第二十五話 マーサ達の誤解
「よっと!!」
――ドサッ。
ダグラスは、アジサイが咲く庭先に到着すると、目の前で腰を抜かして芝生の上に倒れているマーサを見つけた。
「あっ!!悪い、マーサ。驚かせてしまったな」
「だっ、だんなさまぁ~~!!やっとお帰りになられた!!」
ダグラスが倒れたマーサを抱き起すと、四階のレイアの部屋を見上げた。
「あれからレイアは学校を休んでいるのか?」
「そうでございます。ただ、お顔も見せずに部屋で籠りっきりになっております」
マーサの疲れた顔が、ダグラスの胸を締めつけた。
「とりあえず、事情を詳しく聞かせてくれないか?」
「そうですね。事の顛末をお話ししますので、まずは手と顔を洗ってきてくださいませ」
「それじゃあ、トーマスも呼んでリビングに集合だ」
****
手と顔を洗って服を着替えたダグラスは、早速リビングの一人掛けソファーに座る。マーサが冷たいアップルティーを持ってきてくれた。
喉がカラカラだったダグラスはアップルティーをグビグビ飲み干し、空のコップをテーブルに置いた。
革張りのカウチソファーにトーマスとマーサが並んで腰をかける。
「トーマス。事の発端から話をしてくれ」
「はい。最初はジムナムがこの家にやって来て変な噂話をマーサに話したことから始まりました」
「変な噂とは?」
トーマスの喉仏が動いた。
「……旦那様が不倫の子を村に連れてきたと」
それを聞いたとき、自分の耳を疑った。
「不倫の子?まさか、ジェイドの事を言ってるんじゃないだろうな?」
「そのまさかです。ジムナムは、ジェイド君のことを五年前にこの森を出て行ったアンジェリカ様と浮気相手のジュリアス・ウォーレント伯爵の間に出来た子だろうと。……その、髪の色があまりにも奥様に似ているものですから……」
――バン!!!
ダグラスはテーブルを激しく叩いた。
「誤解だ!!アンジェリカはそんな女じゃない!!」
すると、言いづらそうな顔でマーサは、話しはじめた。
「まだ、レイア様がよちよち歩きをしていた頃、奥様の所に毎月二回来ていたあの男は、よく奥様のお部屋で二人きりで魔道具のような機械で歌劇をご覧になられていました。気を伏せていらっしゃった奥様も、月日が経つにつれ徐々に明るくなり、ついにはお二人で仲睦まじく外出する姿をたびたびお見掛けしました。あれを見たら誰だって――」
「マーサ、違うんだ。誤解なんだよ」
「あれの何が誤解というのですか?あの男と一緒に奥様は、この森を出て行かれたのですよ!!」
興奮して顔を赤らめたマーサを隣のトーマスが手を握り絞め、背中を擦っている。
「マーサ。あの二人は元々歌劇が大好きなんだ。特にジュリアス卿は、子供の頃から古典文学や外国文学が好きで、その頃から舞台作家を目指していたらしい。宝石商のウォーレント伯爵が財力を生かして息子のために新進気鋭の歌劇団を起ち上げた」
「歌劇団ですか?」
「聞いたことはないか?ルミナスクラウン歌劇団」
「……存じ上げませんが…」
二人とも首を振って互いに確認し合う。
「王都のバーモントや芸術の都ミロアネーゼではほとんどの人が知っているかなり知名度が高い歌劇団なんだが。こんな田舎にずっと住んでいたら知らないのも無理はない」
「旦那様、そのジュリアス様が作った歌劇団はアンジェリカ様の話と何の関係が?」
「今、アンジェリカはその歌劇団で歌劇女優として頑張っている」
「「えっ!?」」
予想外の答えに二人は互いに目を見合わせた。
「アンジェリカは貴族女学校時代に声楽部に所属していたんだ。本当に歌が好きで、馬車の中でいつも『野ばら姫』の一節を歌っていたな。デートで劇場へ連れて行ったときは、目を大きくして輝かせていたもんさ!そんな彼女に一目惚れをしたんだがな」
「お待ちください!!アンジェリカ様とジュリアス様は男女の仲なのでは?」
「いや、違う。それはあり得ない。彼の為に本当のことは言えないが違うんだ。彼らは同じ夢を持った戦友のようなもの。二人とも、アンジェリカがレイアを出産した後ぐらいから部屋に引きこもっていた時期のことを覚えているか?」
「ええ、よく覚えていますとも。わたくしは、奥様が何故あそこまで元気がなくなったのか、正直よく理解できませんでした」
「あの頃の俺は、身勝手にも家族はいつも一緒がいい、特に子供は母親の側にいなくてはいけないと思い込んでいた。それが返ってアンジェリカを苦しめる結果になってしまった。彼女は根が優しいからな。自分のことよりも俺の願いを優先してくれたんだ」
ダグラスはふと窓ガラスを見上げた。外は小雨がちょうど降り始め、窓ガラスは雨粒で濡れている。
「でも、それがいけなかった。俺は彼女を幸せにすることができずに家庭という檻に閉じ込め、生殺しにしてきたんだ。アンジェリカの笑顔を取り戻すには、彼女自身で歌劇への夢に向かわせることだった」
「旦那様……それでジュリアス様をここへ?アンジェリカ様の事を思ってのことだったのですね」
マーサの目にはじんわりと涙が揺れていた。
「カルロスに相談をして、歌劇団を起ち上げたばかりのジュリアス卿に無理なお願いをしていたんだ。月に2回程アンジェリカに会って、なんとか芝居への熱を取り戻して欲しいとね」
「そんな……」
「彼ならそれができると思ったんだ。俺は彼女にしてあげられなかったことを彼ならできると……そういう意味では正直、彼に嫉妬しているな」
「そんなことがあったなんて、私ったらとんだ誤解を。あの二人が親し気に笑い合い、あまりにも仲睦まじかったのでわたくしはてっきり……。だから、旦那様は二人のことは放っておけと仰ったのですね?」
マーサは両手で顔を隠してため息を大きくついた。
「歌劇の話をしてさぞ盛り上がったんだろう。マーサが誤解するのも仕方がないさ。はたから見たら怪しいもんな」
「旦那様、それならそうと何故、私達にもそのことを教えてくれなかったのですか!!」
ダグラスは、目の前にいるマーサとトーマスに頭を深く下げた。
「マーサ、トーマスすまない。アンジェリカから歌劇にのめり込んでいることは口止めをされていたんだ。子持ちの子爵夫人が歌劇女優を夢見ているなんて口が裂けても言えないと……」
トーマスは苦虫を潰したような顔をした。
「確かに、歌劇女優は平民がほとんどですからね。貴族令嬢が歌劇女優など聞いたことがない」
「地位なんか関係ない。アンジェリカの歌には力があるんだ。アンジェリカはそれを生かしただけだ。適材適所というやつだな。これからの時代は女性も結婚に縛られずに好きな職業を選ぶべきなんだよ、トーマス」
トーマスは、苦々しくダグラスを見つめた。
「旦那様、本当にジェイドはあの二人の子供ではないと?」
「ああ。アンジェリカが妊娠したのは、後にも先にもレイアただ一人だ。彼女は今、独身だ。俺が年二回、必ず彼女の舞台を見に行っているから間違いはないよ」
すると、階段の方からガタンと物音が聞こえた。
ダグラスは、はっとしてすぐさま階段の方を見上げた。唖然とした顔のレイアが手すりに力なくもたれかかっていた。
「レイア!!」
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