第十八話 不倫の子
ジェイドは、窓の外を見てはため息をついていた。
(朝の練習では上手くいっていた。後は、緊張しないでテストに望めたらいいのだが……)
ジェイドは、いつものように朝から双剣の稽古に励み、午後は部屋で水魔法と魔法円陣の複合的な構築に専念した。しかし、レイアのことが気がかりで、普段より集中力に欠けていた。
すると、部屋の外からドタドタと騒々しい音がした。
――バタン!!
青白い顔のトーマスが、息を切らして入ってきた。
「えっ、どうかしましたか!?」
「レイアお嬢様が学校で倒れたそうだ。これから、学校へ迎えに行くから、マーサとこの家の留守を頼む」
一瞬息が止まった。胸がざわつく。
「レイアさんが倒れたって?まさか、魔力切れ?」
(まさか、魔力が枯渇したのか?いや、違う。レイアの魔力量は多い方だ。あり得ない)
「魔力暴走らしい。私は迎えに行くから、外へ出るんじゃないぞ」
ジェイドに念押しをしたトーマスは、学校へ急ぐ。その様子にマーサは今にも倒れそうな顔をしていた。
「朝まであんなに元気でいらっしゃったのに……なんで急に……」
怖いぐらいに動揺している。
「とりあえず、体に優しい食べ物を用意してあげてください。ね?」
「……そうね」
マーサがエプロンの端をぎゅっと握り締めると、無言でキッチンへと消えていった。
ジェイドは、外の階段でレイアが来るのを待つことにする。
❇❇❇❇
深い森の木々がざわめき、青い蝶が庭のリシアンサスの白い花の周りで舞い踊る。芝生は整えられ、ベンチの周りには、落ち葉が一つもない。
(手入れが行き届いているな……)
お昼ごはんもすっぽかしたまま、ジェイドは外の階段で待ち続けた。
人を待つ時間というのは、とてつもなく長く感じる。時の流れは、神の前では等しく一定なはずなのに。
鳥のさえずり。
キツツキの突く音。
木々のざわめき。
いつしかこの森の中に溶け込むかのようにジェイドはじっとして動かなかった。
森の奥から足音が聞こえる。
「帰ってきた!!」
ジェイドは庭を飛び出し、石畳の小路を走った。道の向こうではトーマスが担架ごと浮遊魔法で連れて帰ってきていた。
「レイアさんの様子は?」
「今、少し安定剤を飲んで、眠っておられます」
「安定剤……」
「お話は家の中で。さあ、早く入りましょう」
❇❇❇❇
レイアはすぐにベッドに寝かされた。側に付き添うマーサの涙が止まらない。
レイアは薬のおかげか、すやすやと安らかに眠っている。一体何が起きたのだろう。見たところ外傷はどこにも見当たらない。
「皆、話があるんだ。ダイニングへ来てくれないか」
トーマスの唸るような低い声が気になった。
ジェイドとマーサは、向かい合わせに座り、横にトーマスが座った。
「レイア様が倒れたのはこの村の子供、カリオンのせいなんだ…」
「なっ、まさか!レイアお嬢様と喧嘩を?」
「……喧嘩じゃない。この村にある噂を聞いて、逆情したと言うんだ」
マーサは一気に顔色が悪くなった。
「嫌だ……わたくしの恐れていたことが!!」
マーサは自身の腕を掴んで頭をもたげた。
「トーマスさん、噂ってどんな噂なんですか?」
トーマスのグレーの瞳がこちらを向いた。真顔のトーマスの反応にジェイドの背すじはゾクッとする。
「君が、アンジェリカ様とジュリアス・ウォーレント伯爵の子供だと言う噂がこの森で広まっている」
ジェイドは、ピンとこなかった。
「この方々とは、アルガバス家とどのようなご関係ですか?」
「……アンジェリカ様は、元奥様で、ジュリアス様はカルロス様のご友人で……奥様は、そのジュリアス様と共にこの森を去りました」
「はぁ!?……つまりは……」
「アンジェリカ様とジュリアス様は不倫関係でございます」
ジェイドはあまりの馬鹿らしさに、顔を歪ませ冷笑した。
「俺がその二人の子供だと言うのですか?そんなわけないじゃないですか!!トーマスさんに言いましたよね。俺は大神官に誘拐され、偶然ダグラス副隊長に助けられたのですよ!?」
「君5歳だったよね。あの2人が出ていったのも、ちょうど5年前なんだ」
「これは偶然で――」
「君は、両親の記憶がないんだよね?」
「それは……ないけど……」
「あの二人の子供がたまたま人に攫われたとしたら?」
「そんなこと、あるわけ――」
「可能性はゼロではありませんよね?」
トーマスは言葉に圧をかけながら、とどめを刺すような言い方をする。その冷徹な視線はジェイドを苛立たせた。
ジェイドは大きく首を横に振った。
「……でも、俺は水属性だ!!」
「アンジェリカ様は風属性ですが、ジュリアス様の属性は私は知りません」
「だったら直接、属性をウォーレント伯爵家に問い合わせたらいい。俺の水属性は、この国では珍しいとロザリー大司教が言ってくれたんだ。この国の貴族には、水属性の家系はいないのでは?」
トーマスは首を振った。
「今は、あなたが本当の不倫の子かどうか、真実はどうでもいいのです」
「なっ!?」
信じられない言葉に唖然とするジェイド。
「私は、あなたが不倫の子だとは思っておりません。問題は、醜悪な噂でレイア様の心が傷ついていることなのです!!」
トーマスの語気が強くなった。眉間にしわを寄せ、握りしめた拳が震えている。
「あなたの淡いモカ色の髪はアンジェリカ様そっくりなの。お相手のジュリアス様の瞳はブルーだったわ。それだけで、突然来たあなたを、不倫の子だとあの男は決めつけてきたの」
「まさか、ジムナムが噂の張本人?」
マーサは力なく頷いた。
「……もう、旦那様に頼んで、この森を出たほうがいいのかもしれないわね……」
マーサが涙声で呟いた。
その姿を見て思わず、ジェイドは席を立つ。
「だったら、あの男に俺が不倫の子じゃないことを伝えて、これ以上変な噂をばら撒かないように――」
トーマスは固く瞼を閉じ、首を横に振った。
「両親の記憶がない君が何を言ったって信用してはもらえないよ。悪い大人ほど、子供の言うことを真摯に受け止めてはくれないからな」
「だったら――」
「君が出ていけば済む話じゃないか」
トーマスの一言にジェイドは、一瞬息ができなかった。
一方でマーサは決してこちらを見ようとはしない。
「ダグラス副隊長の帰りを待たずに、今すぐ出て行けというのですか?」
「あぁ、そうだ」
トーマスは話が終わるとソファー席から、立ち上がろうとしていた。
――ガダン!!
その時、上の階から何か大きな物音が聞こえた。
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次回は来週土曜日の18時に投稿します。
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