第二十七話 村の寄り合い所
ダグラスはジェイドが来たであろう図書館へ足を運んだ。
図書館の入り口で館長のパブロと会い、ここ数日ジェイドを見かけなかったか聞いてみたのだが、パブロは首を横に振った。
「一度本を借りて来てからは、ここへは来てないが?」
ダグラスは冷静に今起きている出来事と、村に広まってしまった噂の誤解を解くため、手短に話をした。
「なんということを……」
パブロは白髪の眉を歪めながら、深いため息を漏らした。
「すまないが、パブロじいさんからも変な噂を信じている奴がいたら、この事を話してほしい。頼む」
「よく分かった。お前さんはこの汚名を返上しなくてはなるまいな。あと、ジェイドが借りた二冊は必ず返せよ」
「分かった。後でトーマスに頼んでおく。じゃあな」
ダグラスはそのまま、隣にある寄り合い所の大樹へと向かった。
❇❇❇❇
「…あら、ダグラス。久しぶりに見るじゃないか」
編み物をしていたマルタばあちゃんが、ダグラスに声をかけた。
パン屋の娘リンダや、酒屋のミーナ、噂好きのハンナに新婚のマリーなど、その他8人の主婦たちが井戸端会議をしていた。
「お前たち、この数日ジェイドを見なかったか?」
沈黙の中、主婦達は互いに顔を見合わせる。
「ジェイドって誰?」
呑気で無関心な主婦達の返事に、ダグラスは苛立ちを隠しきれなくなった。
「5歳ぐらいで、モカ色の髪に青緑の目を持った男の子だ!!誰も見かけなかったのか!?」
すると、周りの主婦たちの目つきが変わった。
「あぁ、もしかしてジムナムが言っていた「訳あり」の不倫の子ね?」
ミーナの言い草にダグラスは拳を強く握りしめた。
「ミーナ。まさか、俺が魔法城の特殊任務部隊であることを忘れたのか?」
低音で唸るように伝えると、察したのかミーナの表情が固くなった。
「そっ、そんな事、村に住んでいる者ならみんな知っているわよ〜」
「あの子は、とある誘拐事件の被害者だ。しかも、背後には大物貴族が絡んでいた。命を狙われたあの子の事情をおいそれと情報漏洩をするわけにはいかなかったんだよ。だから、お前に『訳あり』と伝えたんだ」
その場にいる主婦たちは皆、口を押さえた。
「まさかとは思うが、君たち全員、あのほら吹き男の言葉を鵜呑みにしていたのか?」
主婦達が互いに目配せをしていると、長い黒髪をかき分け、眉を鋭く尖らせたリンダが立ち上がった。
「あのさ、よく考えてもみてよ。あの女が男と浮気してこの森に出て行ったのは5年前だろ?あの女と同じ髪色をした幼い子供が、ひょっこりこの村に現れたら、そりゃあ誰だって、あの女の不倫の子供だと――」
ダグラスの怒りに満ちた表情は、相手を縮み上がらせるのに十分だった。
「リンダ。お前、さっきから誰の許可を得て元妻を『あの女』と呼んでいるのだ?」
ダグラスの冷たく鋭い視線は、リンダの顔が潮が引くように青ざめさせた。
「だっ…だって、そうじゃないか!!元はといえばあの女が全部悪いんじゃないか!!5年前、若い男と手を繋いで出て行くところを私は見たんだよ?」
「お前が見たというあの方はルミナスクラウン歌劇団の経営者で舞台作家をしているジュリアス・ウォーレント卿さ。アンジェリカに元気を取り戻してもらえるように、月に何度か遊びに来てくれないかと俺が頼み込んだんだ」
リンダは驚きすぎて口が半開きになっている。
「はあ!?なんであんたが、不倫の手引きをするような真似を?わざと男を紹介したってわけ?」
「違う!!変な勘違いをするな。あの二人は付き合ってもいないし、結婚すらしていない。もちろん子供もいないし、不倫でもない。同じ野望を持つ戦友みたいなものだ」
「「えっ〜〜!!」」
「村を出て行った彼女は、今では自分の夢を叶えた。彼女の正式名称はアンジェリカ・フォン・リュミエール。今では、緋幕の歌姫とも呼ばれているトップスターだ!!」
「そっ……そうだったの?」
「凄いじゃない!」
「さっ、さすがだわ。美人さんだったものね!」
主婦たちの顔が明らかに引きつっている。
「……それこそ長年、君達もジムナムと同じく彼女を『浮気女』と陰で馬鹿にしていたのだろう?いいか。これからは、人様の家庭事情を軽々しく詮索するんじゃない。今度また同じ事を繰り返したら、お前たちの家庭の恥部を周囲に晒してやるからな。分かったか!!!」
「うわぁぁぁーーん!!」
ダグラスの怒号に誰一人言い返すものはいなかった。赤ちゃんがダグラスの声に驚いて泣いている。そそくさとマリーはその赤ちゃんを抱いて、数人の子供達と一緒に別の部屋へとぞろぞろと移動していった。
しばらくして、ハンナが恐る恐るダグラスに声をかける。
「ジェイド君のことなら、うちの息子たちが知っているわ」
ダグラスはハンナの肩を強く揺さぶった。
「ジェイドは、今どこだ?どこに居るんだ!!」
ハンナは震える指先をモジモジと動かし、言いずらそうにしている。
「早く言え!!!」
「ひっ!!……うちの子供たちが『不倫の子を石で追っ払って、村の外へ追いやった』って」
なんの罪のないジェイドが、裸足のままで過酷な状況に追い込まれていることにダグラスは愕然とした。
マルタおばあちゃんは編み物をしながら呟いた。
「なんて酷いことを……幼子が森の中で彷徨っているなら餓死してもおかしくはないね」
――以前、ジェイドが草陰で倒れていた時のことを思い出す。
「……あの子が石を投げたのは、レイアちゃんの敵討ちだと言っていたわ。……実はうちの子がレイアちゃんにあの噂話をしたらしくて、その後レイアちゃん、魔力暴走を起して倒れてしまったの。……うちの子には私から強く言い聞かせるから。……本当に余計なことをしてしまってごめんなさい」
ミーナは震えながら頭を下げた。
ダグラスは天を仰いで深いため息をついた。
――あぁ、あの子をこんな所へ連れてくるんじゃなかった。
重い空気に包まれ静まり返る室内。雨脚が強まるなか、外から傘が雨粒に弾ける音が聞こえてきた。
「あら、間が悪い時に来ちまったようだ」
マルタおばあちゃんがまた一言漏らした。
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