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第十六話 レイアの嫉妬

第十七話は、20分後に投稿します。

深い森の中に、柔らかな小雨がしっとりと降り注ぐ。

ホタルキノコが、夜でもないのに薄っすら青白く辺りを照らしている。


傘にポタリ、ポタリと大粒の雫が落ちてくるのは、木から提灯花が垂れ下がっているせいなのか。雨降りは特に香りが強く感じる。


レイアは湿った取っ手を握り締め、歩き始めた。


赤い雨靴は水溜まりで濡れた石畳を踏み鳴らし、家路へと急いで歩く。


雨でしっとり濡れたアーチ型の木橋。エメラルドグリーンに光る川は水かさが増し、轟々と忙しく流れている。


「この橋はよく滑りやすいから、気をつけて渡らなくちゃ」


足元をよく見てレイアは慎重に橋を渡る。川を横目で見ながら、早く温かい湯船に入りたいと思った。


レイアは、家にダグラスがいることを心から楽しみにしていた。ダグラスは普段夜勤が多く、いきなりの出張で何週間も家に戻ってこないことが度々あった。だが、昨日は珍しく日勤で帰って来てくれたのだ。


レイアは胸を弾ませて玄関に向かったのに、ダグラスは小さな男の子を連れて来ていた。


昨日の夜から家に転がり込んできた男の子。短く束ねた髪はお母様と同じ色だった。女の子のような顔立ちをした青緑の瞳を持った子。


「なのに、お父様はあの男の子と一緒にお風呂に入り、しかも一緒にベッドで寝るなんて!!私を差し置いて、本当に生意気なのよ!!」


レイアは、思いのままに雨粒まみれの雑草に風魔法をぶつけた。雫が弾け、雑草が一閃して舞い散った。


か弱い子犬のような見た目のくせに、朝の訓練を見てからその印象が一気に崩れた。


「小さいくせにスピードが速くて、お父様の背中を簡単に取るなんて。それに、私でさえ実演の稽古をつけてもらったことがないのに、それを一時間近くも稽古をつけてもらって……。あ~あ。お父様ってば、私よりもよその子の方が大事なのかしら」


レイアは傘を風魔法で振り回しながら呟く。



『ところで、お父様。いつになったら私に風の攻撃魔法を教えてくれるのですか?』


『そうだな……。布巾を風魔法で操り、高い窓ガラスが拭けるようになったら、教えてやる。お前の一番の課題は、その偏った魔力の出力を安定させることだ。まずは地道な努力が必要だな』



「あぁ〜、嫌だなぁ。今週末の魔法の実技テストがやばいよぉ~。こうなったら直談判でお父様に直接教えてもらうしかないかなぁ~」


そう言っている間にようやく、わが家へ帰ってきた。見上げると、五階まで明かりが付いている。


「ただいま。私のきのこハウス」


傘をたたんで、玄関の扉を開くと、マーサがタオルを持って飛んできた。


「まあまあ、レイアお嬢様、お帰りなさいませ」

「ただいま、マーサ。先にお風呂に入りたいんだけど……」


「お風呂なら、今あの子が入っています。もう少ししてから準備しますので……」

「げっ!!なんで、お客のくせに私より先に入っているの?」


「……レイアお嬢様。もう少し辛抱してください。あの子もずっとこの家にいるわけではございませんから。あと二週間の辛抱です。ねっ?」

マーサが耳打ちをする。 


「もぉ~、しょうがないわね」


*****


レイアは、お風呂上りに鏡の前で風魔法で髪を乾かしていた。先ほどのマーサの報告を思い返す。


『旦那様は、今日から二週間はこちらへは戻ってきません。なにやら、急な任務が入ったようで……すみません。レイアお嬢様……』


それを聞いて、レイアはガックリと視線を落とした。マーサのシワだらけの手が申し訳なさそうに、モジモジと動いている。


『期待して、がっかりする事は何度もあったから、今は何とも思ってないわ。だから、謝らないで。マーサ』


『レイアお嬢様……』



レイアは去年の誕生日、急な仕事ですっぽかされたことを思い出していた。あの時は、とても楽しみにしていただけに、御馳走も食べずに部屋に籠って大泣きしてしまった。



「もう、お父様のせいでがっかりしたくないわ」


鏡の前に映る、自分の顔をじっと見つめる。父の鮮明な赤い髪と蜂蜜色の瞳。ただ、顔立ちだけは、母親似だった。


「目の色も、髪の色も、魔法もお父様譲りなのに、お父様との距離が遠く感じるのは、なぜなの……私がお母様似だから?」


冷たく沈んだ気持ちを抱えたまま、木の階段を上がり、四階の自分の部屋へ戻ろうとした。


(そういえば、外から見て五階に明かりがついていたわね……)


