹿にしたような、その声。


「お前、俺になんか言うことはないのか?」


ダグラスは静かに尋ねる。


ダグラスの濡れた握りこぶしを震わせ、指の間からじんわりと血が一滴零れ落ちる。


ジムナムはちらりとそれを見て、鼻で笑った気がした。


「あぁ。……もしかして、『不倫の子』のことか?あのガキをこの村から追い出したのは俺のせいじゃないぞ」


「……」


「何だよ?聞きたいことはそのことじゃないのか?」


「お前……。一発殴らせろ!!!」


ダグラスは、血で濡れた拳をジムナムのみぞおちに叩きつけた。


「ぐふぉっ!!!」


黒い傘を落とし、前のめりになったジムナムは、ジャケットの胸ポケットから素早く杖を取り出した。


一瞬の攻防、同時に唱える。


「燃えろ!火炎玉【ファイアーボール】」

「土壁!!【アースウォール】」


――ドゴォォォーーーン!!!


ジムナムの放った【火炎玉】がダグラスの土魔法、【土壁】にぶつかり、土煙をあげた。


「クソが!!!」


茶色い視界の悪いなか、ダグラスは攻撃の手を休めなかった。炎で焦げた【土壁】を上段蹴りで破壊したのだ。


――ボゴォォーーン!!!


「なっ!!」


土壁の破片が飛び散り、ジムナムを襲う。咄嗟にマントで身を庇うと、つかさずジムナムは唱えた。


「奴を拘束せよ!!【イモビライズ・フィールド】」


ピンク色の拘束魔法陣がダグラスの体を一瞬拘束したが、ダグラスの口角が上がる。


「打ち消せ!!!【カウンタースペル】」


――ガシャーーン!!!


魔法が解除され、ガラスが割れたような高い音が響く。


ジムナムの顔色が変わった。


経験値で言えば、遥かにダグラスの方が格上なのだ。


「我を転移さ――」

「風の瞬足【エアー・フット】」


――瞬間、芝生の葉が飛び散った。


ダグラスは、つかさずジムナムの背後に回り込むと、手に持っていたジムナムの杖を素早くへし折った。そして腕を取り捻じ上げた。


「ぎゃあぁぁーー!!」


苦痛に叫ぶジムナムの首根っこを掴み、芝生の上に叩き伏せる。


「おい、観念しろよ。ジムナム・アルグランド」


ジムナムは必死に暴れ回るが、ダグラスの圧倒的な力に抑え込まれる。


「くっ、一体、なんなんだよ。おまえぇぇぇーー!!たかがこんなことぐらいで暴力が許されると思っているのか!?」


悪態をつくジムナムの茶髪を乱暴に引っ張って、顔を近づけた。


「……なぜお前は、家へ来てマーサに不安を煽るようなことを言った?どうしてあんな下らない噂を広めた?お前、俺に恨みでもあるのか?おい、何とか言ってみろよ」


耳元で冷たく囁やくダグラスの声は、怒りでうち震えている。


それに対し、全身を震わせていたジムナムが突然、爆笑し始めた。


「ブハハハッーーー!!!恨みだと?そんなの、面白いからに決まってるからだろ!?」


ニマニマと笑うジムナムの目は灰色の濁った瞳をしていて、口から吐く酒の匂いにダグラスは吐き気がした。


「あのガキはアンジェリカの子供だろ?あのスケベ男が腰を振ってアンジェリカに孕ませた隠し子。それで、お前があのガキを連れてきた理由は、アンジェリカから、『面倒くさい』という理由で押し付けられたんだろ?」


あたかも本当の事のように話すこの男に、ダグラスは呆れ過ぎて開いた口が塞がらなかった。


「お前は結局、あの優男に嫉妬しているんだ。あれだけ美人でグラマーな奥さんだ。イチャコラしない男なんてこの世にいるわけが――」


怒りの炎が爆発したかのようにダグラスは、ジムナムを仰向けにひっくり返し、胸ぐらをつかんだ。


(今まで、こんな奴に俺達家族は馬鹿にされていたのか!!)


下唇を噛み締めていたダグラスは、拳を強く握りしめた。


「これは陰で侮辱されたアンジェリカの分!!」


――ドカッ!!


「これが、レイアの心が傷つけられた分!!」


――ドゴッ!!


ジムナムの両頬が赤く腫れ上がり、口から血を流した。しかし、ジムナムは嘲笑うかのようにダグラスを蔑視する。


「ペッ……知ってるか?魔法城の管轄である以上、魔法での決闘や暴力は禁じられている。……お前は、……この時点で職を失うぞぉ?ははっ、ざまあみろ!!」


(だから、何だって言うんだ)


「お前はその魔法城で取り調べを受け、拘束させてもらう。懲戒免職だと?別に怖くないさ。お前と違って、仕事より家族が大事だからな」


ダグラスの言葉にジムナムは逆上した。


「はっ……なにが、『仕事より家族が大事』だ。……カッコつけんじゃねぇ…」


「奥さんに逃げられ、酒浸りでろくな家庭も築けず、他人の幸せを蛆虫のように妬む奴には一生理解できないだろうなぁ?ジムナム」


「なっ……なんでそれを!?」


ジムナムは目を丸くし、一気に血の気が引いたような表情をした。


「あぁ、肝心なことを忘れていた」


ダグラスは立ち上がり、片腕でジムナムの胸ぐらを持ち上げた。濡れた前髪の奥には怒気に満ちた瞳がうっすらと光っている。


「やっ…やめ……」


「ジェイドを追い詰め、傷つけた分だ!!!」


――ドスン!!


「ガハッ!!!」


腹に一発。拳を深くめり込ませ、ジムナムの血反吐が辺りに飛び散る。雨に濡れた芝生の上に力なく、ジムナムはくの字に崩れ落ちた。


「お前の一番の罪は虚偽の流布だ。歌劇女優であるアンジェリカ・フォン・リュミエールの名誉棄損とアルガバス子爵家の侮辱罪でお前は逮捕される。もしかしたらコンフォート伯爵家からも訴えられるだろうな。お前は一生監獄から出られないようにしてやるから覚悟しておけ!!」


息絶え絶えのジムナムは、震える手でダグラスのズボンの裾を掴んだ。ダグラスは容赦なく、その手を汚れたブーツで踏み潰す。


「ぐぅああぁぁああーーー!!」


ひとしきり叫んだ後、苦痛に満ちた顔で気を失ったジムナム。それを横目にダグラスは、コンパクト型の通話用魔道具を取り出し、蓋を開けた。


「おっ、久しぶりだな。ダグラス副隊長」


「お疲れ様です。騎士団副長のワーグナー様。今、E居住地区にいるのですが、被疑者の男一人を連行していただきたいのです。それと、五歳の男の子がE居住区の外に出て6日前から行方不明になっています。例の事件の被害者の子供です。至急応援をお願いしたいのですが……」


「はぁ!?6日前だと?馬鹿!!いくら何でも遅すぎるだろ!!なんで、もっと早く気が付かなかったんだ?」


「……面目ない」


「もぉ〜、とりあえずそっちに騎士達を10人程を送る。被疑者連行に2名使うから、残りの8人で捜索しろ!」


「ありがとうございます」


「いいってことよ。いつもこっちが世話になってるからな」


「……では、後ほどご連絡いたします」


通話を切ったダグラスは、ずぶ濡れになった哀れな中年男を見つめる。


「独り身の孤独は知っていても、決してお前に同情はしない。お前は自分でその身を滅ぼしたんだ」


来週の土曜日に投稿します

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