不信に思ったレイアは、物置部屋の五階へ狭い階段を上っていった。五階からは樫の太い枝が入り組んでいて、空間スペースが狭い。


背の低いドアを開けると、丸い窓の下、簡素な布団の上で分厚い本を読んでいるジェイドがいた。


「あっ、レイアさん、お帰りなさい」

「ただいま。ってなんで物置部屋にいるの?」

「トーマスさんが、この部屋を用意してくれたんです」


「ここ、狭くないの?」


「俺は、小さいから平気です。この窓から見えるアカネキノコが、とても綺麗で不思議です。この部屋が気に入りました」


小さな窓の外から見えるアカネキノコは、傘がオレンジ色で、傘の裏に豆電球ぐらいの胞子が幾つも並んで光っていた。まるで大きなスタンドランプのようだ。


「あのキノコが近くに生えているから、この部屋は湿気から守られているの。読まなくなった本を仕舞うには丁度いいスペースなのよ」


「あ〜っ。だから、本棚がびっしりあるのですね」

「……」

「……ん?」


ジェイドが何をしているのか気になって近くに寄ってみる。


「何の本を読んでいるの?」

「水魔法が詳しく書かれた本です。俺は水属性なのですよ」

「ふ〜ん。珍しいわね」


レイアが本の中身を覗こうとしたが、驚愕のあまり、目を疑った。小さい文字がたくさん並び、訳が分からないぐらいの計算式がその本には載っていたのだ。


「これって、高等教育向けじゃないの?」

「……ええ」

「あんた読めるの?」

「……まあ」


(この子は一体何者なの?普通じゃない)


「本が読めるのは、神様からのギフトですよ」

「……あぁ、……そういう事ね」


(この世界は、約3割の確率で『ギフト』を授けられる子供がいると聞いたことがある。あいにく私には、『ギフト』が与えられなかったけど……。あの子にはあるのね)


胸の奥がズキンと痛む。


「私にはないのに、あなたにだけズルいわ……」

「……ズルい?」


レイアは感情が零れるかのように、声を上げた。


「そうよ!!昨日来たばかりのくせに、お父様とお風呂に入ったり、一緒に寝たり、当たり前のように朝稽古までつけてもらったり!!私なんか……私なんか……お父様に風魔法の稽古をつけてもらえることなんて、滅多にないんだから!!!」


レイアは、ジェイドが読んでいた本を取り上げ、その場に投げ捨てた。


「他人のあんたに優しくして、なんで私にはかまってくれないのよ!!」


溢れる涙を拭いながら、逃げるように部屋をあとにした。


(あぁ……最悪。5歳も離れた年下の子に喚き散らしてしまった!!)


レイアは、駆け足で階段を降りると、自分の部屋に飛び込んだ。柔らかなベッドに潜り込んで、暗闇の中でうずくまる。


一度、崩壊した涙は止まらない。

レイアはしばらく泣き続けた。


――1時間は泣いただろうか。


頬がベタベタになり、泣き飽きた頃。レイアはベッドから立ち上がった。


薄暗い部屋の中で魔法ランプをつけ、ベッドの下に隠した古い木箱を引っ張り出した。


木箱の蓋を開けて、大粒のエメラルドが施された指輪を掴む。可愛らしいデザインで鮮やかなグリーンが美しい。これは私の一番大切な宝物。



『これはね。ダグラスから最初にプレゼントしてもらった一番大切な宝物なの。グリーンの瞳が私と一緒でしょ?』


『うん。おかあさまとおなじいろで、きれいだね』


『これをあなたにあげるわ。お守り代わりに持っておいて』



レイアは寝転がりながら、薬指に指輪をはめた。小さな指に、高価な指輪は、隙間がゴロゴロ空いている。レイアはエメラルドの宝石を近くでじっと凝視した。


(本当に、綺麗だわ……)


家を出ていったお母様には、文句を言いたいことがたくさんある。だけど、この指輪を手渡したときのお母様は、見たことがないくらい苦しそうな顔をしていた。涙に濡れた瞳はこのエメラルドの宝石によく似ている。


この指輪の存在はマーサもお父様もトーマスでさえ知らない。私とお母様だけの秘密。秘密を抱えていることで、少しだけ優位な気持ちになれた。


レイアは指輪を箱に戻すと、またベッドの下にしまった。悲しいことがある度に、レイアは木箱の蓋を開け、母からの宝石の指輪に慰められているのだった。


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― 新着の感想 ―
少しジェイドへ嫉妬もしているっぽいし、レイアはまだ親の愛が必要な感じかと。 (・∀・) 本はギフトがあるかないかで、読める読めないが変わるのか。 _φ(・_・ ギフトありだと、勉学のスタートブース…
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